第80話 出港
王都の港では、日本へ向かう船へ商談用の品が次々に積み込まれていた。
鉄砲、異国のブーツ、珍しい布、ガラス製品、砂糖、焼き菓子、航海道具。信長へ見せるために集められた品を、リキュウが帳面を開きながら一つずつ確認していく。
「商談用の商品、食料、水、帰りにご家族を乗せる場所。すべて確保しました」
船の上では、日本兵たちが帆と縄を確かめていた。
自分たちが攻めるために乗ってきた船を、今度は家族を迎えに帰るために動かす。
「帆を上げろ! 縄を結び直せ! 帰りは人数が増えるぞ!」
兵たちの声に、もう迷いはなかった。
船には、レイナ、パード、スギナ、キルナ、アネイモ、アレクシス、シャーホムズ、ワトゾン、晴明、式神、リキュウが、すでに集まっている。
だが、一人だけまだ来ていなかった。
「姫様……」
レイナが港の入口を見つめている。
「え、黒王子まだ? マジで来ない感じ?」
パードも落ち着かない様子で辺りを見回したが、キルナは腕を組んだまま動かなかった。
「若頭は来る」
「根拠は?」
「来るから」
「それ、根拠じゃなくない?」
スギナは空を見上げ、静かに胸へ手を当てた。
「星々は、まだ待てと告げています」
「星に出港時刻を聞かないでください」
アネイモが静かに止める。
「魂はすでに乗船しています」
「身体はまだ港です」
アネイモは冷静だった。
アレクシスも港の入口をじっと見つめていた。
「まだかな」
少し待つ。
「もう来る?」
ワトゾンが時計を確認した。
「あとわずかです」
「じゃあ、もう来るね!」
「時間がなくなるという意味です」
「でも来るよ!」
アレクシスは、また港の入口を見た。
シャーホムズは帽子のつばへ触れた。
「まだ時間はある」
リキュウも帳面を閉じる。
「出港の準備は完了しています。これ以上遅れる場合は――」
「待ちますわ」
レイナが即答した。
「普通に待つっしょ」
パードも頷く。
「待つ」
キルナも短く言った。
「星も待てと――」
「星はもう結構です」
アネイモが止めた。
港には、見送りの者たちも集まっていた。
王宮モビーズ、ロイヤル・フラグメント、『紅月の海賊ヴァンパイア』、鉄ちゃん組、料理班、放送班、タイフーン。学校や孤児院の子どもたち、貧民街の者たち、テルリッチ公園で働く者たちまで、大勢が船の出港を見守っている。
その少し離れた場所では、詠女が双眼鏡を構えていた。
「シャーホムズさんとワトゾンさん、並んで船に乗っています。日本遠征、最高です」
「見送り方だけ豪華やな」
すぐ横を通り過ぎながら、リリアーナがさらりと言った。
「帰ったら私、打首なんで」
「それはしゃあない」
詠女は双眼鏡を下ろさない。
「王宮から応援しときます。アイドルも見たいです」
「結局そっちやんけ」
リリアーナは、そのまま歩いていった。
少しして、詠女がようやく双眼鏡を下ろす。
「……あれ?」
カツ、カツ、カツ。
港の石畳へ靴音が響き、全員が一斉に振り返った。
港の奥から、リリアーナ、ミレーヌ、バルドが歩いてくる。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、最初からリリアーナの横にいた。
「姫様!」
レイナの顔が一気に明るくなる。
「来てくださったのですね!」
「え、やっぱ黒王子来たじゃん! 絶対来ると思ってたし!」
パードが笑い、キルナもわずかに口元を上げた。
「若頭、来た」
「まだ行かへんとは言うてへんかったやろ」
スギナが胸へ手を当てる。
「星々は、嘘をつきません」
「たまたまや!」
アレクシスの顔が、ぱっと明るくなった。
「ほら! 来た!」
「何がほらや」
「来るって言ったもん!」
「誰と勝負しとったんや」
「誰ともしてないよ!」
「ほな勝ち誇るな」
シャーホムズが静かに言った。
「主役は、最後に現れるものだ」
ワトゾンが記録帳を開く。
「記録しておきます」
「そこ記録せんでええ!」
ミレーヌも黒革手帖を開いた。
