第67話 大オーディション
王都中央劇場。
朝から入口が見えなかった。
歌いたい者、踊りたい者、芝居をしたい者、人を笑わせたい者、ニュースを読みたい者、そして裏方として働きたい者まで、世界中から集まった応募者が広場を埋め尽くしている。
リリアーナは審査員席へだらりともたれ、その横では、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が舞台を見つめていた。
ミレーヌは黒革手帖を開き、バルドが鈴を鳴らす。
チリン。
「それでは、配下国合同大オーディションを始めます」
「多すぎるやろ。応募者、何人おんねん」
「数えるのを途中でやめました」
「やめんな」
「今も増えています」
「もっとあかんやろ」
最初は、女性アイドル部門だった。
舞台へ上がったのは、六人の少女。
ウニ。
リス。
ガウ。
レミ。
アン。
イン。
ウニが真ん中へ立った。
それだけで、そこが舞台の中央になった。
リリアーナが目を細める。
「なんや、あの子」
「まだ何もしていません」
「もう目ぇ行く」
ウニが笑うと、客席がざわついた。
「採用」
「まだ歌っていません」
「もう採用でええやろ」
「審査は続けます」
ミレーヌは冷静に先を促した。
次にリスが歌う。
一声で、会場が静かになった。
二声で、リリアーナが体を起こした。
三声目には、客席にいたゴスペルが涙を流していた。
「魂が……!」
「お前は審査員ちゃうぞ」
ガウは少し後ろから全員を見ていた。
立ち位置がずれれば直し、衣装の裾が乱れれば、歌を止めずにさりげなく整える。
「周り見えとるな」
レミは客席の右、左、後ろへ順番に手を振った。
いつの間にか、客席の全員がレミへ手を振り返している。
「客、もう落ちとるやん」
アンは歌いながら六人の位置をまとめ、ぶつかりそうになったインを引き寄せると、そのまま自然に振りへ戻した。
「まとめる奴もおる」
最後は最年少のインだった。
誰よりも小さいのに、誰よりも堂々と審査員席を見つめる。
「よろしくお願いします!」
「強いな」
「物怖じしませんね」
詠女が勢いよく立ち上がった。
「ウニ様を中央へ! リス様は歌、ガウ様は全体を見る役、レミ様は愛嬌、アン様はまとめ役、イン様は最年少! そして六人の視線が交わった時の湿度が――」
「最後だけ黙れ」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司は、舞台に並んだ六人をじっと見つめていた。
リリアーナも六人を見渡す。
「一人ずつでも強い。並べたら、もっと強いな。六人で組ませる」
客席が一斉に湧いた。
こうして、六人組の女性アイドルグループが決まった。
バルドが鈴を鳴らす。
チリン。
「続いて、役者部門でございます」
最初に出てきたのは、シュンだった。
軽く頭を下げる。
「よろしくお願いします」
どこにでもいそうな普通の青年だった。
だが、台本を開いて顔を上げた瞬間、別人になった。
怒っている。
笑っている。
泣きそうなのに、泣かない。
まだ一言も発していないのに、会場が静まり返った。
「採用」
「まだ一言目です」
「もう分かった」
次はタカユキだった。
舞台の床へ座り、遠くを見つめる。
「……俺は、やってない」
誰も疑っていなかった。
だが、その一言を聞いた瞬間、会場にいた全員がタカユキを疑い始めた。
「やっとるやろ、こいつ」
「演技です」
「分かっとる」
審査が終わっても、タカユキは立ち上がらない。
「終了です」
ミレーヌが声をかけた。
「……俺は、やってない」
「戻ってこい」
「……俺は」
「採用するから戻ってこい!」
次に出てきたツヨシは、静かな顔に落ち着いた服を着ていた。
立っているだけなら、かなり渋い。
「どうもー! 本日はですね! 僕という人間をですね! 皆さんへ知っていただこうと!」
「うるさい!」
第一声で、すべてが壊れた。
「見た目と中身、合ってへんやろ!」
「よく言われます!」
「誇るな! 芝居はできるんか」
「もちろんです」
ツヨシは急に黙った。
次の瞬間に泣き、さらに次の瞬間には笑い、また勢いよく喋り始める。
「できるなら最初からやれ!」
サトミは台本を一行読んだ。
可愛い。
次の一行では、怖い。
さらに一行読むと、色っぽい。
「何人おんねん」
「一人です」
最後はエリカだった。
舞台へ上がると、用意された椅子へ座った。
「始めて」
「いや、お前が受ける側や」
エリカは眉を上げる。
