23-2 熊野陳平との死闘
【23話】 Bパート
「くっ…熊ーーーー?」
体も仕上がった3人の表情は気迫に満ちていた。
しかし「最終テストの相手が熊」と聞いて呆気にとられる2人。
兼元と小谷野、すぐざまツッコミを入れる。
「なんでクマやねん?」
「あん?そんなん普通やろ」
「ふつう違うって!今までのトレーニングも普通ちゃうかったけど、今度のは絶対普通ちゃう。」
「お前らそんな常識も知らんのか!まったく…イチから教えんと分からんか!」
「分かるかよ!全然意味分からんわ!」
「時間無いからちゃっちゃと行くで!まず登山家の最終目標わい?兼元。」
「そりゃ世界最高峰のエベレスト…だろ。」
「そやろ。じゃあ、相撲は?」
「急にとんだな…。まぁ横綱やろ」
「ああ。じゃあもう一つ。プロレスラーは?」
「そりゃあ……ってアレ?ベルト…とか?」
「ちゃうねん。実際チャンピオンベルトってのは団体ごとに色々あって、基準や歴史とかの重みがバラバラやねん。比較できる対象やない。」
「まぁそうやな。」
妙に納得する2人。
「レスラーの最終目標はな…熊や!熊より強い人間になってこそホントのレスラーになるんや!!」
「んな話聞いたことないわ。お前自分の妄想、ただただ突き抜けてイキすぎてんのとたちがうか?アホやろ!」
「じゃあ“ファイプロ”のエディットレスラーになんで熊がおんねん。あれどう見てもオカシイやろ。制作者側もホントは分かってんねん。
真のツワモノは熊をも超えていくってな。」
「どっかの名言みたいに言わんでもええねん。熊と戦うとか狂ってるわ!何が熊やねん!」
「…そうか。そう言えばおまえ、熊“みたい”な奴に半殺しにされたよな。」
「!?」
「その熊みたいにデカいやつおるんやで、あの要塞の中に。…確実に1体。」
「…何が言いたいねん。」
「おっ、おまえちょっと躊躇したやろ。まだ怖いんか?」
「ふっざけんな!あんなん怖いワケないやろ。なっ…舐めんなよ俺を。」
「じゃあいけるな…熊。」
「それとこれとはっ…」
「それとこれとは?何やねん、言うてみろ。それとお前、手ェが震えてるぞ。」
「うっさいわぁ!もう怖くない言うてんねん!兼元!もうお前に対しても弱みなんか見せへんし。」
隣の兼元にもどなりつける。
必死で自分自身を鼓舞している。
「ホンマやな…。兼元はどや?」
「俺は…1対1なら正直まだ勝てる気ィせん。でも3体1なら行ける思う。俺らどんだけ自分の壁超え続けてきたと思ってる?その1人が3倍にもなったら…。うん、俺やっぱあきらめたくないわ。やられた“その後”が大事やん。」
「うん…お前は小谷野よりは冷静やな。
そこやねん!
俺もあのバカでかいのをシングルマッチで勝てる思うてない。これから行うテストは、一人じゃ無理な相手でも3人で連携組んで立ち向かえば行けるっちゅうのを試すためにやるんや。命をチップになぁ!
