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TEENAGE ~ぼくらの地球を救うまで  作者: SHUSAKU
MOVIEⅠ【A面】
63/239

弾圧からの解放 ~とある東洋人の軌跡⑦

Chapter7

「グゥウアオウゥ!」


鼓膜を直接引き裂くような、獣じみた咆哮が宮殿内の高い天井に反響した。


その凄まじい叫び声と同期するように、丸太のように太い腕が、空気を断ち切る鋭い音を立てて真横に振り回される。


防御……いや、ガードを試みること自体が自殺行為だ。


もし直撃すれば、首から上が文字通り消し飛ばされる。そんな殺意に満ちた横殴りのハンマーブローを、怪力に任せて振り回してくるのは、山賊集団バーサビアの最高幹部vaderファーダーだ。


対峙する小谷野は、これまでに彼に対して二度の惨敗を喫していた。


惨敗……などという生易しい言葉ではない、実際には二度とも半殺しにされ、死の淵を彷徨ったのだ。


前回の戦いでのファーダーは、まだ余裕を湛えていた。獲物を弄ぶかのように薄汚い笑みを浮かべ、自分たちを完全に舐めきっていた。


しかし、今の彼は違う。


頭部と口元から鮮血を流しながら、執念深い獣のような形相で、ただ獲物を屠るためだけに剛腕を振り回している。


暴れ狂う重戦車のような力に抗えず、一度は片手で捕まえられた小谷野だったが、必死にその手を振りほどいた。


捕まらないように距離を取るのが精一杯だった。


今の自分にできることは、もはや逃げること以外にない。


怖さ……恐怖感を超越した先にある、自らの絶対的な「死」を、小谷野は今、はっきりと認識していた。

自分がまさに奈落の淵に立たされているのだという実感が、全身を震わせる。


何か反撃の手立てを考え、果敢に向かっていこうなどという気概は、今の彼には一欠片も残っていなかった。


脳内を占めるのはただ一点、どうやってこの暴力の化身から逃げ延びるか、それだけだった。


ブンッ、という嫌な風切り音と共に、ファーダーの剛腕が小谷野の髪の毛をかすめて通過する。


そのままの勢いで、岩のような腕が石造りの太い柱に正面から激突した。


「ビシッ!」


重量感のある破壊音と共に、石柱にみるみるうちに深い亀裂が走る。


(……なんちゅう威力だ……掠っただけで行けるぞあの世……)


改めて突きつけられた圧倒的な戦力差に、小谷野は心底震え上がった。


彼は麻痺した足に鞭を打ち、さらに相手との距離を強引に引き離そうと後退した。



しかし、ファーダーはただ怒り狂って暴れ回っているわけではなかった。


獲物を確実に仕留めるために、少しずつ、けれど冷徹に小谷野の退路を塞ぐように追い詰めていたのだ。


一番初めにアジト内の汚水処理場、あの不衛生な部屋の中で対峙した時に見せた、巨体に似合わぬ俊敏な動き。


相手との間合いの詰め方や視線の配り方など、彼は単なるデカブツではない。


プロの用心棒として、確実に息の根を止めるための技前を持った、洗練された「殺人者」だった。


小谷野が右へ逃げようと足を踏み出せば、その先を予測して素早く回り込む。


怒りで暴れているように見えて戦い方は冷静だ。


後ろに逃げられても“横”には抜けさせない。


小谷野には、もう後退していく以外の選択肢が残されていなかった。


ファーダーは無言の圧力をかけながら、じりじりとその距離を詰めていく。


ついに小谷野の背中が冷たい壁に当たり、完全に追い詰められてしまった。


(……クソッ、次だ。

次、あいつが左腕のフックを放つために腕を振り上げたら…その瞬間の隙を突いて、空いた脇の下から反対側へ逃げるしかない。

一か八か、体勢を入れ替えてやる!)


