19-2 裸の心
【19話】 Bパート
夜明け前なのか…薄暗い中、薪のパチパチ鳴る音が聴こえる。
静那がうっすら目を開くとそこに涙を溜めた真也の姿があった。
「良かった…」
本当に絞り出すような掠れ声を発した真也。
本当に目を開けてくれるかは正直分からなかった。
彼女の回復力にも感謝だが、真也は静那をつきっきりで看病していた。
定期的にヨモギ科の葉を患部に当て、水で手足、腕や頭を洗った。
そして額に手を当てる。
体温だ……
熱がある。
生きているのを確認して、また薬草の採取に出る。
その繰り返しだったがついに水の方が尽きかけていた。
雨はやみ、水たまりも消えた。
水の確保が出来ないなら、意識の戻らない静那を抱えて水脈を探すために彷徨う事も辞さないと考えていた。
でも“おりこうさん”な事に、水が尽きる寸前で目覚めてくれた。
「真也…」
名前を呼んでくれただけで涙が出てくる。
真也自身、なんでこんなに涙が出てくるのか分からない。
嬉しくてたまらないからなのか…
無事命を取り留められた事に対しての安堵からなのか…
「静那……水…いるだろ。」
脱水が心配だったのでまずそれを聞く。
静那はすぐ頷く。
「よし、待ってろ。」
水はスタンバイしていた。
寝ている彼女の後頭部を上げてあげてから口元に水を流し込む。ゆっくりゆっくりと。
しかし静那の口元から水がこぼれている。
でも少しだけだが飲んでくれたようだ。
水を飲み終えてから小さく息をする。
やっと安心してくれたようだ。
静那が意識を取り戻すまで4日かかった。
静那の体からの体温はなんとか感じるものの、もしかしたら…という思いは消えなかった。
急に容体が変わることだってある。
医者としての知識が無い分怖かった。
命さえ助かれば何とでもなる。でも助からなければ…
そんな不安とも戦っていた。
そんな戦いがこの目覚めで全て終わったのだ。
もう水のストックは無いが静那には心配させたくない。
密林を歩いていく中で一つ知恵が出来た。
“朝露”だ。
「静那…ちょっと休んでて。水、持ってくる。」
そう言って真也はその場を後にした。
静那は無言で見つめている。
自分は動けないし、ここは信頼するしかないという所か。
夜明け前のこの時期、寒暖の差で草木に付いた朝露を集めれば飲み水になる。
そこまで寒暖差がある地域と気候ではないが、ここは密林地帯。
草木が多いため母数が多い。
紙コップを使い、朝露を集めていく。
紙コップは飛行機の後ろ。真也たちが着陸した機体の方にストックがあったのだ。
一週間以上もここに居ればさすがに環境に対して慣れてくる。
「本当にそうか?」と他のメンバーから突っ込まれそうだが、人間は水源さえ確保できれば最低限の生きる環境はクリアできる。
まぁ空腹であるのは認める。
いつもより力が入らないのは事実。
静那を見つけ出したときに出したあの力が最後だった。
今はとにかく何かを口に入れたい。
そしておそらく目覚めた静那だって空腹だ…同じことを考えているだろう。
彼女は火傷で手足や顔が腫れあがっていたし、体は酷くやつれていた。
早めに何か栄養を取らないと危ないかもしれない。
自己治癒力だけでは限界がある。
そう考えると、喉の渇きを満たした後はこの場を離れるのが得策か…
そういえば一週間経つのに、先輩方は戻ってくる気配が無い。
行き違いになっているかもしれない。でも遺体も奇麗に並べてあるし、最低限の撤去は済ませている。
捜索隊の方もいずれは来てくれるだろう。
ヘリコプターで来てくれるなら声を張り上げれば何とかなるかもしれない。
…
……
やっぱり食べ物が無いのはキツイ。
ここから移動…しようか。
静那が意識を取り戻してくれたのでこれからのビジョンが急に見えるようになったようだ。
手に持ったコップにある程度水がたまったので、静那の元に戻る。
「ぎゃぁあああああ!」しかしそこで悲鳴を上げる真也。
横たわっている静那の前で、ハイエナかオオカミのような哺乳類動物が静那の頭に食いついていたのだ。
真也はあくまでも水がこぼれないようにゆっくりコップを地面に置いた後、猛ダッシュで現場に突進していった。
* * * * *
まだまだ虫の息状態だった静那は、野生の動物からしたら格好の餌だったのだろう。
“まずは息の根を止めてからこの獲物をいただこう”としたのだろうか。
静那の喉に牙が食い込んだ痕があり、今尚血が出ている。
「ごめんよ…ごめんよォ。」
動脈には入ってない。
真也は泣きながら傷口をまず水で洗い流していく。
さっき集めてきた水は…静那が飲む一杯以外、全て消毒に充てた。
静那側から見ている光景だと、さっきから真也は泣いてばかりだ。
野生動物特有の毒とかは入ってきてない…よな…。狂犬病が少し頭をよぎったが心配なさそうだ…と思いたい。
さっきから確証が持てない事ばかりだ。
首の後ろ側も鋭く噛みつかれていた。
野生の動物はまず生き物の首を噛みちぎるのがセオリーのようだ。
余計な戦いはせずに首筋に致命傷を負わせる。
そして出血させて獲物の運動能力が衰えるのを待つ。
…理想的な狩り方だ。
でも今はそんな事に感心している場合じゃない!
