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TEENAGE ~ぼくらの地球を救うまで  作者: SHUSAKU
season1【A面】
33/239

15-2 ある旅客機での出来事

【15話】Bパート

時差による疲労はあるものの、各々がある程度まとまった睡眠を取ったため、全員の体調面に大きな問題はなさそうだった。


時刻は5時を過ぎた。


全員が冷たい水で顔を洗い、気合を入れ直して搭乗開始のアナウンスを待つ。


季節はまだ3月。日の出の時刻にはまだ早いが、この始発便に搭乗する予定の乗客たちが、ポツポツとゲート内に入り始めてきた。


「勇一と葉月が戻ってきたら、そろそろ搭乗ゲートのフロアまで移動し始めようか」


仁科さんが、皆を仕切るように声を出す。


我がメンバーは男性の方が多い構成なのだが、意外にも率先して全体を動かそうとするメンバーは限られている。


八薙やなぎと真也は気が利くタイプではあるが、立場的に後輩や他校の生徒にあたるため、あまり強く意見を言うことはない。


生一きいちは相変わらずのマイペースを貫いている。


静那も「別に無理して動こうとしなくてもいいんじゃない?ゆるく行こうよ」というスタンスだ。


彼女は昼休みによく生一と一緒に屋上で寛いでいたので、少し彼の脱力したペースがうつったのかもしれない。


しばらくして、俺と葉月がみんなの元へ戻ってきた。


葉月が妙にいぶかしげな顔をして話しだす。


「急に、通訳してくれなんて言い出すから何かと思ったよ。こんな夜中に英語が分かる人を探して聞いてみたけど……

『ロビー内に動物を放し飼いにしていませんか?変な動物を入れていませんか?』って、何その質問?」


葉月は困惑したように首を傾げる。


「国際線のロビーに、蜘蛛みたいな生き物はさすがにいないんじゃない?

とにかく急に変なことを聞いてきたから、私もスタッフの方も不思議な顔をしてたよ。」


「ごめん。何もないなら、それでいいんだ。…けど」


「お手洗いの所に、いたのよね。蜘蛛男みたいなのが…」


「うん…疲れてるのかな、俺」


「私は直接見てないからさ。可能性は50%としか言えないよ。でも、戻ってきた時の勇一の顔を見たら、さすがに嘘には思えなかったから。あと、小春こはるから聞いてたけど、勇一は嘘つくのがあんまり上手くないみたいだしね」


「うん……ありがとう」


「なんだか、歯切れの悪い返事ね。でも一応、信じるよ。

怖かったね。そんなグロテスクなのが天井に張り付いていたなんて」


そんな妙な会話をしている俺たちに気づき、真也、そして八薙が静かに近づいてくる。


「勇一さん、何かあったんですか?」


「いや……俺の勘違いだったみたいだ」


「勘違い?」


「あぁ。信じられないかもしれないが、俺たちが搭乗するゲート近くの手洗いに、小学生くらいのサイズの蜘蛛がいたんだ。でも、疲れててデカく見え過ぎたのかもしれない。実際、手洗いを出たら、そんな蜘蛛らしきものは見当たらなかったし。

ははは…時差ボケの始まりかな」


「でも、勘違いとは思えないような切迫した表情をしてましたよ。疲れてるんなら、何か甘いものでも飲みます?」


「うん、ありがとう。でも、もうすぐ搭乗時間になるから大丈夫だ。気持ちだけ受け取っとくよ」


「なんか辛かったら、すぐに言って下さいね」


真也は付き合いが短いが、驚くほどよく気が付く男だ。


その根の優しさを、俺は改めて感じていた。


ターミナルの端っこにあるゲートに到着した。


俺はもう一度、周辺の天井や物陰を執拗に見渡す。


搭乗を待つ乗客が、出発まで一時間を切ったこともあり、既に20名ほど集まっていた。


それ以外に、怪しい人影や気配は……どこにもない。


けれど、俺の心は依然としてザワザワと波立っていた。


ほんの一瞬だけ視界に入った、あの天井の黒く細い腕……。それを思い出すだけで、顔が強張るのが自分でも分かった。


その僅かな表情の変化に、静那が気づいた。


「どうする、勇一。少し休んで、別の便にする?