小谷野は必死に呼吸を整え、相手の筋肉の動きを凝視した。


しかしファーダーは、小谷野が自分の右脇方面へチラリと視線を走らせたその刹那の動きを見逃さなかった。


小谷野の予想通り、ファーダーは巨大な左腕を振り上げて殴りかかってきた。


「ここだッ!」


小谷野は体勢を低く沈め、相手の右脇側から潜り抜けようと弾丸のように飛び出した。


……しかし。


その左フックは、獲物を誘い出すための残酷なフェイクだった。


横を抜けようとする小谷野の頭部を、ファーダーの岩のような腕がガッシリと鷲掴みにした。


「しまった!」と思った時には遅かった。


捕まれたまま無理やり状態を起こされ、ボディーブローが入る。


「!?」


ものすごい威力だ。


息ができなくなり、一気に力が入らなくなる。


そのままもう片方の腕で顔面をぶん殴ってきた。


この体重を乗せた鋼鉄のような拳が顔面にめり込めば、今度こそ本当に命はない。


鈍い衝撃と共に小谷野は金網のある壁側に激突する。


ボディーブローから顔面へのハンマーブロー…


たった2発でもう小谷野は半分意識が飛びそうだった。


足がガクガクッと崩れる。


もうこの状態で逃げるのは困難だ。


ファーダーはそんな小谷野の前に足を大きく広げて陣取り、腰を入れて横殴りのハンマーを左右に放ち始めた。


1,2発目はかろうじてガードしたが、そんなのは関係ない。


ガードの上から丸太のような腕が往復で飛んでくる。


3発目が後頭部に入った。


倒れはしなかったがこれが決定打になった。


フラフラと焦点が合わないまま小谷野は立つ。


…しかし目線は明後日の方向を向いている。


ファーダーはそんな小谷野の首根っこを掴み、壁になっている壁側・金網に叩きつけた。


金網が“ギギッ”と激しく揺れ、真横ではあるが叩きつけられた小谷野は片膝をつく。


意識もうろうで、もう目の前が見えていない。


棒立ちだ!


相手にとっては“的”以外のなにものでもない。


中腰の状態で殆ど気絶しかけている小谷野に対し、ファーダーが少し助走をつけてから思いっきり殴り掛かった。


この勢いと体重でこの太い拳をめり込ませられたら、今度こそ本当に命が無い!


絶体絶命だった。


しかし、死の淵に立たされた小谷野は、デカブツのトドメの衝撃を受ける直前、プツリと糸が切れたように意識を飛ばして崩れ落ちた。


恐怖の極致か、あるいは蓄積したダメージの限界か。


正座をしたような状態で、そのまま脱力して真後ろに崩れ落ちるという、奇妙な格好でこと切れたのだ。


それがファーダーの視点からは、標的が寸前でフッと避けたようになったのだ。


トドメを刺すつもりで全体重をかけて踏み込んでいたファーダーは、標的を失った勢いを止めることができず、そのまま背後の金網に激しく激突した。


「ギィィィィィンッ!」


金属が悲惨な悲鳴を上げて軋む音が響く。


その凄まじい衝撃に、腐食していた金網が支柱ごと崩壊した。ファーダーは巨躯を支える術を失い、崩れた壁の向こう側へと真っ逆さまに落ちていった。


金網の向こう……それは要塞の最外縁、切り立った断崖絶壁だった。


断末魔の叫びを上げながら、怪物は壊れた金網と共に闇の深い谷底へと消えていった。


一瞬だけ記憶を飛ばしていた小谷野だったが、死への本能が急ぎ意識を呼び戻した。


「はぁ……はぁ……っ……」


目を開けた先には、誰もいない。


小谷野は恐る恐る、背後を振り返った。


そこにはもう、自分を追い詰めていた怪物の姿はない。ただ、無惨に突き破られた金網の残骸だけが寒々しく残っていた。


あのデカブツは……居ない!


