11-1 道場の跡取り娘
【11話】Aパート
「で、一体誰なの?この野生動物が二匹迷い込んできたみたいな状況は?」
部室内、怪訝そうな声で不満を漏らすのは仁科さんだ。
下校を告げるメロディーが鳴り終わるやいなや、静那が部室へ向かおうとすると、その両サイドには小谷野君と兼元君が、まるで鉄壁の親衛隊のごとくピッタリと張り付いていたのだ。
「なにアレ……ちょっと、キモいんだけど……」
廊下ですれ違う静那のクラスメイトたちが、そんな露骨な拒絶の言葉を漏らしながら、横目でその異様な光景を眺めていく。
静那はといえば、申し訳なさそうに、けれど断りきれないといった様子で、ただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
傍から見れば、熱狂的な親衛隊に祀り上げられた、どこか異国の王女様のような扱いである。
ちなみに、小谷野君も兼元君も、僕たちと同じ二年生だ。
彼らはホームルームが終わるやいなや、「ムッ、王女様がお下校されるぞ。我らもお供せねばッ!」と、担任の先生の言葉も半分に聞き流して、静那の教室へと馳せ参じたらしい。
これは後々、二年の特進クラスである“10組”の生徒から聞いた話なのだが、彼らのブレのなさはある種、恐ろしいほどだった。
いくら女子に飢えた男子校出身とはいえ、編入して早々にここまでのアクションを起こすとは、凡人の理解を超えている。
どこか決定的にズレてはいるものの、その眼差しには冗談抜きの本気さが宿っていた。
普通、転校初日といえば、まずは同じクラスの面々と親睦を深め、環境に馴染もうとするのが定石だろう。
なのに彼らは、まるで“いざ鎌倉!”と言わんばかりの勢いで静那の元へ駆けつけた。……本人たちにとっては、それほどまでに運命的な出会いだったのだろう。
「勇一お前……えらく厄介なライバルが現れちまったな」
廊下を横切る、奇妙な三人の隊列を見送りながら、クラスメイトの男子が僕に同情混じりの声をかけてきた。
* * * * *
「ライバル……なのかな。
あいつら、もう静那のことを『嫁』って呼んでるし。
正直、俺が入り込める隙間なんて一ミリも無い気がする」
僕が肩を落として答えると、友人は呆れたように鼻で笑った。
「お前、本気でそんなこと思ってないだろ?
まず、どんなに一目惚れしたからって初対面で一方的に『嫁』なんて言わないからな。
あいつら、いきなりクラスに現れたかと思えば、誰とも喋らずに鏡を見たり、香水を全身に振りまいたりして、相当痛々しいらしいぞ。俺でも分かるよ。ありゃあ、すぐに自滅するって」
「うーん……でも、簡単に自滅はしないんじゃないかな。静那自身が、あいつらのことを本気で嫌がっているようには見えないし」
「いやいや。静那さんだってある程度は常識があるんだから、どっかで見限る日が来るって。
それが早いか遅いかだけの話だよ!」
「そうかな……」
実は、僕個人の本音としては、このまま彼らが入部してくれても良いのではないか、と感じ始めていた。
理由はいたってシンプル。現在、この『日本文化交流研究部』のメンバー数が、部昇格への鍵を握っているからだ。
二人は間違いなく、静那と一緒にいたいがために、喜んで入部届に名前を書くだろう。
確信を持って言える。百パーセントの確率で、彼らは入ってくる。
……そうなれば、部員数はこれで七名になるのだ。
正式な部活動として登録できる八名まで、あと一人というところまでリーチがかかっている。僕の中に、少しだけ欲が出てしまったのは否定できない。
けれど、三枝先生からは「数が目的になってはいけない」と、厳しく釘を刺されている。
この部活動の真の目的は、あくまで静那に日本の素晴らしさを真心を込めて伝えることなのだ。
まずは、新しく加わる二人の自己紹介をしてもらうべく、メンバー全員を部室に集めた。
* * * * *
「初めまして。僕は小谷野弘之と申します。ここにいらっしゃる静那さん……この子の将来の旦那となる男です」
部室内に、シーンとした冷たい沈黙が流れた。
仁科さんを始めとした女性陣はもちろん、あの生一でさえも、若干引いているのが分かった。
「ええ……ただいまの小谷野とかいう輩の発言には、重大な事実誤認が含まれております。……ええ、私こそが静那さんの真の未来の旦那である、兼元賢太郎です。
将来は~実家の敷地にマイホームを構え、野球チームが作れるほどの子どもたちに囲まれながら、静かな余生を過ごしたいと考えております。ちなみに、新婚旅行の行き先は――」