本当に予断を許さない事だらけだ。この密林地帯は。
自分の上着をビリビリと破り、それを包帯代わりに静那の首に巻き付ける。
首に仮包帯を巻きつける為、彼女の頭を押さえて状態を上げようとしたら……頭にも獣の歯形がしっかりついていた。
「ごめんよ…」
もう何度も謝るしかなかった。
まだ動けない静那を背負い、固定した後歩き出す。
背中に向けて話しかける真也。
「先輩たちが静那の事心配してる。皆、泣いてた。だから早く会いに行って驚かせてあげよう。」
水源の確保や食料の調達をしないとこの先持たない…というのが本当の所だが、静那の“生きよう”と思える力になると思ったので“先輩たちが~”という口実に変えた。
「ん…」
力なくだけど確かに返事をしてくれた静那。
喉に噛みつかれた部分の出血も止まったようだ。
「先輩達や八薙君は今、捜索隊を呼びに行ってくれててさ…」
これまでの流れを説明しながら歩いていく。
背中の静那に向けて。
静那が「ん……うん……」とちゃんと相槌をうってくれたのが嬉しかった。
* * * * *
水脈は比較的すぐに見つかった。
ホッとする真也。
阿蘇で暮らしていた頃、自然の中で精神と五感を鍛えていたこともあり、水脈に対するアンテナの張り方を心得ていた。
少し水をすくい、静那に飲ませる。
出発時よりもしっかり口に入れてくれる。
その水脈を辿ると川につながるはずだ。
そこから半日程歩いたところで無事川が見えてきた。
その川に沿って歩いていけばいずれは人のいる場所に出くわすはずだ。
ただし、今日はこれくらいにしよう。
日中歩くのは問題なかったが静那の方はまだまだ体調が万全じゃない。
たっぷりの水で体を洗ったり、消毒したりしつつ夜は温かくして早めの就寝を心がけよう。
川沿いの…周りからの視界が良い部分を陣取り、そこに静那を横たわらせる。
ヨモギ科の葉を患部に当てた後、毛布をかける。
「ありがとう…」
小さい声で静那はお礼を言う。
「とんでもない。今までどれだけ静那に助けられたと思ってるんだ。」
小声で耳元で話す。
先ほどの「ありがとう」の声がややしゃがれていたので、近くの川からまた水を汲んできて口元に持っていく。
腕は…良かった。少し動くようだ。
まだまだ火傷の痕が残る手でコップを持った。
でもそこからの動きがまだ弱弱しい。
真也は静那の状態を少し起こし、コップを口元に持っていこうとする。
しかし静那は水を“自分で”飲みたいようだ。
微力だが抵抗したのが分かる。
コップを渡す。
「じゃあ体を起こしてる。自分で飲んでいいよ。」
腕の痛みはあるものの、リハビリのような気持ちなんだろう。
一生懸命口元へコップを持っていこうとする。
だまって見つめる真也。
生きていてくれたことが本当に嬉しい。
空腹ではあるが、そんな事など吹き飛んでしまうくらい嬉しかった。
何よりも自分の手で静那を救い出せたという事実。
やっと…一つだけど自分との約束を果たせたような気持ちになった。
一生懸命水を飲もうとする静那を見ながら何度も思う…「(本当に生きていてくれてよかった)」と。
1分くらいかけてコップの水を飲み終えた静那。
彼女も移動中何も口にしていなかったから、きっと喉が渇いていたんだろう。
急いでまた川から水を汲んでくる。
近くに川があるだけで随分気持ちが楽だ。
そして静那にコップを手渡す。
それをゆっくりだが口に運んでいく彼女。
「ありがとう。」少ししっかりした口調でお礼を言う静那。
まだ夕方には早いけど、今日はこんな感じでここに居よう。
川を下れば人もいる。でもここなら大丈夫だ。静那も本調子じゃないから焦る事は無い。
ゆっくり大河まで歩いていってからまず医者を呼ぼう。
何より川沿いの道という事で風が良く通る。
密林地帯は風の通りが悪く湿気が高かったが、川沿いは別だ。
“マイナスイオン”とやらが静那を癒してくれるだろう。
1時間くらいして静那がまた水の催促をしてきた。
“よしきた”と川から水を汲んでくる。
少し暗くなってきたが視界はまだ大丈夫。
「ん…んん」
今度は一気に飲み干した。
それだけ体力が戻ってきたという事なのだろうか。
