第93話 生きて帰るぞ
池田屋は、さっきまでの緊張が嘘のような笑い声に包まれていた。
「本当に午前零時ぴったりだったな!」
「姫様、戻ってしまいましたわ!」
「ガチのシンデレラじゃん!」
「笑いすぎや!」
尼僧の衣をまとったリリアーナは、小さな手で頭を抱えた。その背後には、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が、いつものように静かに立っている。
「しゃあないやろ。ほんまに午前零時やったんやから!」
また笑い声が広がった。
新選組も、幕末反乱軍も、明智も兵士たちも、その家族も笑っている。ついさっきまで刀を向け合っていたとは思えない光景だった。
リリアーナは頃合いを見て、ぱん、と手を叩いた。
「ほな、作戦の続きや」
笑い声が止まり、全員の顔がリリアーナへ向く。
「明日の夜中、港から出港する。ここにおる奴だけちゃうぞ。まだ迎えに行かなあかん家族も仲間も、全員連れてこい。荷物は持てる分だけや。欲張るな。命が一番や」
「はい!」
リリアーナは近藤を見る。
「近藤。信長に呼び出されたら、幕末反乱軍には逃げられました。それだけ伝えろ。俺らのことは喋るな」
「承知した、アニキ」
土方も隣で頷いた。
「時間は稼ぐ」
「頼む」
山南が静かに確認する。
「家族を迎えた後は、そのまま港へ向かえばよいのですね」
「せや。明日の夜中までに集合や。遅れるなよ」
「はい」
沖田がいつもの柔らかな笑顔を浮かべた。
「追手が来た場合は?」
「逃げろ」
「戦わないんですか?」
「家族連れとる時に戦えるか。守るもん抱えてる時は、勝つことより逃げ切る方が先や」
「なるほど」
「納得早いな」
リリアーナは今度は明智へ目を向けた。
「明智。お前らも、まだ迎えに行かなあかん奴がおるなら全員連れてこい」
「承知しました。兵も家族も、一人残らず確認します」
「無理に連れてくるなよ。残りたい奴は残してええ。どこで生きるかは本人に決めてもらえ」
「はい」
続いて幕末反乱軍へ顔を向ける。
「龍馬」
「任せちょけ!」
「まだ何も言うてへん」
「船じゃろ!」
「それもや!」
龍馬は待ってましたと言わんばかりに胸を張った。
「船は何隻でも用意するぜよ! 全員乗せる! 荷物も積む! 海は任せろ!」
「そこだけ急に頼もしすぎるな!」
「それが本職じゃ!」
「桂。港までの道と、追手に見つからん道を全部確認しろ」
「すでに三本見つけています。見つかった場合に隠れられる場所も確認済みです」
「仕事早っ! さすが逃げのプロや」
「褒めていますか?」
「褒めとる!」
「高杉。追手が来ても戦い始めるなよ」
「分かってる」
「ほんまか?」
「……止めるだけにする」
「今の間なんやねん」
「高杉さん!!!」
心絆がすぐ横から叫んだ。
「死なないでください!!! 兵も死なせないでください!!!」
「分かってる! 近い!」
「本当ですね!!!」
「耳元で確認すんな!」
「西郷。子どもと年寄り頼む」
「任せてください。歩けない者は私が背負います」
「何人までいける?」
「必要なだけ」
「頼もしすぎるわ!」
「大久保。人数、食料、水、全部まとめろ」
「すでに始めています。家族ごとの名簿も作成します。船ごとの人数も先に割り振ります」
「話早い奴好きやわ」
「必要ですから」
ミレーヌも黒革手帖へ次々と書き込んでいた。
「清司さん。全員が家族と仲間を連れてくるとなれば、かなりの人数になります」
「せやな」
「船へ乗る順番も決めます」
「子どもと年寄りが先や。荷物より人。一人でも足りんかったら出港せぇへん」
「記録しました」
その時、心絆が勢いよく手を挙げた。
「お兄ちゃん!!!」
「なんや」
「私も友達みんな迎えに行ってきます!!!」
「多いな!」
「全員連れてきます!!! 一人も置いていきません!!!」
「来たい奴だけやぞ。荷物も持てる分だけや」
「分かりましたぁぁぁ!!!」
「うるさっ!」
池田屋に少しだけ笑いが戻った。
リリアーナは、その場に集まった者たちをゆっくりと見渡した。
アウトテルリッチの戦いで捕らえた兵士たちと、その家族。
明智と、その兵士たち。
龍馬、桂、高杉、西郷、大久保、心絆たち幕末反乱軍。
近藤、土方、沖田、山南たち新選組。
子どもも、親も、仲間もいる。
誰もが今、自分の大切な人を迎えに行こうとしていた。
「お前ら、最後に一つだけ言う」
池田屋が静まり返る。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司がゆっくりと顔を上げ、リリアーナの姿へ深く重なった。
「お前らの素晴らしい能力は、もう知っとる。俺のオヤジも、お前らなら歓迎する。この国で誰かに支配されとるには、もったいない奴ばっかりや」
全員が黙ってリリアーナを見ている。
「俺らは天下取りに来たんちゃう。人を助けに来たんや。せやから、誰一人置いていかん」
リリアーナは、にっと笑った。
「やから生きて、逃げ切るぞ!!」
「はい!!!!」
池田屋が揺れた。
その中でも、心絆の声だけが一段大きかった。
「ほな、迎えにいってこい!!」
「はい!!!!」
近藤たち新選組が立ち上がる。
龍馬たち幕末反乱軍も立つ。
明智と兵士たちも、それぞれ大切な者の名前を確認しながら戸口へ向かった。
敵だった者も、反乱を起こした者も、命令に従うしかなかった者も、今は同じ目的で一斉に走り出していく。
明日の夜中。
もう一度、全員で生きて会うために。




