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TEENAGE ~ぼくらの地球を救うまで  作者: SHUSAKU
season1【A面】
22/239

10-1 イタ過ぎた漢達

【10話】Aパート

「……なんでオレも行かにゃあかんのだ」


窓の外を流れる景色を恨めしそうに睨みながら、藤宮生一ふじみや きいち先輩は、いかにも気乗りしないといった表情でバスの座席に深く腰を下ろした。


その隣で静那は先輩の様子を横目でそっと伺っていた。


(……あの時の真也も同じように行くのを嫌がっていたな。なんだか、あの日の光景をもう一度見ているみたいで、不思議な感じ。)


静那の脳裏には、かつて真也しんや諭士さとしの三人で、新幹線に乗って東京へ向かった日の記憶が鮮やかに蘇っていた。


思わず小さく吹き出した静那の様子に、生一が鋭く反応する。


「おい! 何がおかしいねん」


「いえいえ、ボス。あまりに元気そうで何よりだと思いまして。そうそう! 前に“元気があれば何でもできる”って教えてくれましたよね。」


「……まぁ、せやな。今回は日本の文化を学ぶ合宿やけど、いつか日本のプロレス界の真髄について、お前にしっかり伝授したるから楽しみにしとけよ。」


「はい、ボス。楽しみにしております」


生一は、格闘技やプロレスをこよなく愛している。


彼にとって、プロレスラーこそが人類において至高の存在なのだ。


プロレスの話題を振ればすぐにご機嫌になることを、静那はこの二週間ほどの付き合いで完全に見抜いていた。


僕はそんな二人のやり取りを後ろから眺めながら、彼女の適応能力に改めて舌を巻いていた。


相手が誰であっても謙虚に、そしてどん欲に何かを吸収しようとするその姿勢。


今回の合宿は、顧問の三枝さえぐさ先生の発案によるものだった。


ゴールデンウィークの期間を利用して、熊本県阿蘇市で行われる全国の教師間研修に、僕たちも参加することになったのだ。


* * * * *


参加メンバーは、部長である僕、白都勇一しらと ゆういちと、静那。


そして、学期の赤点を回避するために強制参加させられた生一の三名だ。


静那にとって、熊本は決して良い思い出ばかりがある場所ではない。


それどころか、本人にとっては思い出すのも恥ずかしい「黒歴史」があるようで、本心では少し行きづらそうだった。


けれど、今の彼女の隣には、癖の強い二人の先輩がいる。


一人は、自分のことを親身になって助けてくれる(自画自賛になるが)優しい先輩。


もう一人は、マイペースだがマニアックな情報や独自の悪知恵を授けてくれる、自称“ボス”という変な先輩。


バスは思い出深い熊本市内を抜け、次第に緑の深い阿蘇方面へと高度を上げていく。


「…………」


静那は、窓の外を流れるアスファルトの道を、じっと無言で見つめていた。


車酔いしやすいタイプではないはずなのに、急に大人しくなった彼女の様子を、僕は少し心配に感じていた。


なんとなくだが、彼女は以前この道を通っていた「誰か」のことを思い出しているのではないか。


その寂しげな横顔を見て、僕はそう直感した。


深くは聞かないでおこうと決めたのだが、僕の複雑な表情を見透かしたように、静那がひょいと顔を覗き込んできた。


「勇一、何か質問したいっていう雰囲気が出ているけど……当たりかな?」


「え、ああ。……その、プライベートなことだから、聞くのをどうしようか迷っていて」


「静那、勇一にめっちゃ気ィ使われてるなぁ」


後ろの席から、生一がつっこみを入れた。


途中まで熱心に漫画を読んでいたようだが、車に酔ってきたのかギブアップして窓の外を眺めていたらしい。


