第82話 日本上陸
翌朝。
「日本です!!」
日本兵の声が船中へ響き、リリアーナは勢いよく目を開けた。
「……は?」
急いで甲板へ出ると、水平線の向こうには陸が見えていた。山が連なり、木造の建物と港、そのさらに奥まで広がる景色は、間違いなく日本だった。
「……待て」
ミレーヌが隣へ並ぶ。
「どうしました?」
「昨日、王都出たとこやんな」
「はい」
「この船、鉄ちゃん組が作ったパードらの海賊船やんな」
「そうです」
「俺、もっと何日もかかると思ってたんやけど」
「私もです」
二人は海と陸を見比べた。
「一日で着いたぞ」
「私も驚きました。何でもありですね」
「どんな世界線やねん!!」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司は甲板の先に立ち、遠くの陸を見つめていた。その眉間には、わずかに皺が寄っている。
「航海編、一日で終わったぞ。海賊船見学して、スギナが船酔いしただけやないか」
「平和でしたね」
「平和すぎるわ!」
ミレーヌは真顔で頷いた。
「思ったより、ご近所でした」
「近所ちゃう!」
チリン。
バルドが鈴を鳴らした。
「皆様、間もなく日本へ到着いたします」
「予定通りみたいに言うな!」
船はそのまま陸へ近づいていった。
木造の桟橋には武装した見張りが立ち、その向こうには瓦屋根の町が広がっている。さらに奥には、大きな城まで見えていた。
だが、清司の知る日本とは何もかもが違っている。
「ここ、日本のどこやねん」
日本兵の一人が答えた。
「安土城の近くです」
「……え?」
「安土城です」
「えぇぇぇぇぇ!?」
リリアーナは城を二度見した。刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、静かに目を細める。
「なんで一日で信長の本拠地近くまで来とんねん! 商談初日やぞ! 近すぎるわ!」
その瞬間、日本兵たちの顔色が変わった。
「早く変装してください!」
「なんや急に!」
「信長様に顔を見られた者は、必ず覚えられます。兵も商人も異国人も、一度見た顔は忘れません!」
「なんやそのラスボス能力!」
「急いでください。このままでは港へ入る前から目立ちます!」
兵たちは大慌てで大きな荷箱を開け始めた。
「皆様、こちらへ! 町人に見える衣装を用意しています!」
「準備よすぎるやろ!」
「鎖国中ですから!」
「そこだけ妙に現実的やな!」
船内へ大量の着物が運び込まれ、兵士に付き添っていた女たちが次々と髪を結い始めた。
レイナは落ち着いた色の着物へ着替え、髪も上品にまとめられた。どこから見ても、良家の町娘にしか見えない。
「おぉ。レイナは似合っとるな」
「ありがとうございます、姫様」
レイナは嬉しそうに微笑んだ。
パードは鏡を覗き込みながら、楽しそうに袖を広げる。
「え、和服かわいくない? これ普通にアリじゃん」
そのまま帯の隙間へ銃を差し込んだ。
「武器入れる場所ちゃうぞ!」
「でも入るし」
「入っても入れんな!」
「黒王子、細かすぎ」
「日本着いて即撃たれたないねん!」
キルナは袖を持ち上げ、露骨に顔をしかめた。
「この袖、クソ邪魔。切っていい?」
「切るな!」
「動きにくい」
「日本入る前に衣装壊すな!」
「敵来たら破る」
「先に破る宣言すな!」
スギナはまだ少し顔色が悪く、アネイモに身体を支えられていた。
「和の波動を感じます……」
「まだ無理に立たないでください」
「可愛すぎる町娘姿を、皆様へお見せしなければ……」
「その設定だけは死守するんやな!」
そしてミレーヌも、髪を高く結われ、華やかな飾りをつけられていた。
「どうですか?」
何事もない顔で立つミレーヌを見た瞬間、リリアーナの口元がぴくりと震えた。
「……お前、舞妓さん体験みたいやぞ」
「完全にコスプレですね」
「スンとして認めんな!」
ミレーヌは真顔のまま袖を広げる。
「せっかくなので、記念に一枚どうですか?」
「写真ないやろ!」
「絵師を呼びましょう」
「港着く前に観光始めんな!」
ミレーヌはレイナへ顔を向けた。
「レイナ嬢は、とても綺麗に似合っていますね。羨ましいです」
レイナはミレーヌを見つめ、少し首を傾げた。
「ミレーヌは……なんか変ですわね」
「レイナ嬢まで」
リリアーナはとうとう堪えきれず、横を向いた。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、片手で口元を隠したまま、わずかに肩を揺らしている。
「……あかん」
「そんなに笑うことですか?」
パードまで吹き出した。
「観光地で写真撮ってる人じゃん」
「記念撮影ですね」
ミレーヌが頷く。
「修学旅行みたいです」
「乗るな!」
「では、班行動ですね」
「勝手に班作るな! 修学旅行ちゃうねん!!」
その時、日本兵が一着の衣を持ってきた。
「姫様、こちらをお召しください」
「なんやこれ」
「尼の衣です」
「なんで俺だけ尼やねん!!!」
「金色の髪をすべて隠せます。異国の姫よりは目立ちません」
「合理的やけど嫌や! 元若頭が尼になって日本へ帰るとは思わんかったわ!」
先ほどまで笑われていたミレーヌは、仕返しのように真顔で頷いた。
「よくお似合いになると思います」
「フォローになってへん!」
「尼ルートですね。攻略対象に見つからない隠密ルートです」
「ゲームみたいに進めるな!」
レイナは尼の衣を広げた。
「姫様、きっとお美しいですわ」
「尼を褒めるな!」
パードが笑う。
「黒王子じゃなくて黒尼じゃん」
「新しい呼び方作るな!」
キルナは尼の衣を眺め、口元を上げた。
「若頭、出家したみたいでウケる」
「してへんわ!」
スギナが胸へ手を当てる。
「星々も、俗世を捨てよと――」
「絶対言うてへん!」
リリアーナは諦めて尼の衣を受け取った。
ミレーヌが声を落とす。
「薬を使いますか?」
「まだや」
リリアーナは懐に入れた小瓶へ触れた。
魂に記憶された本来の姿へ、一晩だけ戻れる薬。午前零時になれば、どこにいても現在の姿へ戻る。
そして、使えるのはたった一度だけだった。
「港へ入るだけで切り札使えるか。ここぞいう時まで置いとく」
「そうですね。イケメン化は温存ですね」
「言い方軽いねん!」
「一晩限定ですから」
「分かっとる!」
「午前零時までです」
「シンデレラ確認いらん!」
リリアーナは尼の頭巾をかぶり、金色の髪をすべて隠した。
鏡を見る。
「……なんやこれ」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も鏡を見つめたまま、静かに眉間へ皺を寄せている。
ミレーヌが鏡越しに覗き込んだ。
「意外と似合っています」
「嬉しないわ!」
「初めての尼体験ですね。修学旅行の特別行事です」
「まだ続いとったんか!」
チリン。
バルドが鈴を鳴らした。
「皆様、変装は整いました。間もなく港へ入ります」
リリアーナは尼姿のまま、遠くにそびえる安土城を見上げた。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、安土城を見据えたまま静かに腕を組んでいる。
「元若頭、人生初の尼姿で信長の城へ潜入か」
リリアーナは頭巾を直し、小さく息を吐いた。
「ほな、行こか」




