イクジのホウキ
直球な質問
その夜、早く帰ってきて一緒に食卓を囲んだ一郎に、海人は尋ねた。
「ねえ、パパ。育児のホウキって知ってる?」
「いくじのほうき? ああ、育児放棄のことか」
深刻そうな海人の様子に一郎は飲んでいたビールのグラスを置いた。
「どうしたんだ。そんな話を急に」
「学校に来ていない子がいるんだ。ハカセから聞いたんだけど、学校に行かせてもらえない、育児のホウキなんだって」
一郎は腕組みをした。
「本当だったらちょっと大変な話だな」
そして、「そんな話があるのか、海人のクラスで」と台所の静に声をかけた。
「学年の最初のクラス懇談会の時に、ちょっと複雑な子がいる、と他のお母さんから聞いていたけれど」
「でも学校に行かせない、ってどうしていけないの?学校行きたくなくて学校に来ない子もいるよね」
「直球な質問だな」一郎は苦笑した。
「直球?」
「いや、義務教育の根本についての鋭い質問だなと思って」
「義務教育って、学校に行かなければいけない、ってやつ?」
「権利と義務があってな。子供は教育を受ける権利があって、義務は親の義務だ。正確には、子供に教育を受けさせる義務、だな。親がちゃんと子供に教育を受けさせなさい、ということだよ
」
「どうしたらいいのかな」
「学校に任せておくしかないだろうな」
一郎の言葉に静もうなずき、それをみて海人は不満そうな顔をした。
「いつもは、なんでも自分で考えろっていうくせに」
「そうだよな」
一郎は穏やかな表情で海人をみた。
「自分ができることは自分で考えて、決めることができるよな。だけど、これはよそ様の家の問題だし、解決するためには色々な人が動かなければいけないんだ。」
「色々な人って?」
「学校の先生、教育委員会、それに児童相談所や場合によっては警察も必要かもしれない。その蒔田さんの親御さんもどう考えているのか。それに、そもそもハカセくんの言っている通りの話かわからないだろう」
一郎は少し突き放した言い方をしたが、そのあとで「でも、本当だったらその女の子は気の毒だ。ハカセくんは優しい子だな」と付け加えた。
「ハカセは、すごく大人なんだよ、きっと。だから僕たちよりいろいろ考えちゃうんだ」
一郎が、少し驚いた顔をした。
「そんな言い方をするなんて、それもハカセくんの影響かい?」
「ハカセは、いっつも難しい本読んでるんだ、すごいよ。今はなんか、ひも理論のなんたらとかいう本読んでる。なんなんだろう、ひも理論、って。ひもがどうなるんだろう?」
一郎が目を丸くし、頭を整理するように少し考えてから話し始めた。
「聞いたことくらいしかないけれど、超ひも理論は、宇宙というかこの世界の物質の成り立ちについての最新の理論じゃなかったかな。確か、物質をどんどん細かくしていくと、最後にはひもの振動に行き着く、というものだったと思う。そのひもの振動でいろいろな物質の基になる粒子ができている、というなんだか壮大な話だったような」
そこまで話すと一郎は、「パパの話は聞きかじりだから、興味持ったのなら本を読んでみるといいよ」と言った。
「うーん、なんだか全然わからないや」
海人があくびをした。




