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ふわ姫若頭 〜恋愛フラグを全部現場復帰させたら、女王ルートが開きました〜  作者: 夜嶋朔
第一章 王宮現場復帰編

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第9話 ほうれん草

「北方街道の件は、確かに問題があります」


ルシアンは静かに言った。


「ですが、王宮に報告するほどのことではありません」


「それが無駄です」


「……何?」


清司は姫スマを浮かべたまま、言った。


「問題が小さいうちに報告しないから、大きくなってから人が死ぬのです」


部屋の空気が、少し変わった。


ミレーヌも、そこで笑うのをやめた。


清司の声が、少し低くなったからだ。


姫の声なのに。


言葉の奥に、清司が出ている。


横に立つ黒スーツの清司も、同じ目でルシアンを見ていた。


「道が傷めば、食料が遅れます」


「……」


「食料が遅れれば、値が上がります」


「……」


「値が上がれば、民が削られます」


「……」


「民が削られれば、治安が荒れます」


清司は、まっすぐルシアンを見た。


「それを、報告するほどのことではないで済ませるのは、無駄です」


ルシアンは黙った。


清司は、さらに続けた。


「それは、報連相不足です」


ルシアンの眉が、わずかに動いた。


「……ほうれんそう、とは何でしょうか」


清司も止まった。


ミレーヌの筆も止まった。


横に立つ黒スーツの清司だけが、半目になった。


「通じへんのかい」


説明しよう!


報連相とは、報告・連絡・相談を合わせた、現場における基本行動である!


問題を早く知らせる!

関係者へ伝える!

迷ったら相談する!


この三つを怠れば、現場は乱れ、判断は遅れ、最悪の場合、人が死ぬ!


だが!


ここは乙女ゲーム風異世界!


姫と王子が見つめ合えば恋愛フラグが立ち、冷たい公爵の氷は愛で溶ける世界である!


そんな世界に、報連相などという現場用語が通じるはずもない!


なお!


ルシアンが一瞬、青菜の話だと思ったことは否めなかった!


