第9話 報連相!
翌日。
リリアーナの部屋。
バルドが静かに扉を開けた。
「リリアーナ!!」
「リリアーナ!」
エリオットとレオンだった。
「朝から元気やな」
「会いに来た!」
「俺も!」
「見たら分かるわ」
二人は当然のように部屋へ入ってきた。
「今日は僕がこっち!」
「俺もこっち!」
「片方しか座られへんやろ」
「昨日はエリオットが右だった!」
「だから今日は俺!」
「ちゃんと順番決めとるんか」
「仲良しだから!」
「俺も仲良し!」
「仲良いんか悪いんか分からんな」
「仲良しだよ☆」
「便利に使うな、その言葉」
レオンがリリアーナの右隣へ座った。
エリオットは反対側へ椅子を寄せる。
「近い近い」
「遠いと話しにくい!」
「俺も!」
「お前ら声でかいから廊下でも聞こえるわ」
「今日は何するの?」
「俺も何かする!」
「お前ら仕事ないんか」
「あるよ!」
「俺もある!」
「ほな行けや」
「あとで行く!」
「俺もあとで!」
「先に行け」
「リリアーナに会ってから!」
「俺も!」
「仕事前に寄る場所ちゃうねん」
ミレーヌが静かに手帳を開いた。
「本日も賑やかですね」
「毎日これやったら体より先に頭が疲れるわ」
「訪問記録をつけておきます」
「何の記録や」
「ロイヤルフラグメントの皆様が、何時に来られたか」
「全員来る前提なん怖いな」
「僕は毎日来るよ!」
「俺も!」
「仕事せえ」
その時。
扉が二度、軽く叩かれた。
バルドが静かに扉を開ける。
「失礼するよ」
ルシアンだった。
昨日とは違い、両腕いっぱいに資料を抱えている。
「今日は普通なんやな」
「昨日、普通に来いって言われたから」
「そこ覚えとったんか」
「僕は覚えるのが早いからね」
「昨日の今日やぞ」
「早いでしょ?」
「基準が低いねん」
「あっ、ルシアン!」
「ルシアンも来た!」
「二人もいたんだ」
「いた!」
「俺もいた!」
「見たら分かるよ」
「お前が一番まともみたいに言うな」
ルシアンは資料を机へ置いた。
「昨日の北方街道の件、調べてきたよ」
「もう調べたんか」
「無駄が嫌いだからね」
「そこは有能やな」
「褒めた?」
「少しな」
ルシアンの顔が明るくなる。
「最高ぉう!」
「結局それ言うんかい」
「氷の翼は言ってないよ」
「我慢したみたいに言うな」
「昨日、帰れって言われたから」
「今日は帰れとは言うてへん」
「じゃあ、いていい?」
「報告終わるまではな」
「やった!」
「公爵が姫の部屋におれるだけで喜ぶな」
「仲良しだから」
「お前まで使うんか」
「仲良しだよ☆」
「増やすな」
「俺も仲良し!」
「聞いてへん」
ルシアンはリリアーナの正面へ座った。
「街道が傷んでいるのは、北方領の南側」
「原因は」
「雪解け水だよ。地面が緩んで、荷馬車の車輪が沈んでる」
「いつからや」
「十日くらい前」
「十日も放っとったんか」
「補修は始めてたよ」
「領内の人間だけで?」
「うん」
「人手は足りとるんか」
「足りてない」
「足りてへんのに、なんで誰にも言わんねん」
「僕の領地の中で終わると思ったから」
「終わってへんやろ」
「うん」
「昨日話した報連相、もう実践しとるか?」
「してるよ」
「言うてみ」
「報告、連絡、相談」
「ほうれん草!」
エリオットが割り込んだ。
「ほうれん草!」
レオンも続いた。
「お前らまでなんやねん」
ルシアンが二人を見て笑った。
「野菜だと思ったよね?」
「思った!」
「俺も!」
「お前も昨日そう思っとったやろ」
「僕はもう覚えたよ」
「自覚ないんかい」
「報告、連絡、相談でしょ?」
「せや」
「ほうれん草じゃないよ」
「知っとるわ」
「二人に教えてあげただけ」
「先輩ぶるな」
「報告!」
エリオットが胸を張った。
「連絡!」
レオンも胸を張る。
「相談!」
ルシアンが得意そうに続けた。
「分かった!」
「俺も!」
「僕は昨日から知ってるよ」
「全員うるさい」
説明しよう!
