10-2 イタ過ぎた漢達
【10話】Bパート
合宿一日目の夕方。
この日の全カリキュラムを終えた学生たちは、ようやく解放され、各々の自由時間に入った。
授業中、終始静那にべったりだったあの二人組は、移動中も片時も離れようとしない。
僕らはその後ろをトボトボと歩きながら、その様子を観察していた。
静那の表情は見えない。
(……静那、嫌がっていないのかな。)
もし怖いなら、こっちに「助けて」という目配せをしてくれればいいのに、その気配は微塵もなかった。
「この後、是非とも夕食を一緒に! 静那さん」
「コラ! 静那さんとは俺が一緒にテーブルを囲むんだよ」
「何がコラじゃ、コラ!」
「あんコラ! コラタコ!」
少し後ろを歩いていた生一が、面白そうに身を乗り出した。
「俺、こういう会話嫌いやないで。どう広がっていくか…やっぱりメインまでの過程が大事やねん」
頷きながら意味不明な事を言う生一。
「そんなことより、静那の頭上であんな不穏な言い合いをさせておくわけにはいかないだろ。もう止めないと」
僕がそう思った矢先、静那がこちらの声に気づいたのか、パッと振り返った。
「”先輩方”も、一緒にご飯に行きましょう。私、新しい友達ができたんですよ。……私を『嫁』にしてくれるって」
流石に生一も驚き、質問する。
「……お前、“嫁”いう言葉の意味をちゃんと知って言ってるんか?」
「うん。私の『旦那さん』になるっていうことでしょ? いや~、嫁の貰い手が出来て良かったよ~」
あいつ、本気で言っているのか、それとも天然を装ってかわそうとしているのか。
僕は思考を巡らせ、とりあえず無難な返答を選んだ。
「……まぁ、とりあえず夕食が用意されているみたいだから、行こうか。その『旦那さん』とやらについても、詳しく知っておきたいし」
「なんでお前が仕切ってんねん。」という不満げな表情を見せるサルとゴリラ。
しかし静那は、二人を制するように意味深な笑みを浮かべて夕食会場へ促した。
「そうだよ、四人で食べよう。先輩にも、きちんと私の『旦那さんたち』を紹介したいから」
* * * * *
その一言で、二人の険悪な表情は一瞬で霧散した。
「そ、そ、そうだよね。俺……旦那だし。旦那としての威厳と責務を、その、果たさないとな」
サル顔の男は、顔を林檎のように真っ赤にして、しどろもどろに答えた。
(……思ったより、チョロいな、コイツ。)
「そうだな。どちらが本当の嫁にふさわしいかの決着はさておき、まずは旦那としての威厳を、お前にも見せつけてやろうじゃないか。」
「すいません。お前じゃなくて、白都と言うんですが」
「これは失礼、白都君。お初にお目にかかるね」
静那の手前、急に紳士的な口調を気取り始めたが、全くキマっていない。
というか、コイツはさっきの授業中にいきなり絡んできた奴ではないか。
「あれ、大阪モンやで。」
生一が背後からこっそりと教えてくれた。
二人はバリバリの関西弁を隠しているようだが、同じ関西人同士には、特有の癖や言語パターンですぐに分かるらしい。
僕も静那の手前を意識して、できるだけ土佐弁を出さないように標準語で話しているが、それでも地元の人間に見られればイントネーションで一発でバレるのだろう。
* * * * *
四人は一旦、各自の荷物を寝室に置いた後、食堂棟で集合することになった。
ゴリラ顔……小谷野君というらしい彼は、なんと僕と同じ部屋だった。
ユースホステルのような施設で、一室に二段ベッドが四台置かれている。
ふと見ると、小谷野君は手洗い場で何やら香水のようなものを、これでもかというほど体に吹き付けていた。
「オマエ、何見とんねん」という威圧的な視線を投げかけられたので、僕はそそくさと部屋を出て集合場所へ向かった。
一番乗りして、静那と二人きりになったら「あの二人に絡まれて大丈夫だった?」と聞いてみるつもりだった。
もし彼女が困っているなら、やはり先輩である僕が守らなければならない。
予想通り、静那は既に食堂棟の手前で待っていた。
「お疲れ!」
僕が声をかけると、彼女はいつもの太陽のような笑顔を返した。
あの二人の猛烈なプッシュに、精神的に参っている様子は微塵もなかった。
「静那。あの二人に絡まれて、大変じゃなかった?」
僕は二人が来る前に、素早く質問を投げかけた。
静那は意外そうな顔をして、ケロリと答えた。
