62-3 選択と決断①
【62話】Cパート
日本ではとある大学生がパソコンのある机で熱心に調べものをしていた。
机には新聞の切り抜き。
1997年3月、あの日の記事だ…
飛行機で日本を発った勇一達8名は墜落事故に遭い、全員死亡が確認されている。
しかしそんな死んだはずの勇一から届いた暗号…
これは何かの間違いなのか?
それでも早稲田大学経由で自分宛てにメッセージが届いたのは事実だ。
はじめはいたずらメールかと思っていた。
しかし、自分達が以前話したことのある“日本式の暗号”を使ってメッセージを送ってきている。
勇一達からと見て間違いない。
そして内容も驚くべきものだった。
『私達・9名・生きてる・返事を下さい・ユウイチ』である。
新聞記事は何度も見た。
事故当初は涙が止まらなかった。
でも何かがおかしい。
遺体の回収だって報告されていない。
墜落事故と乗客の死亡の報告以外、詳しい情報があれから届いていないのだ。
あの事故から10カ月も経つ…
日本人が海外の事件に巻き込まれたというのに世間ではあの出来事そのものが風化されそうな雰囲気すらある。
同じようなタイミングで電波障害が起こり、突然音信不通になっている西山君のことも気がかりだ。
「今何かが起きてる…
何者かが勇一君達を亡き者にしている…
今になってこんなメッセージが届くんだもの…
静ちゃん…
生きてる?
うん、考えすぎって訳じゃなさそう。」
そこへ早稲田大学の総務部の方がやってきた。
「椎原さん。
例の件ですが何とか分かりました。送信先はスイスになっていますね。ただそれ以上の詳細はちょっと調べかねます。この件はもう構いませんか?」
「スイスですか…
ずいぶん遠くからですね。
分かりました。ありがとうございます先生。」
そう言ってその大学生・椎原さんは早稲田大学のキャンパスを後にした。
「可能性がゼロじゃないのなら……」
* * * * *
シーナ…
彼女は幼少期、ベラルーシ北部のラトビア国境に面した田舎町で暮らしていた。
しかしその村は軍に目を付けられ、ある時期を境に人兵器の実験体として子ども達が捕らえられていき、ソ連保護地に誘拐された。
そこからは軍需基地の一角で過酷な環境を生きてきたのだ。
人兵器として育てられるために。
“人兵器”といっても分かりにくい。
見た目は普通の人間と変わらない。
しかし体の仕様を簡単に説明すると、瀕死の重傷を負えば負うほど耐性がついて不死身に近づいていくというものらしい。
ソ連は密かに世界軍需産業の頂点に立つため、起死回生の手を模索する中“従来の子ども兵”とは違うもっと恐ろしい実験を秘密裏に遂行していたブラックな歴史がある。
これから先はAIという技術が発達し、やがて戦争に投入されていくらしい。
しかし感情を持つ人間の方が、最終的な任務遂行の為には扱いが良いという。
その理由はAIには無いもの…
“嘘を信じられる力、信じ抜く力”があるからだ。
だから子どもの頃から体だけでなく精神の方も仕込もうとしたのだろう。
その事実を知った『MF』の大佐であるミシェルさんは、囚われている子どもたちを助けようと決死の覚悟で基地エリアへと乗り込んだ。
そしてそこでなんとか助け出せたのがシーナ…静那であったということ。
訓練を受けた子どもたちは、苦しくても死ねず、どんな痛みからもやがては回復してしまう自分の体に絶望し、ある時から急に力に目覚めた一人の男の子に対して懇願するような形で自殺をしていった。
体は改造できても既に精神の方が崩壊していたのだ。
ミシェルさんが助けに行った時にはもう子どもは2人しか残っていなかった。
そのうちの1人、男の子の方は子どもながらに白髪になっていた。
その白髪の子どもの嘆願…“この子だけでも助けてほしい”という願いを受け、シーナを連れて基地から脱出した。
その後、彼女の引き渡しに応じてくれた武藤さんが裏で欧米側と繋がっている事実を知ったのは、シーナと別れた随分後だった…
「私はどちらの国の味方でもない。だが世界の秩序を守る組織『MF』の大佐としてこの瀬戸際外交と平和を守る使命がある。」
先程から延々と続く地下通路を歩きながらミシェルさんはこれまでの静那のいきさつを勇一達に話していた。
つい先ほどまでは絶望のあまり立ち上がることも出来ず、何も考えられなかった勇一だったが、ミシェルさんの生存をきっかけに食い入るように話に耳を傾けていた。