「そうなの?」
「そうや」
「では、早く台本を」
「なんでこっちが怒られとんねん」
渡された台本を読み始めると、そこにいたのは女王だった。
誰も口を挟めない。
「採用」
「当然ね」
「やっぱ腹立つな!」
ミレーヌが黒革手帖へ五人の名前を書き込んだ。
シュン。
タカユキ。
ツヨシ。
サトミ。
エリカ。
「全員、違う意味で危険ですね」
「役者としては最高や」
バルドが鈴を鳴らす。
チリン。
「続いて、芸人部門でございます」
最初に舞台へ出たのは、ヒトシとマサだった。
二人が舞台の中央へ立つと、ヒトシが客席をゆっくり見渡した。
「どうも。この作品の生みの親を探してます」
「知らんがな!」
バシン。
「暴力です!」
「作品の中で作者探すな!」
「だって会ったことないんですよ」
「当たり前や!」
「もしかしたら客席に……」
「おらんわ!!」
ヒトシは頭を押さえ、すぐに審査員席へ訴えた。
「暴力です! 僕は家族を探しているだけです!」
「今から母親を探すな!」
「見つかったら、育ててもらおうと思って」
「もう育ってるだろ!」
「心はまだ三歳です」
「体だけ先に来すぎだ!」
会場が爆発した。
ヒトシは客席の笑い声を聞き、少しだけ首を傾げる。
「今の笑い方を見る限り、三人くらいは僕の母親ですね」
「増やすな!」
バシン。
「二回目の暴力です! この人、僕の家族を減らそうとしています!」
「一人も家族になってない!」
「採用」
リリアーナが言った。
「まだ始まったばかりです」
「もう客取った」
そこへ、舞台袖からカシヤスが出てきた。
「少し待ってください」
「今の流れなら、ヒトシさんがもう一度客席へ振ってから、マサさんが落とした方が笑いは大きくなります」
「お前、誰や」
「受験者です」
「なんで審査し始めてんねん」
カシヤスは、そのまま審査員席へ顔を向けた。
「姫様は採用と言うのが早すぎます。ミレーヌさんは少し真面目すぎます。バルドさんは完璧です」
「恐れ入ります」
「勝手に回すな!」
「では、一度ここで整理しましょう」
「お前が仕切んな!」
さらにタカフミが飛び出してきた。
「いやぁ、今日は待ち時間もずっと喋っていまして! 隣にいた人が途中で帰りました!」
「お前のせいやろ」
「え? どうしてですか?」
「分からんのか!」
タカフミは止まらなかった。
客席へ話しかけ、舞台袖へ話しかけ、最後には鉄ちゃんへ顔を向ける。
「その髪型、朝は何分くらいかかるんですか?」
「知らねぇよ!」
ヒトシが横からタカフミを見た。
「お前、よう喋るな」
「あなたが静かすぎるんですよ!」
「初対面やぞ」
マサが反射的にヒトシの頭を叩く。
バシン。
「なんで俺やねん!」
「僕も分かりません!」
「暴力を受けた本人が分からへんのか!」
カシヤスが二人の間へ入った。
「はい、一度落ち着きましょう。今の叩きはヒトシさんに責任がありません」
「最初からないわ!」
その間も、タカフミは客席と喋り続けていた。
次に出てきたタケシは、舞台の中央へ立つと、何も言わずに審査員席を見た。
「特技は?」
ミレーヌが尋ねる。
「事故」
「何言うてんねん」
「あと、滑舌」
「自分で言うな」
タケシが台本を読み始めた。
誰も聞き取れない。
「今、なんて言うた?」
「終戦」
「聞こえへんかったぞ」
「聞く気が足りないんだよ」
「受験者が怒んな!」
タケシは小さく舌打ちし、舞台袖を見た。
「ここを落ちたら、軍に入るか」
「絶対入れんな」
最後に出てきたモリは、舞台の中央に置かれた椅子へ静かに座った。
「何か披露してください」
ミレーヌが促す。
「昼ご飯は食べました?」
「食べました」
「何を?」
「焼魚です」
「いいですねぇ」
会場が静かになった。
「……」
「……」
リリアーナが首を傾げる。
「何がおもろいねん」
その瞬間、客席のあちこちから笑い声が漏れた。
「なんで笑っとんねん!」
モリは困ったように肩をすくめる。
「分かんないですねぇ。魚がよかったんでしょうか」
「魚で笑ってへんやろ!」
「では、味噌汁ですかねぇ」
「昼飯から離れろ!」
また客席が笑った。
「こいつ、空気作るん上手いな。採用」
「まだ何も披露していません」
「もう空気変えた」
気づけば舞台には、六人の芸人が並んでいた。
ヒトシが妙な話を始め、マサが叩き、カシヤスが勝手に進行し、タカフミが誰にも止められず喋り続ける。
タケシは舞台袖の小道具を触り、モリは客席の老人と夕飯の話をしていた。