「待った! 本妻の旦那はこの俺でしてッ!」
再び、部室が凍りついた。彼らの抱いているイメージのたくましさだけは、認めざるを得ない。
けれど、一体自分たちは放課後の貴重な時間を使って、何を見せられているのだろうかという空気が蔓延し始めた。
こんな時、真っ先に鋭い突っ込みを入れてくれるのは気性の荒い仁科さんなのだが、彼女は既に呆れ果て、男性というよりは別の奇妙な生き物を見るような目で二人を見つめていた。
癒やし枠である椎原さんは、そのスタンスを貫きながら、静那と一緒に二人を見守っている。
「彼の新婚生活プランには、“芯”というものが全く感じられませんな」
「今の不適切な意見を聞いて……はい! 兼元賢太郎君!」
生一先輩が、国会議事堂の答弁の司会役のモノマネを唐突に始めた。
(……さらに状況を滅茶苦茶にするのはやめてくれ!)と、僕は心の中で叫んだ。
「そもそも、貴殿の女性を見る目は誠に卑らしく、同じ男性として私は深い遺憾の意を表明せざるを得ません」
「はい! 小谷野変態大臣閣下」
「そちらこそ、裏でこっそり女子の下着の収集をしゅ――」
「ちょっとストーーップ!!!」
生一先輩まで混ざって、バカみたいな言い合いが泥沼化し始めたので、僕は勇気を出して仕切ることを決意した。
「結局二人はこの部活が何をするところか、ちゃんと分かってんのか?
静那や椎原さんに日本の良さを伝えるっていう目的で、先生が許可をくれたんだよ。そのために――」
「お前、他にも腹の中で考えていることがあるやろ。……登録の件とかな!」
生一が、僕の痛いところをズバリと突いてきた。
……的確すぎる指摘に、僕は思わず言葉を詰まらせた。
「何よ? お前も野心があるんか?コラ、隠し事は部長として無しやで。言ってみ」
小谷野君と兼元君の二人が、獲物を見つけた野獣のように食いついてきた。
少しだけ間があったが、ここで話さないと後々までネチネチと言われ続けそうだったので、僕は観念して本当のことを話した。
「……その、うちの高校はメンバーが八名揃わないと正式な部活としては認めてくれない決まりなんだよ。
その代わり、八名揃って『部』に昇格したら、活動経費も……その……ちゃんと予算が出るし」
「なぁ~~にぃ~~!」
鼓膜が震えるほどの音量で、小谷野君と兼元君が叫んだ。
この二人は、いちいちリアクションがやかましい。
「部になって経費が落ちるんならよ……その金で、今度こそ合宿という名の『ハーレムキャンプ』みたいな企画が、合法的にできるっちゅう訳やな?」
とんでもないことを言い出す生一。
「ナ~~ニィ~~!」
なぜカタカナで叫んだのかは不明だが、二人の野獣は鼻息を荒くして身を乗り出した。
「部費っていうのは、そんな不純な動機で使うもんじゃないでしょ! 何を考えてんのよ、あんたたちは!」
やっと仁科さんが突っ込みを入れてくれた。
この部活内で、暴走する男性陣に真っ向から意見できるのは彼女しかいない。彼女が黙っていたら、ここはあっという間に無法地帯になってしまう。
静那の方はというと……「合宿とハーレムキャンプって、どう違うんだろ」と、純粋すぎる疑問を浮かべながら、椎原さんに相談している始末だ。
仁科さんは、逃がさないと言わんばかりに畳みかける。
「それに、予算の使用用途とかレシートと一緒にきっちり書類にまとめて提出しないと、最悪の場合は一発で廃部になるかもしれないんだからね!」
「何ィ!」
今度は短く、鋭く叫んだ。…いちいちやかましい。
「俺の気持ちがぐらぐらしてたら皆不安になると思う。
だからさ。メンバーは“登録できるくらい集まればいいな”くらいな気持ちで居ようと思う。
俺たちの本当の目的からブレたら駄目だ。大丈夫?静那もそれでいいよね」
「うん。みんながいて……この素敵な集まりがあるだけで、私は十分だよ。小谷野君も兼元君も、仲間になってくれて嬉しいし。……あ、先輩……だったね」
「オオ……なんという慈愛に満ちたお言葉。流石は我が嫁、言うことが違う」
「その『嫁』っていう呼び方はやめてくんない!妙な空気になるし、静ちゃんもちゃんと名前で呼んでほしいよね」
「なんだね貴女は。もしかして、この私に嫉妬しているとでも…」
ブチッ、という何かが切れる音が聞こえた。
「よし。……殺そう!」
「待って、仁科さん! 落ち着いて!」
「そうだよ、仁科先輩! ちょっと待ってみてよ~」
「……静那、『待ってみてよ』っていうのは日本語としてちょっとおかしいぞ」
