14-2 進路
【14話】Bパート
やがて年が明けた。
1997年になった。
秋辺りからここまでがやたらと早く感じた。
初詣は静那達と一緒に行った。
昨年は皆で行けなかったけど、今年はメンバー全員で集えた初詣。
これからそれぞれの進路を歩んでいくことになる。
意識してみんなで集える機会はもうそんなに無いと感じたのだろう。
その進路も年が明けてからぞくぞくと決まっていった。
入試には『推薦』という枠があり、それを使ってすんなり合格となったのが自分こと白都勇一。
そしてクラスメイトの仁科さんも合格になった。高知県で新しく新設された『工科大学』という所だ。
兼元と小谷野は国立の大学へ。香川県…四国内だから静那に何かあれば地球の裏側からでもす~ぐ飛んでいくと言ってた。
静那には大学生になったらキャンパス内に一度遊びに来てとしきりに言っていたが、あれはきっと大学の仲間に“彼女”という名目で静那を見せつけて自慢したいだけなんじゃないかという“よこしまさ”が見え隠れする。
少し後の話になるが、西山は法政、椎原さんはなんと早稲田大学の合格が決まる。
西山は学校は違うけど椎原さんとは同じ東京だということでホッとしていたようだ。椎原さんに触発されたのか、生徒会の任期後はものすごい勉強していたのを覚えている。
ただそんな事より2人とも凄く優秀でうらやましい限りだ。
「人は人だよ。勇一も受かったことに変わりないんだから自信持てば?」
仁科さんは口調こそきついが、的確なアドバイスをくれる。
日本体育大学に無事決まった葉月こと天摘さんは、師範代の父親にさんざん引き止められたようだ。
実は娘が可愛いから高知の実家に置いておきたかったのかもしれない…
なんだかあの道着を着た威圧感ある人間から、子煩悩なパパを想像するのは難しい。が、これを機に本当の親離れをしてくれたらと思う。
真也は年末年始ずっとバイトをしているらしい。ロシアに向けての渡航費を貯める為だ。
そのバイトには八薙も参加していた。
かなりきついそうだが、寒い中鈍った体を動かしている方が気分が安定しているようで、楽しんでいる。
これが今、自分を含めたメンバーの現在地だ。
あと生一に関しては謎だ。バイトしてたからこのままフリーターでも続けるのかな…
マイペースゆえ誰かに従属しているイメージが無いし。
静那…
静那は皆に改まって“話したいこと”があるそうで、それは新年早々の登校日後の部活で…という事だった。
* * * * *
そして3学期、年明け登校日の初日。
進路の話などを中心に学校内は慌ただしかったが、下校のメロディが流れるととたんに寂しくなる。
日が暮れるのも早いので、生徒たちはどんどん下校していく。
冬は下校時刻が速いためあまり長居はできないが、うちの部活も皆の進路が落ち着きつつあるので少し集まることになった。
正月の時に静那がみんなに話してくれた事。
その開示だ。
温かいお茶が全員に行きわたってから“言い出しっぺ”である静那がこれからの予定を話始める。
「進路とかで大変な時期にごめんね。新年の挨拶はさっきしたから省きます。3月にある事を考えていて…それを皆にお詫びも兼ねて聞いてほしい。」
この時点ではまだ進路が決定していないメンバーもいた。そんな中、自分のために時間を取ってくれたみんなに申し訳なく感じたのだろう。
