第76話 家族を迎えに
翌日。
王宮の会議室では、日本へ向かうための準備が始まっていた。
リリアーナは椅子へ深くもたれ、机の上に広げられた日本周辺の海図を見つめている。その横には、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が立ち、海図の上から鎖された日本を睨んでいた。
ミレーヌは黒革手帖を開き、バルドとリキュウは日本兵たちから聞き取った航路や港の情報を整理している。
「日本は鎖国中です」
リキュウが海図の港を指した。
「軍船で近づけば、話をする前に敵と見なされます」
「せやろな」
「日本兵の方々が乗ってきた船を使ったとしても、敗れて戻った兵だけでは港で拘束される可能性がございます」
「ほな、戦しに来たように見せんかったらええ」
リリアーナは海図から顔を上げた。
「信長が好きそうなもん、集めろ!」
会議室にいた者たちが一斉にリリアーナを見る。
「好きそうなものですか?」
「あぁ。信長は新しいもんと珍しいもんが好きや。見たことない品積んで、商人として港へ入る」
ミレーヌの目が輝いた。
「鉄砲です」
「もう持っとるやろ」
「ですが、こちらで改良したものなら興味を持つかもしれません。異国のブーツや珍しい布、ガラス製品、時計、砂糖、焼き菓子、航海道具もございます」
「葉巻と煙草も持っていけ」
リリアーナが即座に付け加える。
「日本にはない製法と香りや。信長なら絶対に食いつく」
「葉巻って格好いいよね!」
エリオットが嬉しそうに身を乗り出した。
「煙がふわって出るんだよ!」
「でも吸ったら咳が出るかもしれないよ」
ノエルが心配そうに言うと、セシルが大きく頷く。
「最初にお水も渡そうよ!」
「葉巻とお水は一緒に渡すものなの?」
エミールが首を傾げた。
「喉が乾いたらかわいそうだろ?」
レオンが当然のように答え、アレクシスも元気よく手を挙げる。
「僕、お水を運ぶよ!」
「商談中ずっと横におる気か」
「うん!」
「邪魔や」
「じゃあ、ちょっと離れて待ってるね」
「そういう問題ちゃう」
ルシアンが机の上の海図を覗き込んだ。
「信長が葉巻を気に入ったら、いっぱい欲しいって言うかな?」
「言うやろな」
「じゃあ、いっぱい持っていこうよ」
「一度に全部渡したら、次に会う理由がなくなるよ」
エミールが少し考えながら言うと、七人が揃って目を丸くした。
「ちょっとだけ渡すの?」
「もっと欲しくなったところで、また持ってくるんだよ」
「エミール、頭いい!」
「商人みたいだね!」
「今、商談の話しとるんや」
七人が楽しそうに葉巻の本数を相談し始める中、リキュウは静かに帳面へ品物を書き込んだ。
「鉄砲。異国のブーツ。布。ガラス製品。時計。砂糖。焼き菓子。航海道具。葉巻。煙草」
「珍しい酒もいるんちゃうか」
「すぐに用意いたします」
ミレーヌが黒革手帖へ追記すると、リキュウは海図へ視線を戻した。
「ただ品を見せるだけでは、一度きりの取引で終わります」
「ほな、何売る」
「品ではなく、外との道を売ります」
リリアーナが顔を上げた。
「道?」
「今後も異国の品を継続して運べる商人として、信長へ取引を持ちかけます。葉巻や煙草だけでなく、新しい技術や品をこれからも運べると分かれば、すぐに船を追い返すことはないでしょう」
「物やなく、外の世界ごと欲しがらせるんか」
「はい」
リリアーナは口元を上げた。
「ええやん」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、海図の上に記された港へゆっくりと刀先を向けた。
「港へ入ったあとは、信長との商談を口実に時間を作ります。その間に、日本兵の皆様が家族や村の方々と連絡を取れるようにいたします」
リキュウが日本兵たちを見ると、一人が深く頷いた。
「異国の商人を乗せているなら、港の役人もすぐには斬れません。まず上の者へ知らせが届くはずです」
「信長まで話は行くか」