「全然大変じゃなかったよ。二人とも、とても優しかったし。
何よりもさ、私が真剣に小谷野君と兼元君の話を聞いていたら、それだけですごく嬉しそうにしてくれたんだ。ちょっと大げさすぎるくらい、献身的に尽くしてくれたよ」
「キミ。私の嫁に、何か用かね?」
わずかに鼻をつく香水の匂いを漂わせながら、ゴリラこと小谷野君が現れた。
* * * * *
さっきの洗面所で、案の定めかし込んできたらしい。
「小谷野君、なんだか良い匂いがするね。どうしたの?」
「おお、そこに気づくとは流石は我が嫁。どうかな? この香りは、君を狂わせかねないかもしれないよ」
本人は最高にクールに決めているつもりだろうが、同性の僕から見れば、正直に言って……イタい。狂うわけがないだろう。
そこへ、もう一人の旦那候補、サル顔の兼元君が登場した。
「汚らわしい匂いで彼女を惑わすのは、やめていただけないだろうか」
失礼ながら……兼元君の方も、その言葉遣いと言動がかなりイタい。
この二人は「彼女いない歴=年齢」であるという僕の推測は、おそらく正解だろう。
兼元君は、無理をしているのが見え見えの動きで、静那の手を恭しく取った。
「静那さん。こちらへどうぞ」
自分の方へエスコートしようとする兼元君。だが、その手を見た静那が、何かに気づいたように声を上げた。
「兼元君、手がすごく震えているよ。寒い? 体調は大丈夫?」
(兼元君なりに、必死に勇気を振り絞っているんだ。そう言ってやるなよ……)
僕はあまりの光景に笑いそうになったが、面白いのでそのまま黙って見守ることにした。
「兼元君は元々痩せているんだから、やせ我慢なんてしなくていいよ」
静那は時々、日本語の使い方が少しだけおかしい。
心配になったのか、静那は自分の手のひらを兼元君の額にそっと当て、覗き込むようにつぶやいた。
* * * * *
その時の二人の顔の距離は、数センチしかなかった。
(静那……もしこれを計算でやっているとしたら、将来は恐ろしい魔性の女になるな……)
僕は冷や汗をかきながらその様子を見ていた。
兼元君は、ブロンドの美少女に額を触られ、顔を近づけられた衝撃で、顔を真っ赤にして石のように固まってしまった。
「あ……あ……ああ……」
女子にこんなことをされたのは、人生で初めての経験なのだろう。
「あ……ああ、実は私も、なんだか急に体調が悪くなってきたようでな……ゴホゴホッ!」
その光景に激しいショックを受けた小谷野君が、嫉妬のあまり見え透いた嘘をつき始めた。
「静公、なかなか上手いこと指示通りにやるもんやなー」
後ろから、生一がやってきた。
どうやら、生一が事前に静那へ「こういうことをしてあげれば、相手との仲を深められる」という口実で、この「おでこで熱を測るムーブ」を伝授していたらしい。
「な! おい、お前! 図ったな!つり目!」
生一はニヤニヤしながら、動揺する二人を突き放した。
「お前らのその純粋すぎるハートがいけないのだよ。
どうせ女子の免疫なんてゼロなんやろ? “男子校”なんやしな」
その言葉に、二人は言葉を詰まらせた。リアクションに不思議がる静那。
生一は事前に参加者名簿をチェックして、彼らが男子校から来ていることを知っていたのである。
* * * * *
気まずい空気が流れたが、食事を進めるうちに、その気まずさも次第に薄れていった。
静那が「これ、美味しいよね」と小谷野君と兼元君に同意を求めると、二人は嬉しそうに何度も頷き、さっきの恥ずかしさから逃避しているようだった。
改めて自己紹介を交わす。
彼らは男子校として有名な「興國高等学校」の生徒だった。
名前は、ガタイのいい小谷野君と、細身の兼元君。
男子校でこじらせているせいか、女性である静那と話すときは、無理にカッコつけて渋い言葉遣いになろうとする。
けれど、それが全く似合っていない。
おそらく、テレビで見たアイドルやジャニーズの仕草をその場で必死に真似ているのだろう。
小谷野君は、静那と「二人分だけ」のコーヒーを淹れてきた。
そして静那の前で、わざとらしい斜めのアングルでコーヒーを啜る。
鎖骨を見せて、男らしさをアピールしようという意図がバレバレだ。
彼は一口飲み、髪を乱暴にかき上げながら一言。
「アッチ。」
イケメンが言えば決まるセリフだが、ゴリラ顔の彼が言うと、ただの火傷した人に見えるのはなぜだろう。
