1-2 自己紹介
【1話/B面】Bパート
「みなさん…はじめましての人もいると思います。
私の本名はシーナ。
日本の名前もあります。静那です。“武藤 静那”と申します。
日本で里親になってくれた方が武藤さんという方なので“武藤”。“静那”は私が日本人で最初にできた友人が名付けてくれた名前です。
私は物心ついたころからの記憶があまりないですが、昔ソビエトという国があった頃からある“ベラルーシ”というところから来ました。
お父さんと2人で暮らしていましたが、戦争が激しくなりそうということで日本に疎開してきました。その時にお父さんと離れ離れになりました。
きちんと学校に行けていた時期が短いので、勉強はしていたんですが日本に関してはまだ知らない事ばかりです。
是非日本ってどんな国なのか教えてください。よろしくお願いします。」
ペコリと頭を下げる。
頭を下げる文化も日本特有というのを知っている。
挨拶を終えて「こんな感じで良かったかな?」という表情で部長の勇一を見る。
勇一は一番に拍手で応えた。
周りの皆もまずは拍手で応えてくれた。
「じゃあ早速静那に対して質問ある人は挙手をどうぞ。」
全員が挙手をした。
初めての異国からの生徒…静那に対して興味津々らしい。
* * * * *
「今父は行方不明です。戦争が落ち着いたらいずれかは捜しに行きたいと思ってるんだけど。
まずはお金を貯めないとですね。」
質問は静那の家族に関することが多かった。
やっぱり父親と幼いころに離れ離れになったのは辛かっただろう。
彼女の少し沈んだ表情を見ていたら分かる。
それに静那の住んでいる所は当時戦時中だったようだ。
戦争を知らない日本の自分達にはまだそのリアルさは分からない。
そんな戦火から逃げ延びて一人で日本にやってきた彼女には是非幸せになってほしい…そんな感情をまず抱いた面々。
戦争の話で少し場が暗くなったのを感じて、意外にも機転を利かす生一。
「そういや静那は食べ物何が好きなん?」
「え…え、ああ、ボス。私はタコの、あの…タコの丸焼きが好きですよ。」
「タコの丸焼きって…おまえあの丸いやつの事やろ?」
「そうそう!その…タコが入っている丸い食べ物。」
静那は手でその食べ物の大きさを示す。
「あれは“たこ焼き”って言うねん。タコの丸焼きとか意味違ってくるから。」
「はい。ボス!勉強になります!」
「んで…何入れるんがええん?」
「何を入れると言いますと?」
「あれや。トッピングに決まってるやろ。」
「あぁあ、それならバジルです。」
「バジルって何やねん?」
「香りの良いハーブですよ。ボス。」
「んなもん初めて聞くわ。普通ソースとかマヨネーズとかやろ。」
「でもバジル美味しいですよ。揚げたたこ焼きには特に。」
「…てことはお前あそこの店で買ったやろ。県民体育館近くにある“なかがわ”って店!」
「何でわかったんですか?ボス!」
そのやりとりを見ながら自分達が戦争や父親の話を振っておいて話が暗くなってしまったことを一同は反省。
漫画ばかり読んでいた生一の言動を少し見直し、次の自己紹介に入っていった。
* * * * *
椎原さん…椎原 砂緒里。
彼女は帰国子女だ。
アメリカに住んでいたが、長い間居た地域はカナダのトロントという所。
他にもカナダやメキシコなど5~6か国を回った経験があるが、やっぱり生まれ故郷の日本が一番文化的に水に合ったようだ。
両親は現在東京だが、祖父と祖母の家が高知市の円行事という場所にあるという事。
大学へ進学するまでの間は日本、この高知県でしっかり勉強をするということだ。
東京は何かと“誘惑”が多いらしい。
日本特有の美意識や感覚である“わびさび”が他の国にはない独特のものだと感じたそうで。
有形無形関係なくそんな文化財に触れるのが趣味と…何とも高等な趣味だと静那以外は感じた。
* * * * *
