↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふわ姫若頭  作者: 夜嶋朔
第四章 貧民街現場復帰編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
70/72

第70話 戦支度


翌朝、リリアーナたちは王都の外へ出ていた。


 同行しているのはミレーヌ、バルド、レイナ、鉄ちゃん。そして、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、リリアーナの横から街を見渡している。


 最初に向かったのは、完成間近のテルリッチ公園だった。


 広い道の両脇には花壇が続き、東屋や野外舞台、公共スクリーンが並んでいる。その周囲にはパンチ、点心売店『777』、『氷の翼』、葉巻と煙草の売店が建ち、休憩場所には灰皿も置かれていた。


 まだ職人たちが行き交っていたが、公園はほとんど完成している。


「ほぼできとるな」


「へい。残ってんのは、舞台まわりと一部の舗装だけでやす」


 鉄ちゃんが図面を広げると、リリアーナは残された場所へ目を向けた。


「あと何日や」


「三日でやすねぇ」


「敵、三日待ってくれるか?」


「待たねぇでしょうな」


「ほな、二日でやれ」


「無茶言いやすねぇ」


「一日削っただけや」


「その一日がでかいんでさぁ」


 リリアーナは聞き流しながら、広場に設置された公共スクリーンを見上げた。


「放送は動くか?」


「試験は終了しています。通常放送から避難情報へ、すぐに切り替えられます」


 ミレーヌが答えると、リリアーナは満足そうに頷いた。


「ええ」


 レイナは花壇へ近づき、咲き始めた花を見つめた。


「本当に綺麗な公園ですわね」


「今だけ見たらな。敵が来たら、ここは避難と情報の中心になる」


 鉄ちゃんが花壇の横にある柵へ手をかけた。


「この柵は動かせやす。東屋の下には修理材を入れて、噴水の水は消火にも回せるようにしてありやす」


「灰皿も回収しとけよ。戦の前に火事起こしたら笑えへん」


「へい」


 リリアーナが喫煙所を見ると、朝から数人の職人が煙草を吸っていた。


「もう吸っとるやん」


「休憩中でやす」


「切り替え早いな」


「働く時は働く。休む時は休むんでさぁ」


「正論やから何も言えん」


 チリン。


 バルドが鈴を鳴らした。


「続いて、花田丸へ参りましょう」


 テルリッチ公園の外側には、花に囲まれた庭園が広がっていた。


 薔薇の柵や噴水、東屋、美しく整えられた花壇。見た目だけなら、姫が静かに暮らすための離宮にしか見えない。


 だが、その内側には堀、土塁、木柵、可動柵、細く曲がった進入路、見張り台、救護所、物資庫、避難路が組み込まれていた。


「完成でやす」


 鉄ちゃんが胸を張る。


「ほんまに花だらけやな」


「花田丸でやすから」


「名前に建物寄せんな!」


「オヤジさんが名づけたんでさぁ」


「それを真面目に受け取るな!」


 レイナは薔薇の柵へ近づき、葉を傷つけないようにそっと眺めた。


「可愛らしいですわ」


「敵も最初はそう思うやろな」


「中へ入ったら、どうなりますの?」


「泣く」


 鉄ちゃんが可動柵を押すと、大きな音を立てて道が塞がった。同時に別の柵が開き、敵を一方向へ流す細い道が現れる。


「ここへ追い込みやす。横から網をかけ、上から見張る。退路は一つだけ残してありやす」


「全部塞がんのか」


「逃げ道がなけりゃ、死ぬ気で暴れやすからねぇ。逃げられると思わせて、こっちの道へ流しやす」


「ええ」


 リリアーナは救護所へ続く別の道を見た。


「怪我人は?」


「兵とは別の道で運びやす。物資は裏から、民は内側、伝令はこの細道を使いやす」


「どこも詰まらんな」


「現場を見りゃ分かりやす」


「今回は先に見とるな」


「いつも見てやすよ!」


 刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、花田丸の奥まで見つめていた。


 壊れた柵を直す者、怪我人を運ぶ者、細い道を駆ける伝令、炊き出しから上がる煙。まだ始まっていない戦の姿が、そこにはすでに見えているようだった。


「修理材は?」


「三か所。道具は四か所でやす。壊れた場所から遠くまで取りに走らせません」


「ええやん」


 鉄ちゃんが嬉しそうに笑った。


「姫さんに褒められた」


「調子乗んな」


「へい」


 チリン。


 バルドが再び鈴を鳴らした。


「最後に、貧民街の様子を確認いたしましょう」


 貧民街へ入ると、工場から白い湯気が立ち上っていた。


 大鍋の中では麺が踊り、焼豚が切られ、餃子が焼かれている。その隣では肉まんが蒸され、戦の噂など知らないように、ラーメン工場は朝から動いていた。


「いらっしゃいませ!」


 見習い料理人が元気よく頭を下げる。


「まだ店ちゃうぞ!」


「練習です!」


「元気やな」


 大鍋の前では、リュウが湯気の向こうを見つめていた。


「火を止めるな!」


 ホノヲが声を上げると、別の鍋から味見をしたロンポウが首を振った。


「味噌、もうちょい入れて!」


 その横では餃子の皮が並び、ロアンがスープを一口飲んで目を輝かせた。


「今日も美味しいです!」


「平和やな」


 リリアーナが呟く横で、鉄ちゃんはすでに麺をすすっていた。


「戦前でやすけどねぇ」


「食うとるやないか」


「腹は減りやす」


「それはそうや」


 少し離れた場所では、マーガリンおじさんが焼き上がった菓子を並べていた。


「姫様。戦になっても、パンと菓子は焼きます」


「頼む。腹減った兵は弱いからな」


「はい」


 貧民街の子どもたちも、それぞれの持ち場で働いていた。


 箱を運ぶ者、ねぎを洗う者、皿を並べる者。字を書ける子どもは、材料と完成品の数を帳面へ記している。


 リリアーナは子どもたちの前で足を止めた。


「戦が来ても飯は要る。せやけど、危なくなったら逃げろ。工場より命や」


「はい!」


 子どもたちは、揃って力強く頷いた。


 チリン。


 バルドが鈴を鳴らす。


「皆様がお揃いです」


 貧民街の中央広場には、これまで現場復帰してきた者たちが集まっていた。


 王宮モビーズ。


 『帝都ラーメン☆アイドル革命』。


 ロイヤル・フラグメント。


 『紅月の海賊ヴァンパイア』。


 『朧月あやかし恋絵巻』。


 『セイントミステリア』。


 王宮料理班、鉄ちゃん組、テレビ・放送班、物流班、救護班、警備班、貧民街で働く者たち。そして、各国から集まった兵や職人まで、広場を埋め尽くすほどの人数が集まっている。


