14-1 進路
【14話】Aパート
1996年冬…
勇一ら3年生にとっては高校生活最後の冬だ。
12月にもなるといくら南国でも肌寒さを感じるようになる。
吐く息の白さを認識する。
空を見ながら勇一は昨年春頃までの自分を振り返っていた。
* * * * *
昨年までの自分は、なんとなく生きていた。
高校に入ってもやりたい事なんて特になかったし、何かをやってみたいとも思えなかった。
殺風景な学生生活。
代り映えしない授業。
人よりもなるべく目立たないようにして、これからも何となく周りと同調しつつ無難に生きていくんだと思っていた。
でも…静那と出会ってからは、誰かのために活動の拠点を作ったり、誰かに喜んでもらうために奔走したりと信じられないくらい何かに突き動かされていた自分が出てきた。
その時はとても充実感があった…
皆が喜んでくれた。
笑ってくれた。
ただ…
これからの進路というものを前に自分はこれからどう向き合っていきたいのか…
皆じゃない。
自分一人になったときにふと考えてしまう。
自分自身はこれから先、どうしたいのか…を。
* * * * *
3年間聞き続けた下校のメロディが流れる。
そのメロディで勇一はふと我に返る。
「進路表どうすんの?大学行くっていうか行けるでしょ、勇一なら。」
後ろから仁科さんが声をかけてくる。3年になってもクラス9、同じクラスメイトだ。
勉強はコツコツ頑張った。
“日本文化を学び伝える”という活動をしていたおかげで、国語や英語といった語学の点数が目に見えて良くなったこの1年間。
読解力もついたようで、他の教科も安定している。
国語力…
国語的な力って大事だ。
これからの人生あらゆる思考で役に立つだろう。
今振り返れば三枝先生がどんな狙いで自分に部活を仕切らせたのかが分かる。
成績はコンスタントに中の上をキープすることができた。
これなら“推薦”って方法でも大学に行こうと思えば行けるんだけど…
ただ“何のために”大学に行くのかが分からない。
大人になって良い会社に入る為の“大卒”という称号を取得する為?
それは人生のレールを歩むための理にかなってはいるけど、それ以外に特に行きたい理由というものが無いのだ。
世間では今「山一証券が自主廃業になった」というニュースで大騒ぎだ。
まだあまりピンとこなかったが、今就職市場が相当冷え込んいるらしい。
こんな時期に就職しても仕事は見つからないかもしれない…だから大学に一時“避難”した方がいい…という理由?
これも自分の本当の“行く理由”になっていない。
大学に行く資金もない静那や真也(三杉君)からしたら「何て贅沢な悩みなんだ」って怒られるかもしれない。
でも分からないのは事実だ。
本当はこの先どうしたいのか…何をしていきたいのかを。
恥ずかしながら将来についてあまり考えてこなかった自分がいる。
昨年まで親の敷いたレールの上をずっと歩かされていた天摘さんでさえ、自分がどうしたいかを考えるようになり、道場の跡継ぎではなく大学に進学しますという旨を親に申し出た。
“メディカルトレーナー”という分野に興味があると語ってくれたのは最近の話だ。
自分の足で歩き始めた彼女は、大人しいけど芯の通った素敵な女性になった。
でも…あくまで自分の問題なのに、ここで天摘さんを引き合いに出すのは違うような気がする…。
* * * * *
部活はまだ続いていた。
三枝先生は「卒業のその日まで続ける事」と言っていたが、そこは納得している。
あと、今年の夏まで生徒会副会長を務めてくれていた椎原さんが話してくれていたっけ。
「来年、弟が入学したらこの部に入るから。入れるから!
3人になるけど部活としては続けていけそうかも。八薙君、根は真面目だから部長やってくれると思うし。」
自分達が卒業してもこの部活は存続しそうだというのは素直に嬉しい。
静那は…先輩がごっそりいなくなったら寂しいと感じるだろうか。
いや、野暮な質問だ。
静那はそんなメソメソはしない。今そこで誰かと居る時間を大切にする子だ。
会ったらその時の最高の自分で精いっぱい接してくれるだろう。
そうやって一生懸命になって何かに向き合える時間が、この部活に居る時はあった。
良い思い出として残ってはいるけど、じゃあ自分は自分個人として何か夢中になれる事はあったのか?
