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任侠の若頭だった俺、なぜか乙女ゲームのヒロインになりました――ふわ姫若頭  作者: 夜嶋朔
第二章 日本編

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第92話 新選組の本音

「ほな」


 清司は刀を肩に担いだまま、正座する近藤たちの前へ深く腰を落とした。


「話きこか」


 近藤、土方、沖田、山南は、黙って清司を見た。


 龍馬、高杉、桂、西郷、大久保も、誰ひとり口を開かない。


 さっきまで怒号と拳が飛び交っていた池田屋が、急に静まり返った。


 抜き身の刀は、もう誰の手にもなかった。


 それを確かめてから、清司が立ち上がる。


 バルドが壁際へ手を差し出した。


「お預かりいたします」


「あぁ」


 清司は刀を渡し、その場に胡座をかいた。


 バルドは刀を壁へ立てかけると、清司の横へ脇息を置く。


 清司は何も言わず、そこへ片肘を預けた。


 続けてバルドが、織田信長との商いのために持ってきた煙草を差し出す。


「一本もらうで」


「どうぞ」


 清司が煙草をくわえると、バルドは静かに火をつけた。


 長い指で煙草を挟む。


 黒い袖口から覗く手首も、口元へ運ぶ動きも、前世と変わらなかった。


 一口吸って、ゆっくり吐く。


 煙の向こうで、目だけが近藤へ向いた。


「なんで織田信長に従っとる」


 近藤は膝の上で拳を握った。


「従わなければ、家族が殺される」


 龍馬たちの顔から笑みが消えた。


 清司の指が止まる。


 先ほどまで刀を握っていた近藤の手は、今、膝の上で白くなるほど握り込まれていた。


 土方が俯いたまま続ける。


「俺たちだけなら、いくらでも逆らえた。だが、隊士の親も兄弟も、妻も子も、すべて向こうに押さえられている」


「人質か」


「あぁ」


 沖田が笑った。


 けれど、いつもの軽い笑い方ではなかった。


「命令を聞かなかった人は、本当に殺されたよ」


 清司は何も言わず、煙草の灰を落とした。


 妻も子も。


 その言葉だけが、耳に残っていた。


 守りたい相手がいることを、逆らえない理由にされる。


 清司は近藤から目を逸らさず、続きを待った。


 山南が静かに口を開く。


「新選組は今、織田信長の命令で動く実働部隊です。逆らう者を捕らえ、逃げた者を連れ戻し、必要なら斬る」


「そんなん、お前らがやりたいことちゃうやろ」


「違います」


 近藤はすぐに答えた。


「だが、守るためには従うしかなかった」


 清司は近藤たちを順番に見た。


「日本に不満はあるんか」


 四人は黙った。


「ないんやったら帰れ。あるんやったら言え」


 土方が顔を上げる。


「あります」


「ほな言え」


「腹を空かせた子供がいる。病にかかっても、医者に診てもらえない者がいる。農民は作った米を奪われ、侍は人を斬ることでしか生きられない」


 近藤が続けた。


「それでも、上にいる者たちは国は平和だと言っている」


 沖田の笑顔が消える。


「僕たちも、見て見ぬふりをしてきた」


 山南は膝の上で手を握った。


「変えたいと思っていました。ですが、誰かが立ち上がれば、その家族から殺される」


 池田屋の中に、誰かが息を飲む音が響いた。


 清司は、四人の顔を見ていた。


 言葉が途切れても、急かさない。


 近藤の拳が少し緩み、土方が息を吐いた。


 その横で、アレクシスが小さく首を傾げる。


「リリアーナは、いつ戻るの?」


「今聞くな」


「気になって」


「あとにせぇ」


「うん」


 アレクシスは素直に黙った。


 龍馬が新選組を見つめる。


「おまんら、そんなこと思うちょったがか」


「思っていた」


 近藤が答えると、桂が眉を寄せた。


「なら、なぜ今まで何も言わなかった」


「お前たちを信用していなかったからだ」


「なんだと」


「お前たちも、俺たちを信用していなかっただろう」


 桂は口を閉じた。


 清司は、二人の間へ口を挟まなかった。


 桂が視線を落とし、近藤もそれ以上は言わない。


 互いに相手だけを責める言葉が、そこで止まった。


 高杉が腕を組む。


「それはそうだが、お前ら今までそんなまともな喋り方してなかっただろ」


「江戸っ子弁ちゃうやん」


 清司が言うと、新選組は揃って目を逸らした。


 土方が小さく答える。


「わざとです」


「何が」


「頭が悪そうに見せていました」


「なんでやねん」


「情報を集めるためです」


 沖田がにこりと笑う。


「馬鹿だと思われている方が、みんなよく喋るからね」


「お前ら、ずっと演技しとったんかい」


「はい」


「腹立つな」


 龍馬が吹き出し、高杉も肩を震わせた。


 張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩む。


 沖田の笑みも、今度は先ほどより自然だった。


