1-2 脱出
【1話】Bパート
次の日の朝は早かった。
まず早朝、日の出と同時に荷物をまとめ、車に積み込んでいく作業。
真也はいつもよりも起床時間が2時間くらい早いため、やや眠そうな表情でぼーっと諭士の準備を見ていた。まだ“お眠”の時間帯だ。
しかしそこへ朝食のクッキーと共にベットメイキングの手伝いにやってきたシーナを見て、慌てて手伝いと準備をはじめる。
格好がつかないと感じたのだろう。
諭士はせっかくだからということで、ここの部屋の寝具の整頓を一緒にやるように指示。
照れながらもシーナと一緒に片付け作業に取り組む。
変な緊張感からか意外と片づけはすんなりと終わった。
シーツも畳み終えてベットの横に仕舞う。
『準備は終わりましたか?では車2台それぞれで行きましょうか。チェチェン南部に私たちの中継地点があります。まずはそこまで走りましょう。』
出発前、真也にも日本語であらためるミシェルさん。
「真也君、今から車で空港へ行きます。道は危ないから武藤さんの言う事をきちんと聞いてくださいね。」
「はいっ。わかりました。」
今度はしっかり返答した。
こんな早朝の出発は変だなと感じたけど、今は大人たちの言う事をしっかり聞こう。
迷惑にならないように。
何よりシーナちゃんが見てる。
これから日本へ行く彼女に不安な思いをさせないようにしないと…そんな彼女を守ろうとする気持ちが少し芽生えたのだろう。
異国で一人 不安な思いはさせたくないという思いが。
諭士も真也の思いを少し理解したのか、肩にポンと手をやり「よし、行こうか!」と力強く呼びかけた。
9歳の子どもには荷物運びは少々重いが、がんばって車への積み込み作業を手伝う真也。
ミシェルさんは諭士とルートの最終確認をしているようだ。まずは中継地点とやらへ行くのだろう。
ミシェルさんの車にもシーナのボストンバックなどを運び込む真也。
シーナからは現地の言葉で“ありがとう”と言われたが、言葉がよく分からなかったので笑顔で返した。
今日は自分が足を引っ張らないように。
もう今年で10歳になるんだ。
10代の仲間入りをするんだから自分も何か役に立ちたい。
そして同い年のシーナちゃんをきちんとエスコートできるようになりたいと感じていた。
エスコートと言っても少しマセた子どもの発想。まぁお世話みたいなものだ。
それでも出発前にいただいた紅茶をシーナから手渡されたときは赤面してしどろもどろだった。まだまだ子どもである。
* * * * *
2~3時間程車は国道を走り、外れの山道に入っていく。
再び緑がまばらの山々、殺風景な山脈地帯へ入る。
その後緑豊かな盆地へと出た。
『一旦ここで隊員たちとコンタクトを取ります。休憩にしましょう。』
ミシェルさんが案内した施設は、小さいながらも物資の保管庫のような建物と併設したプレハブ小屋だった。屋根に電波の塔がある。
小さいので電波塔が無いと遠目からは分かりづらい。確かに中継拠点という感じの建物だ。
プレハブ小屋に4人は一旦入る。
そこは「地下室」に繋がっており、地下で無線機を駆使してどこかとやりとりをするようだ。
ミシェルさんと諭士は一旦この地下にこもることになり、通信作業が終わるまでの間シーナと真也は外で遊んで待っているようにと言われた。
* * * * *
しかしその3時間前。ちょうどミシェルさんの自宅を出発したその場所に、武装した男性達が侵入していたのを4人はまだ知らない。
寝室で奇麗にまとめられたシーツを見ながら、メンバーの1人は告げる。
『まだ出発してそんなに経ってない…急ぐぞ!』
軍人らしき武装集団は5~6名ほどだろうか。
メイキングされたベッドを乱暴に散らかした後、急いでミシェルさんの辿ったルートを同じように無線を使い、猛追していった。
* * * * *
車で移動中の風景こそ緑がまばらな鉱山ばかりだったが、中継地点と呼ばれる場所は、緑あふれる盆地だった。
