第94話 時間前行動
翌日。
夕方。
港へ着いたリリアーナは、目の前の光景を見た瞬間、思わず足を止めた。
その横では、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、港に集まった人々を静かに見渡している。
「え?! 早っ!!!」
港には、新選組、幕末反乱軍、明智と兵士たち、アウトテルリッチの戦いで仲間になった兵士たちが、それぞれ家族や仲間を連れて集まっていた。
妻。
子ども。
親。
祖父母。
赤ん坊までいる。
誰一人、まだ夜中でもないことを気にしていない。
「まだ全然夜中ちゃうぞ! 夕方やぞ!」
近藤が少し気まずそうに頭をかいた。
「待ちきれませんでした」
土方も腕を組んだ。
「家にいても落ち着かなかったんだよ」
沖田はいつものように笑う。
「遅れるよりはいいでしょう?」
「早いにも限度あるやろ!」
「お兄ちゃん!」
心絆が勢いよく手を挙げた。
「私、お昼からいました!!!」
「もっと早い奴おった! うるさっ!」
「生きて帰るため!!! 早めに集合しました!!!」
「声デカ!! 港中に聞こえるわ!」
そこへ龍馬が、大きな袋を抱えて走ってきた。
「姫さん! 頼まれとったもん、全部持ってきたぜよ!」
「ほんまか!」
龍馬が袋を開くと、中から種もみ、白味噌、赤味噌、ネギが次々に出てきた。
リリアーナは一つずつ確認し、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、その隣から袋の中へ視線を落とす。
「完璧や。さすがやな」
龍馬が得意げに胸を張った。
「わしゃ商人ぜよ!」
「船乗りちゃうんか」
「今は商人じゃ!」
「都合ええな!」
ミレーヌも黒革手帖へ書き込んだ。
「種もみ、白味噌、赤味噌、ネギ。すべて確認しました」
「オヤジと姐さんも喜ぶわ」
「完全にお土産ですね」
「旅行ちゃうねん!」
リリアーナは龍馬へ顔を向けた。
「約束どおりや。国へ帰ったら、立派なブーツ作ったる」
龍馬の目が一気に輝く。
「ほんまか!」
「あぁ。船の上でも歩きやすいやつや」
「楽しみぜよ!」
「その代わり、まだまだ働いてもらうぞ」
「任せちょけ! 船、物流、交易、全部やるぜよ!」
「期待しとる」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、静かに口元を緩めた。
リリアーナは改めて港を見渡す。
「全員おるなら、すぐ点呼するぞ!」
大久保がすでに名簿を開いていた。
「アウトテルリッチの兵士とご家族」
「全員います!」
「明智の兵士とご家族」
「全員います!」
「幕末反乱軍。ご家族と仲間を含め、全員います!」
「新選組」
近藤が答える。
「家族を含め、全員いる!」
「子ども!」
「全員!」
「年寄り!」
「全員!」
「怪我人!」
「移動できます!」
「船!」
龍馬が胸を叩いた。
「全部そろえたぜよ!」
「忘れ物!」
「ありません!」
リリアーナは、もう一度全員を見渡した。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、その横で一人ずつ確かめるように視線を動かしている。
「……全員おるな」
「はい!」
ミレーヌが懐中時計を確認した。
「予定の出港時間まで、あと八時間あります」
「八時間?」
リリアーナは海を見た。
夕暮れの港。
並んだ船。
すでに集まっている人々。
積み込まれた荷。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、同じ景色を見つめていた。
「待つ意味あるか?」
「ありません」
「全員おる。船もある。荷物もある」
リリアーナは即座に決めた。
「ほな、今出るぞ!」
「え!?」
ミレーヌが懐中時計を見る。
「予定より八時間早いですよ」
「見つかる前に出る。その方が安全や」
桂がすぐに周囲を確認した。
「今なら追手もいません」
大久保も名簿を閉じる。
「全員そろっています。出港を遅らせる理由はありません」
龍馬が船を指した。
「いつでも出せるぜよ!」
「よし!」
リリアーナが腕を上げる。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、その隣で静かに海を見据えた。
「予定変更! 八時間早めて出港や!!」
「はい!!!!」
バルドが鈴を鳴らした。
チリン。
「皆様、ただちに乗船を開始いたします」
「子どもと年寄りから! 家族は離れるな! 荷物より人や! 押すな! 順番に乗れ!」
全員が一斉に動き始めた。
西郷は歩けない者を背負い、桂は周囲と逃げ道を確認し、高杉は最後尾へ回って港の奥を警戒する。
大久保は一人ずつ名簿へ印をつけ、新選組は子どもたちの手を引いた。
明智と兵士たちも、それぞれ自分たちの家族を船へ乗せていく。
心絆は人の流れの真ん中を走り回っていた。
「離れないでください!!! 家族全員で乗ります!!!」
「声デカ! でも今はそれでええ!」
「はい!!!」
リリアーナは乗り込む者たちを見守った。
その横では、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、誰一人残っていないか確かめるように港の隅々まで見渡している。
「全員乗りました!」
「ほんまに全員か!」
「全員です!」
「龍馬!」
「いつでも出せるぜよ!」
「よし! 出港や!!」
帆が上がる。
縄が解かれる。
何隻もの船が、夕暮れの港をゆっくりと離れていく。
予定より八時間早い出港だった。
「現場判断ですね」
ミレーヌが言った。
「全員そろっとるのに待つ方が危ないやろ」
「その通りです」
その時、龍馬が港を振り返った。
「勝先生!」
リリアーナも振り返る。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、同じ港へ静かに視線を向けた。
港の端に、一人の男が立っていた。
着流し姿。
静かな目。
腕を組み、何も言わず船を見送っている。
「船をたくさん用意してくれて! ありがとうございました!」
勝海舟は何も言わなかった。
ただ、遠ざかる船へ向けて、わずかに手を上げる。
龍馬も大きく手を振った。
船は少しずつ港から離れていく。
リリアーナは、遠くなっていく男を見つめた。
「……あれ、勝海舟やんな?」
ミレーヌも港を見た。
「そうですね」
「カッコよすぎですね」
「あぁ」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も何も言わず、見えなくなるまで勝海舟を見つめていた。
夕暮れの港で、勝海舟は最後まで一言も喋らなかった。
ただ、海へ出ていく船を静かに見送っていた。