でもそんな事は今の静那との関係では、水臭い事である。
「しーちゃん。遠慮しなくていいよ。言ってみてよ。私にできる事があったら何でも手伝うから。
お詫びなんてしなくていいんだよ。」
葉月が優しく促す。もともと空手をしていたから心身を鍛えているというのもあるが、自分の意志で歩くようになってからは本当に頼れるお姉さんになった。
静那の顔がすこし砕ける。
「実は私のお父さんが今のロシアって所にいて…その…探しに行きたいって思ってる。
具体的な手がかりが乏しいけど、まずはこの3月。学校が始まるまでの短期間だけ、現地まで行くつもり。
だからごめんなさい。みんなの卒業式には参加するんだけど、それが終わったらすぐに日本を経つから。
そこから暫くは皆に会えないと思う。先輩方は卒業したら引っ越しとかで忙しいでしょ。本当は私に出来る事なら何でも手伝いたかったんだけど、ごめん…。見送りとか出来なさそうで。その…薄情ですいませんが、3月に入ったら向こうに行かせて下さい。」
少しだけ無言の間が出来る。
そして勇一から順に話始める。
「なんだ、そんな事か。それなら俺も一緒にその家族捜索とやらに手伝いに行ってもいい?地元の大学に推薦って流れだから4月まであまりやる事なくてさ。“私に出来る事なら何でも手伝いたい”っていうのはこっちも同じだよ。
それに、静那なら俺が“どうしたいか”って知ってるよな。」
「オイオイ、なんで旦那も連れていくって選択無かったの?静那の“お義父さん”だろ?真っ先に俺が挨拶しないといけないでしょ。嫁と一緒に父親捜しなんて愛を育む障害としては丁度いい塩梅じゃないのかな?だからイかせてくださいなんて言うなよ。二人でイこう。」
「何言ってんだよ。お義父さんに挨拶するのはこの俺だ。何ならどっちが先に現地でお義父さんを見つけられるか競争しないか?勝った方がお義父さんに静那との結婚を申し込めるってルールで。」
「ハイハイそこ、勝手にやってて!
てかね。静ちゃん…。私、実は静ちゃんがお父さん探すってなったら手伝うって決めてたのよ。こんな可愛い後輩の力になれるんなら何だってするよ。いや、させてほしい!お金もバイトで貯めてるから問題ないし。こっちこそ“私に出来る事なら何でも手伝いたい”よ。」
「私も行っていい?しーちゃんの助けになりたいから。家族が居ない寂しさは私には分かってあげられないけど、家族の大切さは分かる。生きているのなら会いたいよね。
お手伝いしてもいい?大学の事は気にしなくていいから。」
椎原さんは少し申し訳なさそうな顔で言う。
「私は受かればすぐに東京だから…3月はちょっと慌ただしくなるかも。一緒に捜索手伝えなくてごめんね。でもお父さんが見つかるように祈ってる。静ちゃんが帰国したら私の方から会いに行くから。ね。」
遅れて西山も。
「僕も今は静那の手伝いが出来ないけど、無事帰国したら絶対に何か力になれるように協力するから!まずは自分の進路にケリをつけてから静那の帰国を待つよ。いい知らせを待ってる。」
静那は“とんでもない、その気持ちだけで充分だ”と嬉しそうな表情を浮かべる。
八薙も口を開く。
「俺も先輩方と一緒に捜索手伝いに行っていいすか?