兼元君も負けじと、食後に親指で口元を「ピッ」と拭ってから、斜め上を見上げるポーズを決める。
……完全に、アホである。
* * * * *
それでも終始、二人は静那の両サイドを死守し、アピール合戦を続けていた。
その会話の中に今日の講義の内容が一つも出てこないことが、彼らが一日中何をしていたかを雄弁に物語っていた。
しかし、実は彼らの高校は県内屈指の名門校であり、二人ともそれなりに優秀な生徒であることを知ったのは、少し後の話だ。
僕や生一のように、成績不振による補習として参加したわけではなかった。
彼らの参加理由は、むさ苦しい男子校という「ジャングル」の中で枯れ果てた心に、癒やしを求めて合宿参加を学校に直訴したというものだった。
勿論まだ見ぬ彼女との出会いも求めて。
そして合宿所に到着した直後、本館の曲がり角で、ドラマのように急ぎ足の静那とぶつかったのが運命の始まりだったという。
転んだ静那の下着がチラリと見えるという、ベタすぎるシチュエーションも重なり、彼らは一瞬で恋に落ちた。
二人同時に「ビビーン!」と来た彼らは、その場で大胆にも、二人揃って「結婚」を申し込んだのだ。
突然の申し出に静那が顔を真っ赤にして(本人は困惑していただけだろうが)固まったのを見て、彼らは確信したらしい。「これは運命だ」と。
僕たちがキャンプ場へ散歩に出ようとした時に静那がなかなか来なかったのは、裏でこんな大事件が起きていたからだったのだ。
* * * * *
まぁ、事件というほどの事でもないが、彼らにとっては人生を左右するような「大事件」だったわけだ。
人生で初めての可愛い女の子との会話に舞い上がり、沈んでいた彼らの心は水を得た魚のように輝き始めた。
彼らに言わせれば「青春の時計の針が回り始めた」という感覚なのだろう。
静那は、向き合っている二人の表情がみるみる明るくなっていくのを感じ、一緒に過ごしてみようと決めたのだという。
彼らは、静那と一緒にいる時、本当に生き生きとしていた。
(……自分が誰かを元気づけられる『何か』を持っているなら、力になりたい。)
静那は、かつて父親から言われた言葉を思い出していた。
『笑顔で相手を見て、相手の話にしっかり耳を傾けるんだよ』
たったそれだけのことで、二人は「こんなに可憐な子が、俺なんかの話を真剣に聞いてくれている」と、震えるほど感動したのだ。
こうやって人を自然に幸せにできる実感が、静那自身にとっても嬉しかったのだろう。
「静那ちゃん。明日の講義も、僕の隣で……」
「うん! いいよ。一緒に勉強しよう。」
静那の即答に、二人はジーンと胸を熱くさせたような表情で、同時にポツリと呟いた。
「流石は、俺の嫁。」✕2
見事なまでの、ハモリだった。
* * * * *
勉強が大の苦手である僕と生一。
頭から煙が出そうなほど難解な講義も、ようやくすべてが終わった。
(終わった、終わった! 後は高知へ帰るだけだ!)
せっかく阿蘇の大草原に来たのだから、本当はもっとキャンプらしいことをしたかったなと、僕は名残惜しさを感じていた。
生一はというと、ひどく眠そうだ。
昨日の夜、あの二人組に呼び出され、静那に関する情報を聞き出すための「夜通しの尋問」を受けていたらしい。
当然、生一は「タダでは教えん」と口を尖らせて黙秘を貫いたのだが、そこから二人の息の合った「拷問」が始まったという。
まず、食堂から運び込まれたのは、熱々のトースト。
じっとりと溶けたバターの香りと、ちぎったパンから立ち昇る湯気が、深夜の空腹を容赦なく刺激した。
「この焼きたてのパンが、食べたくないのか?」と、いやらしい目つきで迫る小谷野君。
「フン、俺はそんなに腹減ってない」
生一は精神力を総動員して食欲を抑え込んだが、次に差し出された「ビーフシチュー」を見た瞬間、その防壁は粉々に砕け散った。
小谷野君は、バターの乗ったトーストをビーフシチューにたっぷりと浸し、生一の目の前でこれ見よがしに平らげてみせたのだ。
それは、あまりにも残酷な拷問だった。
「それで……お前、結局静那の秘密を……」
「あぁ……しゃべった」
「お前、それでも先輩かよ! 後輩をいけにえにして、深夜にそんなもんたらふく食いやがって!」
「うっせえわ! お前だって、あれを目の前に出されたら絶対我慢できんって!
