第78話 シンデレラ
王宮モビーズ本部では、日本遠征の同行者が書かれた紙が机の上へ広げられていた。
リリアーナは椅子へだらりともたれ、その横では刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が名簿を見下ろしている。ミレーヌが黒革手帖を開くと、バルドが鈴を鳴らした。
チリン。
「現在の同行予定者は、レイナ、パード、スギナ、キルナ、アネイモ、アレクシス、シャーホムズ、ワトゾン、晴明、式神、リキュウ。そして、日本兵の皆様です」
リリアーナは名簿に並んだ名前を上から順に確認し、深く息を吐いた。
「……あかんな」
「何がですか?」
「平和ボケしとる。日本は戦国時代やぞ。話し合いに行って、普通に帰れる場所ちゃう」
「かなり失礼ですね」
「ほな見てみ」
リリアーナは名簿へ指を置き、一人ずつ名前を示した。
「レイナ。信長見つけた瞬間、全属性で燃やしかねん」
「否定できません」
「パード。商談中でも普通に銃抜く」
「首を取る気で参加していますからね」
「スギナ。星が斬れ言うたら斬る」
「星は言わないと思います」
「本人には聞こえんねん」
「キルナ。考える前に殴る」
「こちらも否定できません」
「式神。信長への恨みしかない」
「善処すると言っていました」
「それ、やる奴の返事ちゃうやろ」
ミレーヌは黒革手帖へ静かに書き込んだ。
「特にヒロイン勢が危険」
「太字で書いとけ」
「すでに二重線を引いております」
「仕事早いな」
バルドが鈴を鳴らした。
チリン。
「同行者の再検討が必要ですね」
「せやな」
リリアーナは椅子へ深くもたれ直した。
行かせるだけなら簡単だった。だが、日本は鎖国中で、信長が天下を握っている。命令に逆らえば殺され、どこに見張りがいて、誰が味方で、何を口にすれば首が飛ぶのかも分からない。
「清司さん」
「なんや」
「ご自分で行くつもりですね」
「まだ何も言うてへん」
「行くお顔をされています」
「最近みんな顔で決めすぎやろ」
ミレーヌは名簿を閉じた。
「ですが、清司さんが行かなければ、誰が皆様を止めるのですか? レイナさんの全魔法、パードさんの銃、スギナさんの星、キルナさんの拳、式神さんの恨みを」
「並べたら最悪やな」
「はい」
リリアーナは額へ手を当てた。
「俺が行くしかないやんけ」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、今にも名簿ごと斬りそうな顔で名前を見下ろしている。
バルドが鈴を鳴らした。
チリン。
「では、ご同行の準備へ移りましょう」
「決まるん早いな!」
「姫様のお顔には、すでに決意がございました」
「お前まで顔言うんか!」
リリアーナは椅子から立ち上がり、自分の姿を見下ろした。
金色の髪に、ふわふわのドレス。どこから見ても、異国から来た姫である。
「ただ、この姿はあかん。港へ入った瞬間、全員こっち見る」
「かなり目立ちますね」
「せやろ。ほな、一回男に戻るか」
ミレーヌの手が止まった。
「戻れるのですか?」
「知らん」
「知らないのに仰ったのですか?」
「聞くだけ聞く」
「どなたにです?」
リリアーナは扉へ向かった。
「メガネ聖女や」
しばらくして、リリアーナたちは王宮の医務室へ来ていた。
メガネ聖女は机の前に座り、種類ごとに薬草を仕分けている。その横では、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が並べられた薬瓶を見下ろしていた。
「メガネ聖女」
「何でしょう」
「俺を本来の姿へ戻す薬、作れへんか」
メガネ聖女の手が止まった。
「本来の姿?」
「前世の清司や」
「無理です」
「即答すな!」
「魂と肉体が違います。薬でどうにかなる範囲ではありません」