生一こと藤宮 生一は、関西弁を話すだけあって関西の方から高校進学を機にやってきた。
バブルを境に家族が上手くいかなくなった中で、母方の家が高知にあったということを機に一人で祖母の家に引っ越してきて今に至るという事だ。
それ以外はあまり身内の話はしなかった。理不尽な社会に嫌気がさしたのもあり、2年になる今までは部活も何もせず無気力に過ごしていたようだ。
でもこの部活動にはこれからも顔を出してくれるらしい。
* * * * *
飛び入りで参加してくれた勇一のクラスメイト。
仁科さんこと仁科 小春さんは東京出身だ。
彼女もあまり身内の話はしなかった。
椎原さんや生一と違い、知り合いも伝も無い中、こんな遠い高知県にまで来たということでそのいきさつに不思議がる一同。
まぁあまり東京で良い思い出が無いらしく、そこは皆もあまり追求しなかった。
仁科さんも“東京は今、駅などあちこちで開発工事をしていて本当にうるさくて落ち着かないから嫌だった”と理由らしい理由を話してくれたが、これが一番の要因ではないだろうというのは何となく感じた。
おそらく生活面や人間関係で心機一転したかったのだろう。
* * * * *
西山こと、西山憲治…は現在、生徒会長をしている。
昔は岡山県に住んでいて、中学から高知県へ引っ越してきたということ。
勇一のクラスメイトだが、成績は優秀。
毎回は無理だけど、生徒会長がある程度落ち着いたら顔を出すということで、スポット参加を約束してくれた。
静那からは「是非!」ということで期待の眼差しを向けられていた。
彼も椎原さんに負けず博識なので、色々頼りになると感じたのだろう。西山も分からないことがあれば部活中でなくても何でも聞いてこいと静那に対して“お兄さんぶりっ子”していた。
* * * * *
最後は部長である勇一が自己紹介する。
意外にも生粋の高知県出身は彼だけだった事に驚いた。
昔から何事にも関心が持てず、当初は本当にこんな部活動を立ち上げるつもりは無かった事。
でも静那と出会ってから、何かこの子の力になりたいと感じたと正直に話す勇一部長。
静那は嬉しそうな顔をしているが、周りは質問があるとばかりの顔をしている。
「力になりたいってなんだか彼女みたいな言い方ね。お2人はどういう関係?」
椎原さんが聞いてくる。
「まぁ…それはまだどういう関係でもなく……なぁ静那。」
「?」
静那の方は急に振られて困惑している。
「まぁこれからってことね。でも白都君もクラスじゃ大人しそうな感じだったのに“この子の力になりたい”だなんて、言う時は言うね~。
でもいいんじゃない?良い意味で。本心からそう思えたんでしょ?」
仁科さんが初めてフォローを入れてくれた。
「勇一がいてくれなかったらこの部活は出来てなかったから…本当に感謝してます。ね、部長さん!」
静那も自然な返答を返す。
「勇一でいいよ。そこは。」
「それでどんな活動にしていく?僕も生徒会として活動内容を報告しないといけないし…」
西山がある程度落ち着いた段階で活動内容を聞いてきた。
「部活内容だけど、さっきの椎原さんの話にしても静那にしても、日本の文化的施設などを直接見に行きたいってのは構想としてあるよ。
ここからだとお城とか博物館は比較的近いしさ。
でもお金もかかる。だから暫くはこの部室で、日本の知りたいことを挙げてもらって紹介しあったり、必要なら発表会のような形式で伝えるってのをやりたいかなって考えてる。」
「なるほど…」
聞きながら西山はメモを取る。
「日本や日本文化の…知りたい事…ねぇ。」
「あれやったらなんか例えで実際に今やってみたら?」と生一が提案する。
「じゃあさっきの…“タコ焼き”については?」
静那がすぐに応じてくれた。
1995年はまだネットが普及していない。
調べたいものがあれば図書室に行って、“広辞苑”という大きな辞書のような用語辞典で調べないと分からなかった。
