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ふわ姫若頭  作者: 夜嶋朔
第四章 貧民街現場復帰編

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第71話 アウステルリッツの戦い?

 

 カン。


 カン。


 カン。


 見張り台の鐘が鳴り続ける中、広場へ次々と報告が飛び込んできた。


「姫様! 北です! 港にも船影が!」


 ざわめきが一気に広がり、人々が顔を見合わせる。


「落ち着け。慌てる方が負けや」


 リリアーナの声が響くと、広場はすぐに静かになった。刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、その横で前だけを見つめている。


「イレギュラー。今分かっとる情報だけ言え」


「はい。北街道より軍勢、港にも大型船を確認しています」


「数は?」


「まだ確定できません」


「ええ。分からんもんは、分からんでええ」


「はい」


 リリアーナは広げられた地図を見下ろした。


「敵は、どこを狙うと思う?」


 誰もすぐには答えなかったが、やがて鉄ちゃんが地図を覗き込んだ。


「花田丸じゃねぇですか?」


「違う」


 リリアーナは即答した。


「真正面から来る奴はアホや」


 全員の視線が地図へ落ちる。刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、そこに記されたテルリッチ公園を見つめていた。


「ほな、ここや」


 リリアーナが指を置いた先を見て、レイナが目を丸くする。


「公園ですの?」


「まだ未完成や。花壇、舞台、スクリーン、売店。どう見ても弱い」


 鉄ちゃんも頷いた。


「確かに、守りは薄そうに見えやすねぇ」


「敵もそう思う」


 ミレーヌはすぐに黒革手帖を開き、『敵予想・テルリッチ公園』と書き込んだ。


「敵は、ここを抜いたら王都やと思う。せやから来る」


 静けさの中で、バルドが鈴を鳴らした。


 チリン。


「続けます」


 リリアーナは地図を見たまま、口元を上げた。


「来させる」


 一瞬、空気が止まる。


「……え?」


 レイナが固まり、鉄ちゃんも目を見開いた。


「姫様?」


「入らせる。入口は閉めんな。弱く見せろ」


 ミレーヌが顔を上げる。


「清司さん……」


「敵が見つけた弱点ちゃう。こっちが見せる弱点や」


 刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が、地図を見つめる。


 テルリッチ公園、花田丸、貧民街。その三つが一本の線で繋がっていた。


「花田丸はどうしやす?」


「隠せ。敵が入り切るまで動くな」


「へい」


 リリアーナはそのまま、次々と指示を飛ばした。


「王宮モビーズ。網はまだ張るな」


「はい!」


「放送班。一般放送だけ流せ。戦の情報はまだ出すな」


「承知しました」


「『紅月の海賊ヴァンパイア』は港で待機」


 キャプテントュリラーが笑う。


「任せろ」


「『朧月あやかし恋絵巻』は水路を押さえろ」


 晴明が静かに頷いた。


「承知しました」


「『帝都ラーメン☆アイドル革命』は、炊き出しを続けろ」


 キルナが腕を組み、笑みを浮かべる。


「いつも通りだな」


「そうや。戦やから飯を止める方がアホや」


「タイフーン。民を笑わせとけ」


「はい! 任せてください!」


 リリアーナは広場にいる全員を見渡した。


「敵は、勝てると思って入ってくる。せやけど、そこは入口ちゃう」


 刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が、ゆっくりとリリアーナへ重なる。


「出口や」


 その場にいた全員の背筋が震えた。


 その時だった。


 バタァン!!


 扉が勢いよく開き、イレギュラーが息を切らしながら飛び込んできた。


「姫様!! テルリッチが!!」


「何や!」


「アウトになっています!!」


 一瞬、広場が沈黙した。


「何がアウトや!!」


「敵に囲まれております!」


 イレギュラーは息を整える間もなく、声を張り上げた。


「アウトテルリッチです!!」


 リリアーナは頭を抱えた。


「アウトテルリッチの戦い……」


 次の瞬間、顔を上げる。


「次はアウステルリッツの戦いやんけ!!」


 本物の戦が始まろうとしている中、最初に飛び込んできたのは、歴史に残りそうで絶対に残したくない名前だった。


 ドドドドドドドドッ!!