何か希望が欲しかった。
“まだ望みはある”というミシェルさんの言葉にすがりたかった。
移動しつつもミシェルさんは引き続き日本語で話をしてくれた。
「戦闘というのは外交の失敗した形なのだよ。ただ殆どの外交が外交足りえていない。」
「はい…」
即座に反応したのは真也だった。
「ノーと言えない状況を意図的に作り出す脅しのようなもので各国関係が上手くいくはずがない。
相手を押さえつけるための“カード”を得る事がさも目的になりつつある今、心の溝は深まるばかりだろう。
だがこれ以上双方の国の…大人達の勝手な都合で子どもたちを戦争に巻き込もうとしているのは看過できない。
たとえ血が繋がっていなくともあの子を助けたい。幸せにしたいんだ。」
「え…ミシェルさんって。」
「恐らくだが彼女も小さいながらうすうす気づいていたんじゃないかな。
私に気を使って知らないふりをしていたとも考えられる。」
「そんな…静ちゃん…」
「でもそんな事は関係ない。私はあの子の父親だ。誰に何と言われようがな。」
「はいっ!!」
「話を進めよう。
恐らくアメリカ側は交渉の手段である“人兵器というカード”を使って、まずロシアとの交渉に入ると思う。
よってすぐには彼女を連れて渡米しないだろう。
あの子を助け出せる可能性はその間しかない。
また、この問題はまだ極秘情報ゆえ、自国の軍隊ですら殆ど認知されていない。
そのため理由もなく沢山の軍を割けないというのは利点だ。
少数同士での局地戦へ持ち込める可能性がある。
だからといって仮にシーナの奪還が成功したとしても、その瞬間から今度はロシア側とアメリカ側両国から睨まれる立場になる。
もし奪還して逃げられたとしても、この世界に安全で居られる場所はないと考えた方が良い。
例えスイスが強固な拠点だろうが、この2つの巨大国家に睨まれてしまえば流石にひとたまりもないだろう。それどころか自国民の安全を考え、政府はスイスから我々を国外追放する。
世界中のどこにいようがどこに逃げようが暗殺者に狙われ続けることになる。
シーナは君たちが殺されるくらいなら自分が拘束されることを選ぶだろう。
この事実の基、君たちはどうしたい?」
衝撃的な内容の後に迫られる選択…
今はまだどう決断すればよいか見当もつかない。
でも“進む”のなら選択と決断は避けて通れない。
「君たちには多大な迷惑をかけてしまった。
だから私達『MF』は命がけで君たちの選択を支持する。これがシーナの父親になった自分へのけじめだと思っている。」
「私達?他にメンバーがいるんですか?」
「案内しよう。」
「どこに行くんですか?」
「我々が陣取る最前線のアジトだ。」
それを聞いて真也の目つきが変わった。
「行こう!」
「たりめーだ!」
「俺らが絶対……」
皆の足取りが早くなった。
* * * * *
会話は常に移動しながら続いていく。
どこに向かっているのか分からない中、勇一達は延々と地下通路を歩かされている。
こままミシェルさんと共に地下通路を歩いていけば最前線のアジトに向かうのだろう。
だから迷いはなかった。
静那が連れ去られ、初めは怒りで我を忘れそうだった面々も歩いていく中で次第に混乱した心を取り戻しつつあった。
興奮していきり立っていたものの、冷静に考えはじめる勇一達…
そうでない人間も中にはいるのだが…
「現に相手の方が何枚も上手だった…次仮に対峙できたとしてもどうすればいいんだ…」
「静那を取り戻すだけやのうて、この2つの国家相手にどう立ち向かえばええねん。」
「アメリカとロシアの間に割って入るとか…鳥肌モンやな。
これが歴史の狭間っていうんか…」
「大国同士のケンカの仲裁なんて…流石に規模が大きすぎる。
自分達がなんとかできる問題じゃない…でも…」
「それを防がないと世界はさらに分断が進み、バラバラになるかもしれない。
世界の法律を犯すような事をしたんだ、非難や罰則を拒否すれば制裁は免れないだろう。」
「第3次の世界大戦に発展してしまう可能性を持った火種をたった数名で何とかしないといけないなんて…」
歩きながら真也だけはずっと黙っていた。
先頭を歩くミシェルさんに対し、言いたい言葉、これまで言いたかった言葉を押し殺しているように見える。
ふとそんな雰囲気に気づいたミシェルさんが声をかけた。
