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ふわ姫若頭  作者: 夜嶋朔
第四章 貧民街現場復帰編

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第68話 タケリオ公爵


久しぶりの学園だった。


 リリアーナはもう普通に歩けるようになっていた。護衛役は以前に外れていたが、久々の学園生活を心配したバルドだけは、送り迎えを兼ねて同行している。


 教室では、リリアーナが椅子へだらりともたれ、その横には刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が立っていた。隣にはミレーヌ、少し後ろにはバルドが控え、レイナとエミールも一緒に教壇を眺めている。


「久しぶりですわね。やっと学園へ戻ってきた感じがいたしますわ」


 レイナが教室を見渡すと、エミールも嬉しそうに机へ手を置いた。


「僕たち、ずっと現場にいたもんね。授業より工場の方が詳しくなっちゃった」


「学生としてどうなんやろな」


「でも、工場の授業なら一番になれるよ!」


「そんな授業ないねん」


「作ったらいいんじゃない?」


「学園まで現場にすな」


 チリン。


 バルドが鈴を鳴らすと、教師が一枚の招待状を広げた。


「まずは学園からのお知らせです。来月、マクビー国主催の大舞踏会が開かれます。各国の王族、貴族、商人が招かれておりますので、参加を希望する者は届けを提出してください」


 教室中が一気にざわついた。


「セシルの国ですね」


 ミレーヌが言うと、リリアーナは嫌そうに眉を寄せた。


「また現場増えそうやな」


「舞踏会ですわよ?」


 レイナが首を傾げる。


「舞踏会ほど事件起きるやろ」


 エミールも真剣な顔で頷いた。


「うん。踊ってたら足を踏むかもしれないし」


「事件の規模ちっちゃいねん」


「でも痛いよ?」


「そこ心配しとんちゃう」


 授業が終わり、五人で廊下へ出ると、角から歩いてきた男女の生徒がぶつかった。


 二人の持っていた本が床へ落ち、同時に手を伸ばした指先が触れる。


「前から、君のことが気になってたんだ……」


「え……いきなりそんなこと言われても困っちゃうよぉ……でも、どうしてこんなに心が揺れるの?」


 少女が胸へ手を当てた。


 リリアーナは足を止め、二人を見た。


「おい。恋始まったぞ」


「急ですね。まだ本を拾っている途中です」


 ミレーヌが淡々と言うと、レイナも不思議そうに二人を眺めた。


「お名前も呼んでいませんね」


 エミールは、床に残された本を指差した。


「先に本を拾った方がいいよ。踏んだらかわいそうだから」


「お前だけ本の心配しとるやん」


「本は喋れないから、僕たちが守ってあげないと」


「優しいけど今ちゃうねん」


 刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、床に膝をついた二人を無言で見つめていた。


 そのまま中庭へ出ると、今度は男子生徒が少女の髪へ手を伸ばした。


「動かないで」


「え……?」


 男子生徒は髪についていた花びらを取り、優しく目を細めた。


「この花びら、しおりにしようかな」


「どうして?」


「君の綺麗な髪についていたから」


「え……私のこと……」


「好きに決まってるじゃないか」


「……ばか」


 リリアーナは目を細めた。


「なんや、この茶番」


「花びら、もう枯れかけていますね」


 ミレーヌが冷静に言った。


「そこ見るん?」


 レイナは少し頬を赤くしている。


「でも、少しだけ綺麗ですわね」


「レイナまで乗るな」


 エミールは花びらをじっと見た。


「しおりにするなら、ちゃんと押し花にしないと、ぐちゃぐちゃになるよ」


「お前、さっきから物しか心配してへんぞ」


「花びらも喋れないよ?」


「もうええわ」


 さらに歩いて校門前まで来ると、空は雲一つなく晴れ渡っていた。雨など一滴も降っていない。


 それなのに、男女の生徒が一本の傘へ入っている。


「君の心に降る雨を、僕が止めてあげる」


「え……私の傘になってくれるの?」


「当たり前だろ」


「私も前から好きだったの」


「僕も好きだよ」


 二人の顔がゆっくり近づいていく。


「おい!!」


 リリアーナの声が校門前へ響いた。


「雨降ってへんのに傘さすな!」


 二人が固まり、周囲の生徒たちも一斉に振り返った。


「心の雨です」


 ミレーヌが言う。


「知らんがな!」


 エミールは空を見上げ、傘の下を覗き込んだ。


「でも日差しは強いよ。二人とも焼けなくていいね」


「日傘でもないやろ!」