ただ、静那もガチガチの“答え”を知りたかったわけではない。
当たり前だが皆違った考えを持っている。
静那はそれを知った上で皆の見解を知りたかったのだ。
勇一がその提案に乗る。
「じゃあ“たこ焼き”について何か分かる人は静那に教えてあげて。」
「何かって、何でも良いの?」と椎原さん。
「うん。知ってることで良いよ。」
「じゃあ私が知ってること言うね。
たこ焼きは大阪が発祥の食べ物なの。“郷土料理”って分かる?静那さん。」
「はい。分かります。」
「そこの地域独自の料理を“郷土料理”って言うんだけど、タコ焼きは大阪の郷土料理なのよ。
それがおいしくて有名になり、全国に広がった…という感じかな。
でも海外だとね、タコ自体を食べる風習が無かったから広まらなかったみたい。静那さんもタコ自体食べたのは日本に来てからでしょう」
「はい。私も日本で初めてだったかも。」
「タコを食べる文化は昭和より前からあったのよ。そんな食文化を一気に有名にしたって感じかな。
白都君、こんな感じで良い?」
「勿論だよ、椎原さん。すごい!俺ここまで知らなかったよ。」
「郷土は会津(今の福島県)って逸話もあるよ。どうなのか分からないけど」
ここに西山が入ってくる。
西山は椎原さんにやや気があるようで、さりげな~く絡もうとしているようだ。
この事は部長の勇一だけが知っている。
「大阪で始まったタコ焼き店の名前が確か“会津屋”だったと思うから…多分そうかもね。ここちょっと曖昧だけど。」
椎原さんが西山に返す。
ちょっと西山の顔がはにかんだのが分かった。
「あたしは椎原さんみたいな…そういう切り口じゃないけど大丈夫?」
「全然良いよ。言ってやってよ、仁科さん。」
勇一が仁科さんに呼びかける。
「あたし東京だったけど、あっちだとタコ焼きは揚げた感じのやつが多いよ。外側がカリッとしてるの。それで中はトロトロなのが“美味しい”の基準だった。
高知って西だから関西風でしょ。だからなのか“揚げタコ焼き”っていう表示じゃないやつはどれも脆い…っていう言い方も変だけどさ。すぐに形が壊れる印象があるんだよね。」
「タコ焼きにつまようじブッ指したら、タコだけ取れてしまうって感じ?」
「白都君それそれ。そんな感じ。」
「要するに皮(表面)の防御力が弱いって事か。」
「防御力ってのが意味分からないけど、なんかつまようじで“1コ”が取れないのよ。すぐ形が崩れちゃうって感じで。」
「だから爪楊枝2~3本差してくれてるのかな?」
「いや、違うでしょ。2~3人で買いに行っても同じように2~3本差してくれるし」
「崩れやすいから爪楊枝2本使って食えいう方針やないんやな。静那は関西と関東とどっちが好みなん?」
「うん、私は…関東かな…。カリッとしたとこ好きだし。
それよりもボスの好みも知りたいです。」
「俺も仁科の話でいくと関東やな。確かに実際持ち上げても崩れやすい。関西のカップルにタコ焼き“あ~ん”とかさせたくない意図があるん違うか思うくらい弱いねん。」
「そこまで考えてるわけないでしょ。モテない男の僻みみたいなこと言わないの!」
「でもお前も関東派やろ。言い出すくらいなんやから。」
「それは…人それぞれでいいんじゃない。ねぇ椎原さん。」
「私はどっちも好きかな…というかまだ関東方面の、食べてないかも。」
「それだったら食べ比べ行かない?………その…みんなでさ。」
西山がさりげなく椎原さんを誘おうとしている…というのが分かる勇一。
ここは彼が部活に入ってくれたお礼としてフォローを入れようと感じた。
「じゃあ今日は帰りにタコ焼き食べに行こう。」
「いいね。」
「西山。お前のおごりな。」
「なんで僕がおごらないといけないんだよ。」
「へぇ~そうなん。せっかくええ流れになってんやからここは太っ腹なところみせてあげんと。女性陣に対してもなぁ。」
