18-2 静那
【18話】 Bパート
ーーーここはどこかの国の軍事拠点。
施設内の警報ブザーが勢いよく鳴り響く。
この基地に侵入者が入った知らせだ。
誰かが攻めてきたようだ。
相手は連携を取って動いている。5人…くらいの精鋭だ。
エリアに侵入後、あっという間に5人はそれぞれのポイントへ散り、各々の役割を遂げていく。
そのうちの一人も爆風が昇る中、中枢の施設に乗り込んできた。
軍人としての訓練を十分に積んでいる様で動きに無駄が無い。
ポイントも把握している。
周辺の人間が駆け付ける前に事を済ませるつもりだ。
やがて大きな鉄格子に到達したその一人の軍人は小型の銃で鉄格子をこじ開けた。
銃に細工でもしてあるのだろう。
不思議なくらい簡単に扉は開いた。
そこに居た2人の子どもたち。
一人は男の子。酷くやつれていて子どもなのに白髪のような真っ白い髪をしている。あきらかに金髪ではなく白髪になりつつある髪。
もうひとりの女の子の方もひどくやつれていた。
不安そうな顔でこちらを見ている。
「君たちを助けに来たんだ。事情は知っている。心配しなくていい。今まで辛かったよね。信じてついてきてくれ!」
急に男は申し出る。
目の前の子達はどう見ても10歳にも満たない子どもだ。“これまで”が本当に辛かったなら、深く推測する余地はなかったはずだ。
しかし白髪の男の子は断りを入れる。
やつれた顔だがしっかりと受け答えをした。10歳にも満たない子どもが驚くほどしっかりと…
「ぼくらが2人ともいなくなれば、あいつらはまた替わりを…誰かを誘拐すると思う。だから2人一緒には無理だ。おじさんがぼくらを本当に助けてくれるのなら、この子だけ連れて行ってほしい。」
ドォン!
向こうで爆発の音がした。
あまり考える猶予はない。
彼の目を見て、一言だけ聞く。
「君は本当にそれでいいのか。最後に確認させてくれ。」
「いい!この子だけでも!」
即答した。
これ以上理由を聞く時間は無い。
女の子の方を見る。
その子の名札には「shina」と書かれていた。
「信じてくれ。絶対に辛い思いはさせない。」
手短に話すと、その「shina」という名札をつけた女の子の手を取り走り出そうとする。
「待って!」その女の子は手を振りほどく。
「嫌なのか?おじさんの事が信じられないか?」と聞くと、そうじゃないと首を振る。
すぐに近くにあったカッターナイフを手に取る。
何をするつもりだと思った。
少女はカッターナイフで自分の髪の一部をバッサリと切り取り、雑ではあるがぐるっと結ぶ。
切り取ったその髪を男の子の方に渡す。
「生きて!絶対に死なないで!!」
かなりやつれた声だったが、精いっぱいの言葉を男の子に浴びせた。
「いいかい?行くよ!」
「うんっ。」
白髪の男の子は渡された髪の毛をじっと見ている。
こちらを見てはくれないようだ。
時間がない!
女の子を担ぎ上げた男は施設を後にした。
一目散に施設を飛び出す。
飛び出してすぐに近くの“ポイント”へ移動。
向こうでキラッと信号が見える。
「…ということは逆側か…」
男は呟くと反対側に走り出した。
抱きかかえられた少女はやつれていた。
成長期の子どもなのに今までろくな食事を与えられなかったのだろう。
あんな極寒の地に隔離されて…大人達の…“実験台”として使われるだけ使われて…
親から引き離され、行方も手がかりさえも分からない子ども達。
この子もきっと今まで辛い思いをしてきたんだろう。
これでは、救いが…無さすぎる!
