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入り口のない家

 入り口のない家


 放課後、掃除当番を終えると博は、学童の教室によって妹の空に「母さんが迎えに来るから、今日はここで待ってて」と伝えて、海人と二人で校門を出た。


 博は先に立って校門から西に向かって進んでいく。海人の住んでいるのは、東側の新しい住宅地なのでこちら側にくることはほとんどなかった。

「蒔田さんの家ってどの辺なの?」

「鷺見川の近くだよ、消防署の隣」

「ハカセの家もこっちの方なの?」

「僕の家は八雲神社の裏の方だから、蒔田さんのところより結構手前だね」

 そう言いながら、博はランドセルからタブレット端末、ourPadを引っ張り出した。

「ほら、このあたりだよ。僕たちがいるのがここで」と言いながらタッチペンで地図の上に赤い丸をつけた。

「で、ここが蒔田さんの家」

 博が、鷺見川の脇の屋根を丸で囲った。大きな屋根とそれ以上に目立つのが塀だった。

「これ?これってめちゃ大きくない?隣の消防署と同じくらい広いじゃん。それになにこの壁?」

 そこまで言って海人は、博が持っているourPadを見た。

「ていうか、ハカセはタブレット端末使ってるの?僕はまだ見守るケータイだよ」

「母さんが、なんでも自分で調べて自分で考えなさい、って言って買ってくれたんだ。便利だよ、文章読むには読みやすいし。図書館の本を借りる予約したり調べ物したり、いろいろ使える。でも学校では絶対に出さないから、内緒だよ。」

「ハカセ。いいなあ、こんなすごいもの買ってもらえるなんて」

「お金の使い方は、それぞれだよ」

 少し沈んだ声で会話を打ち切ると、博は黙って歩き出した。


 本来ならば八雲神社の脇を右に曲がっていくところを、博は神社の前を直進していく。

 しばらく住宅街の中を歩くと南北に伸びる片側二車線の大通りに出た。道路を挟んだ反対側に消防署があり、その右手に高い塀に囲まれた家が見えた。家、というよりも海人には城に見えた。

「門はどこなんだろう。この塀、ぐるっと回ってるのかな」


 海人は横断歩道を渡ると、道路沿いに続く高い塀に沿って歩き始めた。その後ろを博が黙って付いてきた。高い塀には出入り口を示すものはなく、北にしばらく進むと国道の下をくぐってきた小川に沿って西に向かって曲がり、そのまま鷺見川に向かって小川沿いに続いていた。小川と塀の間は細い道があるが、一列にならないと川に落ちそうだった。鷺見川の河原の手前で小川とともに塀は南に向かって折れ、そして消防署との間の路地に沿って東に折れてスタート地点に戻った。小川は消防署と鷺見川の間を南に向かってそのまま流れていた。

 門らしきものはなかった。一面塀に囲まれていて、どこから出入りするのか全くわからなかった。見上げると塀の上にカメラが設置されている。


「ハカセ、ここ何?人の家じゃないでしょ?」

 思わず声を潜めて海人は聞いた。

「いや、家だよ。ここが蒔田さんの、綾音ちゃんの家。昔は国道に面して門があったんだけど、今はないんだ」

「なにそれ?」

 そういう海人を置いてきぼりにして博が歩き出した。国道沿いに北に向かい、小川を越えたところにある駐車場の手前を左に曲がって、駐車場を右手に見ながら細い道を歩き、土手を登って河原に出た。そこで南に向かって河原の上を歩いていくと、ちょうど堀のようになっている小川を挟んで蒔田綾音の家が見えた。河原の方が少し高くなっているので、やや見下ろすようになっている。小川に沿った細い道に面して塀が立っており、その奥に家があるが、屋根が大きくてその下の窓が少し見えるのがやっとだった。

「なるほど、ハカセが言った意味がやっとわかったよ」


 何か見えないかと目をこらしながら海人が言った。

「すごい厳重だ。入口がどこにもない塀なんて、聞いたことないよ。あれ?」

 屋根に隠れて影になっている窓が明るく浮かび上がった。


「電気ついたよ、あの部屋」

 海人がこっそりと指をさして博に伝えた。部屋にはカーテンがかかっているらしく、中の様子はわからないが、大きな屋根の下で影になっていた窓ガラスが白く浮かび上がった。そしてそこに人の影がうつるのを二人は身動きもせずに見つめていた。人影もこちらを見ているかのようにしばらく動かずにいたが、やがてその影が濃くなり、カーテンに一層近づいたことを示した。そして、カーテンの端が斜めに少しだけ開き、そこから手がのぞくと、ゆっくりと左右に振れた。

「手を振っている」と海人が言った。


「綾音ちゃんだ」と博が隣で呟いた。

「え、」


 海人が声を上げるのと、部屋の電気が消えるのが同時だった。カーテンに写っていた人影もかき消すように見えなくなり、ただ黒い窓がぽっかりと残された。海人はあっけに取られてその黒い窓を眺めていた。

「なに、今の?」

「だからさ、閉じ込められているんだよ、綾音ちゃんは」

 窓をにらみつけながらそう話す博の顔はいつも冷静な彼のそれではなく、今にも怒鳴りだしそうな気配があった。

 海人は、しばらく博の横顔を見ていたが、思い切って聞いた。

「ハカセ、ここに来るの久しぶりなの?」

「何度もきている。手を振ってるのを見たのは随分久しぶりだ。ぐるっと回るけど何もなくて、それで帰るだけ。そんなことを何度もしたよ」

 博は、河原を歩き始めた。海人は慌ててそのあとを追った。


 突然博が立ち止まった。ランドセルの中から電子音が流れてくる。


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