もうぜったいうまいやつやん。
五感やで。視覚だけやない、嗅覚も触覚もダメージ入るねん。……もう、隅っこに追い詰められて、ヨガフレイムを連射されているような気分やったわ」
「いきなりゲームネタ出すなよ。……で、一体何を話したんだ? 静那のこと」
「……それは、言われへん」
「お前、それおかしいだろ! 静那に――」
「私がどうかしたんですか?」
不思議そうな顔をして、静那がこちらに歩み寄ってきた。
「いや、いやいやいや! 何でもない、何でもないんだ!」
僕は手をバタバタと振って、慌てて事態を収束させようとした。生一の方が一枚上手で、自然に話題を逸らしてくれた。
「それよりお前、あの二人ときちんとお別れしてきたんか?」
小谷野君と兼元君のことだ。
「うん。今日で私とお別れになるってことで、すごく悲しんでた」
「そうか。……あいつらからしたら、お前は女神みたいに見えていたんだろうなぁ」
「女神だなんて、そんな……
でも、彼らには私と一緒にいた時みたいに、これからも明るくいてほしいな。なんだか、最後は半泣きだったもん。私、この先はどうすることもできないから……」
「向こうは、何か聞いてきたん?」
「うん……電話番号を。でも、私の家は寮で電話は共用だし、PHSも持っていないから連絡がつかないし。
だから、二人の目をしっかり見ながら、『私と一緒にいてくれてありがとう』っていっぱい握手してきた」
「うわー……お前、アイドル気質あるなぁ。最後の最後で、骨の髄まで惚れさせるとか」
「えぇ?! 私、そんなことした? それは大げさだよ、ボス!」
「いや、いやいや。『相手の目をしっかり見て握手』っていうのは大事やで。それを教えられずに素でやれるんやから、大したもんや。なぁ、勇一?」
「なんで俺に振るんだよ。……まぁ、何が大したことなのかは分からないけど、悪い気はしなかったはずだよ。
……それにさ」
「それに?」
「……なんだか、またすぐに会えるような気がする。
あいつら奥手だったけど、基本的には悪い奴じゃなかったし。大阪と高知って遠いけど、絶対に無理っていう距離でもないだろ?」
「せやな。」
「お前、俺の言い方真似すんなや」
「すいません、ボス! ボスの言い方がカッコ良かったので、真似してみたであります」
「……お前、いつの間にか返答が上手くなりやがって」
「はは……なんでそんなに呼吸が合っているんだよ、この二人は」
僕はやや疲れを感じながらも、帰りのバスに乗り込んだ。
* * * * *
ゴールデンウィークも終わり、数日後の朝。
少しずつ、初夏の暑さを感じるようになってきた。
学校の制服も夏服に切り替わり、これから本格的な夏がやってくる。
「勇一!」
早朝、正門の手前で静那が僕を呼ぶ声がした。
「おう、おはよう」
そこへ、ちょうど椎原さんもやってきた。
「静那さん、おはよう。連休の間は熊本に行っていたのよね。どうだった?」
彼女はゴールデンウィークからしばらく海外へ渡っていたため、休学していたのだ。
「詳しい話は……そうだな、部活の時にでもゆっくり話すよ。な、静那!」
僕はそう言って、彼女に視線を送った。
……しかし静那はこちらに反応しない。こちらではなく正門の方を見ている。
「?」と疑問に思った僕も、少し遅れて正門へと目をやった。
そこには、見覚えのある二人組が、うちの学校の制服を着て待ち構えていた。
「おはよう。……俺の嫁!」×2
【読者の皆様へお願いがございます】
ブックマーク、評価は大いに勇気をくれます!
現時点でも構いませんので、ページ下部↓の【☆☆☆☆☆】から評価して頂ければ非常に嬉しいです!
よろしくお願いします!