 北の街道から押し寄せる騎馬隊と、港から上陸した歩兵の足音が重なり、テルリッチ公園の地面が大きく揺れた。


「来たぞ!! 民を内側へ!」


「物資は裏へ回せ! 救護路を空けろ!」


「子どもと高齢者を先に! 兵の通路へ入れるな!」


 王宮モビーズの声が飛び交い、民たちは青い旗が並ぶ避難路へ誘導されていく。荷車は公園の裏側へ回され、救護班は野外舞台の陰に負傷者を受け入れる場所を整えていた。


 花壇。


 売店。


 野外舞台。


 まだ舗装の終わっていない道。


 薔薇を絡ませた低い柵。


 敵から見れば、そこは戦場にすることさえ想定されていない、守りの薄い広場にしか見えなかった。


「正面が空いているぞ!!」


「王宮まで一気に抜けろ!!」


 敵兵が公園の中央へなだれ込み、退いていく王宮兵を追うように奥へ進んでいく。


 リリアーナは野外舞台の上から、その流れを黙って見ていた。隣には刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が立ち、先頭ではなく、その後ろに続く兵の数と間隔を静かに追っている。


 鉄ちゃん組は可動柵へ手をかけ、王宮モビーズは地面へ伏せた網を握っていた。ロイヤル・フラグメントの七人も、それぞれの持ち場で合図を待っている。


「姫様、もう中央まで入ってますわ」


 レイナが息を詰めた。


「あれでええ。まだ閉じんな」


 リリアーナは敵軍の後方へ目を向けた。


「先頭だけ止めても、後ろに兵が残る。予備まで全部、こっちへ食いつかせる」


 中央の道は広く、王宮へ向かうには最も近かった。だが、その右側には兵をほとんど置かず、さらに抜けやすそうに見せた細い道が残されている。


 敵の指揮官が、その隙を見逃さなかった。


「右だ!! 右側が薄いぞ!!」


「全軍、右へ寄せろ! そこを破れば王宮まで一直線だ!!」


 先頭の兵が右へ向きを変え、中央の部隊がそれに続いた。後方で待機していた予備兵まで、手柄を奪われまいと細い道へ押し寄せてくる。


 敵軍の重心が、完全に右へ寄った。


 刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が、わずかに顎を引く。


 リリアーナの目も細くなった。


「今や」


 ガタン!!


 鉄ちゃん組が縄を引くと、地面へ倒されていた薔薇の柵が一斉に起き上がり、敵軍が入ってきた中央の道を塞いだ。続いて別の可動柵が倒れ、兵の集まった右側の道がさらに細く絞られていく。


「何だ!?」


「道が塞がったぞ!!」


「後ろへ戻れ!!」


 先頭が止まり、中央が押し、後方からさらに兵が詰めかけた。長く伸びた隊列が、自分たちの数で身動きを失っていく。


「戻られへんで」


 リリアーナが地図の中央へ指を置いた。


「前へ兵を寄せすぎた。真ん中が空っぽや」


 野外舞台を覆っていた幕が一斉に落ち、その裏へ隠れていた王宮兵が飛び出した。公園中央の高台を奪い、前方部隊と後方部隊を結んでいた道を横から断ち切る。


「伝令を通すな! 前と後ろを喋らせんな!」


「あぁ、ここは任せて」


 アレクシスが高台へ駆け上がり、敵の伝令兵が通ろうとした細い路地へ魔力の壁を張った。振り返った兵の前にも新たな壁が立ち、前方へも後方へも進めなくなる。


「もう命令は届かないよ。慌てて走ると、味方まで巻き込む」


 伝令兵が剣を抜いた瞬間、眩い光が横から走り、その手に握られていた武器だけを弾き飛ばした。


 レオンが金髪を揺らし、敵兵たちの前へ立つ。


「武器を捨てて。降伏する人まで傷つけたくない」


「ガキが!!」


 敵兵が槍を突き出す。


 レオンは一歩も退かず、光の盾で穂先を受け止めた。次の瞬間には光が槍へ絡みつき、兵の手を傷つけることなく武器だけを地面へ落とす。


「僕たちの後ろには民がいる。だから、ここから先へは行かせない」


 別の兵が脇を抜けようとしたが、足元から白い氷が広がり、その進路だけを塞いだ。


 ルシアンはミントブルーの髪を揺らしながら、氷の向こうに立つ兵へ静かに声をかける。


「無理に越えないで。武器を置けば、道は開けるよ」


「敵の言葉を信じろと言うのか!」


「信じなくてもいい。でも、僕たちは武器を捨てた人を攻撃しない」


 敵兵が横の避難路へ走ろうとした。


 その前へ、セシルが飛び込む。


 柵へ足をかけて高く跳び、兵の肩を踏み越えるように着地すると、振り向きざまに槍の柄を掴んだ。そのまま身体を低く落とし、相手の力を利用して槍を奪い取る。


「そっちは民の道だよ」


「退け!!」


 別の兵が背後から剣を振り下ろした。


 セシルは振り返ることなく身を沈め、刃を避ける。そのまま敵の懐へ入り、手首を押さえて剣を落とすと、二人の間へ立って進路を塞いだ。


「ごめんね。ここだけは通せない」


 エミールが腕を横へ振ると、風が敵軍の中央を押し、細く絞られた道へ兵たちを一列ずつ流していく。刃を立てるほどの風ではない。それでも大勢が密集した場所では、僅かに向きを変えられるだけで隊列が崩れていった。