シーナは“ちょっと待ってて”という感じのゼスチャをした後、花を摘みに周りを散策し始めた。
真也はあまり遠くに行くと危ないよという言葉を伝えたかったけど、確かベラルーシの言葉だったか…全然しゃべれない。
心配そうな表情を浮かべる真也の元に、シーナが戻ってきた。
花で冠を作ってきたのである。
笑顔で真也に渡す。
日本にもあるシロツメクサのような白を基調としたかわいい冠だ。
10歳くらいの子どもにはちょうど良いサイズで、壊さないようにゆっくりかぶってみる。
するとシーナが“似合う”とばかりに手を合わせて万遍の笑みを浮かべた。
それを見た真也はやっと安心したかのように笑顔になる。
まだ出会って日の浅い女の子相手だったから正直緊張していた。でもやっと気持ちが穏やかになった気がした。
どこに咲こうが花は奇麗だ。
花の威力は偉大だ。
お礼に傍にあった青い花をブリーチ代わりにシーナの髪に添えてあげる。
「どんな感じ?」とばかりに髪をかき上げて見せつけてくる。
ブロンドの奇麗な白がかった髪に青色のワンポイント。我ながらに中々のチョイスだと感じた真也は、笑顔でうなずいた。
“すごく似合ってる”という意味だ。
こういう時は言葉が通じなくても不思議と伝わるものである。
シーナの髪に花を添えたりしてデコレーションを続ける。
シーナも「キレイになった?」と真也をその都度見つめてくる。
真也は笑顔で返す。
初めは緊張して言葉も発することが出来なかった彼も、完全に心が打ち解けたようだ。
しばらく遊んでから2人はプレハブ小屋のような施設に戻ったのだが、大人の2人はというと…地下の部屋で電球をつけてまだどこかとの通信作業をがんばっているようだった。
“もう少しかかりそうだね。それじゃあ…”ということで、プレハブ小屋に隣接した倉庫内で遊んでいようかということになった真也とシーナ。
倉庫には色んな積み荷が置かれていた。積み荷の中に何が入っているかは分からないが、きっと食料などの物資だろう。
さあ、荷物が乱雑に置かれたこの倉庫内で何して遊ぼう。
真也は考える。
すぐに日本で言う「かくれんぼ」を思いついた。
…シーナちゃんはかくれんぼの意味は分かるだろうか?
でも荷物が視界を覆うほど乱雑に置かれているんだし「かくれんぼ」ならきっと楽しめる。
言葉は通じなくとも急に僕がいなくなったらシーナちゃんはきっと夢中で探し始めるだろう…
少し意地悪な気持ちでシーナが天井の方を見ているスキに、真也は物陰に隠れシーナから距離をとった。
言葉は伝わらなくとも“自分を見つけてもらうこと”でこの遊びのルールを知ってもらおうと感じた真也は、50㎡程の倉庫の中を移動し隠れてみる。
暫くして「シンヤー?」と名前を呼ぶシーナの声が挙がる。
「隠れたから見つけてごらんよ♪」なんて日本語で言っても伝わらないので、ちょっとの間は隠れたまま無言で様子を見ることにしてみた。
彼女が四方を見渡しながら倉庫内を歩いているのは足音で分かった。
そのうち足音が近づいてきたような気がしたので、真也は気づかれないように違うポイントへ移動する。
ポイントを変えてまた隠れるような感じだ。
…
ドン。
「!」
そこで何かにぶつかった。
荷物ではない…
「え?」
振り返るとそこに見たこともないやや白人系の男性がこちらを見ている。長身で軍服を着ている。表情は半分笑っていた。
『やっと見つけたぜ!先ずはガキか!』
言い終わる前にその軍人らしき男は、チェンソーのような武器を振り上げた。
ブォーンという音をけたたましく立てながら刃物は周りだし、真也に振り向けてきたのである。
あまりにも突然の事。
真也は一瞬これは何かの夢かという意識に見舞われたが、自分よりずっと大きくて怖そうな男がチェンソーのような武器で切りつけてきたんだと理解した瞬間、青ざめた。
体は恐れのあまりまったく動かない!