「勇一、そんなに気をつかわなくていいよ。

私も勇一のことを呼び捨てにしているんだから、何も気にすることないよ」


「え……うーん……それは、そうなんだけどさ」


「聞きづらい? じゃあ、何を聞きたがっているか当ててあげようか。……ズバリ、私の事?」


「おぉ~、なかなかの自意識過剰やな。」


「ちがうって、ボス! あくまで最初は冗談から入るのがいいって……さお先輩のアドバイスなんです」


“さお先輩”とは、部員の椎原しいはらさんのことだ。


下の名前が砂緒里さおりなので、静那はそう呼んで慕っている。


同じ海外育ちという共通点もあり、国籍も年齢も違う二人は、驚くほどすぐに打ち解けていた。


静那にとって椎原さんは、日本の作法にも詳しい「優秀で癒やし要素満載の万能なお姉さん」なのだろう。


本当に彼女の周りには自然と素敵な人々が集まってくる。


僕は少しだけ躊躇したが、意を決して静那に問いかけた。


「いや、冗談じゃなくてさ。静那って以前ここで暮らしていたのかなって、ふと感じて。

……ただの勘なんだけどさ」


その問いに、静那は驚いたように目を丸くした。


「すごい! 勇一、正解だよ。私、ここで暮らしていたんだ。

……学校には、その、行けていなかったけれど」


「行けていなかったって、つまり、不登校だったっていうこと……?」


「おぉ~勇一。さっきまでの慎重さが嘘みたいに、大胆に踏み込むねぇ」


「茶化すなよ! ……でも、静那。ごめん。もし不快に感じたなら謝るよ」


僕がそう言うと、車内に少しだけ重たい沈黙が流れた。


「……大丈夫だよ。不登校だったのは事実だし。

でも、その後に介護施設のおばさんたちにすごく良くしてもらえたから」


「なら良かったやん。……でも静那、なんで急に顔が赤くなってんの?」


生一の指摘通り、静那は当時を思い出したのか、急にモゴモゴと口ごもり始めた。


「それは……私が、その、バカなことをして、皆に思いっきり迷惑をかけちゃって…」


彼女はうつむき、耳の先まで真っ赤にして震えている。


(静那にも、消し去りたいような黒歴史があったんだな……)


僕は彼女の意外な一面を知り、少しだけ親近感を覚えた。


「ごめんなさい、勇一、ボス。この話はここで打ち切り! いいよね!」


「ああ、話してくれてありがとう。高知に来る前に熊本にいたって知れただけで十分だよ。もう何も追及しないから」


「お前、どうせなんか日本語の間違いで、周りを大混乱させたんとちゃうんか?」


生一の鋭い問いかけに、静那はピタリと黙り込んだ。


どうやら、見事に図星だったようだ。


僕はこれ以上の追及は野暮だと思い、先輩として無理やり話題を変えることにした。


* * * * *


長い坂道をエンジン音を響かせながら上り続け、バスはようやく『国立阿蘇青少年交流の家』に到着した。


広場には六本のポールが立ち、日本の国旗が風にたなびいている。


その下には“日本の心を学ぶ”という仰々しい横断幕が掲げられており、ここが会場であることを主張していた。


学ぶジャンルが「日本の心」ということもあってか、参加者は男性の割合が多いように見えた。


年齢層は高校生から二十代前半の大学生くらいで固められている。


学校推薦で連れてこられた者ばかりなのだろうか。


簡単なレクリエーションを終えた僕たち三人は、講義が行われる“武道館”へと案内された。


畳の上には、既にびっしりと学習用の机が並べられている。


静那にとっては新鮮かもしれないが、僕たち野郎二人にとっては、退屈な時間の始まりを予感させる光景だった。


窓の外、本館の向こう側にはキャンプを張れる広々としたスペースが見える。


(ああいう開放感のあるところで、のんびりしたかったよな……)