「この…金網が壊れて……助かった…のか?」


体勢を入れ替えようとして捕まえられた瞬間には、もう死を覚悟していた。


しかし、無意識に力が抜けて「落ちた」拍子で、結果的に相手の突進を「体を後ろに反らせてかわす」形になり、金網を突き破らせるという自爆を招いたのだ。


小谷野は直撃を受けた頭部を押さえ、激しい眩暈に耐えながら、ようやくこの偶然の勝利を理解した。


「俺は…もしかして、勝っちゃったのか……」


* * * * *


舞台は変わり、こちらは要塞の巨大な城門を挟んでの攻防戦。


三十名程度の衛兵であれば、村人たちの数と気勢でなんとか対応できていた。


城内に潜伏していた村人、各村から決死の覚悟で集まった老人、そして少数の若者たちの連合軍が、一丸となって兵を抑え込み、次々と武器を奪っていく。


若者の一人が、希望に満ちた声を上げた。


『この上の広場です! おそらく彼女たちはあの広場に捕らえられています。行きましょう!』


『オオオ!!!』という、地鳴りのような歓声が上がった。


今、この瞬間に情勢が劇的に変わりそうな予感が、皆の胸に宿った。


しかし――現実は非情だった。


百五十名を超える衛兵の大部隊が、上の広場から城門に向かって、黒い波のように一斉に降りてきたのだ。

三十人なら突破口はあったが、訓練された百五十名の壁はあまりにも厚い。


しかも全員が、反月形の鋭い刀剣シャムシールを抜き放ち、完璧な臨戦態勢を整えていた。


これには村の老人たちも、思わずたじろぎ、足が止まった。


こちらには対抗できるような大層な武器などない。


ましてや、その重い刀剣を振り回すほどの力もなのだ。


衛兵の増援が到着したことで、先ほどまでの勢いは霧散し、村人たちは急激な勢いで門の外へと押し返されていった。


一度は武器を奪われていた衛兵たちも、増援の影で立ち上がり、再び態勢を持ち直していった。


それでも、盟友である小谷野の安否が心配でならない兼元、そして村の男性の一人は機転を利かせた。


地上を埋め尽くす兵士の隙を突き、素早く宮殿の屋根へと飛び登ると、広場を目指して最短距離を駆け抜けていった。


共に走る男性の横顔を見て、兼元はハッと思い出した。


その村の男性は、かつて自分が修道院に身を寄せていた時に、危険を顧みず生一たちにアジトの内部情報を教えてくれたあの男だった。


村の男性もまた、兼元たちのことをはっきりと覚えていた。


(……目の前にいるのは、あの時修道院で出会ったカネモトとかいう日本人だ。

……ということは、おそらく残りの二人も、まだこの上の広場でシスターや村人達を助けるために、たった数人で戦っているんだ。自分も続くんだ!)


男性にとっても、シスター・ネイシャは命の恩人であり、心の支えだった。


親や仲間を連れ去られ、絶望に暮れていた村の子どもたちの面倒を、自分を犠牲にしてまで見てくれたのは彼女だ。


絶対に、そんな優しい彼女を死なせたくはない。


その熱い想いは、兼元たち日本人の仲間と同じだったのだろう。


先行して広場への侵入を許してしまった数名の衛兵だが、彼らはまず、門からなだれ込もうとする村人たちを力ずくで押し出すことに全力を注いでいた。


二百名近くまで膨れ上がった衛兵の集団という名の巨大な「鋼の塊」に、老人たちは次第に押され、城門の外へと後退し続けた。


剥き出しの殺意と共に一斉に剣を振り回されたら、素手同然の者には、恐ろしくて一歩も前に進めない。


こうなってしまうと、体力と武器を持たない老人たちには、もはや勝ち目

などなかった。


衛兵の集団に押し返され、目の前で閉ざされようとする活路に、一歩も前に進めないもどかしさを八薙もまた痛感していた。


「いざとなれば、自分だけでも……」


八薙はこの衛兵たちの壁を掻い潜り、強行突破して処刑台広場まで駆け抜ける術を、冷徹に探っていた。


* * * * *


その処刑場広場では、残された数名の衛兵と、人質として数珠繋ぎにされた二十名ほどの村の女性たちがいた。


そしてネイシャ、仁科さん、葉月が見守る中……運命の戦いが始まろうとしていた。


周囲に控える数人の衛兵たちは、加勢する様子もなく、冷笑を浮かべていた。


『(あの方が負けるわけがないだろう。あの日本人も、どうやってここまで辿り着いたかは知らんが無謀にも程がある。大人しく逃げ隠れていればよかったものを。バカな奴だ)』