3人でやみくもにかかるんと違うぞ。連携を組んでや!合体技のたぐいや!」
2人の顔つきが少しだけ変わる。
「いいか…やれるかどうかじゃねえ。やるんだよ。」
生一も今まで山賊共に好きなように虐げられた事実を忘れていない。尿まみれの肉を生きるために食べた事もある。絶対忘れていないだろう。生一はどんなに辛い状況でも目は死んでいなかった。
どんなに絶望的な状態…絶望的な相手でも打開できるチャンス…その機会をずっと伺っていたのだ。
小谷野と兼元はだまって生一の目を見る。
次の言葉…ミッションを待っているようだ。
「アジトに入ってからの流れはテストをクリアしてから話す。だから決行後の事は一旦頭から捨てろ。」
「分かった。で、」
「ああ。アジト行くまでに森があるやろ。あそこにおんねん、野生の熊。村の老人怖がってたから道中ついでに駆除したればええねん。俺ら何だかんだいって修道院の食い物とかで世話になっとるしな。
…それに。」
生一が少し笑みを浮かべる。
「熊、殺ったら俺らの本気…あいつらにも伝わるかもしれんやん。最後の最後やけど。」
覚悟は決まった。
3人はアジトの方向に向かって歩き出した。
それを修道院の村人、老人達が心配そうに見つめる。
『あの子どもたち、本当に乗り込むつもりだ…無茶だ。たった3人で…気持ちは分かるがまだ10代の子どもじゃないか…』
『あぁ…とてもじゃないけど無謀だ。向こうは兵隊も多い、それにアジト内はトラップだらけだと聞く。村から逃げて来た彼の友人が様々な仕掛けを見た…と言っていたし。』
『わしらにはどうすることもできんのか…こんな年端もいかない子どもたちが命をかけているというのに…』
そこへアジトから唯一逃げ延びて生一達に有益な情報をくれた中年の男性がやってきた。
『何言ってるんですか!行きましょう!自分達も。今から準備出来る事はある。彼らに出来る事は彼らがやる。ただ、私たちが出来る事だってあるはずです。』
この男性も、アジトに残された若者やシスターの事が気がかりだった。
一人じゃどうにもならない。
でもなんとかしないとという思いは村一番強かったに違いない。
村人たちがアジトに向けての準備と意識を整え、出発するのはもう少し後になる。
時を同じくして、他の村からも援軍としてアジトに集結しているのを知るのも先の話である。
各地での挙兵の根回しをかけた張本人…周辺に点在する村を回っていた日本人・八薙 亮二の軌跡であった。
* * * * *
生一達3人は、アジトへ向かう途中の森へ遭遇する。
森へ踏み込む前に話す生一。
「俺たちはまだまだ弱い。…でも本当の強さってのは、己の弱さを知ることから生まれるんやで。行くぞっ!」
点在するように存在する森の中へ消えていく3人。
“夜目”が効いてしっかり見える。音や地形に対して以前より敏感に察知できるようになった。
程なく歩いていると…
…本当に熊が寝ていた。
…いや、寝ているかどうか分からない。
近づいたらロックオンされて襲ってくるかもしれない。
生一は躊躇なく言う。
「俺が囮になる。あとはお前らに任す。普通に俺一人が向かっていったら裂き殺されるけど、そうはならんようにするため考えてみろ。」
生一は自分達とそんなに体格も変わらない…でも度胸だけは違うみたいだ。
その覚悟をしっかりと受け止める2人。
熊の正面に生一が姿を現した。
…本当に寝ているのか…
「!」
いや気づいた!
熊は顔を上げ、目の前の人間に目線を向ける。
一気に獲物を狙う目になった
『ヴヴヴヴゥ』
少し唸り声をあげる。
完全に起きてこちらを見ている。暗い森の中だが確認できる。
ある程度まで近づくと生一は立ち止まった。
これ以上は危険と判断した。
一足飛びで届く範囲だ。
背を向けて逃げようとすると背後から飛び掛かってくる…前に踏み込むと立ち上がって威嚇の構えを見せる…そんな距離感ができた。
全ては次の行動、次の一手にゆだねられる。
……
動かない。
っと思ったら生一は後ろに逃げた。
予想通り熊は起き上がり猛然と生一めがけて突進してきた。
早い!
あっという間に距離を縮め、生一目掛けて飛び掛かる。
爪を立てていた。
上に馬乗りに飛び掛かった後、爪で引き裂くのだろう。
しかし生一の逃げた動きはフェイクだった。
逃げ足を踏ん張り、熊の方を向くと体制を低くしてヘッドスライディングのような動きを見せる。
今にも勢いをつけて覆いかぶさってくる牙と鋭い爪をかいくぐろうとした。
熊の下敷きになった格好だが、熊が着地した時、足…膝のあたりになった。
すぐにそのまま必死に熊の片足にしがみついた。