「じゃあ、何の傘?」


「俺が聞きたいわ!」


 レイナが口元を押さえて笑った。


「でも、両想いにはなられましたわ」


「そこまで見届けんでええ!」


 リリアーナが改めて学園を見渡すと、廊下、中庭、校門だけではなく、壁際、木の下、階段の踊り場、噴水の前でも、やたらと男女の生徒が見つめ合っていた。


 そこら中で恋が始まっている。


 ミレーヌは黒革手帖を開き、周囲を確認しながら言った。


「攻略対象とヒロインが現場復帰しすぎた影響ですね。恋愛イベントを起こす人物が、学園からほとんどいなくなりました。現在、攻略対象の多くは工場、物流、警備、料理、放送、建設に配置され、ヒロインたちも同じ現場で働いています」


 エミールが周りを見回した。


「だから、ほかの生徒が代わりに恋をしてるの?」


「その可能性が高いです」


「すごいね。学園が頑張ってる」


「頑張る方向間違えとるわ」


 レイナも、次々と始まる恋愛を見つめた。


「乙女ゲームらしさを残したいのですわ」


「乙女ゲーム感、今さらここで出すな!」


 その時だった。


「リリアーナ」


 低い声がして、全員が振り向いた。


 一人の男が木へもたれている。


 長い指、整った顔、少し伏せた目。立っているだけで妙な色気を漂わせた男は、ゆっくりと顔を上げた。


「やっと会えた」


 リリアーナは男を見た。


「誰や」


 男は少し笑った。


「照れなくていい」


「照れてへん」


「君が僕を想っていることは、もう知っている」


「俺は今、お前の名前すら知らんねんけど」


 男は気にする様子もなく、一歩、また一歩とリリアーナへ近づいてきた。


「タケリオ公爵です」


 ミレーヌが小声で告げる。


「最近、リリアーナ様との噂が広がっています」


「誰と誰の噂や」


「リリアーナ様と、タケリオ公爵です」


「初対面やぞ」


 タケリオは髪をかき上げた。


「初めて会った気がしない」


「こっちはする」


「僕たちは、ずっと前から心で繋がっていた」


「繋がってへん」


「舞踏会では、僕の隣を空けておくよ」


「頼んでへん」


「君が来る未来しか見えない」


「自分しか見えてへんやろ」


 レイナが、そっとリリアーナの近くへ寄った。


「すごい方ですね」


 エミールも驚いた顔のまま一歩下がる。


「まだ何も聞いてないのに、全部決まってるよ」


「せやねん。俺の返事どこ行ったんや」


「たぶん、タケリオ公爵が持ってる」


「勝手に持って帰るな」


 タケリオがリリアーナの手を取ろうとすると、レイナが先にその手を止めた。


「姫様へ触れていい許可など出ておりませんわ」


 レイナは微笑んでいたが、タケリオの手を離さない。


「失礼。彼女が恥ずかしがると思ってね」


「恥ずかしがってへん」


「強がる姿も美しい」


「話聞けや!」


 刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が刀の柄へ手をかけ、タケリオをじっと見つめた。


 リリアーナも目を細める。


「そもそも、なんで俺がお前を好きって噂になっとんねん」


 タケリオは自信に満ちた笑みを浮かべた。


「運命は、隠しても広がるものだから」


「答えになってへん」


 ミレーヌは黒革手帖を閉じ、タケリオを見た。


「清司さん、噂の出所が分かりました」


「誰や」


「ご本人です」


 全員が黙った。


 レイナは目を瞬き、エミールは口を開けたままタケリオを見る。バルドも鈴を持ったまま静かに止まっていた。


 それでもタケリオは悪びれることなく笑っている。


「先に皆へ知らせておいた方が、君も受け入れやすいと思って」


「自作自演かい!!」


 リリアーナの声が学園中へ響いた。


 刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司は刀を抜き、タケリオの背後にあった木を一閃した。


 大きな枝が落ちると、タケリオは初めて笑顔を止めた。


「次はお前やぞ」


「姫様」


 バルドが静かに呼ぶ。


「なんや」


「舞踏会への参加届は、いかがいたしましょう」


「行く」


「行くんですの?」


 レイナが驚くと、リリアーナは落ちた枝を踏み越え、タケリオを睨んだ。


「俺の知らんところで、俺の話を勝手に決めとる奴がおるんやろ。直接行って、全部ひっくり返したる」


 ミレーヌは黒革手帖を開き、すぐにペンを走らせた。


『マクビー国大舞踏会、参加決定』


「清司さんらしいです」


「あぁ」


 学園中で始まった恋の中、リリアーナだけは舞踏会へ殴り込みに行く準備を始めていた。

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