「報告、連絡、相談のことです。野菜の話ではありません」


「野菜だとは思っていません」


「少し思いましたよね」


「思っていません」


ルシアンは、氷のような顔で言った。


だが、その沈黙が一拍だけ長かった。


そして、彼は静かに続けた。


「ですが、根を張る前に摘むべき問題、という意味では、近いかもしれませんね」


部屋の空気が止まった。


清司は、ゆっくりとルシアンを見た。


「……今の」


「何でしょう」


「ほうれん草にかけたんか」


「いけませんか」


清司は、心底嫌そうに言った。


「うわ、さぶ」


黒スーツの清司も、同じ顔で固まっていた。


こいつ、まじか。


冷たい公爵とは聞いていた。


だが、発言まで冷やしてくるとは聞いていない。


ミレーヌは、無言で手帳に書き込んだ。


『冷たい公爵、寒い』


「それは書いていい」


「よろしいのですか」


「事実や」


ルシアンは、少しだけ眉をひそめた。


「寒いのは、北方の気候です」


清司は、さらに嫌そうな顔をした。


「そういうとこやぞ」


登場で気温を下げ、発言でさらに冷やしてくる。


冷たい公爵とは、どうやら態度だけの話ではないらしい。


「つまり、その報連相とは」


ルシアンは、何事もなかったように話を戻した。


強い。


「問題を抱え込まず、必要な相手へ早く伝えることです」


リリアーナは、姫らしく微笑んだ。


「報告。連絡。相談。この三つです」


ルシアンは、少し黙った。


「……それは」


「はい」


「確かに、足りていませんでした」


清司は、その顔を見た。


今度は、世界観を広げている顔ではなかった。


聞いている顔だった。


この男は、まだ聞く耳がある。


冷たいのは腹立つ。


寒いのも腹立つ。


痛いのも腹立つ。


無駄にかっこつけるのも腹立つ。


だが、聞けるなら使える。


「姫君」


ルシアンは、低く言った。


「あなたは、本当に何者ですか」


来た。


面倒な質問である。


清司は微笑んだ。


「リリアーナ・リュミエールです」


嘘ではない。


今は。


ルシアンは、その答えに少しだけ眉を動かした。


「では、リリアーナ姫」


「はい」


「その無駄を見直すために、何を望まれますか」


ミレーヌが、横で小さく頷いた。


うんうん。


その聞き方は良いです。


声には出していないが、顔に書いてある。


清司は内心で少し笑った。


「まず、北方街道の補修状況と、倉の在庫、王都への輸送日数を知りたいです」


「……」


「それから、実際に荷を運んでいる商会の名前も」


「商会まで」


「現場を見ないと分かりませんので」


ルシアンは、しばらく黙った。


そして、わずかに息を吐いた。


「無駄な会話のつもりで来ましたが」


「はい」


「無駄ではなかったようですね」


清司は、にこりと笑った。


「それは何よりです」


ミレーヌが横で、静かに目を伏せた。


笑っている。


絶対に笑っている。


ルシアンは立ち上がった。


「資料を用意させます」


「ありがとうございます」


「ただし」


「はい」


「姫君の体調を崩されては困ります」


「お気遣いありがとうございます」


「無理は、無駄です」


清司は一瞬止まった。


こいつ。


こっちの言葉、使ってきよった。


ミレーヌの肩が震えた。


ルシアンは、そのまま礼をした。


「では、本日はこれで失礼します」


「ごきげんよう、公爵様」


ルシアンが部屋を出ていく。


扉が閉まった。


数秒、沈黙が落ちた。


そしてミレーヌが、静かに口を開いた。


「冷たい公爵、思ったより世界観が強かったですね」


「強すぎるやろ」


「氷の翼でした」


「思い出させるな」


「ダークコールドもありました」


「追い打ちすな」


「でも、少し分かりました」


「何がや」


「あの方、冷たいというより、自己演出が独特ですね」


「独特で済ますな」


「プライドの高い人見知りに、中二病が乗っています」


「最悪の盛り合わせやな」


「恋愛ゲームでは強いです」


「現場では報連相不足や」


「あと」


ミレーヌは、手帳へ視線を落とした。


「寒いです」


「それはもうええ」


「いえ、重要です」


「重要か?」


「はい。氷の公爵という呼び名に、別の意味が追加されました」


「やめたれ」


「登場時の雹、発言の寒さ、北方の気候。三段構えです」


「分析すな」


清司は椅子に沈んだ。


足がだるい。

頭もだるい。


公爵の入場で部屋が寒かったせいか、精神もだるい。


「清司さん」


「なんや」


「今の、良かったです」


「何がや」


「途中から完全に清司さんでした」


「出てもうたか」


「はい。食料と道と民の話をしたところです」


「……」


「姫様の声でしたけど、言葉は清司さんでした」


「重たいこと言うな」


「すみません。でも、本当です」


美月は泣かない。


感動して黙ることもしない。


ただ、ちゃんと頷く。


それが清司には、ちょうどよかった。


「でも」


「でも?」


「寒いダジャレには弱いんですね」


「弱いんちゃう。寒かったんや」


「冷たい公爵ですので」


「お前まで乗るな」


「すみません」


「謝りながら笑うな」


ミレーヌはにこりと笑った。


やはり怖い女である。


「それにしても」


「はい」


「公爵領の物流か」


「商会の名前も出てきそうですね」


「せやな」


「商人、来ますね」


「来ますね、みたいに言うな」


「攻略対象でしょうか」


「やめろ」


「でも、あり得ます」


「なんで商人まで攻略対象やねん」


「恋愛ゲームですので」


「恋愛ゲームを万能にすな」


「しかし、清司さんが食いつきそうな職業です」


「物流は大事やからな」


「はい。恋愛より物流」


「ほんまそれや」


説明しよう!


恋愛フラグを現場復帰させるとは、単に恋愛イベントを回避することではない!


王子は王子として!

騎士は騎士として!

文官は文官として!

武官は武官として!

公爵は公爵として!


それぞれの持ち場に戻し、仕事をさせることである!


つまり!


フラグを折っているようで、仕事を増やしているのである!


なお!


一番おいたわしいのは、やはり清司の精神である!


「清司さん」


「なんや」


「今日のふわ管ですが」


「まだあるんか」


「はい。立位保持、冷たい公爵対応、室内雹、氷の翼、ダークコールド、報連相指導、ほうれん草事件、公爵領物流への関心」


「項目多いな」


「重要回ですので」


「誰目線やねん」


「読者目線です」


「メタいこと言うな」


「あと、精神疲労は強めです」


「それは分かる」


「足も限界です」


「それも分かる」


「ですので、今すぐ横になってください」


「命令か」


「管理です」


「怖い女やな」


「味方です」


「そこが怖いねん」


清司は渋々、寝台へ移った。


立つことすら鍛錬中の体で、冷たい公爵と政治の話をするのは、やはり無理がある。


だが、収穫はあった。


ルシアン・ヴァルモント。


冷たい公爵。

プライドは高い。

中二病。

無駄を嫌う。

報連相が足りない。

発言が寒い。

だが、話は聞く。


そして、北方街道と食料流通に問題がある。


恋愛イベントではない。


これは、現場案件である。


清司は、布団に沈みながら小さく息を吐いた。


「ミレーヌ」


「はい」


「あの公爵」


「はい」


「報連相が足りん」


「同感です」


「冷たいとか言う前に、まず報告や」


「その通りです」


「無駄が嫌いなら、報告漏れを無駄と思え」


「非常に正しいです」


ミレーヌは手帳に何かを書き込んだ。


「何書いてんねん」


「冷たい公爵、報連相不足」


「そのまま書くな」


「あと、ほうれん草に反応」


「それは書かんでええ」


「重要です」


「青菜やぞ」


「異世界では初出語ですので」


「異世界初出語を野菜から始めるな」


「現場復帰先は、公爵業務ですね」


「公爵を公爵に戻すんか」


「はい」


「当たり前のことが一番むずいな」


「恋愛ゲームですので」


「ほんま、しつこい世界やな」


窓の外では、午後の光が静かに揺れていた。


城は相変わらず、無駄にきらきらしている。


王子も騎士も公爵も、全員きらきらしている。


だが。


そのきらきらの下には、道があり、倉があり、食料があり、民がいる。


そこを見ずに、恋だの愛だの言っている場合ではない。


清司は目を閉じた。


ふわ姫の体は、今日も弱い。


だが、見えるものは増えてきた。


恋愛フラグが増えるたびに、仕事も増える。


最悪である。


しかし、持ち場に戻せば国は回る。


それが一番、腹立つほど正しい。


おいたわしい。


いや、違う。


おいたわしいのは、今日も清司の精神である。

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