……兵士たちの表情には、そんな侮蔑と確信が滲み出ている。


村の女性たちは、ただ震えながら祈るような思いでその光景を見つめていた。


対して、仁科さんと葉月は「出来れば逃げてほしい」という、切実な願いだけを胸に抱いていた。


何よりも、生一に死んでほしくないからだ。


勝負の行方以前に、相手との体格差、そして服の上からでも判別できる異常なまでの筋肉の付き方が違いすぎる。


空手の心得がある葉月でなくとも、目の前の男がプロの格闘家、あるいは熟練の用心棒クラスの「本物の怪物」であることはすぐに理解できる。


「生一ッ! 危ないから逃げてッ!」


仁科さんが、張り裂けんばかりの声で叫ぶ。


その声に気づいた生一がすぐに言い返す。


「うるせぇよ!女は戦えねぇんだから、そこで大人しく見てろ!

あと、適度に乳出しながら盛り上げとけ!」


「ちっ…って何バカ言ってんのよ!心配してるのよ!馬鹿なの?あんた!」



そのすぐ近くでは、黒い髭を蓄えた小太りの男、アジャパが陣取っていた。


ネイシャのすぐ傍らに立ち、高みの見物を決め込んでいる。


『あの日本人では万に一つも勝てるわけがない』


アジャパは勝利を確信し、下卑た笑みを浮かべてタカをくくっていた。


ネイシャもまた……やはり「出来れば逃げてほしい」という心配を瞳に宿していた。


今まで彼に挑み、一撃で沈められ、葬られてきた人間を彼女は何人も見てきたのだろう。彼までその一人になってほしくない……


目の前のハイキック野郎は、生一が先に仕掛けない限り微動だにせず、ただ底知れない威圧感を放っていた。


生一は、腹の底から覚悟を決めた。


じりじりと、自分の方から足場を踏みしめるように歩を進めていく。


距離が縮まるにつれ、肌を刺すような鋭い緊張感が走った。



『この野郎ォ! 見つけたぞ!』


しかしその時、沈黙を破り、声を張り上げてハイキック野郎に立ち向かおうとする男性が現れた。


城門から坂を駆け上がり、こちらを振り向くと同時に、悠然と生一たちの元へ向かってきたその男性。


生一は、彼を一目見て瞬時に思い出した。


確か修道院に居た時、アジト内の内部情報を命がけで教えてくれた、あの男性だ。


坂道を急いで登ってきたため、肩がわずかに上下し、息が上がっていた。

しかし、彼は躊躇うことなくハイキック野郎の前へと踏み出し、二人の間に割って入った。


(……こいつは、俺が相手をする)


