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TEENAGE ~ぼくらの地球を救うまで  作者: SHUSAKU
season1【A面】
29/239

13-2 初志貫徹

【13話】Bパート

➡日本語文化交流会の様子は《B面》にて掲載していきます。

全員が落ち着きを取り戻すまでに、かなりの時間を要した。


「同棲」ではないにせよ、あの「三杉君」という見知らぬ男性と同じ屋根の下で静那しずなが暮らしているという事実は、二人の野獣を狂わせるに十分すぎた。


「寮を隔てている壁の厚さは何センチだ! 鉄筋か!? 木造か!?」


「共同で使っている物品は何がある! 歯ブラシの予備は!? 石鹸は共有なのか!?」


「天井を五回トントンして『アイシテル』のサインとか出されてないだろうな! 念のためにモールス信号の表を持ってこい!」


雪崩のような質問攻撃に、部室はもはや収拾のつかないパニック状態へと発展していく。


「壁に五センチから十センチくらいの穴とか開いてないか!? 五センチもあればやりかねんッ!」


小谷野こやのの支離滅裂な叫びに、僕は「五センチで何ができるんだよ」と心の中で突っ込む余裕さえ失いかけていた。


とにかく、これ以上静那が質問攻めに遭うのを放っておくわけにはいかない。


「……いい加減にしろよ! 静那のプライベートな事だしこれ以上は失礼だぞ」


僕は強引に会話の主導権を握り、机を軽く叩いて注目を集めた。


「気になる気持ちも分かるけど、もう三十分もこの話をしてる。

最後に静那から説明してもらって、この話は終わりにしよう。

静那、それでいいか?」


僕の問いかけに、静那は困ったように、けれどどこか決意を秘めたような瞳で頷いた。


ふと見ると、質問の輪には加わらずに状況を見守っていた仁科にしなさんが、僕の顔を覗き込んできた。


「……あんたも、ちょっと動揺してるんじゃない? 鼻の頭に汗かいてるわよ、部長サン」


意地悪な指摘に、僕は思わず顔を背けたが、確かに僕の心臓も、自分でも驚くほどの速さで鼓動を刻んでいた。



「じゃあ……真也君のことについて、私から説明するね」


静那の声が、なぎのような静けさで部室に満ちた。


その場にいた全員の動きが、まるで時間が止まったかのようにピタリと止まった。


西日に照らされた部室の中、静那は小谷野や兼元を安心させるように、いつものように穏やかに微笑んで見せた。


けれど、その微笑みはすぐに影を潜め、彼女の視線は手元の机の一点……そこにある小さな傷跡を見つめたまま、動かなくなった。


「真也のこと、皆に黙ってて……その、ごめんなさい。

でも、これにはどうしても、今の私には言えない訳があって……」


彼女の声の端が、薄いガラスが触れ合うようにわずかに震えているのに気づいた。


窓から差し込む西日が、空気中をゆっくりと舞う埃を白く、神聖なもののように照らし出している。


その静寂の中で、彼女は喉の奥で言葉を噛みしめるようにして、重い告白を継いだ。


「真也はさ……簡単に言うと、昔……殺されそうになったんだ。悪い人たちに、追いかけられて……」


「……殺されそうに?」


兼元の、掠れたような声が漏れた。


部室を支配していたどこか滑稽な空気は、一瞬にして霧散した。代わりに、今まで経験したことのない、肺の奥が圧迫されるような重苦しい沈黙が降りてきた。


「彼には両親がいなくて、守ってくれる大人が周りにいなかったから立場がすごく悪かったの。殺されないためにも、できるだけ田舎で、身を隠す必要があった」


静那は、無意識に耳元に触れた。