ヒールホールドのような要領で熊の足を固定した。
予想外の着地に熊は、足に絡みついた生一を振りほどこうともがく。
そこに左右背後から兼元と小谷野が必死の形相でとびかかる。
そのまま両腹部にナイフを突き立てた。
大きな唸り声をあげて苦しそうな熊。
残酷は承知で小谷野と兼元は突き立てたナイフをグリグリと傷口を拠点にかき回す。
どんどんドロッとした血が噴き出してきた。
熊は暴れ、体制をうつぶせから仰向けに戻そうとする。
腕を振り回す。
そのうち自由になった片腕が兼元の頭に振り落とされようとした時、察知した小谷野が熊の肩口を押さえつけた。
「兼元っ!やれェェー」
兼元は半分仰向け状態の為見えた熊の心臓部分にもう一度ナイフを突き立てる。
そのまま熊に抱きついて離さない。
相当暴れるものの離さない。
小谷野は肩口、生一は足を力の限り押さえつけている。
離したら相手に行動の自由が生まれ、仕切り直される可能性が出てくる。
そのうち熊の力がだんだん抜けていくのが分かる。
だが、力が完全に抜けるまでは離さない。
完全に力が抜けても3人は熊から離れなかった。
抱きついたまま、自分自身の心臓の音が聞こえる。
「ドクンドクン」という声がやかましい。
やったんだ…自分は無理だと思っていたけどやれたんだ……
この熊は正直そこまで大柄ではなかった…でも3人でなんとか立ち向かえたという事実。
振り返ってみれば、冬眠の時期は終わっていたし、やつれていて本来の体力も無かったのかもしれない。
終わった後だからだが、様々な可能性が感じられる。
でも、この最終試験をクリアしたという事実が今までの壮絶なトレーニングとリンクして何とも言えない気持ちになった。
まだ熊を抱きしめたまま兼元が言う。
「生一…ありがとうな。」
「…バカかお前。完全に制圧したエンディングの後、ネイシャさんかけておまえらと最終バトルロイヤルせないかんのやぞ。敵からの礼とかいらんし…」
「そうやな…あいつら叩き潰した後、おまえ叩き伏せないかんし。」
「やろがい。これからやるんはそのメインイベントまでの“繋ぎ”や。どうよ…行ける気しかせんやろ。」
「そりゃぁ…俺ら3人いるんやし、もうこれはー」
「勝ったも同然!やろ。」
「お前!ええセリフだけ取るなよな!」
「うるせぇよ。躊躇しながら言おうとしたくせに。一番デカブツやのに一番ビビりのくせして。」
「誰がビビりやねん。あぁぁ!」
「まったく…まあ、アレよ。今の呼吸を忘れんな。
あと、ビビりでないって証明はこれから見せてくれよ。自分の出来る事、死ぬ気でやり通してよ、俺らに向かって“どうよ!俺はやれたぜ”って言えるくらいの気概見せてくれねぇとよ…お前とタッグを組む“うま味”はねぇよ。」
「あぁ!逃げたら後々めんどくさい事ばっかりや。ここいらであいつらお掃除しとかないとな…その後ネイシャさんにお掃除してもらう為にも。」
「あん?何抜け駆けしておねだりしようとしてんだよ。俺はもっと重厚なサービスを…」
「おい!話がなんかおかしい方向にいってねぇか?時間もアレだし打ち合わせ行くぞ。」
「わりぃな。今日、卒業予定なんで気が早まっちまったぜ。…んで、特上の作戦って奴をきかせてくれよ。なぁボス!」
「あぁ分かった。キャプテン、リーダー。」
* * * * *
「真の男はなぁ、危険な選択をあえて選ぶなんて荒いことはしねぇ。戦況や戦略を俯瞰して判断し、勝つような道筋、イメージを描いて進むモンだ。」
要塞という名のアジトに向けて歩き出す2人に生一が話始める。
「お前らの体系や長所短所、もう分かってるよな。己の器を悟るのは大事や。
自分を客観的に見てどうや。まずキャプテン。」
「あぁ俺は体が皆より大きい分、相手を掴んだり突き飛ばしたりするんはイケる。気弱なんは否定せんけどさ、もう比べモンにならんくらい克服したって自負はある。」
「大体一致してる。次、リーダー!」
「ああ!俺は体細いけど、飛び技出来る。うまく回り込んで後ろから掴みかかれたら活路は開ける。まぁ投げられたり突き飛ばされんようにうまく頭使いながら回避しねぇとアブねぇけどな。」
「まぁな。あと優秀な嗅覚な…」
下着マニアという変な性癖を持つ兼元ならではのスキルだ。匂いの嗅ぎ分ける能力は犬並みだ。
「ちなみに盗んだ静那のパンツ、まだ持ってんのか?」
「!お前なんで知ってんのよ?」
「だってあいつ下着が一着どこかに無くなった言うてたもん。あいつ持ってる服自体少ないからすぐ分かる言うてたし。」
「その原因がなんで俺だと…」
「なら他に何か思いつくん?」
「う…ぐぬ……」