その背中が、雄弁にそう物語っていた。


男性は勢いに任せ、そのまま一気にハイキック野郎との距離を詰める。


そして呼吸を置かずに、無言のまま深く踏み込んで蹴りを放った。


しかし、ハイキック野郎は柳のようにしなやかな動きで、それを軽くかわした。


彼は「自分の絶対的な間合い」を、完璧に熟知していたのだ。


それでも、目の前で捕らえられているネイシャ、そして愛する同胞たちを前にして、怯んではいられなかった。


ネイシャが『来てはダメ! 逃げて!』と悲鳴のような声を上げる。


しかし男性は、今までの村人たちに対する理不尽な横行の数々を思い返し……表情をさらに引き締め直して、再び怪物に向かっていった。


しかしハイキック野郎は、その男性の重心の動きから、「次、どの位置まで踏み込んでくるか」という未来の軌道を、冷徹に見切っていた。


「マズイ!」


本能的に危機を感じた生一が、咄嗟に叫ぶ。


「ヤツの蹴りに気をつけろ! 入りすぎんなァ!」


(……日本語で叫んでどーすんのよ!)という表情を浮かべる仁科さん。


しかし、男性はすでに「彼の間合い」……死の聖域に踏み入れてしまっていた。


踏み入れたその刹那、閃光のような速さで放たれた左のハイキックが、吸い込まれるように男性の側頭部を捉えた。


男性は一体何が起きたのかすら理解できぬまま、驚愕に目を見開いた状態で、仰向けに地面へと叩きつけられた。


あまりにも鮮やかに蹴りが入ったため、痛みを感じる暇さえなかっただろう。


村の女性、そしてネイシャから激しい悲鳴が上がった。


倒れた村人は、首を僅かに痙攣させながら、意識を朦朧とさせていた。


脳震盪によって自分の身に何が起きたのかさえ分かっていないのだ。


そこへ、ハイキック野郎は容赦なく馬乗りになり、無防備な顔面へパウンド(グラウンドパンチ)を連打し始めた。


半失神状態の相手に対し、一切の慈悲もなく、マウントポジションからのパウンドがどんどん撃ち込まれていく。


もう勝負はついたとばかりに生一がたまらず割って入った。


彼はハイキック野郎の真正面まで行き、一旦後ろへ下がるように手で制するジェスチャーを見せる。


「下がれぇッ!!」


日本語で怒鳴りつけた。


言葉の意味は理解できずとも、気迫に押されたハイキック野郎は、半分失神している男性を一瞥すると、スッと立ち上がり、距離を置いてくれた。


『選手交代するくらいの時間はやるよ』といった、強者の余裕だろう。


男性が彼と対峙してから、僅か二十一秒しか経っていない……


あっという間に無慈悲な蹴りを見舞われ、ピクリとも動かなくなった彼の元に、生一が駆け寄った。


村の女性たちは、瞬時にKOされた男性を目の当たりにして、深い絶望感を隠せなかった。


力の差がありすぎる。


目の前で一部始終を見ていた葉月も口元を覆い、ガタガタと体を震わせながら掠れた声を出した。


「何よ……さっきの蹴り……全然見えなかった…

あいつの間合いに入った瞬間、パッと地面が光ったような感じがしたと思ったら、もうあの人が倒されていた……

藤宮君…これでもなんで逃げないのよ。もう、やりあったら怪我とかじゃ済まないよ…コレ……」


仁科さんも、内心ではこのタイミングで助けに来てくれたことが、たまらなく嬉しかった。しかし、目の前の絶望的な現実を見せつけられた今は、もう生一に逃げてほしいとだけ感じていた。


こんな化け物に敵うわけがない。


それに生一は、格闘のプロでも何でもない。今月初旬までは、ただの跳ねっかえりの高校生だった人間だ。


素人がプロの怪物に挑んで、無事で済むはずがない。


それくらいは分かる。


脳震盪で意識を飛ばしかけていた男性が、生一の呼びかけに応えるように、かろうじて目を開けた。


生一が、彼の体をそっと抱きかかえる。


そして『大丈夫か?』


ここは“こっちの言葉”できちんと問いかけることができた。


……しかし、それに対して返ってきた必死の返答……その言葉の意味が、分からない!



