第77話 持ち場を離れるな
日本遠征の準備が始まった翌日、王宮モビーズ本部には、行く予定のない者までぞろぞろと集まっていた。
リリアーナは椅子へだらりともたれ、その横では、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が集まった者たちを静かに見渡している。ミレーヌが黒革手帖を開くと、バルドが鈴を鳴らした。
チリン。
「日本遠征の同行者について、確認いたします」
「リリアーナは行かなくていいよ。僕が行く」
真っ先に口を開いたレオンに続き、ルシアンも手を挙げた。
「僕も行くよ。危ない場所なら、僕たちが行けばいいもん」
「こっそり入るなら、僕が向いてるよ」
エミールが一歩前へ出ると、エリオットも剣へ手を添えた。
「護衛は僕に任せて。ちゃんと守るよ」
「回復できる人もいた方がいいよね。僕も行くよ」
ノエルが頷き、セシルまでいつもの笑顔で元気よく手を挙げた。
「僕も行く!」
「待て。お前ら、また俺の代わりに行って、自分らの命を差し出す気やろ」
全員の口が止まった。
「でも、リリアーナを守れるなら――」
「それや!」
リリアーナはレオンを指差した。
「まだ命を簡単に捧げようとするとこ、変わってへんやないか!」
「だって、危ないだろ?」
「危ないからって全員ついてきたら、この国は誰が守んねん。持ち場を守るんも戦や」
七人が顔を見合わせる中、リリアーナは一人ずつ指を向けた。
「レオンはテルリッチ公園や。警報と全体の守りを見ろ」
「僕なんだね。分かった」
「ルシアンは送信魔石と映像魔石の冷却。防火設備も見とけ」
「……分かったよ」
「エミールは放送局の風と換気。それから、出演者と機材の導線や」
「僕、そんなにいっぱい仕事してたの?」
「今気づいたんか」
「エリオットは花田丸と公園の警備。避難する民も守れ」
「分かった。みんなを守るよ」
「ノエルがおらんかったら、子どもらは誰が面倒見るんや」
ノエルは何か言おうとしたが、すぐに困った顔で黙り込んだ。
「……僕がいなくなったら、みんな泣くかも」
「せやろ。回復魔法も要る。お前は子どもらのそばにおれ」
ノエルは少しだけ迷ったあと、しっかりと頷いた。
「分かった。こっちは僕が守るね」
「セシルは芸能事務所や。新人と来客、一度に何人見られる」
「二十人!」
「ほな残れ」
「決まるの早いね」
「お前が抜けたら受付が崩壊するわ」
リリアーナは七人を見渡した。
「全員、もう守るもんがあるやろ。俺についてきて死ぬんやなく、自分の持ち場で生きて守れ」
誰も言い返さなかったが、その後ろからアレクシスがひょこりと顔を出した。
「僕は?」
「お前だけ来い」
「僕だけ?」
「妖魔法が要る」
六人が一斉にアレクシスを振り返った。
「なんでアレクシスだけなの!」
「能力の話や! 贔屓ちゃう!」
リリアーナはアレクシスへ向き直った。
「日本へ入って、向こうから斬りかかってくる奴がおったら、お前の妖魔法で攻撃だけ止めろ」
「剣を落とさせればいいの?」
「あぁ。それでええ。命は取るな。終わったら、すぐ解け」
「分かった。本人の気持ちまでは取らないよ」
「頼む」
レオンは少し不満そうに腕を組んだ。
「僕たちより、アレクシスの方が安心されてない?」
「命をすぐ捧げようとせぇへんからな」
「そこなの……?」
「俺たちも同行する」
キャプテントュリラーが前へ出ると、その後ろにティオ、ヨホーク、スイチョ、シャチ、ライガが並んだ。
「船なら俺たちの持ち場だ」
「残れ」
「早いな」
「タイフーンの育成、撮影、舞台、魔導テレビ、公共スクリーン、中央放送局。全部誰が見る」
『紅月の海賊ヴァンパイア』勢は揃って黙り込み、しばらくしてキャプテントュリラーが小さく息を吐いた。
「……多いな」
「自分らで増やしたんやろ! 日本へ行くんは、リキュウだけや」
