22-1 合流の手がかり
【22話】 Aパート
舞台は、山賊バーサビアが支配する、湿り気を帯びた石造りの地下施設である。
早朝の静寂を切り裂くように、地下の隅々から"カン、カン、カン"という、どこか無機質で乾いた金属音が反響し、勇一の鼓膜を不快に揺らしていた。
生一たちが決死の脱走を遂げたことで、過酷な労働を強いられる人々の中で唯一の日本人となってしまった勇一は、重い土のうを担ぎながら周囲を伺った。
「お前もあの連中のように、隙を見て逃げたりしないだろうな」という、毒を含んだような監視の視線が、以前よりも執拗に、自分自身の背中へと冷たく突き刺さるのを感じる。
自分は、脱出した仲間たちが無事に政府などの組織と接触し、いつか救助の手を差し伸べてくれることを、暗闇の中で藁にもすがる思いで願い続けていた。
しかし、あの日から彼らの行方については、指先ほどの小さな情報さえ全く入ってこない。
果たして彼らが、あの汚水に満ちた暗い穴から無事に地上へ這い上がることができたのか、あるいは汚泥に呑まれたのか……それさえ今の自分には分からなかった。
外界からの音や光が完全に遮断された状態というものが、これほどまでに精神を削り、自分の「芯」を追い詰めるものなのかということを、勇一は今、身を以て痛感していた。
情報が完全に制御され、闇の中に置かれている現状は、例えるなら「体は動かせても、心だけが錆びついた太い鎖でどこまでも縛り付けられている」ような、逃げ場のない息苦しさに等しかった。
いっそのこと、周囲で精気を失い、泥のように何も考えずただ手足だけを動かしている村人たちのようになれたなら、どれほど楽だろうかとも考える。
けれど、自分の内側から湧き上がる「真実を知りたい」という渇望が強くなればなるほど、現実との乖離が鋭い痛みとなって自分を襲うのだ。
このまま時が過ぎれば、いずれ自分も感覚が麻痺し、何も望まず、労働の後はただ死んだように横たわるだけの存在に成り果ててしまうのだろうか。
勇一は僅かな休憩時間に、周囲の村人へ必死に話しかけ、接触を試み続けていた。
だが、満足な食事も与えられず極限まで疲弊した彼らは、異邦人とのコミュニケーションを酷く面倒くさがり、会話の糸口を掴もうとする先から重い瞼を閉じて逃げるように「寝て」しまう者がほとんどだった。
例えわずかに言葉が交わせたとしても、ここに囚われている村人たちは外の世界の情勢を何も知らされておらず、そこには絶望的なまでの無知の壁がそびえ立っていた。
そんな閉ざされた環境で、唯一得られた有益な、そして不気味な情報が「あの汚水処理施設にだけは、死んでも近づくな」という警告であった。
それを聞いた瞬間、自分は嫌な予感に胸を締め付けられ、嫌な汗がじわりと首筋に滲む。
生一たちの身に、一体何が起きたのだろうか。
せめて、せめて生きていてほしい……と、奥歯を強く噛み締めながら、胸の中で何度も祈るように繰り返した。
あいつらがいてくれたら、どんな過酷な状況でも笑いに変えられたし、少しの余裕があればいくらでも馬鹿げた話をして笑い合えたのだ。
そんな、かけがえのない戦友たちが、あの冷たい濁流の中で命を落としたなどとは、自分はどうしても信じたくなかった。
* * * * *
一方、こちらは心優しいシスター・ネイシャという大きな支えを失い、静寂に包まれた修道院である。
生一、小谷野、兼元の三人が身を寄せている修道院には、幸いなことに、冷たい水が勢いよく出る水道が備わっていた。
さらに、以前から自給自足の生活を目指していたようで、裏庭で数羽のニワトリを飼っていたことが、彼らにとっての唯一の福音となった。
喉を刺すような脱水症状に襲われれば、蛇口を全開にして溢れ出る水を浴びるように、喉を鳴らして飲み干せばいい。
彼らは、眠りにつく直前や、過酷なトレーニングを開始する直前に、ニワトリが産んだばかりの温かい生卵を、殻を割って一気に口の中へかき込んだ。
ドロリとした無機質な感触が喉を通り、空っぽの胃に落ちる。
