13-1 初志貫徹
【13話】Aパート
勇一(僕)は職員室で部活登録を行っていた。
「じゃあ、正式に部活動として登録しておきましょう」
顧問の三枝先生が、僕が提出した書類をゆっくりと受け取った。
「まぁ、この短期間でよく九人も集まったものね。西山君も生徒会が無い日は顔を出してくれているみたいだから、合わせれば十人か……
正直、こんなに集まるとは思ってなかったわ。しかも、色んなタイプの生徒がいるし。
……静那さんも、きっと喜んでいたでしょう?」
先生が眼鏡の奥の目を細めて僕に問いかける。
「はい。……すごく、喜んでいました」
僕は少し照れくささを感じながら、はっきりと答えた。
「あの子は嬉しい時は、本当に全身で嬉しさを表現するから、見ているこちらも気持ちがいいわね。あの子の持つ、一種の人徳かもしれないわね。」
三枝先生は手元の書類をトントンと揃えると、少しだけ表情を引き締めて僕を見据えた。
「いい、白都君。何度も言ったけれど、部長としてお金の使い方は慎重にね。
博物館に行く時も、領収書を忘れないように。電車代も細かいけれど、必ず人数分きっちりと報告すること。
分かった?」
「分かりました。
失礼します」
僕は一礼して、教職員室の重い木の扉を静かに閉めた。
廊下に出た途端、僕は誰にも見られないように小さく拳を握り、ガッツポーズを作った。
(……よし、これでやっと、部費が出る。)
自分たちの活動が学校に認められたという実感と、これからの活動への期待で胸が高鳴るのを感じた。
意気揚々と部室へ向かっていると、向こうから僕の2年の担任である西山先生がやってきて、僕の肩を軽く叩いた。
「白都君が自発的にこんな部活を作るとは思わんかったよ。
よっぽどあの子……静那さんが気に入ったがやねぇ」
先生のいかにも茶化すような土佐弁混じりの言葉に、僕は顔が熱くなるのを自覚した。
「いやいや! プライベートな問題は持ち込んでないですって。あくまで部活であって!」
僕はムキになって否定したが、先生は「はいはい」と笑いながら通り過ぎていった。
「……うちんところの名前、“西”率多くね? 東とか南北勢も欲しいよな」
不意に後ろから、生一が脈絡のない独り言を呟きながら僕の隣に並んだ。
クラスは違うがこの部活の欠かせない(?)メンバーだ。
「……んで、部費貰えたんか?」
「うん。正式に出るってさ」
「じゃあ、放課後ゲーセン行こうや。ゲーセン。課外活動っていう名目で、部費で」
「アホかお前! ダメに決まってるだろッ。絶対にダメだ!」
僕は即座にツッコミを入れた。
「ゲーセンも立派な社会勉強違うんか? 静那って、どうせゲーセンなんて行ったことないやろ、どうせ」
生一は真顔でとんでもない屁理屈をこねてくる。
「……まぁ、理屈は一理あるかもしれないけど、譲れない部分はあるんだよ。部費は遊びに使うもんじゃない」
「じゃあ、部室内で多数決してみようぜ。それで過半数が取れたら……」
「おう、取れたら?」
「……まぁ、議論してみなくもない、かな、と」
「議論するだけかよ!」
僕たちのいつものような言い合いが、少しずつ蒸し暑くなってきた廊下に響いた。
* * * * *
部室の扉を開けて中に入ると……そこに、今日が部活初日であるはずの八薙君と、静那の姿はなかった。
聞けば、八薙君は今日、クラスの日直としての仕事があるらしい。
それで、静那が直接彼を迎えに行ってくれたのだという。
見ず知らずの先輩たちに囲まれる初日の緊張を少しでも和らげようという、彼女らしい押し付けがましくない優しさなのだろう。
ふと見ると、部室の隅っこで小谷野と兼元の二人が、なぜか塊のようになって不安げな表情を浮かべていた。
「……やっぱり、アイツ怪しいぞ。静那ちゃんが自らお迎えに行くなんてさ」
小谷野が、湿った声で恨めしそうに呟いた。
「そうだよな。俺たちのクラスには静那ちゃん、お迎えに来てくれないのに。……なんであいつだけッ! クソッ! 『青い稲妻が僕を責める』ゥゥ!」
小谷野は、今をときめく『SMAP』の木村君のキレのあるムーブを必死に真似て、今の自分の苦しさを表現しようとしている。
「ロマンスの神様よ、俺に振り向いてくれよォ……世界が終わるまではァァ……」
