あるじのいない席 1
”DSSV- Dimension Scanner of Superstring Vibration”
Designed by H&A Laboratory Co.Ltd. 2060
あるじのいない席
日直の当番が窓を開けると、すでに暑さをはらんだ朝の風が、主人の現れたことのない机の上でカーテンを揺らした。いつの間にか窓際の一番後ろに移ってしまった蒔田綾音の席は、もうすぐ夏休みになるこの時期になっても、今日も空席のままだった。
担任の中山先生は、それでも毎日「蒔田綾音さん」と出席をとる。
新学期が始まって間もない頃、誰かがふざけて声色を使って返事をしたことがあった。数人が小さく笑い、それを聞いた中山先生は寂しそうな顔をし、誰かが「やめなよ」とたしなめた。
高島海人はその時、やりとりを聞いていた高田博が怒った顔をしているのに気がついて、驚いた。
海人は博と五年生に進級するときに初めて同じクラスになった。最初の席順が前後していたために海人から声をかけ、話をするうちに読書量と知識量に圧倒された海人が尊敬を込めて「ハカセ」とニックネームをつけたのだった。
クラスの誰よりも大人びた男子、それが海人にとっての博だった。
休み時間にはいつも一人で本を読んでいて、落ち着いていて、声をかけないと自分から話すこともなく、人のことにはあまり関わらない、その博がはっきりと感情を表したのを見て海人は、どうしたのだろうと気になった。
しかし、休み時間にはいつも海人は中庭に遊びに行くし、博はいつも自分の机で本を読んでいた。博が怒った表情をしたこともその理由を聞こうとしたことも、三ヶ月が経つうちに海人の記憶からすっかり消え去っていた。
夏休みまであと一週間を切った今日も、博は自分の机で分厚い本を夢中で読んでいた。放課後の掃除当番を忘れてしまっている博に、海人が「当番だよ」と声をかけた。
博は顔を上げると、「あ、ありがとう」と言いながら「超ひも理論の現在」を閉じてランドセルにしまった。
机を移動させるために、博が蒔田綾音の椅子を机の上にひっくり返して載せた。
それを見て、海人が博に声をかけた。
「蒔田さんて、五年生になってから一回も学校来てないんだよね」
博は少し驚いた顔をしてから、ああ、そうか知らないんだね、とつぶやいた。
「四年生からなんだ」
「四年生から?」
博の言葉は、蒔田綾音が一年以上学校に来ていないことを意味していた。
「え、どうして?」
無邪気に問いかける海人に、博が「ネグレクトなんだって」と付け加えた。
「ねぐ?」
「ネグレクト」