学校では校則違反だが普段はイヤリングをつけている部位だ。


「だから、私たちが以前暮らしていた熊本県から、この高知へこっそり逃げてきたんだ。私も……真也が心配だったから、一緒についてきた」


天摘さんは唇を噛み、仁科さんは静かに視線を落としている。


「でも、それには条件があったの。

絶対に、目立つ行動をしたらダメ。悪いことはもちろんだけど、例え良いことをしたとしても、名前が世に出てしまったら……また、あの日みたいなことが起きちゃう…から…」


『あの日』


彼女が何を指しているのか、僕には想像することしかできなかった。


けれど、その言葉を発した瞬間の彼女の指先の震えが、僕の胸を締め付けた。


「だから真也は一人で目立たないように暮らしてる。今は別の高校に通ってるけど、都会にも、熊本にも、どこにも行けずに……辛いと思う……本当に」


静那の瞳が、薄い膜を張ったように潤んでいく。


「みんなのこと、心から信頼してる。

でも……どこか怖くって。

ごめんなさい。私のせいで、みんなに隠し事をさせて……ごめんなさい」


彼女が何度も、何度も小さな声で謝るたびに、部室の空気はさらに重く沈んでいった。


誰も、言葉をかけることができなかった。あまりに過酷な真実を前に、僕たちはあまりに無力だったからだ。


「私は……」


静那が顔を上げ、涙を堪えるようにくうを見つめた。


「私は、真也のような子どもが、今後一人でも出てこないようにしたい。……日本に来てから、私たちの保護者になってくれた人がいるんだけど、その人みたいに子どもたちが安心して生きられるような『孤児院』を建てたいなって思ってるんだ。」


それは、彼女が初めて僕たちの前で口にした、剥き出しの本心だった。


「海からの景色が綺麗な場所を、熊本でたくさん見つけたの。

おじいちゃんやおばあちゃんも一緒に暮らせるような、血の繋がっていない大家族みたいな施設。」


彼女は少しだけ照れくさそうに笑い、それからふと、八薙やなぎ君の方を見た。


「さっきの八薙君の家族の話を聞いて、やっぱり家族がいるのっていいなって改めて思ったんだ……

あ、ごめんごめん! 話題が逸れちゃったね。真也の話だったよね。」


「……すごく、素敵だよ。その夢!」


シーンとした静寂を破ったのは、僕の無意識な叫びだった。


静那に初めて出会ったあの日の、魂を根こそぎ持っていかれるような衝動が、再び僕を突き動かしていた。


「話が逸れたって全然いいよ、

静那。とても素敵な夢だと思う! もっともっと話してほしい。

どんな施設にしたい?

どんな子がそこにいる?

そこでどんな料理を食べるんだ?」


「うん、素敵な夢だね。静ちゃんがどうしたいか。私ももっと聞かせてほしいな」


椎原しいはらさんが、包み込むような優しい声で続いた。


「静那ちゃんはお父さんが大好きなんだね。再開できて、いつか日本に呼べたら素敵だね」


天摘さんも、八薙君も、深く頷いている。


「すごく素敵よね……

私、イメージしてたら、なんだかしんみりきちゃった。ねえ、もっと聞かせてよ」


仁科さんが少し鼻をすすりながら、静那に微笑みかけた。


「うん。……その……みんなが大好きで……実は……皆と施設をさ……大好きな……皆と一緒に……」


静那の声が震え、彼女は突然、肩を揺らして泣き出した。


ずっと一人で抱えてきた、言葉にできない恐怖と希望。


それをこの仲間たちが、当たり前のように受け入れてくれたことへの安堵。


彼女にとって、この部室にいるメンバーは、もはや何物にも代えがたい宝物なのだと、その涙が物語っていた。


(大好きなみんなと、この先もずっと一緒に歩いていきたい……)