「ちょ…お前さ。」
西山が生一に慌てたように突っ込む。
「そういえば…勇一は“タコ焼き”について他に何か知ってる?」
他にあれば知りたいと静那は勇一に聞いてきた。
「そうだなぁ、俺椎原さんみたいにあんな詳しい情報は知らないんだけどさ…
静那は“明石焼き”って知ってるか?」
「いや。初めて聞くよ。」
「ならそれ説明するよ。」
「うん。」
「普通のたこやきあるよな。あれを出汁に浸して食べるスタイルがあるんだよ。静那はおそらくソースとかマヨネーズ…あとバジルだったっけ。そういうのをつけて食べたと思うけど。この明石焼きはなにもつけないで、だし汁に浸すんだ。なんだか上品だろ。」
「うん。なんだか高級なタコ焼きって感じがする。そっちも美味しそうだね。」
目を輝かせる静那。
明石焼き一つでここまで感動するのも変な話だ。
「もちろんタコを入れてるからスタイルはタコ焼きと同じなんだけど、発祥は…
兵庫県明石市の郷土料理…になるのかな?」
チラッと椎原さんを見る。
椎原さんはうんうんと頷いてくれた
「他にも地域によっては白菜入れたりする所もある。大阪で人気となって全国に広まったから、それだけ色んなバリエーションができたんだ。」
「なんだか聞いてたら実際作ってみたくなったな。食べてみたいのもあるけど。」
「タコ焼き機ならホームセンターで売ってるで。“ハマート”とかで。」
「作るのもいいよね。流石に部室じゃムリだけどどこかで出来ればね。」
仁科さんも乗り気だ。
「食べ物囲めば話もはずむだろうし。方法は考えてみるよ。」
「西山君の力で何とかなりそうなの?」
「そんな大げさな…生徒会の権力とかは無いよ。でもタコ焼きならプレートと簡単な調理台があれば出来るだろ。
三枝先生に茶道教室の奥の調理台借りれるかくらいは聞いてみるよ。」
「お願いします。私作ってみたいです。」
「静那さん料理好きなの?」
「はい。まだまだですけどね~。でも私魚をさばけるんですよ。」
「すごいじゃん静那さん。女子高生で魚さばける人ってそんな沢山いないよ。」
「私もそういう話聞いてました。でもさばける人が居たほうがいいって思って、これだけは中学生のころからやってたんです。」
「魚さばけるなら料理のレパートリーが増えそうだね~。」
* * * * *
「タコ焼き」というお題から思わぬ形で話が盛り上がったが、自己紹介で時間もかかったため、今日の部活はこれでお開きとなった。
各々帰路に就く。
タコ焼きを食べに行くのは「近いうちに」ということになった。
帰り際に飛び入りで部活に加わってくれた仁科さんに対し、お礼を言う部長の勇一。
「静那がすごく喜んでたよ。入部してくれてありがとう、仁科さん。」
仁科さんは西山が椎原さんに気がある事など、先ほどのやりとりでほぼ理解したようだ。
「(女のカンは恐ろしい…男が思っている以上に女の洞察力はするどいな…。)」
こうして最後に部室を閉める部長の勇一。
部室を閉めるまで入口で待ってくれていた静那に伝える。
「これからは部活が終わったら三枝先生に部室のカギを返しに行く。部長の俺がいなかった場合は静那にお願いするからな。」
帰る前に勇一と静那は、メンバーの名前を書いた名簿と活動申請書を三枝先生のいる職員室に持っていく。
部活動の一日目でもあり“とある日本文化交流会の一日”が終わった。
『B面』では、勇一達が立ち上げた部活「日本文化交流研究部」での様子を描いていきます。時々課外活動で外出もします。
各話完結型ですので、お気軽にお楽しみください。
尚、本編のストーリーとB面の話数は所々リンクしています。こちらを読んでから本編を読み進めていくとより楽しめます。
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頑張って執筆致します。よろしくお願いします。