19-1 裸の心
【19話】 Aパート
アロエは…この地方には生息していない。
ただ、火傷に効くヨモギは北半球が主だが種類としては世界規模だ。
生息地は主に森林の外縁。もともとは中央アジアが原産地。
…あるはず!
真也は今までの知識をフル回転させて薬草となりえる草を探す。
疲労困憊だったがそんなものは関係ない。
一刻を争う事態だ。
やけどした皮膚は特に細菌や感染には弱い。
どこかも分からない密林地帯。何かの菌でやけどした皮膚が化膿すればますます治らなくなる。
腐乱した遺体が近くに並べられているため、コバエもいる。
菌を運んでくることも考えられる。
ヨモギ科……止血や殺菌に効果があるのを知っていた。
やったことはないが、傷口に直接ヨモギを当てることで組織細胞を引き締め、止血ができる。その知識が今は命綱だ。
夜とか関係ない。
目を血走らせながらありったけ草木をむしり取ってきた。
完全に鎮火しきっていない火を拝借して一夜を過ごせるくらいの比較的大きな焚火を作る。
その火の灯りを頼りにヨモギ科の草を選別していく。
正直確証はない。
しかし迷っている暇はない。
なんとかあるもので工面するしかない。
こんな時、“自分に対する言い訳”が本当になんの役にも立たないことが分かる。
確証が無くても…やったことが無くても…やらないと事態はどうにもならないのだ。
当たり前のことだけど、日本に居る時はよく“やったことが無い事”はやらずにそのままにしていた事がある。それがどれだけ無駄かが分かった。
大やけどを負い、傍に横たわっている静那。
火傷の熱かどうかは分からないが、今も体中熱を帯びている。
目は開かないが、かすかに息をしている……ように感じる。
生きている事を願いたい。
この爆発からどうやって生き延びれたのかは分からない。
機転を利かせ、土砂の中に先に体ごと突っ込むことで、爆発時に起きるであろう何千℃という高熱から身を守ったのだろうとしか考えられない。
爆発時の客室の温度は想像するのも恐ろしい。
人間の体が耐えられる温度じゃない。
瓦礫から急いで静那を抱え出した…運び出してきたものの、意識は無く、体中の水分が蒸発したようにやつれていた。
髪は殆ど焼け落ち、少し残った髪は縮れていて、ほぼ坊主みたいになっていた。
でも付けていたイヤリングの原型は残っていた。だから見つけたとき確信した。
静那だと。
しかし全身火傷が辛い。
見るのも無残で可哀そうだ。
服で覆われていなかった腕は焦げている。この腕はもう元通りになるのだろうかと怖くなる。
手の方は…なんとか大丈夫だ…
でも腕から手に至るまで皮膚がただれ落ちてきている。
直視できないくらいの酷い火傷だ。
様子を確認する度に涙が溢れてくる。
顔は火傷で真っ赤に腫れ、爛れていた。イヤリングという目印がないと一瞬誰か分からないくらいにだ。
その顔を見ると自然と溢れた涙がこぼれてきた。
皆を守るためとはいえ、この子はなんてことをしたのだろうとたまらない気持ちになる。
でも手を止めてはいけない。
真也は雨が降っていた時に貯めていた雨水を静那に浴びせる。
その後、優しく口に含ませる。
爛れた皮膚を洗い、ヨモギ科の草を無数の傷口に当てる。
幸運にも旅客機の中に燃えていない毛布があったので、それを上から被せる。
草を敷き詰めベット代わりにする。
枕は木の枝をしきつめて毛布に入れ込んだものを使う。
丸太でなく細かい木の枝だとクッションにもなる。
近くに焚火を設置。
ヤカンのようなものがないので、お湯を作れるわけではないが水はストックしてあった。
真也は静那が無理ない姿勢で横になっているのを確認して、急ぎストックしてある飲み水と、あと草木をもう少し捜しに出た。
このまま静那は目を覚まさないかもしれない。
可能性は考えられる。
絶対にそんな事は考えたくない…考えたくないけどもしもの事を考えると、絶対に悔いは残したくない。
しかし草木を採取しようとしたときに疲労でフラッと前のめりに倒れそうになる。
あやうくこのまま気絶して寝てしまいそうだった。
真也は思いっきり自分の頬を引っぱたいて、かるく薬草採取をして静那の元に戻る。
どういう結果になっても悔いは残さない。
彼女の元に戻っても必死の看病は続く。
確証はないがヨモギ科の植物を火傷の幹部に当てる。
皮膚が爛れている為、慎重に優しい手つきで静那の頭や腕を洗う。
その後、他にも火傷で損傷していないか確認する。
焼けてパリパリになっている服をゆっくり脱がしていく。
その中で静那の上半身があらわになっていく。
良かった…胸元や腹部には大きな火傷が見られない。
しかしそんな静那の体に嫌でも目に入る大きな傷跡。