そんな彼女の願いが、夕暮れの部室のすみずみまで、優しく、けれど強く満たしていた。



「…ところでそいつ(真也)とポケベルの番号交換とかは…」


小谷野の台無しな一言に、生一きいちが「お前、マジで一生彼女できへんぞ」と冷たく言い放ち、ようやく部室に僅かな苦笑いが戻った。



* * * * *



それから数日後の放課後。


「……こんにちは」


少しオドオドしながら部室の重い扉を開けた少年の姿を、部員たちは温かい拍手で迎え入れた。


静那の誘いで真也は一度この部活に顔を出すことになった。


どんな活動をしているのかを紹介したかったのは勿論だが、部活内のメンバー全員が一度正式に真也を迎え入れたかったというのがある。


「こんにちは、三杉みすぎ君。今日は他校からようこそ」


部長である僕は、真っ先に立ち上がって彼を歓迎した。


「あの……静那と同じ寮に住んでいます、三杉真也と言います。

静那から色々聞いていると思いますが……皆さんと関わりを持つことが出来て光栄です。

よろしくお願いします!」


再び、パチパチと盛大に拍手の音が響く。


静那からあんなに重い過去を聞いた後だったから、どんな顔で彼を迎えればいいか迷っていたけれど、この部室の連中にかかれば、そんな心配は無用だったみたいだ。


「……まだ童顔だけど、がっしりした体つきをしてるね。相当鍛えてるね~」


天摘さんの視線はやはり武道家の娘らしく、彼の身体の芯を見抜いているようだった。


案の定、兼元が「フン! 無難な挨拶やなぁ」と意地を張り、小谷野は真也君をジロジロと舐めるように観察した後、なぜか高々と「勝った~~ッ!」とVサインを掲げた。


「どこが勝ってんのよ。ボロ負けやん」


生一が間髪入れずに突っ込む。


「いーや勝ったね。この前聞いた話だけだったら絆の差をちょっと感じたけど、今は俺が優位だという確信がある。まるでエベレスト級の差を感じるね」


「お前エベレストに謝れ。どっから来てんのよ、そのポジティブ思考」


「少なくとも身長、体重、学歴…そしてフェイス


「お前絶対アホやろ。鏡見てこい、ラザニアみたいな顔面しとるくせに」




「あの静那さ…この先輩さんが静那の言ってたー」


「はぁ?何自分?先輩さんいう名前と違うんですけどー。俺は小谷野や!ちなみに静那は俺のよッッ」


兼元のタックルが入って小谷野のセリフはかき消された。


ズイッと真也の前に現れるヒョロい男。


「嫁から聞いてると思うけど、俺が旦那の兼元や。静那は俺の正式な嫁やぞ。忘れんな。

まぁ旦那として幼馴染の顔くらいは覚えておく義理があるからな。

うむ、君。今度君の部屋をチェックさせていただくよ」


随分失礼な物言いだ。


部屋の中に静那のブロンズの長髪が落ちてないかをくまなく調べるつもりだろう。


流石に注意しようとしたのだが、真也君は新しい友達に出会えたかのようにニコニコしていた。


静那の話からすると、今も学校内では極力目立たないように友達も作らず一人で居るのだろう。


「“嫁”っていう先輩のアレ、気にしなくていいからな」


ぼそっと八薙君が真也君に言う。


「えぇ?静那の旦那じゃないの?」


意外な返答。


「真也君だっけ。こんなバカなのが静ちゃんの旦那なワケないでしょ。ギャグで言ってるから気にしないで」


「そうなんですか?静那の奴以前“旦那さんができた”って嬉しそうに言ってたのに」


「あいつ旦那の意味知らんのとちゃうか?」


奥側から生一が出てくる。


「そんな事はないと思いますよ。…というかあなた生一さんでしょ!静那のしゃべり方がだんだん関西弁訛りになってきてるの生一さんの影響じゃないですか?」


「そんなん俺知らんし。あいつが興味本位で俺らのしゃべり方真似したりしてただけやし。

ちなみにあの2人の“旦那”も関西出やからなー。静那あの2人によう囲まれてるから、少しくらいは関西弁濃いしうつるやろ」


「それでもここ高知県ですよ。土佐の方言でもなく関西弁になったら驚きしかないですよ~」


「そうよ!静ちゃんと話したいからってしょっちゅう絡んでるのあんたたちでしょ。私たちだって静ちゃんと話したいのに。それになんだかヘンなことばっかり告げ口したりしてさ」