そうして最低限の栄養を無理やり胃に流し込むと、三人はひたすら自分たちの肉体を苛め抜く特訓へと没頭した。
満天の星々が美しく、けれど冷ややかに見守る真夜中の静寂の中に、彼らの「ハア、ハア」という、肺を抉るような荒い息遣いだけが、不吉なほど大きく木霊している。
まずは、修道院の片隅に転がっていた角材の切れ端を土台にし、自重を使った基礎トレーニングから開始した。
プロレスラーがその強靭な体を作り上げるために行う特有の腕立てふせ、通称"ライオンプッシュアップ"を、三十回三セット、一切の妥協なしで行う。
一見すれば古臭い手法に見えるが、この動きは上半身や下半身の筋力を鍛えるだけでなく、肩関節の柔軟性も飛躍的に高める、合理的で万能なトレーニングであった。
特訓のオープニングを飾るメニューとして取り入れたが、開始初日……三人の体は一セットも満足に完遂することなく、無残に冷たい石畳の上に崩れ落ちた。
* * * * *
しかし、その静寂を生一の気迫に満ちた声が切り裂き、仲間を激しく鼓舞する。
「ここで1セット出来んかったら死ぬと思え!
手を止めた瞬間に、後ろから見えない刃物が飛んでくるんや!
その光景を脳裏に焼き付けて、動きを止めるな!」
その、焦点の定まらない狂気を孕んだ目つきに射すくめられ、三人は指先の感覚がなくなるまで自分を追い込み、なんとか最初の一セットを終えた。
もはや腕は自分の意志を離れ、ただ重力に従って小刻みに痙攣し、使い物にならない。
しかし、その腕が再び動き出すまでの僅かな「休憩時間」にさえ、生一は休むことを許さず、即座にヒンズースクワットの開始を命じた。
生一自らが先頭に立ち、膝の関節がミシミシと軋む音を無視して、深く、より深く腰を沈めていく。
当然、言い出しっぺの生一自身も、全身を貫くような鈍い激痛に耐えていた。
だが、「この程度の負荷に耐えられなければ、要塞へ乗り込んだ瞬間に百パーセント死ぬ」という冷酷な現実を自分自身の脳に叩き込み、足、そして腕の筋肉を徹底的に苛め抜く。
一番初めに、肉体の限界を超えて崩れ落ちたのは兼元だった。
彼は意識が混濁し、口元から白い泡を半分吹きながら、その場に力なく横転した。
しかし生一は、倒れた兼元を気遣うどころか、その無防備な横腹に向けて、一切の手加減なしに強烈な蹴りを叩き込んだ。
腹筋に力が入っていない無防備な脇腹に、硬い靴の先がズブリと深くめり込む。
「今の一撃でな…自分もう、死んどるんやぞ!」
激痛で強制的に意識を引き戻され、悶え苦しむ兼元に対し、生一は氷のように冷たい言葉を投げ捨てた。
兼元はハッとした表情で、脂汗を流しながらも再び立ち上がり、ふらつく足取りでメニューを再開した。
開始から三時間が経過し、ようやく一次メニューを消化し終えた頃には、小谷野と兼元の顔は死人のように青白く、表情は完全に抜け落ちていた。
しかし生一は、震える足で無理やり起き上がると、二人の襟元を乱暴に掴み、少し小高くなっている崖の縁まで、這うような動作で進んでいった。
そこは、一歩踏み外せば命はない、切り立った険しい崖になっていた。
「次のな……メニュー行くぞ!」
小谷野と兼元は、生一が完全に正気を失ったのだと直感した。
なぜなら彼は、二人の体を掴んだまま、一切の躊躇なく、そのまま真っ逆さまに谷底へと身を投げ出したからだ。
* * * * *
「死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! あひっ! あひっ!」
落下する重力に身を任せながら、二人は肺が破れんばかりの叫び声を上げ、必死に空を掻いた。
恐怖に顔を歪めながらも、咄嗟に隣の生一に目を向けると、彼は崖から突き出した鋭い岩の出っ張りや木の根に、手や肘をガンガンと強引に引っ掛け、落下の勢いを僅かずつ殺していた。
これは、落下しながら地形を瞬時に判断し、障害物を利用して衝撃を分散させながら下っていくという、常軌を逸したトレーニングだった。
傍から見れば、三人が揃って谷底へ飛び降り自殺を図っているようにしか見えない異常な光景だろう。