肩口から胸の間を伝って脇腹辺まで長い傷痕が見える。
40㎝くらいの長さはあるだろう。
この傷が原因で静那は昔、学校に行けなくなった事実がある。
そしてその傷は元はといえば自分が…
意識は戻っていないが上半身裸の静那の体…その深い傷口にそっと触れる真也。
「痛かったのは…傷だけじゃなかったんだよな。」
改めてあの日の事が思い出されて涙が出てくる。
水で体をふきとり仰向けにさせる。
しかし背中の方は前側と違い、火傷がひどかった。
こちらは服が殆ど焼け落ちていて、背中は両腕程ではなかったが、皮膚が爛れ落ちる程赤黒い火傷の跡が残っていた。
急ぎ水で患部を洗い、ヨモギ科の草を当てて固定する。
そしてここでも左肩口から右わき腹まで大きくえぐれた傷跡があらわになった。
10代の女性がこんな傷をつけていたら誰だって驚く。
きっと自分の体を見られる恥ずかしさよりももっと違う意味で、体を見られたくなかったのだろう。
実は彼女は極度の恥ずかしがりやだった。
でもそれも今なら少し分かる。
友達の勧めでミニスカなどにはチャレンジしたことがあるくせに、上半身はしきりに肌の露出を嫌がっていた。
”恥ずかしいから”一辺倒だった。
海やプールで水着を着たこともなかったそうだ。
真也自身も上着は制服か、肩口が隠れた黒のスポーツウェアしか見たことがなかった。
静那だって年頃の女の子だ。
その辺は気になっていたんだろう。
学校内なのに先輩がグラビアアイドルの写真を持ってきていて、見せながら魅力を話してくれたとか言ってた…でもなんか自信なさそうな顔をしていた。
自分はとてもじゃないけどこんなに肌を露出できる人間じゃないって思ってたのか。
でもあくまでそこは彼女のプライベートな領域だ。
今回のは不可抗力で“見た”事は極力内緒にしておこう。
今は静那が目覚めてくれるまで悔いなく看病することだ。
ただ、真也は少し安堵した。
心臓に近い部分はそこまで火傷の損傷が無かったからだ。
それ以外の部分は本当に酷かったが、命は…命だけは助かるかもしれない。
助かったとしても一生手足が不自由になる可能性はある。
でも命が助かるなら十分だ。
命さえ助かれば自分や仲間が一生をかけて彼女の世話をするだろうし、真也自身もその覚悟があった。
* * * * *
人の通る道ではあるが、夜道を手首をきつく縛られたまま強制的に歩かされる面々がいた。
勇一達7名だ。
靴を履いているとはいえ、足元はボロボロだ。
昨日から何も食べてないし喉もカラカラ…もう話す気力もない。
気力だけで歩いているようなものだ。
それでも止まれば棒でぶたれるため、必死で7名は歩いていく。
何度も感じていることだが、とにかく喉が渇いて死にそうだ。
しかし、死にそう…もう楽に…という意識が頭をよぎると瞬時に静那の表情が浮かんでくる。
“生きて”
最後に静那が発した言葉だ。
その言葉に突き動かされるように歩く。
しかしとりわけ一番後ろを歩く葉月は辛そうだ。
何も肩口の傷を治療してもらえないまま、ずっと歩かされ続けている。
このままだと一生モノの傷になってしまう。
こんな傷が肩口に残れば、いきなり飛躍した話だが結婚とか色々困るんじゃないか…
これから先、肩口を露出した服を葉月は着れないだろう。
女性にこんな一生残るような傷をつけさせる気か…
そんな怒りも沸く勇一だが、もう何時間も歩いているためか目がうつろで反抗する力もない。
八薙はつらそうな葉月を気にしている。
でも自分ではどうすることもできない。
八薙も仁科さんもお願いだから葉月が無事でいてほしいと願うばかりだ。
もしフラッとして倒れでもしたら…女だろうが容赦なく棒で叩かれるだろう。
苦しそうな葉月を見殺しにしているわけだが、頑張ってくれとしか言いようがない。
小谷野と兼元は捕まってからは何も話していない。
静那ともああいう形でお別れになり、こんな状況になっている。そしてなす術もない。
この状況にさすがにテンションが上がるはずもない。
静那の“生きて”の言葉だけで生きているようなものだ。
前の山賊達が何やら話している。
言葉が分からない!
それが本当にもどかしい。
でもその男達もそろそろ休みたいとか感じているのではないか…
そうだ。
その通りだった。
夜が明ける頃、山賊たちにとって中継地点となる村に到着した。
勇一達はその村の中にある檻の中に入れられた。
縛られた手首はそのままだが、連結された縄は外された。
でもここは山賊達の中継地点内だ。逃げられるはずもなく絶望的な状況に変わりはない。
何よりもう全員体力が残っていなかった。
ここで待っておけという事か…?