「……犯人は、やっぱりこの生一さんたち三人だったんですね。」


「犯人って人聞き悪いな~まだ麻雀と競馬くらいしか教えてないし!」


ビックリした顔で真也が返す。


「ちょっと何教えてるんですか!僕たちただでさえお金無いのにそんな賭け事に足を入れたり出来ませんって!」


「まぁまぁ真也。平和ピンフが良いって言うやん。」←静那


「あとドラも3つな。」


「そしたらマンガンになりますね。オヤなら美味しいやつ。」←静那


「変なこと教えないでくださいって!この部活何てこと教えてるんですか?日本の文化紹介じゃないんですか?」


「ごめんね、これからはしーちゃん私たちとつるむように部室に来たらすぐ確保するから」


「確保…ですか?」


天摘さんは時々言葉のチョイスが怖い時がある。



「とにかく今まではあんたたちが静ちゃんとばかりつるんでたんだから交代!今度は私たちとつるむの!」


そう言って静那の手を取り女子グループ側に引っ張り込む仁科さん。


「何言ってんだ。嫁が旦那といるのは当たり前やろ!静那!さあ、こっちに来なさい!」


「ちょっと、静ちゃんの手掴まないで!ひっぱるなコラ!!」


「おいやめろ、嫁を傷モノにするなよな!」


「“傷モノ”って、あんた言い方がいちいち生々しいのよ」


「あの…ちょっと…ここは平和ピンフでいきませんか…いたいいたい。」


そのうち“静那”の引っ張り合いになった。


真也君が目の前で見ているというのに、喧々諤々の騒ぎ…皆何を考えているのだろうか。




部室の喧騒から一歩引いたところで、生一は静かに真也を見つめていた。


静那が左右から「自称・旦那」や女子たちに引っ張られ、「いたいいたい」と言いながらも楽しそうに声を上げている。


「あいつ、大人気やろ」


生一が、真也にだけ聞こえるような小声で話しかけた。


「みんなからマジで愛されてるねん。これ見たら心配も吹き飛んだやろ?」


真也は少し眩しそうにその光景を眺め、穏やかに答えた。


「はい。羨ましいくらいモテモテですね、静那。本当に楽しそうで……良かったです」


真也の瞳には、一切の淀みがなかった。


「お前はそれでええんか?」


生一が、少しだけトーンを落として問うた。


「どういう意味です? 全然問題ないですよ。静那、楽しそうですし」


「ちょっと意味違う。“真也君”自身が、本当にそれで良いんか、って聞いてんねん」


「僕ですか? もちろん、良いですよ」


「ホンマに?」


「はい。変ですか?」


「…なんか、我慢してへん?」


真也の表情が、わずかに固まった。


「いや……してないです」


「じゃあ、本当は自分もあの中に混ざりたい、とかいう本心は?」


「いや、特にないですよ。静那が楽しそうならそれで良いです」


「なんか彼氏みたいな言い草やんか」


「静那も言ったと思いますが、僕は彼氏じゃないですって。本当に」


「それが本当だったらさ…やっぱり、なんか我慢してへんか?」


「何か、我慢しているように見えますか?」


真也の問いに、生一は少しの間をおいてから答えた。


「…静那『さえ』幸せなら自分はそれで良い、みたいな感じがすんねん。

多分、部長してる勇一…あいつはまあまあ事に無頓着やけど、そういうスタンスは好きやないと思うで」


真也は返答に窮した。


自分が今まで考えたこともなかった心の奥底、その無意識の領域を、生一の鋭い言葉が静かに、けれど正確に射抜いていた。


「…それに静那もそういう考え方好きやないと思うで。多分やけど」


生一はそう言い残すと、喧騒の中心へと歩み出していった。


真也は一人、賑やかな部室の風景を、いつまでも静かに見つめ続けていた。


その瞳には、先ほどまでとは違う、名付けようのない感情が微かに揺らめいていた。

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