けれど、二人は死の恐怖を燃料にして集中力を限界まで高め、生一に倣って、木の枝や岩のでっぱりに肘を立てたりして勢いを弱めながら……奇跡的に、地面への着陸に成功した。
両腕は岩に削られて血だらけになり、皮膚が裂けていたが、なんとか着地を果たした。……自分たちは、生きていた。
この特訓において、"成功"以外はすべて"死"を意味していたのだ。
九死に一生を得て、心臓の激動を抑えながら安堵していた二人のもとへ、生一が再び立ち上がって告げた。
「オラ! 休むな。二回目のダイブ行くぞ。急いで登れ!」
今落ちたばかりのこの険しい崖を、自力で登り切り、再び飛び降りろというのか。……狂っている。
しかし、生一の瞳には一切の迷いがない。
「死にたいんならな……そこで寝っ転がっとけ。 そもそも一日目でリタイアするくらいならな……その程度の覚悟の奴は……俺は、連れても……いかん!」
生一はそう吐き捨てると、自分自身の腕をプルプルと小刻みに震わせながら、岩壁に指をかけ、登り始めた。
それは命綱も補助具もない、まさに裸一貫のフリークライマー状態だった。
途中で腕の力が抜け、指が滑って、生一は何度も下まで無様に転がり落ちてきた。
「(もう休もうぜ……狂ってる。このトレーニングメニューは……人間のすることじゃない……)」
小谷野と兼元は、絶望と疲労が混ざり合った表情で生一を見つめた。
ただ、何度も地面に叩きつけられながらも、生一の瞳だけは死んでいなかった。
「ここで……登れ……んか……ったら……死ぬ。できんなら……死ぬ……」
彼はうわごとのように、けれど執念深く呟きながら、再び自分の体ほどもある岩を担ぐようにして壁を登り続けた。
「……生意気言うな!」
それは、生一への反論ではなく、自分自身に対して鼓舞したかったのだろう。
小谷野は魂を震わせるような叫び声を上げると、泥にまみれた手で崖を登り始めた。
真っ暗な崖の下から、酸素を求めるような「ハア、ハア」という声だけが、夜の闇に不気味に木霊する。
二十分くらいで、ようやく三人は崖の上まで登りきった。
すると生一は、「落ちる場所を替えろ」と指示を出した。
三人の配置が変わった瞬間、彼は再び二人の手を強く掴むと、二人を道連れにするように谷底へとダイブ。
暗闇の中、三人は再び、極限まで神経を細く鋭く研ぎ澄ます。
瞬時に掴める突起を選別し、手を引っ掛ける。
握力が出せないのなら、迷わず剥き出しの肘を岩に叩きつけ、摩擦で減速させる。
そうして少しずつ落下スピードを落としていき、なんとか無事着地を果たした。
もし一瞬でも判断が遅れ、スピードが落ちなかったら、そのまま下の岩に激突して肉塊に変わっていただろうことは明白だった。
それから実に一時間後……三人はまた、這いずるようにして谷底から崖の上まで登ってきた。
ようやく崖の天辺に辿り着いた時、地平線の彼方から、眩いばかりの朝日が静かに昇ってきた。
「よし、施設……戻って……寝……るか……」
彼らは直立して歩くことさえできず、ほふく前進のような不恰好な姿勢で修道院まで戻っていった。
足の筋肉が完全に破壊され、自分の意志では一歩も動かせないのだ。
ありったけの水を胃の中に流し込み、栄養源の生卵を殻ごと飲み込むようにかき込む。
そして、寝室へと続く階段を、ナメクジのようにじりじりと、時間をかけて上がっていった。
寝室まで辿り着いたその床を前に、生一は「寝る前に、さらにヒンズースクワット三千回や」と命じた。
「もし三千回やらずに寝てしまったら、その時は死んだと思え! いくぞ!」
生一は、枯れた声で回数を数え始めた。
終わった瞬間、三人は糸が切れた人形のように、その場に倒れ込んだ。眠るというより、それは気絶に近い状態だった。
だが、その気絶するまでの僅かな意識の間でさえ、生一は格闘時における相手に向かっていく姿勢や構えなどの座学を、二人の脳に叩き込み続けた。
耳で情報を学び、意識が完全に断絶したらその日のメニューは終了という、常人には考えられないようなメニューだった。
