16-2 生きて
【16話】Bパート
森が…燃えている。
どんどん燃え広がる業火。
風も出ていたため飛び火が怖かった。
その風を受け、悍ましく見えるほど煙が立ち昇り、墜落の現場は凄惨を極めた。
真也は口を手で覆いながら煙と足場をかき分けて被災地の中心部を目指す。
煙と言う名の瘴気が酷くて前が見えない。
まだ機体の本体すら見えず、この先が中心部と言う確証はないが、真也はありったけの声で静那の名を叫ぶ。
日ごろから大声で叫んだりすることは無かったが、今は違う。
本気でありったけの声を張り上げた。
…でも静那だけでなく生存者の声は全く聞こえない。
息を吸い込むだけで喉がやられる。
ゲホゲホと咳をした後、真也はたまらずに立ち昇る業火と煙の中心部から距離を置いた。
少し息を整えたら体制を立て直す。
とっさに服の一部を破き、簡易マスクを作る。
そしてすぐにできるだけ近づいて…そしてありったけの声で名前を叫ぶ。
しかし風に乗って舞い上がる煙にたまらず避難する。
「ゲファッ!ゲハッ! ゴファッ!」
煙をモロに吸い込んだのだろう。ふだんしないような咳が出た。
喉をやられ、激しくむせ返ったようだ。
それでも怯まない。
また出来るだけ近づいてから声を張り上げ続けた。
今の彼にはこれしか出来ない。そんな悲壮感があった。
風の音以外に真也の叫び声が空しく響く。
奇跡的に無事着陸した7名も豪火の中心へ向かう。
そのうち静那の名前を叫ぶ真也の声が聞こえてきた。
それを聞いて全員、自然と涙が出てくる。
仁科さんは口を押え、声を殺して泣き始めた。葉月もそんな仁科さんを抱きかかえ人目をはばからず目頭に涙をためていた。
さらに静那の声を叫び続ける真也の声が聞こえる…
皆も気持ちは痛いほど分かる。
たまらない気持ちになった。
立ち昇り続ける煙や火の粉が現場の絶望さを感じさせる。
ただ、ふと風が少し落ち着いた。
真也はハッとして風向きを俯瞰して見てみる。
今なら逆方向から回れば、機体損傷の様子が分かるかもしれない。
煙をかいくぐり風がやんだ今がチャンスと見て飛ぶように反対側へ回る。
そして燻る煙の中からその惨劇の一部を目撃した。
一部ではあるが……
「惨劇」と呼ぶのにふさわしい光景だった。
人は…人は高速で激突したらこんな風に砕け散ってしまうのか…
ぞっとする光景が並ぶ…
人間の腹部が破裂し、枝や根っこにぶちまけた腸が引っかかって巻き付いている。
とてもじゃないが誰かに描写して伝える事なんてできないような有様だ。
からまって枝に巻き付いている臓器はまるでソーセージのような感じと言えば分かりやすいが、全て人間が砕け散った残骸だ。とても食べ物に例える気分になれない。
大多数が人のカタチを留めていない。
臓器が火に炙られ、強烈な異臭を放っている。これはしばらく燃え続けるだろう。
黒焦げになったバラバラの死体と散乱した手荷物。
折り重なるように倒れ込んだ家族の死体。
光景を見つつ顔をしかめ、吐きそうになる真也。
凄惨としか他に言いようがない光景だが、それでも目を逸らさず周りを丁寧に見渡していく理由がある。
誰でもいい。
生存者はいないのかを全て確認するまではここを離れるつもりは無い。いくら惨たらしく残骸が転がっていようが、その覚悟がある。
暫くして、また風が舞い始めた。
真也が陣取っていたポイントはあっという間に煙が立ちこみはじめ、火の粉が舞い始めた。
ちょっとここに居続けるのは無理そうだ。
さっきの光景を忘れないようにしつつ、一旦火中から距離を離す。
離れたところでまた服をちぎり、マスクをこしらえた。
思っている以上に煙というのは体の器官にダメージを与えるようだ。
並みの人間ならあっという間に頭に酸素が回らなくなり、倒れてしまうだろう…この先は。
そこへ足音がした。
遅れて勇一達が現地へ到着したのだ。
真也は…必死に捜索をしている様子で、ハアハアと口で荒く息をしていた。
煙で目もやられているようで、涙を流している。
この業火だ。
呼吸が苦しいのだろう。
開口一番は八薙だった。
「どうだった?静那のやつ…いたか?」
絶望的な状況と分かっていても聞かずにはいられない。
「いや…まだ。見づがってない…」
真也は短く返答した。さっきから大声を出し続けていた上に煙で喉をやられているので声が完全にしゃがれている。