私、無理してこの便に乗らなくても大丈夫だよ。お金は勿体ないけど、勇一、なんだか辛そうだもん。

捜索よりも、勇一の体調の方がずっと大事だよ。

無理してほしくない。絶対に」


静那は俺の両肘を掴み、真っ直ぐに俺の目を見つめて話しかけてきた。心底心配してくれているのが伝わってくる。


「なんか、変な汗かいてるやん。ちょっと普通じゃないよな。フライト代のこともあるけど、ここで一旦休むのもアリやと思うで。」


生一も、珍しく真剣な表情で気遣ってくれた。


仁科さんも、「(お金は痛いけど、休むべき?)」という迷いの表情を浮かべている。


でも、自分一人の、確証のない都合で、皆の予定を大きく狂わせてしまってはいけない。


そう自分に言い聞かせ、俺は決めた。


「ごめん! 俺、時差の関係でちょっと精神的に疲れてたみたいだ。確かに変な汗かいてたのは事実だけど、せっかくここまで待ったんだから、一旦ここからモルドバまでは行こう。

到着したら、あとは飛行機じゃなくて陸路だろ。そうなってから、少し休めば大丈夫だよ」


俺は仲間の顔を見渡し、努めて明るい声を出した。


「ごめんな。俺、皆より貧弱でさ。八薙から見たら頼りないかもしれないけどモルドバまでは身体を持たせる。ホントだ。だから、行こう!」


俺の決意を込めた言葉に、一同は少しだけ安堵したような表情を見せた。


「……じゃあ、モルドバに着いたら、ちょっと長めの休憩にしましょうね。時差ボケしてるのは、私たちも一緒なんだし。

男性陣も、それでいい?」


仁科さんの問いに、異議を唱える者は誰もいなかった。


小谷野と兼元は、次のフライトでの席がどうだとか、また懲りずに言い合いを始めていたが、その元気そうな様子を見ると不思議と安心した。


自分一人の気の持ちようで、周りをこれほど不安にさせてしまうことがある。


それだけ、この「大家族」の中の一人一人が、かけがえのない存在なんだ。


深夜の出来事が気にならないと言えば嘘になるが、目的地まで行ってしまえば空気も変わり、気持ちも落ち着くだろう……俺はそう自分に言い聞かせた。


ただ、静那だけは、先ほどからずっと心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。


「(後輩のくせに、いっちょ前に心配しやがって。先輩をなめんな。)」


俺は心の中で毒づきながら、笑顔を返してやり、彼女のブロンドの頭をクシャクシャに掻き回してやった。


「向こうに着いたら、まずはゆっくりしよう。絶対にな」


* * * * *


日本を出発した時と同じくらいのサイズの飛行機が、今回の俺たちが利用する旅客機だった。


それでもざっと見て、200名以上は搭乗できるくらいのサイズである。


そんな旅客機の中、後部座席は空いていたが、前方の席は結構な数で埋まっていた。


先ほどまで眠っていたはずなのに、あくびが止まらない…


早くこの不快な時差ボケを何とかしたいものだ。


静那と真也以外のメンバーは初めての海外旅行なので、時差ボケの洗礼を受けるのは今回が初めてだ。だからこそ、余計に身体の違和感に対して敏感になっているのだろう。


予定時刻になり、機体は何の問題もなく滑走路を蹴って飛び立った。


離陸した瞬間、俺は思わず深い安堵の息を漏らした。


無事に離陸を完了するまで、あの天井に居た蜘蛛のような生き物の影が、ずっと頭から離れなかったからだ。

大きく呼吸をし、完全に気持ちを落ち着かせる。


余裕が出来たのか、俺は静那の座る席に目をやった。


静那は再び、集中して本を読み耽っていた。そのため、隣の席を死守した小谷野のことなど、全く意に介していない様子だった。


兼元の方を見ると、悔し紛れにニヤニヤと笑っている。


「ざまあ、お味噌汁よ!」


兼元は小声で、小谷野を挑発した。


ふてくされた小谷野は、この機内ではもう「ふて寝」に走るしかないようだった。


仁科さんと葉月、そして真也と八薙は、前方の席で完全に自分の読書タイムに入り込んでいた。


まぁ、飛行機の中というのは、それくらいしかやることがない。


生一は窓側だったので、流れていく景色を静かに楽しんでいる。


俺も特にやることはなかった。精神状態がようやく落ち着いたので、カバンから旅のガイドブックを取り出した。


* * * * *


フライト開始から2時間ほどが経過した頃、機内がざわつき始めた。


飛び交っているのは、外国語だ。


ヒンディー語、だろうか。


機内にいる日本人は、俺たち9名しかいないようだった。


この、さざ波のようなザワザワとした不安感の理由は何だ?