軽すぎる少女の体重を感じながら男はエリアの外へと走り続けた。
ある程度外へ出たからだろうか、男の顔に“ここまでくれば一先ず安心だ”という感じの安堵の表情が見えた“その時”に少女が聞いてきた。
「おじさんは誰なんですか?」
少し考えてからその男は答えた。
「お前、忘れたのか?お前のお父さんだよ。おまえが居なくなってからずっと探していたんだぞ。毎日だ。毎日…。でももう大丈夫だ。もう…お父さんがお前を絶対に独りぼっちにしたりしない。絶対にだ。」
「本当?お父さん…なの?」
「当たり前だ。親が娘の顔を忘れるか!」
少し涙を流しながら答える男。
「お父さんの名前…思い出せない。ごめんなさい。」
「ミシェルだ。もう親の名前まで忘れるなよ!親不孝な子だな~おまえは。でももうお父さんと一緒だ。これからはずっと一緒だ。これからはお父さんと暮らそう。いっぱい…美味しいもの食べような。」
やがて程なくしてミシェルさんはチームと無事合流を果たす。
まだエリアから完全に離れるまでは予断を許されない状況だが、今は追手の気配はない。
無事撒いたようだ。
「第一次のミッションは一先ずコンプリートって所ですか。」
隊員の一人がミシェルさんに話しかける。
軽く頷くミシェルさん。
女の子の方を見る。
スヤスヤと寝息を立てている。安心したのだろう。
少女を背中に背負う形にして、その上にコートを羽織った。
「(この子の父親になる事でせめてこの子の人生が救われれば…)」そう感じるミシェルさん。
「この子には、幸せな人生を送ってほしい。戦争の無い平和な世界で…」
* * * * *
「おまえは本当にキレイな髪をしているなぁ。」
毎日シーナの髪を溶かすのが父親であるミシェルさんの日課・ルーティンだ。
毎日“髪”を褒めまくってくれるのでシーナはご機嫌になる。
後ろから髪を溶かしてもらい、まるでお姫様のような気分なのだろう。
「シーナ。これからはちょっと引っ越しが多くなるだろうけど心配はいらない。お父さんがついてるんだ。絶対にお父さんがシーナを一人になんかしない。」
シーナが鏡越しにお父さんを見る。
何も言わないが心から後ろにいる父を信頼しているのが分かる。
「この地方だとお前の名前は“ズニャ”と言うんだな、この前の地方だと“シーニャ”なのに随分違うな。お前はどれがいい?」
「ん…全部。」
「じゃあ地方ごとにお父さんも使い分けないとなぁ。」
* * * * *
ーーー舞台はとある町中の公園。
真っ赤な顔でこちらに突進してくる男の人。
さっき通った高校の生徒なんだろうか?
となりの大きな男性を突き飛ばしたと思ったら自分の手をにぎって走り出した。
「こっち」だと。
その後、助けてくれたと思ってその男の人を見たら、こちらを見て
「髪がすごく奇麗で驚いた。」なんて言われた。…お父さんに言われた時以来だ。
後日、自分が通いたい高校が見つかったからということで、歩いて真也とその高校を見に行った時…
私を助けてくれた人はあそこの公園でさ~……って言おうとその場所を指さした。
そこでその男の人が倒れていた。
ビックリした。
真也が急いで担ぎ上げて寮まで戻ってくれた。
私が涙目になっていたからか、真也はものすごく飛ばしてた。
真也は「あとは静那の役目だよ」って言って2階までは運んでくれたけどその後はどこか行っちゃった。
その人は勇一さん。なんだかお父さんに少し似てるとこがある人。
勇一さんはいろんな仲間を連れてきてくれた。
変な先輩がいた。
でもよく分からない世界を色々教えてくれる。
仁科先輩は反対してたけど「世の中はたいがい悪ぃ奴も沢山いるから“しなやかさ”ってやつを身につけとけ」っていう彼…ボスの言葉がなぜか心に刺さって、その人からはよく学ぶようになった。ボスは昼休み、屋上に行けばだいたい居た。
仁科先輩…
こはるさんはいつも自分に優しくしてくれる。男性陣が変なこと言い出したらすぐに突っ込んでくれていた。“ボケとツッコミ”って本で読んでもよく分からなかったけど、こういうことか~ってなんとなく理解できた。優しくて私の話をいつも真剣に聞いてくれる、大好きな先輩。
天摘先輩…
葉月さん。
家族がいない私の境遇を理解しようと親身に話を聞いてくれた。体はそんなに大きくないけど、ホント“お姉さん”。八薙君にはお姉さんな口調で話してる。大事な話をする時は必ず相手をしっかり見て話す姿が凛として素敵な人。
八薙君は同級生…
同い年なのにすごく将来の事をしっかり考えてる。
空手が天才的に強いのにそれを一切前面に出さないところが素敵だなと思った。学校じゃそんな感じは一切出さずに大人しい。葉月さんには頭が上がらないみたいだけど、筋は通す子だった。
小谷野先輩と兼元先輩…
私の初めての旦那さんになってくれた人。
昔“あんなエグイ傷ある子なんて嫁の貰い手なんて絶対出てくるわけない”って言われたのが実はずっと気になっていた。
私は一生結婚できない体なんだってその時はすごく傷ついた。
悲しくなって、こんな傷のある自分が嫌いになっていた時期もあった。でも2人はいつも嫁だって言ってくれる。言うだけじゃない。真剣に話を聞いてくれる。…顔がすごく近いけど。
実は一緒に服を買いに行った時、兼元先輩が少し更衣室を覗いてたのを知ってる。多分背中の傷痕を見られた…と思う。それでもずっとそばに居てくれてる。