 近藤はもう一度、清司へ向き直った。


「俺たちは、日本を変えたい」


 清司は煙草をくわえたまま、何も言わない。


「もう誰かの家族を人質にして、言うことを聞かせる国にはしたくない。子供が腹を空かせ、病人が放っておかれ、侍が人を斬るしかない国にもしたくない」


 土方も頭を下げた。


「だが、俺たちだけでは何もできなかった」


 沖田と山南も続いて頭を下げる。


「頼む」


 近藤の額が畳についた。


「俺たちと家族を、リュミエール国へ連れていってくれ」


 龍馬たちが目を見開いた。


 近藤は顔を上げなかった。


 膝の上にあった両手が、今は畳についている。


 清司は黙ったまま煙を吐く。


 視線が、四人の向こうへ動いた。


 家族を抱き寄せた者たちがいる。


 ようやく同じ膳を囲めた者たちがいる。


 近藤たちも、そこへ家族と座りたいのだろう。


「……あと何分?」


「黙っとれ」


「うん」


 アレクシスは、また素直に黙った。


 清司は煙草を灰皿へ押しつけた。


「家族、何人おる」


 近藤が顔を上げる。


「全員合わせれば、かなりの数になる」


「数聞いとんねん」


「まだ正確には分からない」


「ほな調べろ」


 近藤たちが息を止めた。


「連れてったる」


「本当か!」


「ただし」


 清司は近藤を真っすぐ見た。


「リュミエール国に来たら、もう誰も斬るな」


「……あぁ」


「命令されたからいうて、人を殺すんもなしや」


「あぁ」


「家族守りたいんやったら、まず自分らが真っ当に生きろ」


 近藤は強く頷いた。


「分かった」


 清司は、その返事を聞いてから顔を動かした。


 今度は、船を出せる者を見る。


「船、出せるか」


 龍馬が笑った。


「何隻でも出すぜよ」


 清司が、僅かに頷く。


 龍馬はもう近藤たちを見ていた。


 家族の人数を確かめる相手と、迎えに行く者が繋がった。


「桂」


「なんだ」


「仲良うせぇ」


「誰とだ」


「新選組とや」


 桂と土方が同時に顔をしかめた。


「無理だ」


「無理です」


「声そろっとるやん」


「そろっていない」


「そろってません」


「そろっとるやろ」


 高杉が腹を抱えて笑い、西郷と大久保もつられて笑った。


 その時、部屋の隅から小さな声が聞こえる。


「やっと……」


 麗聖子が、ぽろぽろと涙を流していた。


「やっと、みんな本当のこと言ったよぉぉぉ!!」


「うるさっ!」


「だってぇぇぇ!!」


「まだうるさい!」


 亜井心絆が両手を強く握った。


「素晴らしいです!!!」


「声デカッ!」


「皆さんの勇気に感動しました!!!」


「鼓膜割れるわ!」


 池田屋に大きな笑い声が響いた。


 新選組も。


 幕末反乱軍も。


 同じ場所で笑っていた。


 近藤が目元へ手をやり、土方は俯いたまま口元を緩める。


 さっきまで母親へしがみついていた子どもが、その顔を覗き込んだ。


 もう、誰も刀へ手を伸ばさない。


 清司は脇息へ片肘を預けたまま、その様子を見つめる。


 誰も殺さず。


 誰も斬らず。


 敵だった者同士が、ようやく同じ場所へ座った。


 伏せ気味だった目が、少しだけ和らいだ。


 その時。


 遠くで鐘が鳴った。


 午前零時。


 清司の体が淡い光に包まれる。


「お」


 黒スーツ姿が消えた。


 次の瞬間、脇息へ片肘を預けたまま座っていたのは、尼僧の衣をまとい、金髪を布で隠したリリアーナだった。


 大きかった手が、小さくなる。


 脇息の高さも、預けた肘には少し合わなくなった。


 その背後には、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が立っている。


「戻った」


 アレクシスが嬉しそうに言った。


「ずっとそれ気にしとったんかい!」


「うん」


「マジでシンデレラやないかい!!」


 池田屋に、また大きな笑い声が響いた。


 ほんの少し前まで。


 新選組全員を正座させ。


 脇息へ片肘を預け。


 煙草を吸いながら、彼らの話を聞いていた男は。


 午前零時ぴったりに。


 尼僧姿の姫へ戻った。


 けれど。


 新選組がリリアーナを見る目は、もう変わっていた。


 近藤は、小さくなったその姿へ向き直る。


 驚きはあった。


 だが、先ほど交わした約束を疑う顔ではなかった。


 姿が戻っても。


 彼らが見ていたのは、自分たちを殴り倒し、話を聞き、家族ごと救うと言ったアニキだった。


 幕末反乱軍も、リリアーナを見つめていた。


 けれど。


 彼らが見ていたのは、アニキではない。


 敵だった者まで懐へ入れ。


 誰も殺さず。


 新しい道を示した。


 人をまとめる若頭だった。


 金髪を隠し。


 尼僧の衣をまとっていても。


 そこにいるのは、もうただの姫ではなかった。

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