報連相とは。
報告。
連絡。
相談。
現場を止めないための基本である!
問題を早く知らせる!
関係する者へ伝える!
自分だけで判断できなければ相談する!
これを怠れば判断は遅れ。
小さな問題は大きくなり。
最後に困るのは現場の人間である!
だが!
ここは乙女ゲーム風異世界!
姫と目が合えば恋愛フラグ!
手が触れれば胸が高鳴り!
冷たい公爵の心は愛で溶け!
騎士は姫のためだけに剣を振るう世界である!
そんな世界で。
報告、連絡、相談などという言葉が。
先に出てくるはずもない!
なお!
エリオットとレオンは迷わず青菜を思い浮かべ!
ルシアンは自分も昨日まで同じだったことを。
完全に忘れている!
「それで」
リリアーナは資料へ視線を落とした。
「王都までの輸送は」
「通常より三日遅れてる」
「食料は足りとるんか」
「今のところは」
「その言い方は足りんようになる言い方やな」
「北方領の倉には二週間分あるよ」
「王都側は」
「一週間分くらい」
「少ないな」
「少ない?」
「街道が止まったら、一週間で終わりやろ」
「でも、今までは止まったことがないよ」
「今まで大丈夫やったから、これからも大丈夫とは限らん」
ルシアンが黙った。
エリオットとレオンも口を閉じる。
「道が傷んだら荷が遅れる」
リリアーナは資料を指で叩いた。
「荷が遅れたら食料の値が上がる」
「うん」
「値が上がったら、買われへん人間が出る」
「うん」
「腹が減ったら治安が荒れる」
「……うん」
「これはお前の領地だけの問題ちゃう」
ルシアンは真っ直ぐリリアーナを見た。
「国の問題?」
「せや」
「道が一本止まっただけで食料が届かんようになるなら、道だけ直して終わりちゃう」
「他にも問題があるの?」
「国の作り方に問題がある」
ルシアンは資料へ目を落とした。
「別の道はあるか」
「あるけど、かなり遠回りになるよ」
「荷馬車は通れるんやな」
「通れる」
「ほな、そっちも使えるように整えろ」
「二本とも?」
「一つ止まった時のためや」
「無駄じゃない?」
「止まってから慌てる方が無駄や」
「……確かに」
「倉も分けろ」
「どうして?」
「一か所に全部置いとったら、火事になった時に全部なくなる」
「あ」
「敵に狙われても終わりや」
「考えてなかった」
「今考えたらええ」
リリアーナはルシアンを見た。
「間違えたことより、直さん方があかん」
「うん」
「それ、今のうちに直しとけ」
「直すよ」
ルシアンは素直に頷いた。
冷たい公爵。
そう呼ばれている男は。
登場時に雹を降らせる。
氷の翼と叫ぶ。
発言も少し寒い。
距離は近い。
少しアホである。
だが。
話は聞く。
間違いを認める。
直せと言えば、直す。
それなら使える。
「街道の補修に必要な人員は」
「今の倍は欲しい」
「資材は」
「木材と石材が足りない」
「誰に相談する」
「王宮?」
「なんで疑問形やねん」
「今まで相談したことがなかったから」
「ほな、今日が初めてや」
「うん」
「報告に来た。次は連絡して、必要な相手に相談する」
「報連相だね」
「やっと使えてるやん」
「僕、覚えるの早いから」
「まだ言うか」
「褒めた?」
「今度は褒めてへん」
「残念」
「僕も手伝う!」
エリオットが勢いよく手を上げた。
「俺も!」
レオンも続いた。
「何を手伝うねん」
「人を集める!」
「俺は荷馬車を守る!」
「最初から仕事で答えられるやん」