リキュウはすでに帳面を開いていた。
「商談、積荷、食料、水、帰国するご家族の人数。すべて管理いたします」
「こっちの物流は止めんなよ」
「商人仲間へ引き継ぎます」
リキュウは別の帳面を差し出した。
「ラーメン産業、テルリッチ公園の各売店、芸能事務所、中央放送局、傘下国への輸送。担当者は、すでに決めております」
「仕事早いな」
「日本へ行く可能性を聞いた時点で動きました」
「まだ同行決定してへんかったぞ」
「行く顔をしておられましたので」
「また顔か!」
続いて、シャーホムズが前へ出た。
「日本の内情を調べる者も必要だろう」
隣では、ワトゾンが記録帳を掲げている。
「見たものは、すべて記録します」
「お前らは来い」
「あのー、私は行きたくないです」
詠女がそっと手を挙げると、全員の視線が集まった。
「なんでや」
「帰ったら私、打首なんで。信長、私のこと殺す気満々ですし」
一同は揃って黙り込み、リリアーナも思い出したように頷いた。
「……せやったな」
「あと、アイドル見てたいです」
「本音出た!」
「シャーホムズさんとワトゾンさんの日本遠征は、王宮から応援しときます。安全圏から」
「お前、二人についていきたいんちゃうんか」
「死んだら続き見られないです」
「オタクとして正しい判断すな!」
晴明が扇を閉じた。
「日本の結界と術を見る者も必要です」
「晴明は来い」
その横では、式神を包む水が静かに揺れている。
「我も行く」
「信長への恨みで勝手に動くなよ」
「善処する」
「絶対せぇへん返事やんけ! 見つけても一人で行くな」
「……」
「返事!」
「分かった」
「間が怖いねん!」
レイナ、パード、スギナ、キルナの四人は、最初から荷物を持っていた。
「なんでもう準備終わっとんねん」
「国王陛下のご推薦ですので」
レイナが胸を張る横で、パードは銃を手入れしながら当然のように答えた。
「え、普通に行くでしょ。黒王子の元カノいるんでしょ? 首取るしかないっしょ」
「軽いテンションで首取ろうとすな!」
「星々も、日本へ向かえと告げています」
スギナは神々しい光に包まれ、キルナは腕を組んだまま動かない。
「置いていかれても乗る」
「密航宣言すんな!」
リリアーナは頭を抱えたあと、アネイモを見た。
「アネイモ、スギナの補助を頼む」
「承知しました。体調と魔力の管理は、私が行います」
「星の流れも――」
「体調だけ見ろ」
「魂の管理は?」
「本人にさせろ!」
ミレーヌは黒革手帖へ次々と名前を書き込んでいく。
「現在の同行予定者は、レイナ、パード、スギナ、キルナ、アネイモ、アレクシス、シャーホムズ、ワトゾン、晴明、式神、リキュウ。それから、日本兵の皆様です」
バルドが鈴を鳴らした。
チリン。
「残る皆様は、それぞれの持ち場をお願いいたします」
レオンが、まっすぐにリリアーナを見た。
「本当に行くの?」
本部が静かになった。
リリアーナはすぐには答えず、集まった者たちを見渡した。刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、その横で同じように全員を見ている。
「俺のことは、まだ決めてへん。でも、誰が行っても、帰ってくる場所は要る」
リリアーナは残る者たちへ向き直った。
「ラーメン止めんな。テルリッチ公園を完成させろ。花田丸は直し続けろ。芸能もテレビも放送も、全部回せ」
「はい!」
王宮モビーズが揃って答え、料理班、建設班、放送班、ロイヤル・フラグメントの七人も強く頷いた。
レオンは小さく息を吐いたあと、笑った。
「分かった。こっちは任せて。帰ってくる場所、絶対に守るよ」
「頼む」
その時にはもう、ヒロイン勢だけが荷物を持って出口へ向かっていた。
「おい、まだ出発ちゃうぞ」
「先に席を取りますわ」
「船に指定席ないわ!」