俺が不安を感じていると、窓の外を注視していた生一が、その理由を突き止めた。


「……この飛行機、コースから大きく外れてへんか?」


その言葉に液晶ディスプレイを確認すると、本当だった。


モルドバまでの空路が地図上に黄色い線で示されているのだが、旅客機のマークは、その正規のコースから大きく南へと逸れている。


現在はイランの上空のようだが、カスピ海近くの……いわゆる北西方面を通るのではなく、オマーン湾の方へと進行方向を南下させているのだ。


これに対し、周囲の乗客たちが明らかに動揺し、不安の色を濃くしている。


飛行機が今すぐ墜落するわけではないので、悲鳴を上げるような者こそいないが、一体どこへ向かわされているのかという、言葉にならない不安感が機内を支配し始めた。


俺たちも、この逃げ場のない空気感に気づき、頭を猛烈に回転させる。不安に飲み込まれないように。


……ドラマや映画で見たような話だが、ハイジャックでもされているのだろうか?


でも、その動機は何だ。この機体に、何か重要な人物でも乗っているというのか。


いやいや、考え過ぎだ。ドラマの見過ぎってやつだ、と自分を叱咤する。


流石に進路が違うというだけで、そこまでの暴挙は……ないだろう……そう信じたかった。


その時、俺の脳裏に、あの空港ゲートで見かけた奇妙な生き物の姿が、鮮烈にフラッシュバックした。


もしかして、あの異形の生き物がこの機体の中に……いや、バカなことを考えるな。


ゲート前で見かけただけであって、旅客機へ乗り込んでくるなんてことは、さすがに有り得ない。…非現実的すぎる。


じゃあ、今のこの異様な状態は、一体何だというんだ。


乗客たちが待ち望んでいた、機内アナウンスがようやく流れた。


…しかし、スピーカーから流れる言葉が、俺には全く理解できない。


おそらくは、ヒンディー語なのだろう。


俺たちは、他の乗客たちの表情や反応を見て、状況を判断するしかなかった。


一番近い場所に座っていた仁科さんが、震える声で話しかけてきた。


「勇一……これ、何が起きてるの?」


「分からない。でも、明らかに進行方向がおかしいのは確かだ」


「じゃあ、どこに向かってるの……このまま……」


仁科さんの顔は、見る間に不安で青ざめていく。


静那はもちろん、周りのみんなもこの状況を強張った表情で見守っている。もう、本を読んでいるような余裕はどこにもなかった。


小谷野が周囲をキョロキョロと見回しながら、怯えた声を出す。


「え……これ、どうなるの……俺たち、どうしたらいいんだよ」


不安に震える小谷野の手を、隣にいた静那がグッと力強く掴んだ。


「きっと……大丈夫だから。落ち着こう」


「あ……ああ。せやな」


これでは、どちらが先輩で立場が上なのか分からないな、と俺は感じた。


長いアナウンスが続いているが、ある特定の単語が発せられた瞬間、機内は一斉に悲鳴と叫び声に包まれた。

それでも、俺たちには何が起きているのかが分からない。


ヒンディー語が、一言も理解できないからだ。


ただ、この殺伐とした雰囲気から、何か取り返しのつかない事件が起きている…そうとしか考えられなかった。


俺たち以外の乗客の殆どが席を立ち、一斉に前方へと詰め寄り始めた。


パイロットを出せ、とでも叫んでいるのだろうか。


誰かに操縦を乗っ取られているのか? いや、確信はない。


一体、何が起きているんだ!