この部活入るまでは喧嘩ばっかの思い出しかなかったけど…。ここで先輩方と話していく中で、色々見たり知るってことが大事だと思ったんです。海外なんて行ったことなかったけど、行ってみたいし見てみたいって気持ちが徐々に芽生えたのかも。もともとバイト代は、休み使って旅行したいって思って貯めてたやつだし。」
後ろから生一も発言する。後ろでまず状況を見てから発言する癖は今も変わらない。
「俺はこの辺でちょっと世界でも見て回ろうと思ってた。学校も終わるし縛られるモンないし。…だからちょうどええ。俺も一緒に捜索活動させてや。
海外初めてやし、あてもない旅考えてたけどやっぱり何か行く目的あったほうが楽しいやん。そっち便乗させてくれん?」
「ボスぅ…」
「お前の事、みんな好きやねん。
だから遠慮せんで皆一緒に行くんでええやん。静公が迷惑とちがうんなら。」
実は皆静那の力になりたがっていた。
その事を改めて実感した静那。
「うん…みんな。ありがとう。大好き。」
仁科さん、葉月、椎原さんが駆け寄り、静那をやさしく包み込む。
自分も包み込みたいのに…と横目で寂しそうに見る兼元と小谷野。
暫くして静那がその視線に気づき、彼らの元にやってきてハグをする。
ハグをしてもらい感無量の小谷野。
「おぉ…嫁から進んで……こりゃ3月は新婚旅行になりそうやな…」
兼元も負けない。
「節操無い…。静那、俺が君のお義父さんを見つけてやるからな。大船に乗ったつもりでいろよ。」
「見つけてから言えよ!ったく。あそこ(ロシア)どんだけ広い思ってんだよ。」
半分笑いながら生一が呟く。なんだかんだいって関西つながりの3人は静那を中心にいつもつるんでいるから仲は良い。
“高校3年の3月”は卒業や引っ越しと何かと大変な時期である。
それでも彼らは静那との渡航を選んだ。
夢が無い…やりたいことが無い…そんな不安をもっていた勇一。
でも今はブレない一つの芯が出来つつある。
「目の前のこの人を喜ばせたい」という芯が。
まずは大切な後輩である目の前の子を喜ばせる。その後自分の芯に沿った道を見つけようと考えていた。
大学に入って4年間の間でなんとか見つける…等ではない。
仕事…というか自分の天職ってそういう流れを経て見つけていくもんじゃないのか…と。
* * * * *
卒業式を終えた3月初旬。
3年生は生一以外、全員の進路が決まり、後は各々の新生活に向けて歩みを進めていくのみとなった。
生一は“進学も就職もしない”自由人を選んだが、この学校では初めてのケースだそうだ。
静那の方は…着々と準備をしていた。
真也がコツコツバイトでお金を貯めていたので費用面は問題なかった。
昨年末ごろから既に熊本にいる諭士さんには欧州への旅行の件を話しており、渡航ルートなどを教えてもらっていた。
インドのインディラ・ガンディー国際空港がハブ空港になっている為、そこまでを一区切り。
そこから北欧を目指すルートがスケジュール的にも無難なようだ。
一緒に同行してくれる心強い先輩方と同級生は7名。
男性側は、勇一を筆頭に、生一、兼元、小谷野、そして八薙の5名。
それに仁科さん、葉月の女性陣2名。
関西国際空港が出発口ということで、高知市内から7時間程バスに揺られて移動する。
皆旅行鞄をこのために新調したのだろう。
卒業旅行をするイメージだ。
* * * * *
関西空港国際線のロビーに降り立つと、入り口には前日入りしていた静那と真也がいた。
彼らの背中が見えた。
髪をまとめて短くしていたが、白がかったブロンドなので静那だとすぐに分かる。
先に行く用事があると話していたのだが、どうやら誰かと話をしているようだ。
その人物…30代少し半ばの男性だろうか…背が高くスーツの似合う男性だ。
その男性は静那達2人よりも先に勇一達の到着に気づいたようで、手を振ってきた。
「あ!おはようございます…っていう時刻じゃないですよね。こんにちは。」
「私ら早朝スタートだったけど、時計見なさいよ。もう~しっかりしてよね元部長。」
意地悪なフォローを仁科さんが横から入れてくる。
静那がかけより笑顔で迎えてくれる。
仁科さんの荷物を「運ぼうか?」という感じで目で促す静那。
かがんだ時に髪が乱れ、少しかき上げたときに耳元にピアスが見えた。
勇一は初めて静那に出会った頃を思い出す。
「静那のその白くて丸いピアス。久しぶりに見た気がする。」
「あ、これね。そうだよ。学校じゃ、付けたら校則違反だからね。あんまり付ける機会が無くて…。
でもよく覚えてたよね、勇一。」
「お前、何“絆アピール”してんだよ。旦那の俺でも知らんやつ持ち出してきてサ!」
ちょっと不機嫌な小谷野。
「これはね。お父さんが誕生日にくれたプレゼントなんだ。良いでしょコレ!良いでしょ!」
笑顔で髪をかき上げながらピアスを小谷野に見せつける。
小谷野は少し赤くなってから「う…うむ!」と言って大人しくなった。
随分視線が他の方へ行ってしまったが、先ほど静那達と話していたスーツ姿の男性の方に視線を戻した勇一。
確か愉士さん…という方。
その視線に気づき、愉士さんの方から話しかけてくる。
「君が静那の先輩さん。部長さんだね。静那がとても世話になってるみたいでありがとう。」
「あ、いえいえ。大したことはしてないですが…」
「でも静那に電話をしたときは必ず部長さんの話をしてくれるんだよ。」
「ちょっと待ってくださいィ!その話の中に婚約者の話などは無かったのですか?」
焦った表情で兼元が話に割り込む。
初対面の相手なのに自分の件についていきなり問い詰めるなんて、やっぱり失礼な奴だと勇一は感じた。相変わらずといえば相変わらずなのだが。
「静那とは年に2~3回くらいしか電話をしなかったからね…さすがに無かったよ。」
「そんな~。俺、旦那やのに…」「はぁ?お前誰が旦那やと。」
そういうやりとりは今は良かった。
そんな事よりも勇一はこの男性が気になる。
静那が暮らしていた施設の責任者で2人の保護者にあたる方なのか…?