「飲みたいならここに置いとくな。」
真也はもう一つ水の入ったコップを静那の横側に置いた。
そしてあくまで静那を監視できるエリア内で今度は薬草の採取をする。
野生動物が襲ってくる可能性がある。
大型動物だと静那の頭を口にくわえてそのまま持っていくかもしれない。
少し目を離したスキに、なんてことが無いようにある程度薬草を摘んだら足早に彼女のもとに戻る。
静那は風にあたりながら水を飲んでいた。
ホッとした。
水で濡らした衣服をタオル代わりにして彼女の腕や頭皮を洗う。
気持ちよさそうにしていた。
手足も水でふき取り、汚れを取る。
その後は静那を毛布にくるめて、真也は衣服の洗濯をする。
そんな感じで夜が深くなっていった。
* * * * *
夜、ふと静那が目を覚ます。
真也は見張りをしているので、隣でずっと起きている。
「どうしたの?寒くなってきた?それとも水?…さすがにお腹減ったか。」
ちょっと申し訳なさそうに問う。
しかし少し微笑んで
「いい。ここにいて。」と言った。
星空が奇麗だ。
月と星の光に照らされた静那を見る。
「星が奇麗。」
星空の美しさに気づいて起きてしまったのか…
そんな静那に対し、優しい顔つきで真也が言った。
「静那…生きていてくれてありがとう。
もう…どこにも行かないでほしい。
二度と一人でいなくなるなよ。
その…凄く寂しかった。…それに先輩だって、寂しかったに決まってるだろ。」
そんな言葉を投げる。
するとさっきまで安心していた静那の顔が急にこわばり出した。
「…じゃあ……じゃあ、なんで?」
安心したのか、静那は堰を切ったように気持ちを絞り出してきた。
驚くほどはっきりした声だ。
「じゃあ、なんでいつも私の前からいなくなるの?
弱いのが嫌だから?
強くならないと駄目だから?
でも強くなくてもいいよ!
弱くてもいいからここにいてよ!
弱くてもいい!
弱くてもいいのに…なんでどこか行っちゃうのよ!
強くならなくてもいいから!
そばにいてくれたらそれでいいいのに。
居て…くれたらそれで良かった…
弱くてもいいから一緒にいてよォ!
なんで居てくれなかったの…
寂しくて…寂しくて…寂しくてさ…話をしたいのに…」
はっきりした声だが途中から涙声になる。
精いっぱいの力で叫んでいるように感じた。
“真也は自分の事しか見ていない”と怒りをあらわにする。
それくらい彼女は今まで孤独に耐え続けていたというのにやっと気づく。
これが笑顔の下の彼女の本心だったのだ。
薄暗くても分かるくらい大粒の涙を流しながら、今出せる限りの声を張り上げる。
真也の肩を驚くほどしっかりと掴みながら。
「…なんでもっと一緒に居てくれなかったの?
なんで何も言わずに居なくなるの?
なんでもっと自分と居てくれなかったの?
なんで…
なんでよォ…
私寂しかったよ。
私寂しかった…
寂しくてさ。
もうそれだけだった……
だから。
…もうそばにいてよ…
どこにも行かないで!
もう行かないで!
寂しかった!
寂しかったよォ!
話がしたかった!
一緒に学校行って、みんなと仲良くしたかった!
仲良くしたかっただけなのに…
本当はさ、クラスのみんなと仲良くしたかった…
女子のみんなと話ししたかった!
ちゃんとみんなと…
仲良く話したかった…
なんで…
なんでうまくいか…な…かったのか分かんなくて。
凄く辛かった!
一人で寂しかった!
寂しかったよォ!
私が何か悪い事したのかなって。
一緒に話がしたいのに…皆…私を…む…し…して…。
寂しかったの!
仲良くしたかった!
したかったのに…うわあああああああ、ォォオオオオオオオ!」
そこから彼女は真也の腕の中で大声で泣き続けた。
さっきまでのか細い声からは信じられないくらい大きく芯のある声で…。
人間は本気で心の底から泣くときは、「わああん」という感じではなく「ウオオオオオ」と腹の底から声を出すと聞いたことがある。
自分の裸の心を全てさらけ出し、彼女は今まさに心の底から泣いたのだった。
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