「同行者へ、清司さん、私、バルドを追加いたします」
「最初から追加する気やったやろ」
「はい」
「正直やな」
バルドが鈴を鳴らした。
チリン。
「皆様、お待たせいたしました。出港の準備へ移ります」
その時、港の奥からさらに大勢の者たちが現れた。
傘下国の国王たちだった。
それぞれの国の王、王妃、王子、使者、護衛まで並び、港が一気に華やかになる。
「国王まで来とるやないか」
最初に前へ出たのは、グランヴェール国王だった。その横には、息子であるエリオットとノエルが立っている。
「リリアーナ様、必ず帰ってきてくださいますか」
「帰るに決まっとるやろ」
グランヴェール国王は安心したように微笑み、エリオットとノエルを見た。
「また帰ってこられた時は、私の息子たちを仲間と呼んでくださいますか?」
エリオットとノエルが、揃ってリリアーナを見た。
「僕たち、もう仲間だよね?」
「帰ってきても、仲間だよね?」
「なんで確認すんねん」
「だって、ずっとがいいもん」
「僕も。ずっと一緒がいい」
リリアーナは少しだけ目を細めた。
「あぁ。お前らは、もう仲間や」
「やった!」
「ずっとだよ!」
「分かった分かった」
二人は嬉しそうに顔を見合わせた。
続いて、マクビー国王が前へ出る。その横にはセシルがいた。
「リリアーナ様。我が息子も、これからも仲間と呼んでいただけますか?」
セシルはいつもの笑顔で大きく手を振った。
「日本から帰ってきたら、また二十人まとめて接客するよ!」
「そこはもう十分や!」
「じゃあ三十人?」
「増やすな!」
「できるよ!」
「できるかどうか聞いてへん!」
セシルは楽しそうに笑い、マクビー国王も困ったように肩を揺らした。
その横では、レオン、エミール、ルシアンもリリアーナを見つめていた。
「僕もずっと仲間だからね」
レオンが言うと、エミールもすぐに頷く。
「僕もだよ。帰ってきたら、またいっぱい一緒にお仕事しようね」
「僕も。帰ってこなかったら迎えに行くよ」
ルシアンが優しく言った。
「全員で来たら、またこの国空っぽになるやろ」
「じゃあ、一人ずつ行く?」
「そういう問題ちゃう!」
三人は納得したような、していないような顔で頷いた。
ほかの国王たちも次々に前へ出る。
「我が国の息子たちも、また家族として迎えてください」
「今までと変わらず、仲間と呼んでくださいますか?」
ロイヤル・フラグメントも王宮モビーズも、港に集まった者たちも、みんなリリアーナを見つめている。
リリアーナは大きく笑った。
「当たり前や!!」
港に歓声が上がった。
拍手と笑い声、泣き声まで重なる中、日本兵たちが縄を解き、帆を上げる。
風を受けた船が、ゆっくりと岸を離れ始めた。
「行ってらっしゃい!」
「必ず帰ってきてください!」
「姫様!」
「リリアーナ!」
次々に届く声へ、リリアーナは船の上から大きく手を振った。
「任せとけ! 絶対帰ってくる!」
アレクシスも甲板から身を乗り出し、岸へ向かって両手を振った。
「みんなー! ちゃんと帰ってくるからねー!」
「アレクシスー!」
セシルが負けないくらい大きく手を振る。
「お土産忘れないでねー!」
「何がいいー?!」
「なんでもー!」
「雑やな!」
リリアーナが横から突っ込むと、岸でも船でも笑い声が上がった。
港が少しずつ遠ざかっていく。
その中で、グランヴェール国王の言葉だけが、妙に耳へ残っていた。
『また帰ってこられた時は、私の息子たちを仲間と呼んでくださいますか?』
リリアーナの手が止まる。
「……待て」
隣にいたミレーヌが顔を向けた。
「どうしました?」
「また仲間と呼んでくれますか……」
リリアーナの目が大きく見開かれた。
「砂漠の女王の名シーンやんけ!!」
ミレーヌはすぐに黒革手帖を開いた。
「腕に印、入れます?」
「そこまで再現せんでええ!!」
バルドが鈴を鳴らした。
チリン。
「ただいまより、日本へ向けて出港いたします」
帆いっぱいに風を受けた船は王都を離れ、海の向こうへ進み始めた。