「珍しい品と、清司様に関する話を伝えれば、必ず」
その場にいた者たちの視線がリリアーナへ集まった。
「清司の話は後や」
リリアーナは即座に切った。
「先に家族を迎えに行く道を作る。信長が俺を欲しがっとるんやったら、それも利用したらええ」
「危険ですわ」
レイナがすぐに声を上げた。
「姫様を囮にするなど、認められません」
「囮やない。向こうが勝手に食いつくだけや」
「同じことでございます」
「ちゃうわ」
「では、私も参ります」
レイナが一歩前へ出ると、パードも当然のように手を挙げた。
「うちも行く」
「まだ同行者決めてへん」
「黒王子を欲しがってる女のところに、黒王子だけで行かせるわけないでしょ」
「俺一人で行く言うてへん」
スギナも胸へ手を当て、静かに目を閉じた。
「日本の方角から、強い魂の揺らぎを感じます。星々も同行すべきだと告げています」
「星を同行者に入れるな」
キルナは壁から身体を起こし、拳を鳴らした。
「若頭に手ぇ出す女がいるなら、あたしも行く」
「誰も手ぇ出されてへん」
「さらおうとしただろ」
「それはそうやけど」
「なら行く」
「話が早すぎんねん」
レイナは懐から一枚の紙を取り出した。
「こちらをご覧くださいませ」
「なんやそれ」
リリアーナが受け取ると、立派な紙には金の縁取りが施され、リュミエール王家の紋章が大きく押されていた。
『国王陛下推薦状』
「いつの間にもろたんや!」
「昨夜でございます」
「仕事早すぎるやろ!」
ミレーヌが紙を受け取り、淡々と読み上げる。
「レイナ、パード、スギナ、キルナ。以上四名を、日本遠征へ同行させることを推奨する。リュミエール国王」
「正式やないか!」
パードが得意そうに笑った。
「国王陛下の推薦だから、断れないよね」
「推薦は断れるやろ!」
「でも、王様が一生懸命書いたんだよ?」
アレクシスが推薦状を覗き込み、心配そうにリリアーナを見る。
「連れていってあげようよ」
「お前は何で王の気持ちを優先しとんねん」
「せっかく金色の枠もつけたんだよ」
セシルも紙を見て感心している。
「すごくきれいだよ!」
「内容を見ろ!」
「四人とも名前を書いてもらえてよかったね」
ノエルが優しく笑い、レオンたちも揃って頷いた。
「みんなで行った方が楽しいよ!」
「遠足ちゃうぞ!」
スギナが推薦状の裏を指した。
「まだ続きがございます」
「嫌な予感しかせぇへん」
ミレーヌが紙を裏返した。
「追記」
「読むな」
「志乃の首、とってこい」
「推薦理由が殺意しかない!!」
さらに下には、王妃の署名と王家の印が押されている。
「王妃承認済み。応援しています」
「承認すなぁぁぁぁぁ!!」
リリアーナの怒鳴り声が会議室に響き渡った。
レイナは満足そうに微笑み、パードは銃の状態を確かめ、スギナは日本の方角へ祈り始め、キルナはどこでタイマンをするか考えている。
「国王陛下と王妃陛下、両名の許可をいただいております」
「許可の内容がおかしいねん!」
「正式な命令だな」
キルナが言うと、リリアーナは推薦状を指差した。
「命令ちゃう! 推薦状や!」
「でも、裏に首を取れって書いてあるよ」
エリオットが不思議そうに首を傾げる。
「取った方がいいの?」
「取らんでええ!」
「じゃあ、王様に返す時に消してあげようよ」
ノエルが優しく提案すると、セシルが元気よく手を挙げた。
「僕、線を引くよ!」
「王家の書類に落書きすんな!」
七人は推薦状を囲み、どこを消せば首を取らなくて済むのか真剣に相談し始めた。
リキュウはその騒ぎを気にすることなく帳面を閉じる。
「南蛮品の準備を始めます。日本兵の船も確認し、帰りに乗せる人数を考えて、食料と水を多めに積み込みます」
「あぁ。頼む」
リリアーナはレイナたち四人を順番に見た。
「同行する奴は、これから決める。勝手に荷造りすんなよ」
四人は返事をしなかった。
「おい」
バルドが静かに鈴を鳴らす。
チリン。
「日本遠征の準備を開始いたします」
「同行者まだ決めてへん言うとるやろ!」