西山先輩…椎原先輩…才川さん…
みんな優しくて素敵な先輩ばかりだった。
西山先輩にはよく勉強を教えてもらった思い出がある。隣にはなぜか椎原さんもいた。
ボスがニヤニヤしながら見てた様な…
「これからも勉強教えてもらえ!“かすがい”」ってボスに言われた。誉め言葉らしい。
才川さんは私にお洒落を教えてくれたクラスメイト。女の子のお洒落って自己表現みたいで楽しいし見える世界が広がった。お互いの世界が広がっていくのを感じてすごく嬉しかった。
誰かの為に自分はいていいんだって思えて嬉しかった。
そんな大好きな先輩達に囲まれて…幸せだった。
もうお父さんに続き二度と失いたくないって感じた。
もうどこへも行かないでほしい。
どこにも行かないでほしい。
二度といなくなってほしくない。
“みんな”がいればいい
みんなといたい。
みんなに元気でいてほしい。
それだけだと…強く感じる。
生きて…いてほしい。
どんな形でも。
生きていれば…いずれかは…
* * * * *
気が遠くなる作業だ。
もうどれだけの土砂や破片を撤去し続けたのだろうか…
真也は再び意識がもうろうとし始めているものの尚も手を止めない。
バラバラになった遺体をまとめたりする作業もかなり“末つ方”を迎えたのではないか…
その数は100体を超える。
休みなく続けた体…力仕事を昨日から一人でずっと続けている。
さすがの真也も疲労に向き合わざるを得なくなってきた。
二日目の夜に差し掛かる。
さすがに腕に力が入らなくなってきた。
まだ静那は見つからない。
視界がフラつく中、シャベルを置き、少し手を止める。
ふぅ…と空に向かって大きく息をする。
静那の記憶をもう一度振り返ってみる。
“みんな”がいればいい。
“みんな”といたい。
話をしたい。
話を聞いていたい。
だから助けるんだ。
生きていてほしかったから。
みんなに元気で…生きていてほしい。
……そうだ、彼女はそんな事を言ってた。
自分も助かりたいのなら自分達を助けた時、静那自身も一緒にこっち側に移って着地すれば良かった。
どうやって飛行機を切断したのかは分からないが、飛行機を切り離した瞬間、こっちに飛び移れば良かったんだ……
なんで彼女は引き返したのか?
考える視点を変えてみる。
飛行機が墜落して一番はじめに爆発する場所、火の粉が上がる場所として考えられるなら…おそらく左翼のエンジン部分。
…そう。そのために彼女は何をした?
出来るかどうかは分からない。
でも…一人でも多くの命を助けられるなら…
皆が助かるなら…
その可能性があるなら。
そうだ!
自分達を助けたあと彼女は、さっきやった不思議な切断方法で一か八かエンジン部分も切り落とそうとしたのではないか?
だから前方座席の方へ引き返していった。
…その左翼部分に目をやる。
破損した左翼とエンジン部分は少し離れたところに横たわっていた。
エンジン部分は勿論全壊全焼…そこから主に機体へ引火していったのだろう。
そんな全壊した左翼は左側の森に突っ込み、土砂崩れのように土が覆いかぶさっていた。
客席からは少し離れた所。
翼の部分だ。
もちろん誰も乗っているわけがない。
…
……
誰も乗っているわけがない?
もしかして…
震える手足にもう一度ムチを入れ、左翼部部の土砂をかき分けていく。
いくら真也と言えどもあまり体力が残っていない。
残りの力を振り絞り破片や左翼の残骸を取り除いていく。
手作業だ。
全焼したエンジン部分はもう熱を持っていない。
土砂で埋まった破片を力づくで引っこ抜く。
「ゔゔおォォォ!」
声を上げながらエンジン部に連結しているコードや鉄板などをブチブチ一緒に引き抜く。力の限り引っこ抜いていく。
一番大きい部品が取れる。
真也が今まで鍛えていたからこそ出来た離れ業だ。
しかし手を休めずに残りの左翼部品と土砂の混在した瓦礫をかき分けていく。
「!」
ふと何かを感じた真也。
少し土砂の中で空間を感じた。
力任せに瓦礫や鉄板を引っこ抜いていたのだが、一転、恐る恐る瓦礫をかき分けていく…
心臓の鼓動が速くなっていくのが分かる。
かすかな気配がする。
誰かがいる。
自然の中で心身を鍛えていたからなのか、本当に僅かな気配を感じる。…僅かではあるが。
モグラなどの小動物かもしれないが、そうならばこんな火災と灰が降り注いだ中心部には居ないだろう。
泣きそうになりながら恐る恐る瓦礫を撤去していく。
ドクンドクンと先ほどよりも強い自身の心臓の鼓動が聴こえる。
途中、瓦礫をどかしたところに…
焼け焦げたブロンドの縮れた髪が見つかった。
心臓の鼓動がさらに早くなる。
真也の目から涙が溢れてくる。
土砂まみれの瓦礫や破片をさらにかき分ける。
さらにその先…
瓦礫をさらにかき分けた所。
そこに全身火傷で全ての髪が焼け落ちた女性が横たわっていた。
全身焼け焦げた姿のーーー
静那だった。
「う゛わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ォォォ!」
目にした瞬間、真也は目を思いっきり見開き、しゃがれた喉…声にならないようなありったけの金切声で叫んでいた。
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