「あの、静那から聞いてました。熊本で院長をされている武藤さん…?静那の名字が“武藤”だから。」
「そうだよ。無事現地のお父さんと再開するまでは日本で疎開させているんだ。でも国の体制も変わってそろそろ治安も回復してきた頃だから会いに行きたいだろうね…静那。」
優しそうな顔で諭士さんはメンバーと彼らに囲まれた静那と真也を見ながら語る。
「静那には知らない間にこんなにたくさんの仲間が出来たんだね。あの子が自分一人で決めて選んだ道だったけど結果良かったよ。
あの子…熊本に居た頃はわりと大人しい子だったんだ。でも今は皆に囲まれてとても幸せそうだ。ありがとう。静那の事をよろしく頼むよ。」
なんだか自分が代表者みたいに思われたのかな…そんな気がして恐縮してしまった勇一。
「はい。では行ってきます。」
* * * * *
搭乗ゲートまでは、その諭士さんという方も一緒についてきてくれた。
ゲート前でもう一度、静那と真也を交え渡航ルートの確認を促していた。
なにせここにいる同行者7名にとっては初めての海外旅行だからきちんとエスコートしたい。
メンバーの中で一番英語が苦手な生一が呟く。
「渡航経験がある椎原が来れたら随分気が楽だったんやけどな~」
その椎原さんから聞いていたのか、仁科さんがアドバイスする。
「そうでもないよ。欧米って公用語、英語じゃないじゃん。意外と英語通じない国多いみたいよ。だから!」
“旅の指さし手帳/ロシア”という本をサイドバックから出してきて見せつける。他にもドイツの手帳もある。
英語が通じないならこれで乗り切ろうって寸法だ。
「ロシアは柔道あるけど、空手は支部がまだ無いからね~。繋がりある所から攻められたらいいんだけどね。」
先の分からない旅に対し、葉月は呟く。期待と不安が半々といったところだ。
やがて勇一達の出発時刻に関するアナウンスが響く。
「では行ってきます!諭士さん!」
大きな声で手をふる真也。
遅れて静那も笑顔で“行ってきます”を伝える。
諭士さんはどうやら熊本から関西国際空港までわざわざお見送りに来てくれたようだった。
遠いのにわざわざこのために見届けに来てくれるなんて…と少し悪い気持ちになる勇一だった。
* * * * *
出発の時間となった。
初めての欧州へ。
メンバーは真也と静那が加わった全9名。
高知を出発する時、静那のアパートまでわざわざ見送りに来てくれた西山と椎原さんの想いも受けて、期待と不安を胸に旅客機に乗り込んだ。
その中に並々ならぬ決意を秘めた人間が居る。
「(絶対に静那のお父さんの手がかりを見つけるんだ。)」と固く心に誓う真也。
ただ……その表情は厳しかった。
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