しばらくして山賊達は勇一達檻の周りに陣取り、パンや肉、ピクルスのようなものの他に酒を飲み始めた。
どこから仕入れてきたのだろうか。
その様子を黙って檻から眺める勇一達。
空腹で耐えられないのにこの光景は精神的にも堪える。
「そろそろ良いんじゃねぇか」という感じの声を出したかと思うと、食べかけのパンの端っこの部分や肉の骨を勇一達の檻に投げ込んできた
この残飯でも食べておけという事なんだろうか?ふざけている。
でもこの状況でも恥やプライドをかなぐり捨ててでも残飯に食いついた人間が居た。
葉月だ。
彼女なりの“何としても生きるんだ”という意地が見られる。
その姿に心打たれたのか、仁科さん、八薙、そして小谷野、兼元、生一と次々と捨てられた残飯に飛びついていく。
勇一も涙が出そうになったがもう恥もプライドもない。
手を縛られていて不自由なため、口だけで必死に残飯をあさる。
おそらくこのことは全員死ぬまで忘れられないだろう。
生きる為なら何でもやる!…そのトリガーが外れた瞬間だった。
陣取っていた山賊は笑っていた。
残飯を女もお構いなしに漁ってやがる、まるでお前ら犬だなと言わんばかりに笑う。
でも今はどんな形でもいい。
そこに転がっている食べかけの物を口に入れて空腹を満たせれば。
一番笑っていた男が情けなのか、何も手を付けていない肉の塊を投げ込んでくれた。
その山賊の見た目はプロ野球選手がよく顔に模様を入れているヤツ…アイブラックの模様を入れた男性だ。
勇一はこの肉に食いつこうとして体をくねらせて肉の方に体を向けた。
しかし、その瞬間その男は檻の中に女性もいるのに下半身を露出して、肉に対して小便をかけてきた。
「この小便まみれの肉を食えるなら食ってみろよ」という事だろう。
勇一は激しい怒りを堪えてその小便を見ていた。
「(アイブラックの模様を入れたあの男……絶対に許さん。命の次に大事な食料になんてことをするんだ!)」…と。
そこにのそっとやってきた男がいる。
生一だ。
生一は何食わぬ顔でその小便がかかった肉にかじりついた。そして無言で肉を食らっていく。
さすがに山賊も含めた一同は引いていたが、勇一達は我に返ったのか静観し何も言わなかった。
アイブラックの男は大笑いをして、笑わせせてくれたお礼として生一の頭に向けて残った酒をぶちまけた。
生一は無言で酒を口に入れるだけ入れた。
「まぁよ。酒が消毒してくれるだろ。まだプライドが邪魔してるみたいやな、お前。」
勇一を見て生一はボソリと呟く。
生一も心の奥底では激しく怒っているのだ。
その後はなんと縄ではなく鎖で連結させられた。よけいに脱出が困難だ。
そのまま村の中を突っ切っていく。
村の入り口から別の出入口に行くというイメージだ。
その時に確かに見た。
同じように村で虐げられているような村人が簡易的な折ではあるが閉じ込められていて、こっちをじっと見ているのを。
言葉は分からない。
でも確信があった。
その村の罪なき村人を山賊たちは捉え、奴隷のような環境下で働かせているという事を。
そうでないとさっきの食料の説明もつかない。
まだ朝だったので仕事は始まっていないが、日が昇ると同時に奴隷のような重労働を課せられるのだろう。
自分達もこのままその一員に組み込まれるのか…そんな覚悟はあった。
しかし勇一達は全員この村を出る事になる。
そのまま、また丸半日くらい歩かされた。
悔しいがさっきの残飯が生命線になっていた。
またしても精神的にも限界なところまで歩かされることになる。
そしてその先に、大きな城が見えてくる。
山賊たちのアジトの中心部なのだろうか?
到着するや否や鎖の連結は解かれた。
だが、勇一達男性は別の場所へ連行され、女性は折に入れられた。
急な仁科さん、葉月との別れ。
これが最後の別れになるのかもしれない。
勇一は大声を出す気力もないが「おいっ!」と彼女の折に向かって顔を向ける。
二人と目が合った。
その時に目で会話した。
「どんなことがあっても絶対にあきらめるなよ!生きろよ!」
目だけでのやりとり。
でも彼女達も力強い目をこちらに向けてくれた。
「分かった!」ということだ。
5人はそのまま地下へ連れていかれた。
既に歩き疲れて疲労困ぱいなのに……地下で一体何が待ち受けているんだろう。
【読者の皆様へお願いがございます】
ブックマーク、評価は大いに勇気をくれます!
現時点でも構いませんので、ページ下部↓の【☆☆☆☆☆】から評価して頂ければ非常に嬉しいです!
頑張って執筆致します。よろしくお願いします