第83話 坂本龍馬
日本の港。
尼姿になったリリアーナたちは、いよいよ船を降りようとしていた。
リキュウは帳面を開き、商談用に積んできた荷を一つずつ確認していく。
「鉄砲、異国のブーツ、ガラス製品、砂糖、焼き菓子。すべてそろっています」
「よし。ほな、行こか」
リリアーナは尼の頭巾へ触れた。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、安土城を見据えたまま静かに腕を組んでいる。
その時だった。
「おー! なんじゃ、この船は! 見たことない形をしちゅう!」
隣の桟橋から、やたら明るい声が飛んできた。
全員が振り返る。
そこには、もう一隻、少し小さな船が停まっていた。
その甲板から、一人の男が身を乗り出している。
だらりと着崩した服に、無造作に伸びた髪。腰には刀を差しているが、武士というより、どこか旅人のような軽い雰囲気をまとっていた。
「異国の船か! どこから来たがじゃ!」
男は甲板から飛び降りると、こちらの返事も待たずに積荷へ近づいてきた。
「鉄砲! 見たことない形じゃのぉ! こっちは靴か! その透明な器はガラスじゃろ! ちょっと見せてくれんか!」
「距離近いな!」
リリアーナが一歩引いても、男はまったく気にせず、目を輝かせながら荷を見回している。
「異国には、まだまだ面白いもんがあるがじゃのぉ! 日本だけ見よったら、もったいないき!」
リリアーナは、男の姿を上から下まで見た。
この喋り方。
だらりとした服装。
無造作な髪。
そして、海外への異常な食いつき。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、男を見据えたまま静かに目を細めている。
「……待て」
ミレーヌが振り返った。
「どうしました?」
「この喋り、このだらっとした服装、この髪型」
リリアーナは男を指した。
「もしかして、坂本龍馬枠か?」
ミレーヌも男をじっと見る。
「可能性は高いですね」
「可能性どころか、ほぼ本人やろ!」
男はそんな二人の会話など聞こえていないように、今度は異国のブーツを持ち上げていた。
「これ、歩きやすそうじゃのぉ! 雨の日も使えるがか? 日本でも売れるぞ!」
「商売の話まで始めたで」
リキュウが男へ近づいた。
「商品へ触れる前に、お名前を伺ってもよろしいですか」
「おぉ! そういや、まだ名乗っとらんかったのぉ!」
男はようやく顔を上げ、にっと笑った。
「坂本龍馬じゃ!」
「やっぱりお前かい!!」
龍馬が首を傾げる。
「わしを知っちゅうがか?」
「知らん。今、知った」
「変な尼じゃのぉ!」
「尼ちゃうわ!」
「いや、どこから見ても尼じゃろ」
「今だけや!」
ミレーヌが真顔で頷いた。
「隠密ルートです」
「説明足すな!」
龍馬は不思議そうにリリアーナを見たあと、また積荷へ視線を戻した。
「それで、この品を日本で売るがか?」
「そうです」
リキュウが答えた。
「信長様へ、異国の品と継続した交易をご提案する予定です」
「信長に?」
龍馬の目が、さらに輝いた。
「そりゃ食いつくぞ! あの男も異国のもんが大好きじゃき!」
リリアーナとミレーヌが同時に龍馬を見る。
「会うたことあるんか」
「あるぞ。珍しい品を手に入れた時は、何度か持って行ったことがある」
「安土城にも入れるんか」
「商人としてならのぉ。わしの顔を知っちゅう者もおる」
リリアーナの目が細くなった。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、胸元へ片手を入れたまま龍馬を静かに見ている。
「ミレーヌ」
「はい」
リリアーナが声を落とした。
「こいつ、使える」
「聞こえちゅうぞ」
「耳ええな!」
龍馬が楽しそうに笑った。
「わしを使って、信長へ近づく気か?」
「……」
「隠すん下手やな、尼さん」
「尼さん言うな!」
ミレーヌは黒革手帖を開いた。
「坂本龍馬。海外好き、交易好き、信長との接触経験あり。案内役として適任ですね」
「手帖に人材評価書くな!」
「清司さんの癖が移りました」
「俺のせいにすな!」
龍馬は、リリアーナたちを順番に見た。
町娘姿のレイナ。
銃を帯へ隠しているパード。
まだ少し顔色の悪いスギナ。
袖を破ろうとして、アネイモに止められているキルナ。
静かに周囲を見るアレクシス。
シャーホムズとワトゾン。
晴明と式神。
そして、大量の異国の品。
「商売だけが目的には見えんのぉ」
リリアーナの顔から、少しだけ笑いが消えた。
「なんでそう思う」
「商人は品と金を見る。けんど、おまんらは兵の顔ばっかり見よる」
龍馬は、日本兵たちへ視線を向けた。
兵たちが息を呑む。
「こいつら、攻めてきた兵じゃろ」
「……せや」
「なんで連れて帰ってきた」
「家族迎えに行かせるためや。向こうに残っとる」
龍馬の笑顔が止まった。
「家族?」
「連れて帰りたい奴は、家族ごと俺らの国へ来たらええ。仕事も飯も住む場所も作る。無理強いはせぇへん。自分らで決めてもらう」
龍馬はしばらく何も言わなかった。
やがて、少しだけ目を細める。
「面白いことしよるのぉ」
「お前に言われたないわ」
「兵を奪うんじゃなく、兵を戦から降ろすがか」
「兵やからって、一生兵せなあかん理由ないやろ」
龍馬が笑った。
先ほどまで異国の品へ向けていた笑顔とは、少しだけ違っていた。
「気に入った」
「何がや」
「おまんらじゃ」
「勝手に気に入るな!」
「信長のところまで案内しちゃる」
「ほんまか」
「ただし、異国の話は全部聞かせてもらうき!」
「交渉条件が軽いな!」
龍馬は止まらない。
「海の向こうにはどんな国がある、どんな船がある、何を食う、どんな商売をしちゅう。全部じゃ!」
「質問多いねん!」
「交易は未来じゃ! 日本は、いつまでも閉じたままじゃいかん!」
ミレーヌが、リリアーナへ小声で言った。
「清司さん、この方、本当に坂本龍馬ですね」
「見たまんまや」
「海外、交易、開国。すべてそろっています」
「キャラ設定が親切すぎるわ!」
龍馬はもう先へ歩き始めていた。
「ほな、行くぞ! 信長に会わせちゃる!」
「待て」
リリアーナが呼び止める。
「なんじゃ」
「俺らの目的、誰にも言うなよ」
「兵の家族を迎えることか?」
「言うとるやないか!」
「安心せぇ。信長へは、異国の商人を連れてきたとしか言わん」
「話早いな」
「その代わり、城の中で見たもんは、わしにも教えてくれ」
「お前も偵察する気か」
「日本を開くには、中を知らんと始まらんき」
リリアーナは龍馬を見た。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、静かに口元を緩めている。
「ええやろ。交渉成立や」
龍馬が手を差し出した。
リリアーナは尼の袖から手を出し、その手を握る。
「変な尼じゃが、話は早いのぉ!」
「尼ちゃう言うとるやろ!」
こうして日本へ着いて早々、リリアーナたちは坂本龍馬を案内役に加え、信長の待つ安土城へ向かうことになった。
商談のために。
偵察のために。
そして、日本兵たちの家族を迎えに行く道を作るために。