「ふん、まったく暴力的な女性だ。ま、ポテンシャルだけは秘めているというのは認めて差し上げましょうか」
小谷野君は、これ見よがしにポーズを決めながら、仁科さんの胸元に視線をやって反論した。
そのセリフがさらに火に油を注いだようで、収拾がつかなくなる。
流石にまずいと思った僕……ではなく、静那が割って入った。
わざとらしいくらいに大きな声で「ウン! そうだね。やっぱり名前で呼んでほしいかな。その方が、私は嬉しいな!」と告げたのだ。
その瞬間、全員の視線が静那へと集中し、現場はようやく落ち着きを取り戻した。
(……ごめん。一番下の後輩である静那に気を遣わせてしまって…)
* * * * *
それでもやはり、今後のことを考えれば「部」に昇格した方が活動はやりやすい。
歴史資料館や展示会といった文化施設へ、校外学習として合法的に、かつタダで見に行けるというのは、願ってもないメリットだ。
静那は正直なところ、熊本にいた頃から慢性的な金欠気味だったので、美術館の類にはまだ一度も行ったことがないという。
部活動の一環として、彼女の見聞を広めてやりたいという思いは本物だった。
「やっぱり、部になった方がいいよな。」という僕の問いかけに、静那は素直に、そして力強く頷いた。
あと一人。
あと一人さえ揃えば、それが可能になるのだ。
* * * * *
小谷野君と兼元君が部員に加わってから、三日が経った放課後のこと。
部室に集まり男女に分かれて雑談をしていた折、新戦力の二人が「新入部員勧誘の秘策」を切り出してきた。
まだ入部して数日だというのに、えらく用意周到である。
まるで、こうなることを最初から分かっていたかのようだ。
「ダンナ、耳寄りな話がありますぜ……」
「……どこで覚えたんだよ、その胡散臭い言い方」
小谷野君の悪徳セールスマンのような切り出しに、僕は少しだけ身構えた。
しかし、彼が語り始めた“案”の内容は、意外にもまともなものだった。
気になった生一も、途中から首を突っ込んできた。
「いやねェ。我々は独自のネットワークを駆使して、現在どの部活動にも所属していない女子生徒をリサーチしてみたんですよ。……そしたら、イルじゃないですくゎ! 小動物系の、最高に可愛い子が!」
「お前、その情報の出所は俺やろ! 何自分の手柄みたいに吹聴してんよ!」
兼元君が割り込んできた。
「チッ。
まぁいい、とりあえず情報を共有するぜ。
その可憐な美少女が潜伏しているのは……隣町にある空手道場って訳だ」
「美少女……潜伏……って、言い方が穏やかじゃないな」
でも、“空手道場”という言葉には、僕も聞き覚えがあった。
そこの道場主である“天摘師範代”は、県内ではそれなりに高名な方で、新聞やメディアにも時折顔を出している。
確か、その師範の娘さんが、僕たちと同い年だったはずだ。
「あの師範代の娘さんが、うちの高校に通っていたのか……」
僕がそう独り言を漏らしていると、仁科さんがやってきた。
四人の会話を聞きつけたらしい。
「勇一、そんなことさえ知らなかったの?
私、転入してきたばかりだけど、あの道場がこの地域でどれだけ有名かはすぐに分かったよ。
…本当に身近な世間に対しても関心が薄いのね、部長サンは」
少しだけ胸に突き刺さる言葉だった。確かに、三ヶ月前までの僕は、近所の出来事にさえ無頓着だったのは紛れもない事実だ。
けれど、三月から越してきたばかりの仁科さんにさえ、地元の情報網で後れを取っているとは……
自分は一体何をしていたんだろうと少し落ち込んだ。
けれど、今は作戦の途中だ。
「その師範の娘さんが、うちの高校の二年で、今も帰宅部だって話なのか?」
「そうなんよ~血液型はO型で、身長は百六十センチ。……で、気になるスリーサイズはさ――」
一体、彼はどこまで調べてきたのだろう。仁科さんの「ゴミを見るような視線」が突き刺さっていたので、僕は慌てて言葉を遮った。
「まぁ待てって! 天摘さんという子が今フリーなのは分かったけど、どうやって勧誘するつもりなんだよ」
「モロチン、これから道場へ直接乗り込んで、略奪愛みたいに連れ去るわけよ。
洋画の『卒業(THE GRADUATE)』みたいに、教会の花嫁を奪いに行く、あのノリよ。
俺は調べ上げたね! 彼女は一人娘で、どうやら将来の規定路線である『道場の跡取り』という立場を煩わしく思っている。しかし、親がとにかく厳格で、生活のすべてを徹底的に管理されているんだ!
