D−S−S−V 3
いつになく大きな声を出しながら、博が顔を袖で拭った。
「くやしいんだ」
博が涙を浮かべていた。
「僕たちは本当に何もできない、大人も何にもしてくれない。悔しいんだよ」
海人は、博が蒔田さんのことで先生と何度も話をしたと言っていたことを思い出した。
「ごめん、でもさ」と海人は言った。「それでも僕だって何かしてあげたいよ」
海人の言葉に返事もせずに、博は背を向けて八雲神社の脇の路地を入って行った。数年前の地震で石造りの鳥居が支柱を残して崩れ、最近修復されたため笠木と貫だけが真新しい鳥居が、夕暮れに浮かび上がっていた。
それを見ると海人は、やるせない寂しさが募るのを感じた。
「また明日」
博の背に向かってそう声をかけると、海人は学校から来た道を戻っていった。
学校の校門の前を通り過ぎる時に、海人は足を止めた。
校門はすでに半分閉じられているが、まだ職員室には先生がいるはずだ。今のうちに先生に伝えた方がいいんじゃないかと、海人は思った。
しかし、怖かった。海人には一人で職員室まで出向いて先生に説明する勇気がなかった。拳を握りしめて自分の太ももを叩き、前に進もうとしたが、足が動かなかった。
給食の時間に教室で担任の中山先生と話すのはなんともないのに、一人で向かい合うと思うと職員室に入ることもできないのだ。何度も先生と話をしたという博を、改めて尊敬した。
「やっぱり、ダメだ、怖いよ」
海人は握った拳を緩めるとうなだれて、諦めて家に向かって歩き出した。
その時だった。
「海人!」
後ろから呼びかける声があった。
海人が顔を上げて振り返ると、博が小走りでこちらに向かってきた。
「ハカセ、どうしたの」
「やっぱり先生に話してみようかと思って」と博はニコリと笑った。
その笑顔が余裕があって大人びていて、かなわないな、と海人は思った。
「ありがとう」
海人がそう言うと、二人は校門に顔を向けた。
そして一歩目を踏み出した時 、博のランドセルから断続的な電子音が聞こえてきた。