* * * * *
日は既に高く昇り、周囲を明るく照らし出していた。
数時間の気絶のような睡眠から目を覚ました時、全身を、万力で締め付けられるような猛烈な筋肉痛が襲っていたのは言うまでもなかった。
しかし、塩をひとつまみ舐め、生卵をかき込んだ後、生一は「やるか、死ぬか……選べ!」と言い放ち、昨日と同様にライオンプッシュアップから入っていった。
二人も反射的に、震える体でそのメニューに続いた。
だが、オープニングの腕立ての時点で、小谷野と兼元の体は既に限界を迎え、石のように動かなくなってしまった。
生一は、一定のリズムでスクワットを続けながら、二人に向かって静かに、けれど突き放すように言った。
「お前らは、もう来るな。死ぬだけや」
その言葉は、二人の自尊心という名の最後の一線に火をつけた。
彼らは、軋む悲鳴を上げる体を無理やり叩き起こし、スクワットの列に加わった。
「死ぬ気でやるっていう言葉……舐めんなよ……」
しかし、その直後、兼元が糸が切れたように膝から崩れ落ち、その場に力なく倒れ込んだ。
すぐさま、生一の鋭い蹴りが、倒れ伏した兼元の腹部を容赦なく跳ね上げる。
苦痛に顔を歪める兼元を冷たく見下ろし、生一は再び告げる。
「倒れたらそこに次々と槍を突き刺されるんや! コレが蹴りで良かったなぁ、ワレ!」
兼元は激しい怒りと屈辱を込めた目で生一を睨みつけたが、すぐに立ち上がり、ふらふらになりながらもスクワットを再開した。
「出来んかったら、殺されるだけや。俺らはな……そういう世界に足突っ込んだんだよ!」
一度やると決めた以上、もう後戻りのできるギアは残されていない。
だから二人は、その後も何度となくぶっ倒れ、意識が飛びそうになっても、生一に対して不満や口答えをすることは一切なかった。
倒れた時、生一が「槍代わり」に膝を容赦なくぶち込んできても、彼らはそれを黙って受け止め、再び立ち上がった。
重いダンベルなどの器具がなくても、この大自然の中ではあらゆるものがトレーニングの道具となった。
この日は、各々が抱えるのがやっとの巨大な岩を、片手で脇に抱えて崖を登った。
それは、戦場から負傷した誰かを抱えて脱出する状況をイメージしたものだろう。
「死んでもその岩を落とすなよ。落としたら、その岩の奴は死ぬと思え!」
生一自身も、疲労で何度も視界がモノクロに染まり、意識が遠のきそうになった。
けれど、「自分で決めたメニューをこなす」という自分自身との約束を守るために、必死に食らいつき続けた。
しかし、ついに握力の限界が訪れ、生一は岩と共に谷底へと落下していった。
それでも、落下しながらも岩を必死に抱き込み、血だらけになりながらも意地で着地を果たすと、再び岩を脇に抱えて、両腕を震わせながら登り始めた。
その岩が、具体的に誰を想定しているのか……その必死な後ろ姿を見て、二人も新たな覚悟を持って崖に挑んだ。
彼らはもはや、自分の中にあるバックギアを自らの手で粉々に叩き壊し、前進するしかなかった。
臆病者の目には、敵は常に大軍に見えると言われる。
三人はその“目”を受け入れ、自らの限界という壁を越えていくしかなかった。
「うぉあああああう!」
特訓二日目の最後、三千回目のスクワットを終えた瞬間、三人の喉から同時に、獣のような叫び声が漏れた。
やりきった……という確かな手応えがあった。
けれど、これで状況が好転し、何かが救われるわけではない。
やりきったからといって、囚われた彼女を救い出せるという保証など、どこにもないのだ。
救える可能性が、僅かに一パーセント増えたかどうかの確証さえない。
今のこの達成感は、ただ「明日を迎えるための首の皮が、一枚繋がった」というイメージに過ぎない。
けれど。
今日。……今日の自分には、確かに勝てた。
今日、自分自身に負けなかった。
今日、自分自身に課した約束を最後まで守り抜いた。
今日、明日を迎えるために全力で生き抜いたのだ。
未来を、自分の手で少しだけ切り拓く資格を得た。
自分は、今日、確かに生きたぞ!