「もう少し風が止んだらみんなで静ちゃん探そう!全員で探せばきっと…だから行ーー」
「来るな!!」
仁科さんの呼びかけをかき消すように叫んだ真也。
こんなに怒鳴りつけるような声は初めてだ。
全員ビックリし、静まった。
辺りは豪華でパチパチという木々が燃える音だけが聞こえる…
少しして真也は喉をゴホゴホさせながら、皆に伝える。
「ごめん…どなっだりして…ごめん…仁科さん。」
「(大丈夫よ)」と言う顔の仁科さん。
「この先は…来ないでほしい。お願いだから立じ入らないでほしい。煙を一度に吸うと本当に危ないってのもあるげど…皆にはこの先の光景は……見て…ほしぐない!お願いだからこの先は僕一人にやらぜてほしい。死体を弔うのも…生存者を探ずのも…やるといったがらにはきちんとやるがら…」
絞り出すように言葉を出す。
学校も違う真也が皆にこうやってお願いをするのは初めての事である。
それだけ真剣なんだというのを感じとる。
そしてこの先の光景の凄惨さも。
「先輩方と亮二は捜索隊を呼んでぎてほしい。僕も今、冷静に考えでみた…。今は捜索隊を呼んで、墜落した飛行機を引き上げる作業が大事だと思う。
僕らがやみぐもにやっても煙にやられる。ちょっと先…向こうの方に見えるだろう。ドス黒くて沸き上がるような煙…あれをさっき肺に吸い込んだだげで、もう気絶するくらいだった。とてもじゃないけど素人が手作業で撤収できる規模じゃない。
僕は生存者や静那を探す。絶対に探ずよ。…生きてるかどうかは分からない。でも見つかるまで諦めない。救助の人が来てくれるまであきらめずに探してるから…先輩方。まずは助けを呼んできて。
お願い。僕らどのみち食べ物も無いし電話もない。ここに居るだけで肺がやられで消耗しちゃうよ。」
言い終わるとすぐに勇一が反応した。
「分かった。行こう皆。俺は真也の考えに賛成だ。ここにいても捜索の力にはなれない。一刻も早く助けを呼びに行こう。」
「そうだな…あんまり考えてる暇はなさそうっすね。」
八薙がうなずく。
「ありがとう…先輩…。」
「生きて…って言うてたからな。俺ら絶対に生きんとあかんぞ。」
生一もいいこと言う。
静那の言葉を思い出した。
「じゃあ早速助けを呼びに行ってくる。捜索隊を呼んでなるべく早く戻ってくるから。だから気持ちは分かるけど焦らないで。無茶しないで。ね。真也…君。」
「はい。ありがどうございます。仁科先輩。その…さっきは怒鳴ったりして本当に…」
「もう気にしてないよ。私たちを思って本気で言ったのが分かったし。だから私たちは私たちのやれることをやる。まずは皆でこの状況から打開しましょう。」
「はい。先輩、お気をつげて。」
「もう一回確認!絶対無茶しない。いい?」
力強く頷く真也。
「その…まず川を見つけて川沿いに下流向かって進めばいいみたいな事聞いたことあるぜ。」
珍しくためになる情報を小谷野が言い出す。
「じゃあ川を急いで見つけないとね。頼りにしてるよ。あんたでも」
こんな状況だ。皆一人一人の大切さを心の底から感じているんだろう。仁科さんもこの状況下から心を前向きにシフトし始めた。
「じゃあ助けを呼んでくる。さっきの仁科さんの言葉、くれぐれも忘れんなよ、真也。」
風が強く煙舞う中、一旦二手に分かれる事になった。
* * * * *
真也を残し、川を目指してジャングルを歩いていく。
ジャングルと言っても以前写真で見たようなアマゾンのへき地という感じではなく、密林に近いスポットだ。
ただ絶望的な状況は変わらない…
燃え広がる被災地からは離れつつあるが、遠くから見ていてもその炎が収まる気配はない。
一度雨でも降らないと、森林の広範囲に燃え広がり続けるだろう。
静那は…ここにいる全員がもう助からないと感じていた。
でも今はそんな事を考えたくなかった。
感じたくなかった。
考えれば涙が止まらなくなるからだ。
だから今はこの場所から生き延びる事。
そこにまずフォーカスしよう。
静那の最後の言葉…「生きて」が頭の中で何度も思い起こさせる。
森の中は沼地も多く、足場は悪かった。
聞いたこともないような野生動物の鳴き声も気になる。
でも考えたくないことから気を紛らわせるには良い環境とすら思えてくる。
勇一は最後に機内でマップを見たときの映像を思いだす。
このまま南下すればきっとペルシャ湾付近に出るはずだ。その湾岸に通じている川、もしくは水脈をまずは目指す!