夢も見つからないし、何か夢中になれる事もない。
誰かがいないと成り立たない自分。
先の事を考えれば考えるほどこういう思考のループにハマっている事に気づく。
今日は受験対策として放課後、模擬テストが各教室で行われていた。
そのため3年生他のメンバーは帰りが遅くなる。
勇一は先に部室に入り、思考のループを振り払うようにストレッチをしていた。
静那がいる。でも八薙は…まだ来てないか。
「どないしたん?目ェ死にかけやん!」
声をかけてきたのは静那である。
人を元気づけようと声をかける時は、なぜか関西弁モードになる。
いつの間に仕込まれたのだろうか。
「その…進路の事で悩んでてさ。そろそろ決めて提出しないといけなくて。」
「進路かぁ。勇一、もうすぐ卒業だもんね。そりゃ進路は一応は決めて出さないとだよね。」
ふと気になったので聞いてみる。
「静那はその…まだ来年だから進路なんかは決まってないよな。」
「私は3つ決まってるよ。」
「3つも考えてんのか。すごいな」
「でも3つのうち2つの就職先は“永久”就職なんだけどね。」
「おい。真面目に言えよ!ホントに3つ考えていると思っただろ。そもそもあの2人は来年大学生なんだから、まだ誰かを養える身分じゃないんだし。」
静那はこの1年半で随分話し方が流暢になった。時折ユーモアも交えるくらいに。
この辺は生一たちの影響だろう。そこは良し…だ。
「でも1つは真剣に考えてる…そのためにも…お父さんを、探しに行きたいって思ってる。」
「うん……」
海外に目を向けると、ソビエト連邦崩壊の後、予想通り各地で様々な混乱からの内戦が起きた。
静那が一時暮らしていた「チェチェン」という共和国家も紛争地帯となったと聞く。
お父さんの懸念していた通りになった。
しかしその過程の末に“ロシア”という連邦共和制国家が生まれていた。
紛争などで悪化していた治安と経済ではあったが、貿易の自由化を強化し、今年“経済危機の最悪の時期はすでに終わった”と世界には報じられていた。
日ロ貿易も進み、今では日本人がロシアを旅しても問題ない状況になっている。
実は静那はこのタイミングを待っていたのかもしれない。
* * * * *
「勇一はどうしたいの?」
改めて後輩の静那に真正面から聞かれたものの、はっきり答えが出てこない。
皆が来ていない今、静那に代行で進路カウンセラーをしてもらっている。
今日は他のメンバーが来るのが遅いので、今なら比較的じっくり話せる。
静那は自分の事よりも勇一の事を優先させたがっていた。
困っているこの迷える子羊の力になりたいと思ったのだろうか。
しかし勇一は、こんな贅沢な悩みを静那に打ち明けていいのだろうかという遠慮があった。
「うむ…なんだか“こうしたい”っていうのがあると思うんじゃが、言えないルールを自分で作ってしまっている感じがしますなァ。」
今度は男爵みたいなしゃべり方で今感じていることを伝えてくれる静那。
「言えないルール?」
「そう。ソレを言うと多分他の人からダメ出しされるだろうって。
それを先回りして考えてるから言えないっていうか…そんな感じがするかな。
あ、でも私は何言ってもダメだなんて思わないよ。
勇一が自分で考えて決めた事なんだからさ。」
「うーん。どうだろう…そういえば“こうしたい”っていうのがあると思うって言ってたけど、本当にあると思う?俺。」
「あくまで“私個人の意見”ってことで言っていい?」
「ああ。」
「勇一が部活の時に楽しそうにしてる姿。私は何度も見てきた。多分その中に隠れているんじゃないかなって。」
「それは楽しかったかもしれないけど、ずっとやっていける事じゃないかもしれないし…」
「そうかもしれないね…でもずっとやっていける事ってなんだろ…」
その時自分のイメージしていたことは、将来選択する仕事…に近い。
「勇一の言う“どうしたい”っていうのはお仕事の事?」
見透かしたように静那は問う。
「え…あ、ああ。そうだ。そう考えてたよ。」
「これはね、諭士さんっていう方の受け売りでもあるんだけど…
“仕事って手段の一つ”なんだって。だからどうしたいかっていうのと仕事を一回切り離して考えてみるといいかも。
……今、私何か良い事言った?言えたかな?」
静那の意識の中、思わぬ所から出てきたアドバイスなのだろう。
でもそのアドバイスがすんなり勇一の腹の中に“入って”きた。
「うん。すごくためになった!静那、ありがとうな。もう俺なんかよりずっとしっかりしてるかもな。」
「俺“なんか”っていうのはNG。前も言ったでしょ。
…まぁ褒めてくれたから他は良しとしよう。」
静那が以前、自分に向けて唯一ダメ出しをしたポイントだ。
自分の中にある何かのつっかえが取れた。
本当に静那はすごいなと感じる時がある。
…もうすぐメンバーが教室にやって来る頃だ。
静那が黒板の前に立ち、もう一度勇一に向かって聞く。
「勇一はどうしたい?どうぞ!」
「俺は…目の前の人を喜ばせたい。」
【読者の皆様へお願いがございます】
ブックマーク、評価は大いに勇気をくれます!
現時点でも構いませんので、ページ下部↓の【☆☆☆☆☆】から評価して頂ければ非常に嬉しいです!
頑張って執筆致します。よろしくお願いします!