兼元もまた、オペラ歌手のような大仰な仕草で天井を仰ぎ、絶叫に近い嘆きを漏らした。
この二人はいつもこんな感じだが、暑くなってきたせいで、その脂ぎった情熱が余計に見苦しく感じる。
居ても立ってもいられなくなったのか、二人は体をくねくねと悶絶させ、奇妙な声を出し始めた。
椎原さんは、そんな「ニュータイプの日本人」たちの扱いが分からないようで、困惑した顔で固まっている。
帰国子女の彼女にとって、こういう連中へのツッコミの加減は相当難しいのだろう。
「バカなことやってないで! ホラ! もう部活始めるから席に座るッ!」
仁科さんの鋭い一喝が、部室の空気を切り裂いた。
実際、仁科さんがいないとこの二人の操縦はもはや不可能に近い。
「でも、でもでも静那ちゃんがぁぁぁ。」
「そのうち戻ってくるから座っときなさいよ。情けない声出さないで! あーもう、うっとうしいわね」
「……呼んだ?」
勢いよく扉が開き、静那がひょいと顔を出した。
「おお! 嫁ぇ!」
「嫁ぇぇ!」」
小谷野と兼元の声が見事にハモり、部室の温度がさらに数度上がった気がした。
天摘さんは、八薙君がちゃんと部活にやってきたのを確認して、ホッとしたように優しく微笑んでいる。
「じゃあ、呼びます! 新入部員で、八薙...亮二君です!」
静那が元気よく紹介し、僕たちの新しい日常がまた一歩動き出した。
* * * * *
僕たちの活動は、全員で部室に集まって雑談をし、その中で気になったテーマについて意見を出し合う「深掘り」が基本だ。
一応、僕が議長を務めることになっている。
静那や椎原さんが「これについて知りたい」と言えば、その情報を調べ、二人に分かりやすく噛み砕いて発表する。
けれど、新しい仲間が来た時は、だいたいその人物について「深掘り」するのが恒例だ。
「なんで、空手を始めたの?」
今日は当然、ニューフェイスである八薙君への質問が飛び交った。と言っても質問しているのは、主に女子メンバー側だが。
小谷野と兼元は嫉妬しつつも、横目で「ライバルになるかもしれない存在」を鋭く監視している。
「……まぁ、うちの家族……父親以外は、姉貴と妹で、女ばっかりだから。分からないかもしれないけど、家全体が『女性~』って感じの雰囲気になっていくんですよね」
八薙君は少し照れくさそうに、けれど淡々と語り始めた。
「内装とか、特にハンガーや洗面所の道具類とか……分かります?
それで、自分もいつの間にか女性っぽい小物をつけたりしてました。初めは無自覚だったけど、友達に言われて初めて気が付いたんです。なんか『男性っぽいことしなきゃ』と思って始めたのが空手……ってところかな」
そんな感覚で何気なく始めた空手に、彼は天才的な才能を持っていたらしい。
けれどその強さが災いし、次々と血気盛んな挑戦者たちから目をつけられることになったのだ。
「まぁ、家に対する反抗の意味もあって、外では喧嘩もよくしたよ。その点は、家族に迷惑をかけたな。……でも、女性が多い環境に居るってちょっと調子狂うというか。男っぽく振る舞えなくて、反発したくなるというか……」
「何を贅沢なことをおっしゃるッ!」
「五人家族かぁ、いいなぁ」という憧れの表情で聞いていた静那の隣で、挙手をした兼元がいきなり意義を申し立てた。
「お前さん、家族とはいえ女性に囲まれて調子狂うなんて、ちょっと贅沢すぎやしませんかねぇ?」
「……贅沢か?」
「男子校を見てみろ! 俺はあの監獄で思ったサ。なぜ女が居ないんだ、と。我々のビタミン剤が枯渇している! 嗚呼……女という生きものを作りたもうた神は、なぜこんなバランスブレイクな仕打ちを我らにされるんだ……ッ!」
「……用務員さんとかに、おばちゃんおらへんかったんか?」
生一が、あくび混じりに問うた。
「あれは何だ! 確かに生物学上は女だ。だが、私が欲しているのは『若い女』なんだ! ……そう、シャワーを浴びれば水を弾くような、瑞々しい肌を持つ……ッ!」
仁科さんの表情が、ピキッという音を立てて険しくなった。
「……あんたそれ、女性を思いっきり敵に回してるよね。最ッ低。……天摘さんはどう思う?」
話を振られた天摘さんは、困ったように苦笑いを浮かべた。