僕と生一は、無言のうちに同じことを考えていた。


「静那! 講義が始まるまでに、ちょっとキャンプ場のあたりを見に行かへん?」


受付がまだ全員終わっていないため、開始までは少し時間がある。



タイムスケジュールを確認した静那は、快く頷いてくれた。


「まず、部屋に荷物を置いてくるね! 先に行ってて! すぐに行くから。場所はあそこでしょ?」


静那のような女性の参加者は極端に少ない。


そのため、女性の宿泊部屋は食堂のある、武道館からは少し離れた位置に割り当てられていた。


彼女は足早にリュックを背負い直し、奥の方へと消えていった。


「まぁ、後で行く言うてるんやし、ええんとちゃう? 先に行っとこうや」


「まぁそうだな。講義という名の『監禁』が始まる前に、外の空気でも吸っておこう」


「確かにな……

ホラ、同じような考えの奴、あっこにもいてはるで」


武道館の影で、一人の大学生が煙草をふかしているのが見えた。


「タバコなんて、体に悪そうなのによく吸うよな。

……生一は、まぁ、吸わないか。まだ未成年だし」


「ああ……。俺が吸うのは……ちちだけや!」


生一は片足を上げ、どこかの貴族か男爵のようなポーズでキメたつもりらしいが、全然キマっていなかった。


僕はその返答を華麗にスルーして、キャンプ場の方へ視線をやった。


……それにしても、一向に静那がやってこない。


* * * * *


合宿は一泊二日のスケジュールだ。


今日の昼過ぎから、明日のお昼過ぎまで、みっちりと講義が詰まっている。


武道館の正面には「美しき日本」という横断幕が躍り、気難しい表情の先生方によるリレー形式の講義が始まった。


古典や漢文といった僕が最も苦手とする講義が続き、聞いているだけで脳がグッタリとしてくる。


ようやく休み時間に入った。


僕は学生らしいノリで、前の席に座っている静那のところへ行き「古典、難しかったよなー」なんて会話をしようと歩き出した。


ところが、僕が彼女の机にたどり着くより一瞬早く、二人の男子高校生らしき影がズイッと静那の左右を挟み込むように張り付いたのだ。


「なっ……!(誰だ、あいつら! ナンパか? 静那との距離がえらく近いし……)」


一気に不穏な空気が漂う。後ろから見ているので、静那がどんな表情をしているかは分からない。


けれど二人の男からの熱烈なトークに、彼女が対応しているのは確かだった。


そのうち、男子生徒の一人が満面の恵比寿顔になり、さらに静那の顔へとじりじりと距離を詰める。…近い!


僕は隣の席でうつ伏せになっていた生一に声を潜めて話しかけた。


「おい、静那が変な男二人に絡まれている! 先輩としてここは助けに行かないとマズいんじゃないか?」


生一は顔を上げたままやる気なさそうに答えた。


「じゃあ、お前が立派な先輩面して助けに行けよ。なるようにしかならんし、静那だってそんなアホちゃうやろ」


「でも、あの子は断ったりするのが得意な方じゃないだろ。きっと困っているよ、多分」


僕は小声ながらもムキになって言い返した。


* * * * *


「じゃあ、お前が声かけに行け。迷惑じゃないって思うんならな」


本当は生一にも一緒に来て欲しかった。一人で行くのはあまりにも心細い。


けれど、意を決して、僕は静那に群がる「獣」のような二人組の方へと歩き出した。


たった数メートルの距離なのに、心臓の鼓動が耳元まで響いてくる。


自分はなんて小心者なんだろうと、情けなくなった。


「静那っ……その……消しゴム、持ってないかな? 俺、忘れてきちゃったみたいで」


僕が声をかけると、三人の視線が一斉にこちらを向いた。


静那にちょっかいを出していたのは、同じ高校生くらいの男子だった。


一人はガリガリに痩せたサル顔の男で、もう一人は体格のいいゴツいゴリラ顔の男だ。


二人の僕に向ける視線は「お前、誰だよ」という拒絶の色に満ちていた。


僕は恐る恐るその正体を尋ねてみた。


「あの……その、貴方たちは……どなたですか?」


「はあぁ? 俺はこの子……うちの嫁の“旦那”なんですけど」


まずゴリラ顔の方が、不機嫌そうに答えた。


ヨメ……? ダンナ……? 僕は自分の耳を疑った。


すかさず、隣のサル顔が激しく反応する。


「おい! 俺の嫁やぞ! 勝手に決めるなや!」


その一言をきっかけに、二人は僕のことなどそっちのけでいがみ合い始めた。


「おぉ、ええやん。このまま二人ともバトらせといたら」


いつの間にか後ろにやってきていた生一が、ニヤニヤしながらギャラリーを決め込んでいる。


「そういうワケには、……その、静那」


僕は助けを求めるように、困り果てた表情で静那を見た。


静那は両手を肩の高さまで上げ、「まぁまぁ」と争う二人をなだめるようなポーズを取っていた。


「その……後で話すよ。もう、次の授業が始まるから。ね?」


彼女が穏やかに告げると、僕もハッとして時計を見た。確かに、もうすぐ講義再開のチャイムが鳴る。


静那が時計を指さすと、サルとゴリラの「夫婦喧嘩」はようやく休戦となった。


ところが、二人は自分の席に戻るどころか、静那の机の左右をがっちりと陣取ったのだ。


この二人、授業などそっちのけで、静那に対して猛烈なアピール合戦を繰り広げるつもりらしい。


(僕や生一ですら学校からの義務として必死に授業を受けているっていうのに、一体何をやってるんだ、コイツらは……!)


僕は内心で悪態をつきながら、自分の席へと戻るしかなかった。

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