8-2 新しい生活
【8話】Bパート
「図書館はこの2階の渡り廊下の先にあるから。覚えといて。」
勇一の案内で2人は図書室に入っていく。
高校の図書室にしては小さめの部屋。
そしてそこにも静那の知った顔の人がいた。
国語の先生で、昨年まで勇一の担任教師だった『三枝 玲子』先生である。
静那を見るなり表情を輝かせて詰め寄る。
「静那さんよね。この前うちの高校に見学に来てくれてた。
いや~受かったがよね。良かった~。」
先生は静那の手を取る。嬉しそうだ。
「日本語は難しいと思うけど頑張ってね。静那さん趣味は読書って書いてあったのちゃんと見てるからね。
ここの図書室どんどん使っていいからね。
ちなみに先生はここの部屋の奥に入ったところで茶道教室してるからね。って静那さん、もしかして早速茶道部に?」
先生もまた彼女と再開できると思っていなかったのだろう。興奮気味に静那に向かってどんどん話してくる。
「ごめん一気に話して…」
気付いた先生は少しトーンを落とす。
「茶道…ですか?」
「そうよ、静那さん茶道はまだ知らない?」
「はい。」
「じゃあ是非時間がある時に見に来なさい。見学でもいいから。日本の文化の良さがきっと理解できると思う。
歴史もある日本伝統の代表的な作法よ。
“奈良”っていう時代の…それこそ1300年も前から歴史があるのよ。
一人で見学に行くのが不安だったら、となりのも連れてきていいから。」
「先生、“となりの”ってなんか言い方ひどいですよ。」
「でも茶道教室を案内しに来たんじゃないの?
まだ30分くらい後だけど。あ、この奥の和室ね。」
「そうじゃないんです。ちょっと静那さんが相談事があるみたいで、どこか話せる場所という事でここを…。」
「今日はあと30分で図書室閉めるけど、相談だったら使っていいよ。」
先生は入学ホヤホヤの静那の前という事もあり、キップの良いところを見せてくれた。
そんな静那は少し考えてから先生に対して切り出す。
「あの…、私が相談したい事っていうのは部活の事なんですが。
日本の文化とか…茶道ももちろんですけど、もっと日本の事を知ることができる部活動って無いのかなーなんて考えていて。
先生はそんな感じの部活動…知ってますか?」
急に相談を先生へ切り出した静那。
まぁ三枝先生は文科系の部活や同好会の総括をしている先生なので、彼女に聞く方がよっぽど効率が良い。
ここは静那…良い判断だ。
勇一が質問を仮に受けたら……一旦質問を聞いた後、黙り込み、しばらくウンウン唸ってから結局職員室などに2人して相談に行くことになるだろう。
とっさに目の前の三枝先生に相談したのは良かったが、意外な返答が帰ってきた。
「そんな部活はないね~。何なら作ったら?同好会方式でも研究部でも。
私が顧問を受け持とうか?部活動としてやっていくなら。」
先生の視線は勇一に向けられていた。
* * * * *
日本の事を…日本文化というものをもっと知りたい。
そんな静那の心意気が素直に嬉しかった。
他にも、異国の地からやってきた静那が初めて頼ってくれたのが自分だとしたら、日本人代表として頼られているみたいな責任がある。
東京や大阪みたいな大都市はどうなんだろう…でもこんな高知県、田舎で暮らす外国人はまだまだ少ない。
だから日本人として恥ずかしいことはできないと感じた。
実は部室として使えそうな空き部屋があるということで、本日はまず三枝先生と部室の場所まで行くことになった。
移動しながら静那に話す。
「日本の文化の交流をする部だから…えっと…部活登録はまだ条件的に無理だってことだから、研究部?なら…」
「日本文化交流研究部!で、どうですか? ただ繋げただけだけど。」
静那は笑いながら答えてくれた。
安直だが今のところそれ以外にあまり良いアイディアは出てこない。
「今のところだと~この部屋なら使っていいよ。
日本の文化を紹介するっていう名目なら視聴覚室のテレビを部活の時に貸してもいいけど、その時はちゃんと“借用願い”を書きに来なさいね。」
もう部活がはじまったような言いぐさではあるが、とりあえず明日までに“部活名とメンバーの名前を書いて提出しなさい” という事だった。
展開が急だが動きに無駄が無い。
それだけでとりあえずは日本文化を静那に教えたり紹介するサークルが出来上がる。
しかも毎日静那に会える。
