第87話 本能寺が変
本能寺。
夜の闇の中、無数の松明を持った兵たちが寺を取り囲んでいた。
「火を放て!」
「待てぇ!!」
リリアーナの声が響き、兵たちが一斉に振り返る。
そこへ飛び込んできたのは、リリアーナ、ミレーヌ、バルド。桂小五郎、高杉晋作、西郷隆盛、大久保利通、坂本龍馬、心絆たち幕末反乱軍。そしてレイナ、パード、スギナ、キルナたちだった。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、リリアーナの横を走りながら刀へ手をかけている。
「何者だ!」
「説明は後や! 明智光秀どこ!」
「ここだ」
兵たちの奥から、明智光秀がゆっくりと前へ出た。
「なぜここへ来た」
「明智光秀! 話聞け!」
「聞く気はありません」
「早っ!」
明智光秀は刀へ手をかけ、リリアーナを睨んだ。
「殿は、もう止められない。兵も民も、すべて自分の駒として使っている。だから私が――」
「話長なるな」
「何?」
「レイナ」
「はい、姫様」
「寝かせて」
「承知しましたわ」
レイナが指を鳴らした。
ぱちん。
「……え」
明智光秀の目が閉じ、その身体がどさりと地面へ倒れた。
「寝た! よし! 撤収!」
「話し合いは!?」
「長なる!」
「まだ大義の途中だぞ!」
「起きてから聞く!」
兵たちが一斉にざわめいた。
「光秀様!」
「どこへ連れていく!」
「殺さん! 起きてから話すだけや! 西郷!」
「はい」
「明智光秀頼む」
「承知しました」
西郷隆盛は眠った明智光秀を軽々と肩へ担いだ。
「軽かですね」
「どこがや!」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司は、明智光秀へ駆け寄ろうとした兵の前へ回り込み、その刀を抜いた。
兵たちの足が止まる。
「……あなた方は、光秀様を斬らなかった」
「俺らは止めに来ただけや。兵も殺さん。本能寺も燃やさん」
一人の兵が、ゆっくりと刀を下ろした。
「俺たちも、光秀様を止めたかった。止められなかっただけだ」
その言葉をきっかけに、一人、また一人と刀が下がっていく。
「俺も行く!」
「俺も!」
「俺もだ!」
「ほな来い! 明智光秀も、お前らも、全員生きて話すぞ!」
「はい!!」
「スタコラサッサや!」
「火を放て!」
まだ残っていた兵が松明を掲げた。
その前へ式神が出る。
「駄目だ」
ぱしゃ。
水が走り、火が消えた。
「え?」
別の兵が慌てて松明を掲げる。
ぱしゃ。
また消える。
「全部消せ!」
「任せよ」
ぱしゃ! ぱしゃ! ぱしゃ!
次々と水が飛び、辺りを照らしていた松明の火がすべて消えた。
「真っ暗だ!」
「今や! 逃げろ!」
桂小五郎が裏道を指した。
「こちらです! 二列で進んでください! 押さない! 転ばない! 怪我人と子どもを先に!」
「さすが逃げのプロや!」
「褒めていますか?」
「褒めとる!」
大久保利通もすぐに人の流れを確認する。
「怪我人はこちら! 水はこちらです! 動ける者は後ろを手伝ってください!」
「仕事早っ!」
龍馬も勢いよく手を上げた。
「船は――」
「船ちゃう! 裏道や!」
「そうじゃった!」
「海好きすぎるねん!」
その時、一人の兵がアレクシスへ斬りかかった。
「止まれ」
兵の身体がぴたりと止まる。
アレクシスは少し困ったように兵を見上げた。
「剣を落として」
からん。
刀が地面へ落ちる。
「もういいよ。逃げたいなら行って」
術が解けた瞬間、兵は驚いた顔で自分の身体を確かめたあと、刀を拾うことなく裏道へ走っていった。
「ちゃんと逃げた!」
「喜んどる場合ちゃう! アレクシスも走れ!」
「うん!」
「よし! 撤収や!」
全員が一斉に裏道へ走り出した。
リリアーナも続こうとして――三歩で止まった。
「……あかん」
「姫様」
バルドがすぐに前へ出た。
「失礼いたします」
ひょい。
リリアーナの身体が持ち上がり、そのままバルドの背中へ乗せられる。
「お、おんぶ!?」
「このお身体では、皆様について走れません」
「すまん!」
「お気になさらないでください」
チリン。
「撤収いたします」
「鈴鳴らして言うことちゃう!」
バルドが走り出した。
「速っ!」
「姫様、しっかりおつかまりください」
「あ、あぁ!」
その横を、西郷隆盛も明智光秀を肩へ担いだまま走っていく。
「速っ! 明智光秀落ちへん!?」
「大丈夫です」
「頼もしすぎるわ!」
レイナ、パード、スギナ、キルナも続く。
「姫様! 絶対置いていきませんわ!」
「星々も撤退を――」
「走れ!」
「若頭!」
キルナが走りながら西郷の肩の明智光秀を見る。
「こいつ連れてってどうすんだ!」
「起きてから話聞く!」
「雑!」
最後尾では、心絆が走りながら全員へ声を張り上げていた。
「全員!!! 死なないでください!!!」
「声デカ!!」
「生きて帰るまでが革命です!!! もっと走ってください!!!」
「耳元で叫ぶな!!」
こうして、信長を討つために本能寺を囲んでいた兵たちは刀を置き、眠ったまま西郷隆盛に担がれていく明智光秀を追い、全員で裏道を走った。
松明は消えた。
本能寺には、火の手ひとつ上がらなかった。
本能寺の変。
未遂。
首謀者、睡眠中。




