第86話 生きて帰す
隠れ家の机に地図が広げられ、桂小五郎が本能寺の位置へ指を置いた。
「本能寺はここです。道は三つ。広い道、山道、細い裏道です」
リリアーナは地図をのぞき込んだ。
「逃げ道は?」
「裏道です」
「よし。最初に逃げ道作るぞ」
高杉晋作が眉を上げた。
「戦う前から逃げるのか」
「逃げ道ない戦は、ただの自殺や」
「……なるほど」
「納得早いな」
ミレーヌも黒革手帖を開き、地図と照らし合わせながら確認する。
「明智光秀の兵の数は分かりません。でも、大勢来ると思った方がいいです」
「正面から戦うんはなしや」
「なぜですか?」
「兵は命令されとるだけや。殺さん。止めるだけや」
心絆が拳を握った。
「素晴らしいです!!!」
「声デカ!!」
桂が再び地図を指した。
「では、山道で兵を止めます。裏道から信長を逃がし、本能寺には少ない人数で入る」
「それでいこ」
ミレーヌが黒革手帖へ書き込んでいく。
「三つに分けます。止める班、助ける班、逃がす班」
「分かりやすいな」
リリアーナは地図を見ながら、一人ずつ役割を振り始めた。
「まず桂。逃げ道を作れ」
「任せてください。隠れる場所も用意します」
「さすが逃げのプロや」
「褒めていますか?」
「褒めとる」
続いてミレーヌを見る。
「ミレーヌ、全部まとめろ。誰がどこにおるか、次に何するか、間違えんようにしろ」
「分かりました。清司さんが勝手に動いた場合は?」
「俺も書いとけ」
「一番注意が必要ですね」
「なんでや!」
「龍馬、伝令や」
「任せちょけ!」
「船はいらんぞ」
「まだ何も言うてない!」
「海へ行きそうな顔しとる」
「どんな顔じゃ!」
龍馬が不満そうに眉を寄せる横で、リリアーナは高杉へ視線を移した。
「高杉、兵を止めろ」
「任せろ」
「殺すなよ」
「分かってる」
「ほんまか?」
「……たぶん」
「高杉さん!!!」
心絆の大声が隠れ家に響いた。
「死なないでください!!!」
「俺だけ!?」
「兵も死なせないでください!!!」
「声デカ!!」
「西郷、正面で受け止めてくれ」
西郷隆盛は落ち着いて頷いた。
「押し返すだけでよかですか」
「せや。斬るな」
「承知しました」
「頼れるなぁ」
「任せてください」
「大久保、人数を数えろ。食料、水、逃げた後の場所、全部や」
大久保利通はすでに地図の余白へ必要な物を書き出していた。
「すでに考えています」
「仕事早っ!」
「必要ですから」
「話早い奴好きやわ」
リリアーナは次に、アレクシスへ顔を向けた。
「アレクシス、斬りかかってきた奴だけ操れ」
「剣を落とさせる。それだけでいい?」
「それだけや。命は取るな」
「分かった。じゃあ、剣を持てなくしたら終わりだね」
「あぁ。すぐ解いたれよ」
「うん。びっくりするもんね」
「そこ心配するんやな」
「だって急に身体が動かなくなったら怖いよ」
「優しいアホやな」
「褒めてる?」
「褒めとる」
アレクシスが嬉しそうに笑う。
「晴明、結界で道を塞げ」
「承知しました」
「式神、裏道を見ろ。信長見つけても勝手に襲うなよ」
「善処する」
「その返事やめろ!」
式神が静かに目を逸らした。
「シャーホムズ、ワトゾン。明智光秀を見ろ。なんで謀反するんか、誰かに言われたんか、本当に止められへんのか、全部調べろ」
「了解した」
「見たことも聞いたことも、すべて記録します」
そこでレイナが一歩前へ出た。
「姫様、私はどこですの?」
「後ろ」
「なぜですの?」
「殺意が強い」
「私は冷静ですわ」
言った瞬間、レイナの拳から炎が上がった。
「どこがや!」
「え、うちは?」
パードが銃を持ったまま尋ねる。
「後ろ」
「なんで?」
「銃構えとるからや」
「まだ撃ってないじゃん」
「撃つ前に止めとんねん!」
スギナが胸へ手を当てた。
「星々は、前線へ進めと――」
「後ろや」
「まだ言い終わっていません」
「言い終わる前に分かる!」
キルナは腕を組み、不満そうにリリアーナを見る。
「若頭。明智光秀、ぶっ飛ばしていい?」
「あかん」
「一発だけ」
「あかん」
「半発」
「どうやって殴るねん!」
最後に心絆が勢いよく手を挙げた。
「私は!!!」
「みんなが生きているか確認せぇ」
「はい!!! 怪我人を見つけたら!?」
「運ぶ」
「空腹の人を見つけたら!?」
「食わせる」
「泣いている人を見つけたら!?」
「一緒に走れ」
「正解です!!!」
「そこ正解なん!?」
桂は地図へ視線を戻し、最後の確認を始めた。
「兵を止める。信長を逃がす。明智光秀も殺さん。全員、生きて帰す」
「それが目的や」
「難しいですね」
「簡単やったら、俺らいらんやろ」
ミレーヌが黒革手帖を閉じた。
「作戦名は『全員、生きて帰す』」
「そのままやな」
「小学生でも分かります」
「それでええ」
リリアーナが立ち上がると、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も動き出し、その手が刀へかかった。
「ほな、本能寺の変、止めに行こか」
「はい!!!」
「声デカ!!」