「そこを何とか」
「なりません」
「一日だけでええ」
「なりません」
「半日」
「値切るものではありません」
「一晩」
「時間の問題ではありません」
リリアーナは机へ両手をついた。
「飲んだら、一時的に元の姿へ戻る薬あるやろ。小さな名探偵が高校生に戻るみたいな」
「何のお話ですか?」
リリアーナはミレーヌを振り返った。
「説明したれ」
「薬を飲むことで、一時的に本来の姿へ戻る物語です」
「それは薬ではなく、物語上の都合です」
「正論で殴るな!」
メガネ聖女は眼鏡を押し上げ、改めてリリアーナを見た。
「つまり、現在の身体ではなく、魂が記憶している本来の姿へ、一時的に戻すのですね」
「あぁ」
「魂の姿を、現在の肉体へ重ねることになります」
「できるんやな」
「理論上は可能です」
「やっぱりできるやん」
「可能と成功は別です。失敗すれば、本来の姿へ戻るどころか、魂と肉体の均衡が崩れます」
「怖いこと言うな」
「ですから、長時間の維持はできません。仮に成功しても、一晩が限界です」
「一晩あったら十分や」
「まだ作るとは言っていません」
「説明した時点で、もう半分作る気やろ」
「無茶を言わないでください」
「頼む。日本でこの姿やと目立ちすぎる。一晩だけでええ」
メガネ聖女はしばらく黙り込み、やがて小さく息を吐いた。
「……試すだけです。作れる保証はありません」
「それでええ」
「失敗した場合、髪だけ黒くなる可能性もあります」
「それでも今よりマシや」
「声だけ男性になる可能性も」
「怖いな」
「身体の一部だけ戻る可能性もあります」
「それは絶対あかん!」
「だから無理だと言ったのです!」
バルドが鈴を鳴らした。
チリン。
「安全を最優先にお願いいたします」
「お前、無茶振りした側ちゃうから冷静やな!」
その日から、医務室の灯りは夜遅くまで消えなかった。
薬草、魔石、聖水、回復魔法、魂を写す鏡。
メガネ聖女は、リリアーナの魂に刻まれた本来の姿を一時的に肉体へ重ねるため、何度も調合をやり直した。刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司は、その間もリリアーナのそばを離れなかった。
一つ目は煙が出た。
二つ目は瓶が割れた。
三つ目を飲んだ時には、リリアーナの声だけが一瞬低くなった。
「お」
だが、すぐに元へ戻った。
「今の惜しかったんちゃう?」
「全く惜しくありません」
四つ目では、金色の髪だけが黒くなった。
「これでもええんちゃう?」
「五秒で戻りました」
「短っ!」
五つ目は何も起きなかった。
「ただの苦い水やないか!」
「静かにしてください!」
何度目か分からない調合を終え、夜が明け始めた頃、メガネ聖女は小さな瓶を机へ置いた。
中には透明な液体が入り、底では黒い光が静かに揺れている。
「これが限界です」
リリアーナは瓶を持ち上げ、光へ透かした。
「戻れるんか」
「おそらく」
「おそらく?」
「魂に記憶されている本来の姿へ、一時的に戻るはずです」
ミレーヌの目が輝いた。
「完成したのですね」
「ただし、効果は一晩だけです。日付が変わる午前零時に、強制的に現在の姿へ戻ります」
「場所に関係なく?」
「関係ありません」
「船の上でも?」
「午前零時です」
「敵の城でも?」
「午前零時です」
「信長の前でも?」
「午前零時です」
「融通きかんな!」
「これが限界です」
ミレーヌは黒革手帖へ静かに書き込んだ。
『清司さんの活動期限』
『午前零時』
「活動期限て書くな!」
バルドが鈴を鳴らした。
チリン。
「午前零時までのご帰還をお願いいたします」
リリアーナは手の中の小瓶を見つめた。
一晩だけ男へ戻れる。だが、午前零時になれば、どこにいても姫の姿へ戻る。
「わしゃシンデレラボーイか!!」