機内の混乱は加速度的に広がり、それに比例して俺の心臓の鼓動も激しく打ち鳴らされる。


可哀想なことに、インド人のスチュワーデスさんは必死に乗客をなだめようとしているが、乗客たちは叫んだり怒鳴ったりして、もはや収拾がつかない。


パニックだ。


「どうしよう……」


俺に対してなのか、それとも自分に言い聞かせているのか、仁科さんが弱々しく呟いた。


ここは、逃げ場のない飛行機の中だ。


なす術がない。


「……揺れが酷くなってきた。とりあえず、シートベルトをして座ろう」


俺は仁科さんに告げた。


しかし、仁科さんは完全な不安に支配されており、俺の声が聞こえているのかどうか、反応はなかった。


体格の良い男性客がスチュワーデスさんを強引に突き退け、前方の機長室へと向かい、狂ったようにドアを叩き始める。


「開けろ!」とでも、怒鳴りつけているのだろうか。


俺は、こんなにも言葉が理解できないことが、これほどまでに苦しく恐ろしいことだとは思わなかった。


極限の状態にありながら、何を言っているのかがさっぱり分からないんだ。


おそらく、他の8名も、同じもどかしさと恐怖を感じているだろう。


あのマイペースな生一でさえ、さすがに緊張した面持ちで窓の外の空を見つめていた。


そして、生一がボソリと言った。


「高度が、下がっていってる。あかんかもな…」


その不吉な言葉に、8名が弾かれたように反応した。


まさか、墜落するというのか。


前方で怒号が飛び交う中、俺は席を立ち、すぐに窓の外へと目をやった。


まだそこまで高度は低くはないが、このまま機体が高度を持ち直すような気配は、微塵も感じられない。


眼下に、広大な森が見えてきた。でも、今の俺にはその緑を愛でるような落ち着きは、微塵もなかった。


「(クソっ、どうすりゃいいんだよ……!)」


八薙が悔しそうに唇を強く噛み締める。その表情からは、震えよりも激しい怒りが滲み出ていた。


自分ではどうすることもできない、という無力感に対する怒りだ。


言葉が聞き取れない。はっきりとは分からないが、この旅客機内は完全に統制を失い、混乱の極致にある。


液晶ディスプレイは依然として表示されていたが、機体はペルシャ湾の方向へと進んでいた。


正規の進行方向から、致命的なほどに逸れている。


着地点を変更するために路線を変えているのだと思いたかったが、周囲の乗客たちの絶望的な態度を見れば、明らかに“それ”ではないことが分かった。


ズズン!


身体を突き上げるような大きな音がして、機体が激しく揺れた。


高度が下がって、気流が不安定な場所に出たのか?


違う!!