相手は左利きのようで、袈裟切りのような感じで笑いながら真也君の首元めがけて武器を振り下ろす。
その時だった。
『シンヤ!危ない!』
とっさにシーナが手を大きく広げ、真也君の前に立ちはだかった。
「え? シー…ナ?」
前に飛び出してきた彼女の存在を認識した次の瞬間、勢いよく鮮血が舞った。
後ろにいて返り血ではないからそんなに勢いよく血を浴びたわけでもないので、初めは一瞬何が起きたのか分からなかった。
でも目の前で崩れ落ちていくシーナを見てようやく状況を理解した。
真也の身代わりになり、シーナは男性の攻撃をまともに肩口から受け、肩から胸にかけ血が噴き出ていたのだ。
返り血でなくても吹き飛ぶくらい鮮血が舞う。
「そ……ん…な…あ…あ……ああぁ…ああ!」
震える声。
シーナの肩口からお腹のあたりまで深い傷口が出来たと思えば、ありえないほどの血がそこから噴き出してきた。
シーナは吐血しながらうつろな目で真也の方に倒れ込む。
「うああああ!あああああああぁ!ああぁあああぁ!」
真也は崩れ落ちるシーナを後ろから肩の部分で抱き抑えながらありったけ叫んだ。
周りにはまだ何人か敵方の軍人は居たようで「そこに居やがったか!」とばかりに荷物の物陰から顔を出す。
囲まれていた。
絶体絶命だ!
男は叫ぶ真也に対し、うるさいとばかりにまたチェーンソーのようなものをもう一度振り上げた。
崩れ落ち出血の激しいシーナ。抱きかかえているものの真也の頭はがら空きになっている。
今度こそ自分の体にこの狂刃が食い込む。
真也はありったけの声で叫び、泣きながらも相手を見た。
その顔は悪魔のような笑顔をしていた。
自分たちを本気で殺そうとしている目だ。
まさに段平が振り下ろされようとしたその時、かろうじて意識を保っていたシーナが背中を向き、両手で真也の肩を持つ。
力を振り絞って真也を抱きしめる形で身を挺して守ろうとしたのである。
彼女の最後の力だったのか、両手で真也君の方にしがみつき上体を上げ背中でチェーンソーを受け止めたのだ。
受け止めた瞬間、どんな傷を負ったのか分からない。
でも切りつけられた瞬間シーナは口から大量に吐血し、真也の顔に向かって勢いよく血を吐き出した。そしてもたれかかるようにゆっくり崩れていった。
背中からもおびただしいほどの出血。
若干痙攣しているその細い体を…抱きかかえようとした時、背中からの出血で手が血だらけになる。
目の前の事が信じられず、震える手足。
さらに目の前の男は刀を振り上げる。
周りは敵に囲まれている。
もう真也には声を張り上げて泣き叫ぶことしかできなかった。
「(死にたくない…!)」
…しかし3回目の斬撃は銃声と共にはじかれたのだ。
目の前の殺人鬼のその向こう側に目をやると、ミシェルさんが険しい表情で積み荷の上に立っている。
『シーナー!』
周りの衛兵が一斉に銃を構え、ミシェルさんに照準を合わせる。
『うおおおおおおぉ!』
そんな状況お構いなしにミシェルさんは彼女の名前を叫んだ後、荷台から真也君と抱きかかえた愛娘の場所に向かって勢いよく突進・ダイブした。
父の呼びかけに反応したのか…
シーナはかすかに意識を取り戻し、なんとか視線だけをその声に対し向ける。
彼女の意識の中だっただろうか…そこにはぼやけた視界ではあったが、こちらに向かって必死の突撃を敢行する父親の姿があった。
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