第79話 はじめてのおつかい
王宮の国王執務室では、オヤジが大きな机の向こうで葉巻をくわえ、姐さんはその隣のソファへ腰を下ろしていた。
机の前にはリリアーナ、ミレーヌ、バルドが並び、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、リリアーナの横から二人を見ている。
バルドが鈴を鳴らした。
チリン。
「日本遠征について、ご報告いたします」
「あぁ」
オヤジが煙を吐くと、リリアーナは机の前へ進んだ。
「捕らえた兵らを日本へ帰して、家族を迎えに行かせる。こっちへ来たい奴は家族ごと連れて帰って、仕事も住む場所も用意する。支配はせぇへんし、来るか残るかは本人らに決めさせる」
オヤジは迷うことなく頷いた。
「それでええ」
姐さんも静かにリリアーナの話を聞いている。
「ただ、日本は鎖国中や。普通に入ったら捕まるから、信長が欲しがりそうなもんを積んで、商人として入る」
ミレーヌが黒革手帖を開いた。
「改良した鉄砲、異国のブーツ、珍しい布、ガラス製品、時計、砂糖、焼き菓子、航海道具、珍しい酒、葉巻、煙草を用意しております。リキュウさんが商談と積荷を管理し、日本兵の皆様には、ご自分たちが乗ってこられた船を動かしていただきます。日本までの航路と港も把握しておられます」
オヤジが少し笑った。
「自分らで家族迎えに帰るんか」
「せや。その方が道も分かるし、向こうの奴らも警戒しにくいやろ」
「ええやないか」
リリアーナは小さく息を吐いてから、話を続けた。
「同行する奴も決めた。レイナ、パード、スギナ、キルナ、アネイモ、アレクシス、シャーホムズ、ワトゾン、晴明、式神、リキュウ。それから、日本兵らや」
オヤジが眉を上げた。
「ヒロイン勢、全員行くんか」
「誰の推薦状やと思っとんねん」
「俺や」
「分かっとるわ!」
姐さんが楽しそうに笑った。
「首取り要員やろ」
「まだ言うんか!」
「正式な推薦や」
「追記に『信長の首、とってこい』って書いとったやろ! 推薦理由が殺意しかないねん!」
オヤジは葉巻を手にしたまま大笑いし、リリアーナは額を押さえた。
「ただ、戦国時代をよう分かってへん奴らだけで行かせるんは危ない。特にヒロイン勢や。信長を見つけた瞬間、商談も家族救出も忘れて、首狙いに行きかねん」
「行くやろな」
「止めろや!」
姐さんまで当然のように頷く。
「行くねぇ」
「あんたも納得すな!」
リリアーナは呆れながらも、やがて真剣な顔でオヤジと姐さんを見た。
「せやから、俺も行ってくる」
執務室が静かになった。
オヤジは葉巻を口から離し、しばらくリリアーナを見つめた。刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、その横でまっすぐ前を見ている。
「決めたんか」
「決めた。向こうの中を自分の目で見てくる。兵らの家族も、日本の民も、信長が何しとるんかも全部や」
オヤジは一度だけ深く息を吐き、静かに頷いた。
「行ってこい。こっちはお前が配置した奴等で回す。ラーメンもテルリッチ公園も、芸能もテレビも止めへんやろ」
「頼む」
姐さんはソファから立ち上がり、リリアーナの前まで歩いてきた。
「清司、きばりや」
「……あぁ」
短い言葉だったが、それで十分だった。
リリアーナが頭を下げる。
「ほな、行ってくるわ」
ミレーヌも隣で一礼した。
「行ってまいります」
バルドが鈴を鳴らす。
チリン。
「皆様のご帰還まで、こちらの進行はお任せください」
リリアーナが扉へ向かおうとした時、オヤジが呼び止めた。
「待て」
「なんや」
オヤジは少し考え、葉巻を指に挟んだまま口を開いた。
「……やっぱ米、食いたい」
「急に欲望出すな!」
「種もみ持って帰ってこい」
「日本遠征に買い物足すな!」
「米やぞ」
「知っとるわ!」
「炊きたての白い飯や。毎日パンとラーメンもええけど、やっぱ米やろ」
「食の会議ちゃうぞ!」
姐さんも、そっと手を挙げた。
「赤味噌もお願い」
「乗るな!」
「白味噌も欲しいねぇ。それから緑茶と漬物も」
「どんどん増やすな! そんな持って帰れるか! 旅行ちゃうんやぞ!」
オヤジは指を折りながら数え始めた。
「米、種もみ、赤味噌、白味噌、緑茶、漬物」
「土産物リスト作るな!」
姐さんが肩を揺らして笑う。
「無理やったら、ええからね」
「姐さんが一番現実的や!」
オヤジは腕を組み、少し考え直すように黙った。
「……いや、種もみだけは頼む」
「そこはガチかい!」
「産業になるやろ」
リリアーナの動きが止まった。
「米を作れたら、こっちでもずっと食える。農家の仕事も増えるし、パンと麺だけやなく、食べられるもんも増える」
「……それはそうやな」
「俺も食いたいし」
「結局そっちかい!」
リリアーナは大きく息を吐いたあと、仕方なさそうに頷いた。
「分かった。種もみだけな!」
オヤジは満足そうに笑い、国王らしい顔で頷いた。
「頼んだぞ」
「そこだけ国王の顔すな!」