先輩として自分は心底彼女から頼られている。
「じゃあ、これ紙(部活動活動申請書)ね。明日で良いから持ってきなさい。やるなら静那さんにきちんと責任もって日本の事を教えてあげてね。」
先生はそう言って部室候補の入り口まで来た後、職員室に引き返そうとする。
慌てて勇一は問う。
「あの…なんで“俺”がもうやるってことに?」
「あなたが静那さんの力になりたいんでしょう。
それに君は帰宅部なうえに国語の点数がクラスで最低レベルなんだから、この機会に日本語や日本文化をきちんと学ぶチャンスになると思ってね。
あなたにやる気があれば合宿の予算くらいは出せるからやってみなさいよ。
まぁどうしても無理なら明日断りを入れに来たらそれでいいよ。その時は静那さん茶道部にもらうから。」
静那を見てニッコリ微笑む。
「でもたった2人で部活ってイメージがわきませんよ。」
「それに関しては大丈夫。さっき言ってた茶道部の子で帰国子女の生徒が1名いるのよ。
その子に声かけておくから。
その子は確かアメリカからだけど、もう北欧出身の静那さんの噂を聞きつけていて“是非一度彼女と話をしてみたい”って言ってたから。
明日から来てくれるから。
あとその子、理数科。特進クラス。君と違って優秀よ~その子。」
自分以外の2人は優秀…
なんだかなぁという気持ちになったが、3人いればなんとかなるだろう。
静那が少し不安そうに問う。
「勇一、大丈夫?ほかにやりたい事あるんじゃ…」
その言葉にハッとする。
そうだ。自分は特にやりたいこともない帰宅部だった人間だ。
「大丈夫だよ。本当に静那の力になりたいって思ってたからさ。それに明日には新入部員が1人増えるわけだし。女の人だし…。
その子も静那と同じくらい頭良いみたいだし、きっと話合うよ。」
静那はあくまで勇一はそれでいいのかという所を気にしているようだったが、自分の事を色々考えてくれているという実感から、はにかんだ表情を見せる。
「じゃ、部室入ってみるか?明日から使う部屋。」
教室のカギは空いていた。
「おじゃまします。」と静那。
まぁ誰も使っていない空き教室なので人はいないだろう。
普段は図工など工具作業をするための教室だ。
「え?あぁ?誰だよ!」
教室に入ると窓側に誰か座っている。
髪が少し茶髪で目つきの悪い男子生徒だ。
勇一がすかさず突っ込む。
「誰だよって、こんな所で隠れて漫画読んでるの教師に見つかったら没収されるぞ。まずいって!」
「いいんだよ、ここは放課後誰も使わない隠れ家みたいなモンだから。適当に涼んで帰る場所として俺が使ってんの!
ええやん。ここ居ても。」
少し言葉が関西なまりだ。生まれは恐らく関西の方だろう。
勇一はその男子学生にここまでのいきさつを話す。
これからここで“部活動”として、外国からやってきたこの子・静那や帰国子女の生徒に日本の文化などを教える活動をしていくんだと。
その男子生徒はあからさまに嫌そうな顔をする。
「俺のアジトやったのに部活動の名の元に追い出されるんか…嫌な時代になったぜ。」
窓から遠くを見ながら呟く。…全然カッコよくない。
「だったら、あの、一緒に入ってくれませんか?8名揃ったら部活として正式に認めてもらえるみたいなので…その…よろしくお願いします。」
静那が急にその男子生徒に駆け寄り嘆願する。
「なんでお前の為に入らないかんのよ?俺、今“オクパード”なんだよ。」
「おくぱーど?」
「まぁええわ。金髪の奴。じゃあその部活にどんなメリットがあるねん。言うてみ。」
「金髪の奴って………て…あたし?違うよ!私は静那って名前なの。吊り目のあなたは?」
「何やねん吊り目て。先輩に向かってそんな呼び方するんなら俺もう帰るもんね。」
「あ。ごめんなさい。じゃあ…なんだかその、そこはかとなく目つきのいい男の人。」
静那は基本、滅茶苦茶おだて方が下手なようだ。
その言い方にちょっと吹き出しそうになった勇一を横目に彼は名前を名乗る。
「生一や!下っ手な褒め方やなー。しかも俺先輩やぞ。」
「では生一様、改めてうちの部活動に。」
「だからメリットなんやねん。あと急に“様”つけるな。それくらいの事でなびかんで!」
「メリットはそう…毎日わたしと会えるってのはどうですか?」
「それをメリットと呼ぶってことは、自分結構自意識高いな。」
「いや!違います。違います。今の冗談で!