…生きるんだ!
* * * * *
森をひたすら歩いていく。
こんな日本人がだれもいないしどこかも分からない森の中。
日が少しづつ傾いていく。
夕暮れに近づくごとに不安が襲う。
この先どうなるか分からない。
夜になる前にせめて川に出られるのか…
森の中の野生動物が襲ってきたりしないだろうか…
火が無い。
ライターも無い。
明かりも無い。
全て旅行鞄に置いてきた…。
今は恐らく焼き尽くされてしまっているだろう。
あの時…無事着地できた時は、自分の事なんてどうでもよかったとはいえ、いざ我に返ると殆ど物を持っていないことに気づく。
一番大切な“水”も無い。
あるのは体一つだけだ。
人間は3日も飲まず食わずでいれば目を回し、倒れてしまうと聞いたことがある。
そうなると自分たちのタイムリミットもあと3日…なのか。
いや、この環境下でいるのは1日が限度だ。
とても正常な精神状態でいられない。
そんな事を各々考えているとどんどん顔が暗くなる。
どう現状を見つめ直しても精神的におかしくなりそうだったのは7名全員同じところだ。
ただ、静那の最後の言葉…「生きて」が支えになっていた。
彼女が命がけで救ってくれたこの命…絶対無駄には出来ない。
無駄に死ねば、静那に顔向け出来ない。
最後まであきらめずに生ききる事が彼女に対してのせめてもの償い。
皆、口には出さないがそこは共通認識だったのかもしれない。
誰も弱音を吐くことは無かった。
しかし、“最悪の事態”はどうしても考えてしまう。
弱音を吐くことはなくても無口でいると、どうしても考えがそちらに引き寄せられる。
どうしても…
そんな周りの空気を感じ取り、勇一が急に話し出す。
「あのさ…俺、今から独り言をしゃべるからさ…気がまぎれるなら聞いててほしい。聞いてるだけでいいから。」
少しでもみんなの辛さから気を紛らわせることができればと感じた。
先頭を歩くのは八薙。勇一は前から4番目を歩いていたので丁度前後に声が聞こえる位置だった。
「コレ昔実際にあった話でさ…英語の授業で聞いたことがあるエピソードなんだ。言うよ……1971年。17歳の少女が父親に会いに行く話なんだけど。」
17歳…父親に会いに行く…というとすぐに静那を思い出す面々。歳も同じだ。
すぐに彼女の事を思い出してしまうものの……話を黙って聞いている。
「美しい金髪で陽気な少女だった“ユリアナ”って子。家族と飛行機で父親に会うためアマゾンの奥地へ向かったんだ。でも途中で、確か雷の直撃で飛行機が墜落してしまう。
ユリアナはただ一人、木とクッションに阻まれて運よく着地できた。でも生存者は90名くらいの乗客の中でユリアナただ一人だった。
そこはジャングルの樹海。そんな地形も分からないところに女の子一人が放り出された。
アマゾンっていったら、ピラニアとかデカい蛇がうじゃうじゃいて、陸にも川にも安息の場所がないって感じの密林だ。ここなんかよりずっと過酷だったと思う。
夜は猛獣の鳴き声がひっきりなしに聞こえるから、疲れて眠ることもできない。極限の精神状態が続いたと思う。でも彼女は必死にジャングルを彷徨いつつも10日目にはその地獄のような場所を脱出する事ができた。
お父さんに言われてたんだ。“もし密林の中で迷ったら水の流れる方をたどれ”って。どんな小さな流れでもやがては大河になる。その道先には必ず人が住んでいる。そんなお父さんの声をたよりに注意深く地形を見ながら歩いていったんだ。結果、奇跡的に保護され助かった。
まだ17歳だ。俺達よりも年下だ。しかもこんな森よりも遥かに危険な場所で、おまけに仲間はゼロだ。
すごいよね。
どんなに苦境に陥ろうとしても生きようって意志があれば奇跡だって起こせる。…そんな話があるんだよ。」
道なき道を歩く面々にこの話が勇気をくれたのは間違いない。
皆無言で歩いている。
しかしさっきよりも悲壮感は消えたようだ。
* * * * *
その頃……
真也は一向に治まらない豪火の海の中、静那の名前を何度も叫びながら捜索を続けていた…。
絶望的な可能性の中でも目を背けず名前を叫び続ける…。
何度も…何度も…
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