そこで、『自由』という名のフリーパスチケットと、俺の最高の笑顔を見せれば……イチコロでなびくって寸法さ」
「それは……その、天摘さんが、本当に自由を望んでいるのかどうか、ちゃんと確かめてからにしないと……」
後半の自惚れ部分はスルーすることにした。
「私も同感かな。天摘さんの本当の気持ちなんて、本人にしか分からないじゃない。全部あんたの憶測でしょ?」
「でも授業が終わったら寂しそうに、すぐに帰宅してんだぞ」
「え……それ、本当なの? っていうか、あんたなんでそんなところまでストーカーみたいに見てんのよ」
仁科さんの半信半疑な質問に対し、小谷野君は達観したような顔になり、静かに語り出した。
「そりゃあ……あの寂しげな横顔。
……フッ。初めて見かけたときは、並々ならぬポテンシャルを感じたね。
ああ、間違いない。
平らな胸を霞ませるほどの、虚ろで危うい表情が……俺の中の『ナニか』を、激しく突き動かしたのサッ」
「あんた、何を言っているのかさっぱり分からないけど、これっぽっちもカッコ良くないからね。
ちなみに私がそんなこと言われたら、今頃、迷わず窓から突き落としてるわ」
静那も会話に入ってきた。……リアルな喧嘩に発展しそうだと判断したのだろう。
「小谷野……先輩。その、人を無理に変えようとするのはやめませんか?
確かに入ってくれたら嬉しいけれど。
……今から道場へ行くっていうのも、ちょっと厳しい気が……ねえ、『旦那様』」
「旦那様」という言葉に、僕は思わずピクッとしたが、小谷野君はあえて引かずに、真顔になって静那を諭した。
彼は、静那の手をガッツリと握りしめながら、耳元で囁いた。
「でも俺、今回の調査にはある程度の確信があるんだ。不安そうな顔をしなくていいんだよ、ベイビー。
明日にはちゃんと、この俺が八人目のメンバーを連れてくるから。
そしたら正式に『部』になる。
……もし無事に本懐を遂げたなら、僕ら……結婚しよう!」
(……何が『ベイビー』だ。絶望的にセンスが無いな……)
僕はそう感じた。皆も同じように感じたのか、誰も何も言い返さない。
そしてもちろん、全員が会話の後半部分を綺麗にスルーした。
何にしても、愛しの「嫁」を喜ばせたい一心ということで、早速勧誘へ向かうことになった。
場所は、地図を見なくても分かっている。
「お前、よくこんな短期間で調べ上げたよな。……兼元も」
生一が半ば感心したように呼びかけた。
「な~に、良いってことよ。女の子の情報ならこの俺に任せておけって」
「……お前、やっぱり入る高校間違えてへんか? この学校、伝説の木ィとか無いぞ。」
どこの高校のことを指しているのかはよく分からなかったが、日も暮れきっていない今から本当に道場へ向かうようだ。
「本当に大丈夫なのか、これ……」
僕の不安な気持ちは、一向に晴れなかった。
「さぁ行くぞ兼元。あと生一と、部長! 王女様がお待ちだ!」
「なんで俺が行かなきゃならないんだ。」✕2
珍しく、生一と僕の声が完璧にハモった。
「そりゃあ、部長だからに決まってんだろ。
あと、生一!! スリーサイズの情報源はお前からだってバラされたくないんなら、黙って手伝え!」
「あ! コラテメェッ! 聞こえてるっての、仁科に!」
引き気味の女性陣を背後に、四名の男たちは道場へと向かった。
勢いよく校舎を飛び出す四人の背中を見送りながら、仁科さんは静那に向かって、ぼそりと呟いた。
「静ちゃん……ああいう男どもは、あんまり深く相手にしちゃだめよ。関わっていると、ろくな大人にならないから」
【読者の皆様へお願いがございます】
ブックマーク、評価は大いに勇気をくれます!
現時点でも構いませんので、ページ下部↓の【☆☆☆☆☆】から評価して頂ければ非常に嬉しいです!
よろしくお願いします!