…逆にどんなメリットがあったらいいですか?」
「まず、実用的な事やったら内申点かな。俺、テスト全体的に悪いから部活動でフォローできれば考えてみんでもないで。
運動部とかやっても内申になんもプラスにならんからなぁ。生徒会はだりいし。」
即答する生一。
この辺は意外としっかりしてるなぁと感じる勇一。
ちなみに勇一のクラスメイト(9組)に生徒会やってる生徒はいる。勇一の数少ない友人だ。
少し硬いけど真面目だ。そんな彼の事を思い出し、目の前の生一という男性と比べると、とても生徒会に適している人材には見えなかった。
「何見てんのよ。お前。あと他にも欲しいメリットあるで。
お前らがここ使うんやったら俺のくつろげるスペースが無いなるやん。だからここでマンガ読んだりして時間潰すのを黙認すること。
担任の先生誰?多分“くさ(三枝先生)”やろ?
あいつ茶道とか文芸部とか文系の担任掛け持ちしてるからめったに見にこんやろ。だから見に来てない間はゆっくりさせてや。」
安心した顔で静那が問う。
「じゃあその条件を満たしたら『日本文化交流部』に入ってくれるって事でいいんですか?」
「…あとは俺の事、ボスと呼べ」
「はい。ボス!」
なんという対応の上手さだろう。ふだん殆ど長く会話をしない勇一からすれば、この静那の対応力には恐れ入った。
逆にそれだけ静那も色んな人にこの活動に参加してほしいと感じたのだろう。
このチャンスを逃したくないと思ったのだろうか?
少し気分を良くした生一にすかさずジャブを入れる静那。
「ではボス。明日からよろしくお願いします。この勇一さん…勇一が部長をしてくれますので、副部長は私。ボスはボスでお願いします。」
「おう、上出来や。」
初めは嫌そうな顔をしていたが、静那のテンポ良い対応でうまく4人目のメンバーが出来た。
確か8名集まると部活となり、予算がつくという事なのでなかなか幸先の良い船出だ。
「おまえ勇一な。部長やる流れでいいんやな。何かおかしいと思ったら部員として突っ込むくらいはしたるから。」
だるそうな声ではあるが、まぁ良いかという表情で生一は腰を下ろした。
また漫画の世界の再会に入るようだ。
でもその前にもう一つ明日の確認をと静那が割り込んでくる。
「勇一。きいー…ボス!明日は放課後になったらこの部屋に来てくださいね。私楽しみにしてますから。」
「ああ、ええで。」
「もちろんだよ。明日もう一人来るみたいだし。4人で部活、始めていこう。」
* * * * *
入学してから初日。
学生生活に対しての不安も正直あった。
小学校だったあの頃…もう静那にとってはかなり昔の話になるけど、忘れられない辛い思い出。
でも勇一という人間に出会ったとたん、その懸念は不思議と消えた。
どことなく父親に近い面影を持っている彼には妙な安心感を感じていた。
そんな先輩・勇一の計らいで、文字通りの“日本文化の交流をする活動”が始まる事になる。
自分の思いを汲んでくれた勇一、そして顧問になってくれた三枝先生…
言葉は雑だが話せば分かる先輩・生一。
3人とも自分よりも年上だけど先輩としての威厳が良い意味で無くて本当に話しやすい人ばかりだ。
「(生一さんはちょっとマイペース過ぎるけど…そのペースについていけばどうやら大丈夫みたい。)」
嬉しそうな表情を隠せない静那は、やっと自分の居場所を見つけられたと実感した。
「(私、ここでみんなとやっていけそう。お父さん…私、今とっても幸せだよ。)」
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