 一番後ろでは、オヤジが葉巻をくわえたまま腕を組んでいた。


 リリアーナが前へ出ると、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、その横へ並ぶ。


 チリン。


「姫様より、お話がございます」


 広場が静かになった。


「昨日、不穏な情報が入った。港には武器を積んだ船、街道には見たことのない兵。市場では、鉄と食料が急に買い集められとる」


 イレギュラーが一歩前へ出た。


「今も確認を続けています。まだ敵が来ると決まったわけではありません」


「せや。まだ決まってへん」


 刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司は、広場にいる全員を見渡していた。


「けど、いつ来てもおかしくない。慌てんな。お前らはもう、自分が何したらええか分かっとる」


 リリアーナは最初に王宮モビーズへ目を向けた。


「王宮モビーズ。捕縛と避難誘導」


「はい!」


「ロイヤル・フラグメント。前線、警備、救護、連絡、案内や」


 レオンが元気よく手を上げた。


「やっと僕たちの出番だね!」


「光と警報、頼むぞ」


「任せて! すっごく光らせるよ!」


「敵より先に味方の目潰すなよ」


「あっ、そっか! ちょうどよくする!」


「頼むわ」


 ルシアンも、真似するように手を上げた。


「僕は冷たくするよ。火が出たら、いっぱい冷たくしたら消えるもんね」


「建物ごと凍らせんなよ」


「少しだけ?」


「火ぃ消えるくらいや」


「はーい!」


 エミールが髪を整え、楽しそうに笑った。


「風と煙は僕に任せて。綺麗に流してあげるね」


「自分まで綺麗に見せようとすなよ」


「えっ、だめ?」


「仕事先や」


「あっ、ごめん!」


 ノエルは真面目な顔で頷いた。


「僕はレイナと怪我した人を治すよ。前に出すぎないようにする」


「ほんまやな?」


「うん。出すぎそうになったら、誰かに止めてもらう」


「自分でも止まれ」


「分かった!」


 アレクシスは不安そうな顔をしながらも、強く頷いた。


「僕は前と後ろを何回も行くよ。誰かが困ってたら、すぐに教える」


「無理して走り続けんなよ」


「疲れたら休んで、また走る!」


「ええ子や」


 エリオットも胸を張った。


「避難する人たちは僕が守るよ! ちゃんと並んでもらって、迷子がいないか数える!」


「途中で自分が迷子なんなよ」


「ならないよ! たぶん!」


「たぶん言うな」


 最後にセシルが勢いよく手を上げ、その場で一度くるりと回った。


「僕は王族も民も、みーんな案内するよ! 今日は三十人いける気がする!」


「何が三十人やねん」


「同時にお話できる人数!」


「また増えとるやないか!」


「やったー!」


「褒めてへん!」


 七人は楽しそうに顔を見合わせたあと、リリアーナの周りへ集まった。


「リリアーナは僕が守るよ!」


 レオンが言うと、セシルがすぐに首を振った。


「僕だよ! リリアーナは僕のだもん!」


「違うよ。僕のだよ」


 エミールも笑顔で加わり、アレクシスまで両手を上げる。


「僕も! 僕のリリアーナ!」


「俺は物ちゃうねん」


 七人が一斉に止まった。


「はーい!」


「返事だけはええな!」


 リリアーナが呆れながら次へ目を向けると、七人はもう何事もなかったように仲良く並んでいた。


「『紅月の海賊ヴァンパイア』。港の見張りと放送設備」


 キャプテントュリラーが笑う。


「海は俺たちの持ち場だ」


「船影一つ見逃すな」


「任せろ」


「『朧月あやかし恋絵巻』。水路と結界」


 セイメイが静かに頷き、その隣で式神が水の式神を浮かべた。


 詠女は眼鏡を押し上げ、二人を交互に見る。


「戦場で並ぶお二人の湿度も記録します」


「空気読め!」


「読んだ上で申し上げています」


「今ちゃうねん!」


「『帝都ラーメン☆アイドル革命』。炊き出しと士気」