「押さないで。前の人が倒れる」


 兵たちが踏みとどまろうとするが、後ろから押されて足を止められない。エミールは風の強さを細かく変え、倒れそうになった者だけを支えながら、網の張られた場所へ誘導していく。


 倒れた兵のそばでは、ノエルが迷わず膝をついていた。ゴールドの柔らかな髪を揺らし、血の流れる腕へ回復魔法をかける。


「動かないで。すぐ塞がるから」


「俺は敵だぞ」


「今は怪我した人だよ」


 傷が塞がると、ノエルはすぐ次の負傷者へ目を向けた。


「重い怪我の人からこっちへ運んで! 敵も味方も関係ないよ!」


 後方部隊が左から回り込もうとする。


 その動きを高台から見つけたアレクシスが、エリオットへ顔を向けた。


「左から来るよ。エリオット、止められる?」


「あぁ、任せて」


 エリオットは薔薇の柵へ足をかけ、そのまま軽やかに飛び越えた。レッドブラウンの長めの髪が風に揺れ、敵兵の前へ着地する。


「ここから先は避難路だよ。戻って」


「一人で止められると思うな!!」


 複数の兵が一斉に斬りかかる。


 エリオットは最初の剣を受け流し、二人目の手首を柄で叩いて武器を落とさせた。三人目の槍を掴んで軌道を変えると、その穂先が仲間へ向かないよう地面へ押さえ込む。


「危ないから、一人ずつ来て」


 声は穏やかなままだった。


 それでも、誰一人としてエリオットの横を抜けることはできなかった。


 敵軍は右へ引き寄せられ、中央の高台を奪われ、前方と後方を切り離された。数では圧倒していたはずの大軍が、狭い道の中で互いの動きを塞ぎ、指揮官からの命令も届かないまま孤立していく。


 先頭。


 中央。


 後方。


 一つだった軍勢は、三つの塊へと切り分けられた。


「横から入れ!」


 王宮モビーズが一斉に飛び出し、敵兵の頭上へ大きな網を投げる。


「捕まえろ!!」


「武器を捨てた奴には手ぇ出すな!」


「殺すな! 抵抗する奴だけ押さえろ!」


 網に絡め取られた兵が倒れ、その後ろにいた兵が立ち止まる。さらに後方から押されて隊列が詰まり、行き場を失った兵たちの手から次々に武器が落ちていった。


 高台の向こうから戦場を見ていた黒田官兵衛が、細い道へ追い込まれた兵と、中央を押さえた王宮軍を交互に見た。


「……見事だ」


 豊臣秀吉が視線だけを向ける。


「何がじゃ」


「兵力で勝ったのではない。敵に選ばせたのだ」


 官兵衛は、薔薇の柵と舗装の途切れた道を見渡した。


「弱い場所を見せ、こちらから兵を集めさせた。前へ進んだと思わせながら、中央を空けさせ、最も数が多くなった瞬間に道を閉じた」


 徳川家康が僅かに目を細める。


「初めから、我らが右へ寄ると読んでいたか」


「あぁ。前方を孤立させ、中央を奪い、後方の命令を断つ。大軍を三つの小軍へ変えた」


 官兵衛の視線が、野外舞台の上へ向く。


 そこには、小さな姫の姿で戦場全体を見下ろすリリアーナと、その隣に立つ刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司がいた。