機体の右翼が、鮮烈な火花と共に爆発したのだ。


爆発だ。


まるで、最悪の悪夢を現実に見ているかのような光景だった。


この瞬間、機内にはそれまでとは一段と質の違う、凄まじい悲鳴が沸き上がった。


泣き崩れるマダム。


機長室のドアを尚も叩き続けながら、喉を引き裂くように怒鳴り続ける数人の男性たち。


スチュワーデスさんは涙を流しながら、「落ち着いてください。どうか席についてください」というような身振りを交え、必死に訴えかけている。


言葉は分からなかったが、彼女の表情を見れば、不思議とその意図が伝わってきた。


それほどまでに、それは“懇願”に近い、魂の叫びだった。


どんな怒号が飛び交う中でも、彼女は最後まで、スチュワーデスとしての職務を全うしようとしているのか。


スーツを着た男性は、震える手で手帳を取り出し、何かを猛然と書き始めた。遺言書だろうか。


目に入った40代くらいの男性も、何か筆記用具を取り出して、必死に何かを書き残そうとしている。


人は、死を目前にしたとき、一体どういう行動を取るのだろうか。実際には様々だが、何かこの最期の一瞬に、自分のすべてを託そうとしている人が多いように見えた。


ほどなくして、右翼が完全に損壊したようで、機内中に凄まじい衝撃音が響き渡った。


ガシャリと音を立て、各座席に酸素マスクが降りてきた。


実際に、頭上から降りてくる本物の酸素マスクを見るのは、人生で初めてのことだった。


片翼となった機体は、緩やかに高度を下げながらも、機体を大きく揺らし続け、さらに地表へと近づいていく。


左右の揺れは、もはや乗務員も乗客も立っていられないほどに激しくなった。


窓の外を見る。


まだ墜落までには間がある高度だが、もうこの先、墜落を避ける手段は残されていないことを予感させた。


何より、右翼が破損して激しく燃え盛っている。


まさに、この世の終わりのような悪夢の光景だ。


泣き叫び出す人。


一心不乱にメモ帳に、必死に何かを書き留め始める人。


子どもを強く抱きしめるお母さん。


その子どもは、「揺れが酷くて酔っちゃった……」というような表情をしていた。これからの運命に対して、何も知らないであろう、純粋で残酷な無知の表情だった。


カップルらしい二人は、シートベルトを締めてお互いの身を寄せ合い、何かを懸命に励まし合っていた。


女性の方は涙を流している。当然だ。その涙を男性が指で拭い、肩を激しく震わせている。


大勢の乗客が前方へと詰め寄っていたため、勇一の席から見える乗客たちの後ろ姿は、そんな絶望の縮図のようだった。


シートベルトを締め、座ったまま肩を震わせている一人の女性。


あまりにも残酷な現実に、耐えきれない思いなのだろう。


家族で抱き合って、声を上げて泣いている姿もあった。


何かを、狂ったように叫んでいる。


「嫌だ! まだ死にたくない!」というような、生への渇望の叫びだろう。


それを目の当たりにしている俺たち自身も、震えが止まらない。


さっきまではまだ高いと思っていた高度も、片翼だけの飛行となった今は、秒単位で低くなっていく。


最後の力…左翼だけでバランスを取りながら、せめて直下型の墜落だけは免れようとしているのだろう。


機長さんは一体、どんな人なんだろうか。


とても残念な結果になるかもしれないけれど、彼は今、持てる技術のすべてを注いで最後のあがきを見せてくれているように感じられた。


もし飛行機が不時着し、爆発して炎上する場合、機体は少しでも軽い方が生存の確率は上がる。


燃料を少しでも減らして爆発の規模を軽減させるため、機長は必死に旋回を試みているのだろうと想像できた。


不時着を想定し、燃料による爆発を少しでも和らげようと……そんなことを考えているのだろうか。


死の恐怖のあまり、精神がどこかおかしくなりながらも、勇一はふとそんな冷静な思考を巡らせていた。


片翼になって以降、あまりにも左右の揺れが酷いため、女性や子どもたちはもう観念したように座席でシートベルトを締めていた。……そして、ただ泣いていた。


そして、それは俺たちも同じだった。


座ったまま、この機内の混乱を、ただ見守るしかない俺たち……



さっきまで悔しそうな表情をしていた八薙は、ついに悔し涙を流し始めていた。無力感への怒りだろう。


仁科さんや葉月は、顔を真っ青にさせて硬直している。


涙は見せていないが、この凄惨な現実を断固として認めたくないという、拒絶の表情だった。彼女たちにも、待っている家族がいる。


葉月は今まさに師範代のお父さんのことを思い出しているのだろうか。


もう、ここで座して墜落を待つしかないというのか!


前方の凄惨な状況に、やりきれない想いが溢れる中、勇一の頭の中で“もう一人の自分”が問いかけてきた。


* * * * *


まだ、やり残したことはないか?


ある!


静那だ。


静那のお父さんを、絶対に見つけてやるっていう約束だ!


その想いが、瞬時に浮かんだ。


お父さんと再会させてあげて、静那を心から喜ばせてあげたい。


あの子は、その時、一体どれほど嬉しがるだろうか。


きっと大粒の涙を流して喜ぶに違いない。


そんな、彼女が涙を流して喜んでいる姿を想像していたら、自分まで不思議と嬉しくなってくるんだ。


恐らく、俺ももらい泣きしてしまうだろうな……仁科さんや葉月も、きっと。


だから、手伝ってあげたいんだ。


目の前の……この子を……心底、喜ばせてあげたい……


それだけなんだ……


本当に……喜ばせて……あげたかった……


でも、もうじき……終わってしまうんだ……俺の人生……


……最後くらい、誰かに喜んでもらってから死にたかったな………


喜んでくれた顔を見れたら、あとの人生なんて、もう……


こんな極限の状態においての、“自分との対話”。


それは、ひどく不思議な感覚だった。


以前の、他人に全く興味を示さなかった自分だったのに。


誰かのために……身近に居る誰かを喜ばせることが出来なかったことが、人生の……唯一の、最大の悔いになるなんて……


もし、もう一度だけチャンスをもらえるなら…無理みたいだけ……絶対に、大切な人に喜んでもらえるよう……この命を、全部使いたい……


* * * * *


しばらくして、短い機内アナウンスが流れた。


今度は、悲鳴や怒号は上がらなかった。


絶望的な表情を浮かべた乗客たちの沈黙が、その内容を如実に物語っていた。


恐らく、アナウンスの内容は、こうだっただろう……


「当機はこれより、まもなく墜落します―」

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