「まずそれ、絶対に“形見”ちゃうからな。生粋の下着マニアなら墓まで持っていけ。今日、全てにおいて卒業するとしても。」
カッコいいのかアホなのか分からないような会話を少し交えた後、具体的な話に入る。
ちなみに以前より静那には呼ばせていたが、生一が“ボス”。
小谷野が“キャプテン”
そして兼元が“リーダー”
これからはそう呼ぶことになった。
どうやら3人でチームを結成した証としてのルールらしい。
* * * * *
「俺らのミッションは分かってるよな。でもそのミッションで一番弊害になるのは何か分かるか?」
「感情か?」
「冴えてんじゃねぇか。その通りだ。おめえら2人、ネイシャさんが連れていかれそうになった時を思い出せ。俺が止めんかったら100%止めに行ってたろ?」
「…ああ。まあ…そうだな。」
少し俯き改めて軽率だったと感じる小谷野。
あの時は頭に血が登っていた。…しかし今なら冷静になって考えられる。
「やりはじめたら体中興奮状態になるだろう。自分で理性働かせてストップするのは難しい。ある程度目立って敵方に見つかる事も仕方ないとまでは感じてる。でもな…例えばネイシャさんが処刑台に連れていかれたり、暴行を受けている現場見たらおまえらは冷静に黙っていられるか?」
2人の顔が引きつる。
「そんな状況でも周りを見て、今自分がどう動くべきかって一瞬立ち止まって考えられる…これは訓練してできるもんじゃねぇ。でも、王手を取る過程で避けては通れないトラップやねん。だから、心の隅っコでも入れておいてほしい。」
「分かった。」
「自分の感情にブレーキをかけるトコがあるって。」
「あぁ!自分の感情が激しく揺れ動いている時ってよ…傍から見たら隙だらけやねん。自分の事を自分で見るのはできねぇ。だから覚えとけ。」
歩きながら尚も続ける生一。
「あとは…問題のあのハイキック野郎とデブの事やけど…」
一気に2人の顔が強張る。
「あいつらは多分雇われ用心棒だろ。筋肉の付き方やガタイが他の奴に比べてケタ違いやった。あのデブに関してはガードも出来んかった…一発良いの食らえばそんままあの世へのフルコースが待ってるやろう。肉体が武器よりもヤバいのはそうおらん。」
2人は歩きながらじっと黙って話を聞く。
「でもなぁ、俺たち実はあいつらにない動きが出来るって知ってたか?普通の格闘技にはな、“タテの動き”ってのが無い。これは俺の尊敬するプロレスラーが言ってた言葉なんやけど…格闘家や用心棒と違った唯一の動き…これがプロレスには含まれてんだ。
具体的な動きは地獄の特訓思い出してみれば分かると思う。いいか…肉体を凶器にしてる奴には絶対に一人で何とかしようと思うな。
俺等の認知内で一番イメージしやすい戦法がある。
3人のうち誰かが相手を引き付ける。で、一部でいいから相手の体の自由を奪う。そこへ突っ込む。ドラゴンボールZでピッコロ達3人がナッパにやったあの戦法や。漫画のイメージを実践に活かせ。」
「いきなり漫画ってお前なぁ…」
「何言ってんだ!漫画はええぞ…やり方が色んなアングルで順々に時系列で描かれているんだぜ。考えてみろよ…ビデオよりも安くてあんなに分かりやすい参考書、他にあるかよ。」
確かに冷静に考えると理にかなっている。
それに3人はこれに似た連携で熊を倒したという高揚感がある。
「そろそろだな…アイツらの話したけど、ビビッてないよな…」
「当たり前よ。もうビビるかよ」
「おう。3人の力なら体重も力も…負けねぇ。負けねえ!」
「なら問題ねえよ。あとは“今日”を悔いないように生ききるだけや。
思い切って生きた奴にのみ“明日”が約束される。今日は今日しかねぇ。次に同じような状況が来たとしても、それは今日じゃねえんだ。
当たり前だけどな…それでも人は今日の課題から逃げたがるモンだが…」
「キッ」とアジトを睨みつける。
まだ真夜中だが、見えてきた!
“バーサビア”という名の族達が陣取る要塞が…。
城壁の中は迷路のような要塞になっていて、その上に宮殿のような高い建物がそびえ発つ。
悪党共がこしらえた大層なお城だ。
怖くないなんて言えばウソになる。
ただ、恐怖を抱きながらも3人で自信をつけたうえで乗り込むことを決意した。
そしてここまで来た。
宮殿におそらく監禁されているであろうお姫様を救い出すために。
「生一…タッグを組むのが俺で良いんか?」
「あぁ?お前“で”じゃなく、お前“が”いいんだよ。バカなん聞くな!」
プリンス オブ ペルシャ達の挑戦が今、ここに始まる!!
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