「あの姫、ただの将ではない。軍の流れそのものを作り替えている」


 明智光秀は何も答えず、遠くに立つリリアーナを見つめた。


 柴田勝家が奥歯を噛み締める。


「官兵衛。敵を褒める暇があるなら、兵を戻せ」


「戻せるものなら、もう戻している」


 官兵衛は静かに答えた。


「この陣へ入った時点で、こちらはすでに負けていた」


 その言葉に、勝家の顔が険しくなる。


 秀吉は戦場から目を逸らさず、短く息を吐いた。


「信長様が来られるまで、持ちこたえよ。勝手に動けば、次に斬られるのは味方じゃ」


 家康も低く告げる。


「あの方は、敗れたことより、命令なく陣を崩したことを許されぬ」


 明智光秀は、遠くの街道から近づいてくる黒い旗を見た。


「静かにせよ」


 その一言だけで、武将たちの間から声が消えた。


 戦場の向こうから、低い声が響く。


「何をしておる」


 怒鳴ったわけではなかった。


 それでも、その場にいた敵兵全員の肩が一斉に震えた。


 開かれた道の奥で、一人の指揮官が馬から転げ落ちるように降り、地面へ額を擦りつける。


「も、申し訳ございません! 敵の右側が手薄に見えたため、全軍をそこへ――」


「誰が予備兵まで動かせと申した」


 指揮官の身体が固まった。


「し、しかし、あそこを破れば王宮へ届くと――」


「届いたのか」


 返事はなかった。


「わしは、届いたのかと聞いておる」


「……いいえ」


 黒い軍靴が、指揮官の顔の前で止まる。


「敵が見せた餌へ食いつき、中央を捨て、伝令を断たれ、兵を三つに裂かれた。そのうえ、何をしたかではなく、何をしようとしたかを語るか」


「お許しを……!」


「許せば、失った兵が戻るのか」


 指揮官は震えながら額を地面へ押しつけた。


「下がれ」


 声は静かだった。


「二度と軍を率いるな」


 指揮官が這うように道を空ける。


 豊臣秀吉がすぐに膝をついた。


「信長様。前方部隊は孤立し、中央の奪還も困難にございます。御命令を」


 徳川家康も頭を下げたまま続ける。


「敵は高台を押さえ、こちらの伝令を完全に止めております。無理に動かせば、残る兵まで捕らえられましょう」


 明智光秀はリリアーナのいる野外舞台へ視線を向けた。


「我らの数、速度、予備兵の位置まで読まれていたものと思われます」


 柴田勝家が拳を握り、低く唸る。


「それでも、命じていただければ奪い返します」


「勝家」


 名を呼ばれただけで、柴田勝家は息を止めた。


「わしはまだ、命じておらぬ」


「……はっ」


 勝家は深く頭を下げ、それ以上何も言わなかった。


 黒田官兵衛だけが、もう一度野外舞台へ目を向ける。


「あの陣を組んだ者を、侮るべきではありませぬ」


 周囲の武将たちが僅かに顔を上げた。


「兵を打ち破ったのではなく、我ら自身に陣を崩させた。これほどの軍師、そうはおりませぬ」


 黒い旗の下から、一頭の黒馬が進み出た。


 豊臣秀吉。


 明智光秀。


 徳川家康。


 柴田勝家。


 黒田官兵衛。


 名だたる武将たちが一斉に頭を下げる。


 馬上の男は黒い甲冑をまとい、短い黒髪を後ろへ流していた。多くの兵を捕らえられ、陣を破られた直後だというのに、その顔には焦りも怒りも浮かんでいない。


 失った兵を見ているのではなかった。


 次はどこを切り捨てれば勝てるのか。


 誰を使い、誰を捨てれば天下が近づくのか。


 その先だけを見ている。


 官兵衛が頭を下げたまま告げる。


「信長様。あの姫は、我らの判断そのものを操りました。あれほどの軍略を見せる者は、信長様以外に初めてにございます」


 信長の目が、遠く離れた高台の上に立つリリアーナへ向く。


「だから連れ戻す」


 信長が手綱を引いた。


 黒馬が地面を蹴る。


 ドドドドドドッ!!


 捕らえられた兵の間を縫うように、黒馬が一直線に戦場を駆け抜けてきた。王宮モビーズが身構え、ロイヤル・フラグメントも高台の前へ集まろうとする。


「動くな」


 リリアーナが止める。


 黒馬は速度を落とさないまま高台の真下へ迫り、最後の一歩で前脚を高く上げた。


 ヒヒィィン!!


 土と小石が跳ねる。


 信長は馬上で微動だにせず、高台の上に立つリリアーナを見上げた。


 リリアーナの隣では、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が真っすぐ立ち、馬上の男だけを見ている。


 リリアーナも、同じ男から目を逸らさなかった。


「お前が、織田信長か」


 男の目がリリアーナを捉える。


 その視線が、隣に立つ刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司へ移った。


 ほんの僅かに、目が細くなる。


「まだ分からぬのか」


 一拍の静寂が落ちた。


「志乃じゃ」


 リリアーナの目が見開いた。

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― 新着の感想 ―
ち、ちょっと待て!! 気持ちよく聖司の軍略が進んでワクワクしていたら、 最後の信長の名乗りで腰が抜けた(笑) どうするんだ?聖司!?
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