「僕は王子だからね!」
「俺は騎士だから!」
「肩書きだけやなかったんやな」
「できるよ!」
エリオットが胸を張った。
「俺もできる!」レオンも胸を張る。
「同じ動きすな」
「仲良しだから!」
「俺も仲良し!」
「それで全部済ませる気やろ」
ルシアンが資料を開いた。
「じゃあ、エリオットには王宮へ人員の相談をお願いしてもいい?」
「いいよ!」
「レオンには、補修が終わるまで荷馬車の護衛をお願いしたい」
「任せて!」
「急に仕事始まったな」
「相談したよ」
ルシアンが得意そうに笑った。
「報連相だね」
「ちゃんと使えとる」
「褒めた?」
「今は褒めた」
「最高ぉう!」
「それは言うんかい」
エリオットは資料を覗き込んだ。
「この街道、僕も春に通ったよ!」
「その時はどうだった?」
「雨が降ったあと、馬車の車輪が沈みそうだった!」
リリアーナはエリオットを見た。
「それ、誰かに言うたか」
「言ってない!」
「なんでや」
「通れたから!」
「お前も同じやないか!」
「えっ」
「問題が起きてから言うんやない。起きそうな時に言え」
「報連相?」
「せや」
「覚えた!」
「ほんまやろな」
「報告、連絡、相談!」
「よし」
「俺もある!」
レオンが勢いよく手を上げた。
「何がや」
「北方街道の橋!」
「橋?」
「冬に通った時、少し軋んでた!」
「それ、誰かに言うたか」
「言ってない!」
「お前もか!」
「壊れてなかったから!」
「同じ言い訳すな!」
「ごめん!」
ルシアンがレオンを見た。
「野菜だと思ったよね?」
「今それ関係ある?!」
「少し言ってみたかった」
「お前、ほんま自覚ないな」
ミレーヌの肩が震えた。
「笑うな」
「申し訳ありません」
「絶対おもろがっとるやろ」
「非常に勉強になります」
「何がや」
ミレーヌは静かに手帳へ書き込んだ。
「王子、公爵、騎士。全員、報告不足」
「そのまま書くな」
「事実です」
「否定できんの腹立つな」
「ですが、今は皆様きちんと相談されています」
リリアーナは三人を見た。
王子。
公爵。
騎士。
本来なら国を動かす側の人間である。
肩書きだけは立派。
見た目もきらきらしている。
黙って立っていれば、乙女ゲームの攻略対象そのものだった。
だが。
一人はすぐ叫ぶ。
一人は何でも真似をする。
一人は自分の昨日を忘れて先輩ぶる。
全員。
少しずつアホである。
それでも。
大事な話になれば聞く。
必要な仕事があれば動く。
間違いを言えば認める。
それなら十分だった。
「エリオット」
「何?」
「王宮に人員と資材の相談」
「分かった!」
「レオン」
「はい!」
「橋も確認しろ。荷馬車を守るだけやない。壊れそうな場所を先に見つけろ」
「分かった!」
「ルシアン」
「何?」
「補修の状況、毎日報告」
「毎日?」
「嫌なんか」
「無駄じゃない?」
「遅れてから全部やり直す方が無駄や」
「じゃあ、毎日するよ」
「連絡先も決めろ」
「王宮と、商会と、補修をする人たち?」
「そうや」
「迷ったら相談」
「分かった」
「今度こそ、使えよ」
「報連相だね」
「せや」
「ほうれん草!」
「ほうれん草!」
「お前らは覚えてへんやろ!」
「報告、連絡、相談!」
「俺も言える!」
「ほな最初からそっち言え!」
三人が笑った。
うるさい。
朝から非常にうるさい。
だが。
昨日まで誰にも知らされていなかった街道の問題が。