「そうだね……。少なくとも、うちの道場でこんな演説をしたら、一瞬でミンチにされるかな」
(……ミンチとか言うなよ。怖いよ天摘さん。)
僕は心の中で呟いた。彼女は言葉に静かな怒りを込めるタイプのようだ。
「兼元。君の境遇は分かったから、話題を戻そう。結局、言いたいことのオチみたいなものは無いんだろ」
僕は司会として、強引に話を軌道修正した。
「いいや、あるね」
しかし兼元はまだ食い下がった。
「この部活の、男女比がよくなくなくない?」
二重否定なのか三重否定なのか、さっぱり分からない。
「あのジュニア生徒会長を入れたらさ、この部活の男女比って六対四やろ。
このセリフから、俺が何を言いたいか分かるかい? 凡人君」
(凡人って……なんだかムカつく言い方だな。)
僕は内心で悪態をついた。生一と小谷野は「分かってる」といった風に、少し得意げな顔をして頷いている。
「ええと……それは、女性メンバーを増やせということか?」
「そや! そうやろ! 普通そう感じるやろ! お前にしては、それなりに頭を頑張って使うたな!」
ムカッときた。
生一と小谷野は“ウム”と言う感じでうなずく。
どこの国の大臣様だ?
仁科さんの目が、再びゴミを見るような光を帯び始めたので、話を切り上げようとしたその時だった。天摘さんが思わぬ爆弾発言をした。
「まぁ、そうだよね。私がいた空手道場は、男女比がだいたい八対二……いや九対一くらいだったから。女子の私は、ずっと肩身が狭かったなぁ。だから、この二人の意見、ちょっと分かる気がする」
小谷野と兼元の顔が、パァァと太陽のように明るくなる……が、衝撃の発言はここからだった。
「ここに三杉君が入ったら、七対四になっちゃうもんね。
流石に女子を増やさないと、ちょっと“ジェンダーバランス”が悪くなるかな。あ、静那ちゃん。ジェンダーバランスっていうのは、男女の比率のことね」
「…………三杉君?」
その名前に、案の定、小谷野と兼元が即座に反応した。
僕にとっても、初めて聞く男性の名前だ。一体誰なんだろう。天摘さんの知り合いなのだろうか。
僕を含めた他の部員たちも「彼は一体誰だ」という空気に包まれたのだが、そこで全く動じていない二人がいた。
静那と、八薙君だ。
沈黙を破ったのは、やはり小谷野だった。
「……静那ちゃん。その“三杉”って人……知り合い?」
「うん。今の私の『静那』っていう名前を付けてくれた人だよ。」
「名前を付けてくれた人……!? 名付け親なんて、存在感がエベレスト級じゃん!
誰だよ、ソイツ! 静那ちゃんの……の……の……ののの、まさか……!」
「の」が多すぎるとツッコミたくなるが、小谷野の言いたいことは痛いほど分かった。
静那に、自分たちが知らない「彼氏」のようなパートナーが既にいるのではないか。その疑惑に、彼の脳内は激しく震えているようだった。
「の…のの……脳が…震える~」
そして正直に言うと、僕も…猛烈に気になっていた。
……その「三杉君」という人物の存在が。
「あの時の静那ちゃん、三杉君のこと知ってるみたいだったけど……。もしかして、彼氏さんなの?」
部室内に立ち込める重苦しい閉塞感を見かねたのか、天摘さんが神対応とも言える直球の質問を投げかけてくれた。
「いえいえ、違いますよ。幼馴染なんですけど、ほとんど会わないですし……
なにより生活リズムが違うから、彼のこと、ほとんど知らなくて。……です」
その言葉に、小谷野と兼元は目に見えて安堵した。
(幼馴染、か……)
僕の胸にはまだ何か引っかかるものが残っていたが、八薙君はようやく、「この二人の先輩は静那のことがめちゃくちゃ好きなだけで、正式に付き合っているわけではないんだな」というパワーバランスを理解したようだった。
「でも……住んでる寮、同じ建物だったよね? なのに、ほとんど会わないの?」
天摘さんが、先ほどの神対応を無に帰すような特大の爆弾を、再び投下した。
小谷野と兼元は、魂を抜かれたような放心状態の顔をしていた。
……昔のファミリーコンピュータのゲーム『ボンバーマン』のザコ敵が、爆風を受けた瞬間に見せる、あの虚無の表情そのものだった。
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