あるじのいない席 2
「ねぐれくと? ハカセ、それどういう意味?」
博は、蒔田綾音の机の上にひっくり返した椅子の足を掴んだまま目を伏せて言った。
「親が子供の育児を放棄すること。色々あるんだけど、蒔田さんの場合は、学校に行かせてもらえないらしいんだ」
「いくじをホウキ?」
「親が子供を育てるのをやめちゃうこと。食事与えないとか、学校に行かせないとかそういうことだよ」
「ひっどい、なんで?」
「わかんないよ、なんでなんだろ。お父さんの方針なのかな。お母さんがいないって言ってたから」
博が寂しそうにつぶやいた。
海人は考え込んだ。学校に行きたくない、ならわかるけど、どうして親が行かせないんだろう。
「ちょっと、男子。手を動かしてよ」
ホウキで床を履いている女子が尖った声をあげた。
「はいはい」
海人が面倒臭そうな声で答えた。
「ハカセは、蒔田さんのことよく知っているの?」
海人は、いつだったか博が怒った表情をしたのを思い出した。今も博の表情が何かに耐えているようにも、怒っているようにも、海人には見えた。
「一年生の時からクラスがずっと一緒なんだ。だけど、四年生になった時から学校に来なくなっちゃって」
「親が学校に行かせないって、どういうことなんだろう?行かないでいいよ、って言うってことかな?」
「家に閉じ込められているってことだよ、簡単に言えば」
「え?」
海人は聞き間違いだと思って、博の顔を見た。
「家に閉じ込められているんだ」
「うそでしょ?」
思わず海人の声が大きくなった。
「何がうそなのよ」
ちりとりでゴミを集めていた女子の何人かがこちらを振り向いた。
「なんでもないよ」
そう言って掃除を続ける博を見ながら、海人は(なんでもあるでしょ)と思った。
博は掃除が終わると、「今日は空と一緒に帰る日だから、また明日」と言って、学童の教室で博の授業が終わるのを待っていた二年生の妹を迎えに行った。
海人には、その後ろ姿が一層暗いものに見えた。