今は王子と公爵と騎士の仕事になっている。
一人で抱えていた問題が。
報告され。
連絡され。
相談された。
それだけで。
現場は少し前へ進んだ。
「それじゃあ、行ってくる!」
エリオットが立ち上がった。
「俺も!」レオンも立ち上がる。
「やっと仕事行くんか」
「終わったらまた来る!」
「俺も!」
「真っ直ぐ帰れ」
「仲良しだから!」
「俺も仲良し!」
「意味分からん」
ルシアンも資料を抱えて立ち上がった。
「僕も戻るね」
「おう」
「明日も報告に来るよ」
「叫ばんと来いよ」
「分かった」
「絶対やぞ」
バルドが静かに扉を開ける。
ルシアンは廊下へ出る直前で振り返った。
「氷の翼ぁ!!」
「言うな!」
「報告完了ぉう!!」
「帰れ!」
「また明日ね!」
ルシアンは満足そうに部屋を出ていった。
「ルシアン、元気だね!」
「俺も元気!」
「張り合うな」
「僕たちも行ってくる!」
「俺も!」
「お前らはほんまに仕事してこい」
「分かった!」
「任せて!」
二人は仲良く並んで部屋を出ていった。
バルドが静かに扉を閉める。
部屋に静けさが戻った。
「……疲れた」
「朝から大変でしたね」
ミレーヌは手帳を閉じた。
「三人も来るとは思わんかったわ」
「仲良しですので」
「本人申告やろ」
「ですが、連携は取れていました」
「最後だけな」
「立派な現場復帰です」
「王子を王子に、公爵を公爵に、騎士を騎士に戻しただけやぞ」
「それが難しい世界ですので」
「ほんま、何しに転生してきたんやろな」
「国を立て直すためでは?」
「姫の仕事ちゃうやろ」
「恋愛より向いております」
「否定できんの腹立つな」
リリアーナは机の資料へ手を伸ばした。
「北方街道を使ってる商会、何社ある」
「資料によれば五社です」
「荷馬車の数は」
「こちらに」
「扱っとる商品も出せるか」
「食料、木材、石材、布地、薬草です」
「食料だけやないな」
「街道が止まれば、王都の工事や治療にも影響します」
「やっぱり物流は国の血管やな」
「血管?」
「止まったら全部死ぬ」
ミレーヌの表情が引き締まった。
「商会の責任者を呼べ」
「全員ですか?」
「まず一番大きいところや」
「分かりました」
「現場で荷を運んどる奴の話も聞きたい」
「商会長だけではなく?」
「上の人間は数字を見る。荷馬車を動かしとる奴は道を見る」
「両方必要ですね」
「せや」
ミレーヌは新しい頁を開いた。
「商会の名前は、アルバート商会です」
「アルバート?」
「王都最大の商会です」
「乙女ゲームっぽい名前やな」
「商会長は若く、美しく、独身とのことです」
「いらん情報入ってきたな」
「攻略対象かもしれません」
「絶対呼ぶな」
「ですが、物流の確認が」
「くそっ」
恋愛フラグを避ければ。
現場が止まる。
現場を動かせば。
恋愛フラグが来る。
最悪である。
「呼びますか?」
ミレーヌが聞いた。
リリアーナはしばらく黙った。
「……呼べ」
「かしこまりました」
「仕事の話だけやぞ」
「もちろんです」
「花とか持ってきたら帰らせろ」
「商談用の贈答品かもしれません」
「余計ややこしいわ」
窓の外では。
城下へ続く街道を。
何台もの荷馬車が走っていた。
道が止まれば。
荷が止まる。
荷が止まれば。
国が止まる。
恋愛イベントではない。
これは。
現場案件である。
そして翌日。
王都最大の商会から。
きらきらした男がやって来ることになった。