そんな、魂の“芯”とも呼べる熱いものが、自分の中で芽生えた瞬間でもあった。
横たわり、激しく打つ鼓動を感じながら、三人は同じことを感じていた。
こうした“自分自身の弱さ”に勝ち続けていった先にこそ、本当の強さがあるのだという確信を。
いざ本番の戦いになれば、その場での対応力や柔軟性が問われることになる。
そのアドリブが必要な局面で、メンタルの持ち方がどう体へ現れるか。
この真っ暗な夜、自然の中でのトレーニングは、彼らの精神力を、最大限まで強化してくれていた。
* * * * *
特訓は三日目に突入する。
体は開始直後から悲鳴を上げ、限界を告げていた。
しかし、もはや誰も泣き言などは一切口にしない。
自分たちはもう、その道を歩き始めているのだから。
しかし、残された時間はあと七日しかない。
この短期間で強くなれる程度など、たかが知れているかもしれない。
でも、自分たちの人生の中で、これほどまでに命をかける瞬間など、そう多くはないだろう。
彼らには、例え命を懸けてでも助けたい人ができたのだ。
自分たちを必死にかくまい、つきっきりで看病してくれた、あの……Fカップの女神を!
彼女にもう一度会えるのなら、この命が尽きても構わない。
彼らのその想いは、もはや「本気」を超えた、ある種の狂気に達していた。
あまりの過酷なメニューに、一種のランナーズハイのような陶酔状態に陥っていたのかもしれないが、それほどの覚悟で自分の体を苛め抜いていた。
生一は三日目から、個人的な追加メニューとして、空き時間にチョップを壁にひたすら打ち込む“壁打ち”を始めた。
いざとなれば、この手刀で刃物にだって対抗してやるという、凄まじい勢いで、何度も壁に向かってガンガンとチョップを打ち付けた。
掌が真っ赤に腫れ上がり、骨が軋んでも、彼は一切お構いなしに壁打ちを続けた。
兼元も機動力を最大限に活かすため、跳躍を繰り返す「ジャンピングスクワット」を独自に取り入れ始めた。
小谷野は相撲のぶつかり稽古のように、太い木の幹に向かって、何度も何度も、突き上げるような体当たりを浴びせ続けていた。
そんな、三人の狂気とも呼べる凄まじい様子を、昨晩から数人の村人たちが物陰から見守っていた。
今夜も、休むことなく鍛錬を続けている三人の姿を、老人たちが心配そうに見つめている。
山賊たちに従い、人質の命を守るために「現状維持」という屈辱的な選択肢を選び続けてきた彼らは、複雑な思いを抱いていた。
この異邦人の三人は、本当に死を厭わぬ闘志を持って、あの広大な敷地へ突撃する覚悟があるのかどうか、それを確かめるように見守っている。
この村の若者たちは、ある意味、村全体と女性たちを守るための“犠牲”として差し出されたのだ。
村人たちは、そんな若者たちを見殺しにすることしかできず、現状維持に甘んじる自分たちを情けなく、恥じていた。
だが、状況が悪化すればするほど、人間という生き物は「今よりも悪くならないように」という、防衛的なブレーキをかけてしまいがちになる。
自分たちが変わることを諦め、この現状を心から受け入れてしまえば、その瞬間に村の命運は尽きてしまうのだ。
形になって現れるよりも前に、心の中で。
そんな絶望の中、この現状を打ち破り、奇跡を起こそうと立ち上がった人間が、川の流れに乗ってやってきた。
東洋の国から来た謎の若者。
『日本人』である。
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