 キルナが腕を組む。


「腹も心も落とさねぇ」


 タクヤ、ジュン、トモヒサも力強く頷いた。


 パードは長い髪を払い、広場を見渡す。


「暗い顔とか映えないし。絶対アゲてこ」


「戦前やぞ」


「だからアゲるんじゃん」


「それはそうかもしれん」


 スギナは空を見上げ、両手を広げた。


「星々も、今こそ魂の周波数を一つに合わせよと語っています」


「何言うてるか分からんけど、士気は上げてくれ」


「お任せください」


「『セイントミステリア』。怪我人と心の支え」


 ゴスペルが胸へ手を当てた。


「傷ついた魂へ、癒やしの歌を――」


「歌いすぎんなよ」


「調整します!」


「王宮料理班。火ぃ止めんな」


「はい!」


「鉄ちゃん組。壊れたら直せ」


「壊れる前にも見やす」


「物流班。補給を止めるな」


 リキュウはすでに帳面を開いていた。


「各持ち場へ、必要な物を必要な時に回します」


「テレビ・放送班は、避難情報を最優先や」


 ミレーヌが頷く。


「兵の配置は放送しません」


「ニュースは、確認できたことだけ流せ。シャーホムズが確認、ワトゾンが記録、ネツゾウが映像を調べ、イレギュラーが情報を拾う」


「承知しました」


「頼む。レイナは救護全体や」


 レイナは胸へ手を当てた。


「必ず、お助けしますわ」


 リリアーナは広場にいる全員を見渡した。


「剣を持つ奴だけが戦うんちゃう。飯を作る奴、水を運ぶ奴、道を空ける奴、怪我人を運ぶ奴、壊れたもんを直す奴、嘘を見抜く奴、知らせる奴、逃がす奴。全員が戦力や」


 貧民街の者たちが顔を上げる。


「ゲームも国も身分も関係あらへん。今日は全員、同じ国の仲間や」


 刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が、リリアーナへ深く重なった。


「自分の持ち場を守れ。誰か一人だけで勝とうとすんな。飯が止まったら負け、水が止まっても負け、情報が遅れても負けや。怪我人を置いていっても負ける」


 リリアーナの声が広場の奥まで響いた。


「全員で回せ。それが、この国の戦や」


 一瞬の静けさのあと。


「オォォーーーーー!!!!」


 広場が震えるほどの雄叫びが重なった。


 一番後ろで見ていたオヤジが、ゆっくりと葉巻を口から離す。


「ええ顔しとるやないか、清司」


「まだ始まってへん」


「せやな」


 オヤジは静かに笑った。


「せやけど、もう負ける顔やない」


 その時だった。


 カン。


 カン。


 カン。


 見張り台の鐘が王都へ鳴り響く。


 広場の全員が一斉に空を見上げた。


 そこへ、一人の天狗が翼を広げて舞い降りる。


「姫様!」


「北の街道に土煙です!」


 続いて、港の方角からスイチョが息を切らせて駆け込んできた。


「海にも船影!」


 リリアーナが短く問う。


「数は?」


「数え切れません!」


 広場から笑い声が消えた。


 ラーメン工場では、変わらず鍋が煮え続けている。


 テルリッチ公園は、あと二日。


 花田丸は完成している。


 貧民街でも、人々は自分の持ち場を守り続けていた。


 誰一人、逃げ出さない。


 誰一人、慌てない。


 リリアーナがゆっくりと前へ出る。


 刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が、その背中へ深く重なった。


「来たな」


 リリアーナは静かに頷く。


「ほな、始めるぞ」


 誰かが剣を握る。


 誰かが鍋へ薪をくべる。


 誰かが薬を運ぶ。


 誰かが子どもたちを避難させる。


 それぞれが、自分の持ち場へ走り出した。


 平和のために築いてきた街は、これから平和を守るために戦う。


 リュミエール王国、初めての総力戦が、静かに幕を開けようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。