あの時以来だ。
「真也君は…恐らく私に対して言いたいことが山積しているだろう。」
そこで真也も呼応する。
「はい。もう3カ月前から溜まりに溜まってたかもしれないです。
あの時は色んなことがいっぺんに起き過ぎて…何が何だかで…でも無性に腹が立ったのは事実です。」
「そうか…本当にすまなかったな。
じゃあここからはその埋め合わせをさせてくれ。あの子を連れ戻すには君の力が必要だ。」
「知ってたんですか?」
「勿論だ。
あんなに派手にイタリアのメディアに映ればどんな僻地に居ようが分るさ。
そういう意味でもあれはメディアを有効活用した君の仲間達のファインプレイだな。」
「そんなに影響があったんですね。」
「近い将来ネットの力が上回るだろうと見ている。ただ、今の段階ではまだまだ電波放送メディアの方が強いよ。」
「メディア……か…」
「おっと、もうすぐ目的地に到着のようだ。
真也君。
この後になるが、今度こそきちんと話をしよう。
君が納得いくまで。
約束する。
何でも言ってくれていい。」
「分かりました。約束ですよ。
でも……その、さっきは気が動転していて言い忘れてたんですけど……生きてたんですね。」
そう言われてミシェルさんは少し微笑んだ。
「私は不死身だ。」
会話が少し途切れたこの間に、ミシェルさんの言葉を食い入るように聞きながら後ろを歩いている勇一も質問を投げかけてきた。
「あのっ!
ミシェルさんはこのままどちらに向かうと予想していますか?」
「うん?“どちら”とは?」
歩きつつ振り向いたミシェルさんが聞いてくる。
「あ…そ、その…
資本主義に向かうか社会主義に向かうかとかいう意味で…す…」
その問いにやや微笑んで答える。
「勇一君…
それは支配される側の考え方だよ。
この先どうなろうが、どちら側かになろうが“自分がどうあるか”が全てだ。
自分の内なる部分に目を向けてごらん。
大き過ぎる力に少し視野が狭くなっているようだから、あえて問おうか?
“勇一君はどうしたい?”ってね。
娘にもよくしていた質問だ。」
その言葉に勇一はハッとする。
そうだ…
これは自分が困った時によく静那が問うてくれていた質問だ。
今すぐに答えは出てこない…しかし勇一はとりあえずは前を向こうと感じた。
やがて暗い地下通路から一転、大きな広間へと入っていく……
地下の通路は次第に近代的な造りになっていく。
そしてその先には円卓の会議室。
「今の現実から目を背けない勇気があるなら我々の用意した席についてくれ。」
そう言ってミシェルさんは8人を円卓の席へと誘導する。
勿論迷うことなくミシェルさんを囲むように全員が席についた。
思いは一つだ。
ミシェルさんを交えてこれから戦略会議が開かれるのかと思っていたら、遅れて『MF』メンバーらしき人間がどこからともなくやってきた。
シーバーなどから収集がかけられたのだろうか。
ミシェルさんが極秘で集めていた精鋭らしい。
そのメンバーは世界中から集まっていた。
国家機関や国連などどこかに所属しているわけではない、自主的に集った有志ある人間達だ。
後で分かった事なのだが18か国35名もの人間が集って行われる円卓会議。
その中にはアメリカ籍の人間もロシア籍の人間もいる。
ただ彼らには国籍などというものは関係ない。
“同志”もしくは“地球の住人”だ。
その後ミシェルさん司会のもと、まず同志達全員の前で紹介された勇一達8名。
「今回のミッションは1人の少女の奪回だ。
ここが未来への選択と決断のポイントになるだろう。」
話に入る前に一人の同士がミシェルさんに問う。
「それにしては大佐~
今回の特別ゲストというか…助っ人サンは揃いも揃って随分と若いルーキー達だな。」
「ああ。
全員まだ10代。
東洋の国からやってきた………“日本人”だ!」
………to be continued★
SEASON3 ドイツ編は終了となります。
次回、幕間を挟んで最終SEASON4へ入っていきます。
果たして静那という精神的支柱を失った勇一達は、大戦の火種と終末を防ぎ、尚且つ無事日本まで戻ることができるのだろうか?
そして日本人としてこの世界での役割が明かされていきます。
欧州の様子は現地取材を経てリライトをする予定です。
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