「誰が審査されとんねん!」
リリアーナの声が響く。
会場がさらに大きく笑った。
「全員採用」
「よろしいのですか?」
「こいつら、もう会場支配しとる」
バルドが鈴を鳴らした。
チリン。
「続いて、ニュースキャスター部門でございます」
セリーナが舞台へ出た瞬間、会場が静かになった。
華やかな美人だった。
セリーナが笑う。
それだけで全員の目が集まる。
「本日、王都中央市場では――」
声も聞き取りやすく、堅い内容なのに続きを聞きたくなった。
「採用」
「まだ一行です」
「一行で全員見た」
エリオットが嬉しそうに手を挙げた。
「僕もニュース読めるよ! 今日のお天気は、外を見たら分かります!」
「見える場所だけやん」
「雨が降ってたら、雨ですって言うよ!」
「見たままやな」
「でも、絶対間違えないよ!」
「夜になったら何も見えへんぞ」
「朝まで待つ!」
「ニュース遅すぎるやろ」
次はチャールズだった。
舞台へ上がって椅子へ座ると、原稿へ目を落とす。
「この文章は、少し直した方がいい。事実が後ろに置かれている。重要な情報から読むべきだ」
「最初に言うことちゃうやろ。鼻につくな、こいつ」
チャールズは原稿を自分で直し、読み始めた。
空気が一気に締まる。
軽い市場の話が、国の重要な知らせに聞こえた。
「採用」
「当然だ」
「やっぱ鼻につくな!」
セリーナが笑う。
「でも、私と並ぶといい感じじゃない?」
「君がそう思うなら、悪くはない」
「なんで上からやねん」
ミレーヌが二人の名前を書き込んだ。
「セリーナは人の目を引き、チャールズは話を聞かせる。二人でニュースを任せます」
レオンがセリーナを見上げた。
「僕も隣に座っていい?」
「ニュースを読むの?」
「ううん。ちゃんと聞く係!」
「家で見ろ」
「テレビがまだないよ!」
「せやったな」
バルドが鈴を鳴らす。
チリン。
「最後に、裏方部門でございます」
舞台の幕が開く。
そこには、さらに多くの応募者が並んでいた。
照明。
音響。
衣装。
化粧。
撮影。
編集。
大道具。
小道具。
警備。
受付。
清掃。
料理。
記録。
世界中の貧民街から集まった者たちだった。
リリアーナは一人ずつ見ていった。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、同じ者たちを見つめている。
傷だらけの手。
舞台へ立った時の姿勢。
人を見る目。
破れた服を直す指。
道具の持ち方。
周りをまとめる声。
本人が隠していても、できることは見える。
「表に立てんから、才能がないわけちゃう」
リリアーナが口を開くと、会場が静かになった。
「舞台は、裏がおらんと動かん。服を直せる奴、音を聞き分けられる奴、手先が器用な奴、人を安全に動かせる奴、字を書ける奴、飯を作れる奴。全部、仕事や」
セシルが応募者たちを見渡した。
「みんな、すごいね! お洋服を直せる人がいなかったら、ずっと破れたままだもん!」
「せやな」
「ごはん作る人がいなかったら、お腹すくよ!」
「せやな」
「お掃除する人がいなかったら、汚いよ!」
「せやな」
「僕も何かする!」
「何できるん?」
「がんばってる人に、がんばってるねって言う!」
「それも大事やな」
「仕事になる?」
「今はならん」
「じゃあ、お手伝いにする!」
「ええ子やな」
ミレーヌがリリアーナへ尋ねた。
「採用は?」
「使える奴、全部拾う」
応募者たちが一斉に顔を上げた。
「配下国の貧民街を優先や。貧しいから、何もできんのとちゃう。見つけられてへんだけや」
リキュウが立ち上がる。
「各国へ仕事と持ち場を振り分けます。移動費と住む場所も用意いたします」
「頼む」
バルドが最後の合格者名簿を机へ置いた。
チリン。
「以上で、すべての審査を終了いたします」
女性アイドル、六人。
役者、五人。
芸人、六人。
ニュースキャスター、二人。
裏方、多数。
ミレーヌが黒革手帖を閉じた。
「清司さん。芸能界の人材が揃いました」
「せやな」
「ただ、一つ問題があります」
「なんや」
舞台では、ヒトシが客席の中に母親を探し、マサが止め、カシヤスが勝手に進行していた。
タカフミはまだ喋り続け、タケシは大道具の剣を持ち出し、モリは客席へ夕飯の献立を聞いている。
「芸人部門だけ、終了していません」
「誰か止めろや!!」
こうして、才能を見つけるために始まった大オーディションは、審査員より先に芸人たちが会場を乗っ取って終わった。