----------------

【※ここからの男性の言葉は二つに分かれます。】

『』で囲った言葉は、男性が発したそのままの言葉

「」で囲った言葉は、生一がそれを自分で勝手に解釈したものになります

----------------


焦点を必死に定めた男性は、自分を介抱する生一を見た。


(……間違いない……あの時、修道院にいた、あのややつり目の東洋人の少年だ)


先ほどまではハイキック野郎しか見えていなかったが、彼もまたここに居てくれたことを理解し、わずかに口角を上げ、微笑んだ。


しかし、再び闇に堕ちる前に、この想いだけは伝えなければならない。


彼は力を振り絞って生一に訴えかけてきた。



『君はここにいてはいけない。うっ…ゴホッ』

「お前に頼みがある。うっ…ゴホッ」



「それ以上喋るんじゃねぇ!気を失うのを早めるだけだぞ!」


日本語だが、生一は叫んでいた。


しかし男性は弱弱しい声でもなんとかしゃべろうとする。



『君達は……この状況を何とかしようと、我々の先頭に立って動いてくれた。それだけで十分だ……』

「よく聞け……俺たちの村がこんな地獄になったのは、あいつらが急にこの土地に来てからだった……」



『君たちには感謝している。このまま命が尽きても、君たちと共に戦えたことは誇りだ。……だから……せめて君たちだけでも逃げてほしい』

「あいつらの勝手なルールを、急に押し付けてきやがった。こっちのルールなど全く呑まずに。俺達村人は、あいつらの恐怖に支配され、命令通り働かされたんだ。」



『見ず知らずの君達がここまでしてくれたのは本当に嬉しかった。…だから死んでほしくないんだ』

「歯向かう村人は、見せしめのために全員殺された……俺の両親も……かつて村長として慕われていたリーダーも……」




『お願いだ……君たちだけでも……無事に逃げ延びて……君たち……だけでも……』

「た…頼む……奴を……奴を倒してくれ…プ……プロレスラーの……手……で……ッ!」



『逃げ…て…くれ…』

「たの…む…、奴を…倒してく……」


最後の一滴まで力を絞り出すように言葉を発した後、その男性の瞳からは光が消え、白目になった。


完全に、気絶したのだ。


白目でピクリとも動かなくなった彼を優しく地面に横たえ、生一はゆっくりと立ち上がった。


ふと、ハイキック野郎とは正反対の方角――広場の高い壁際に視線をやり、「キッ」と鋭く睨みつけた。



……


……しかし、何も起こらない。


城門の下の方で響く小競り合いの声…そして乾燥した風が宮殿を通り抜ける音が聞こえるだけだ。


「…………」


仕方ないなぁと言う感じで白目で気絶した男性を再び抱きかかえ、一旦壁際の方まで移動させた。


ハイキック野郎は「あいつは何をしようとしたんだ?」と、不可解な行動を奇異な目で眺めていた。


もちろん、仁科さんも葉月も「生一は一体何がしたかったのだろう?」という困惑の表情だ。



生一は心の中で思っていた。


「(なんか今までの“流れ”で出来そうな気がしたんやけどなぁ…悟空がやったアレ…)」



気を取り直し、壁際に白目になって横たわる男性を横たわらせる。


次に生一はその辺の土を彼の上に盛り始めた。


まだ死んではいないのだが……


土を被せながら、生一は低い声で彼に語りかけた。


「分かってるぜ。仲間や村人たちが殺されたのが悔しいんじゃねぇんだろ?

あいつらにいいようにされちまったのが悔しくってしょうがなかったんだよな…?

おめえの事は言葉もよく分かんなかったからあまり話せなかった。…絡みも少なかったけど、村人としての誇りみたいなものは持ってた。

オラにも少し分けてもらうぞ。その“誇り”みたいなもんを」


そして生一はスクッと立ち上がった。


足元では、なぜか男性の股間の部分にだけ、山のようにこんもりと土が盛られていた。



ハイキック野郎に照準を合わせ、生一は再び真っ直ぐに対峙した。


そして、日本語で広場全体に響き渡るような声で叫んだ。伝わるはずもないのに、その魂をぶつけるように。


「オラは、日本育ちのプロレスラー(仮)だ!

おめぇに虐げられた村人たちの為にも……

そして、プロレスがシュートを超えた至高のスポーツだってことを証明する為にも……

おめえをぶっ倒す!」


「…………」


熱弁を前に、ハイキック野郎は小さな声で呟いた。


『だからさっきから何言ってんだコイツは』

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