第66話 タイフーン
王宮の小会議室。
長机の上には、三人分の名前が並んでいた。
タクヤ。
ジュン。
トモヒサ。
リリアーナは椅子へだらりともたれ、その横では、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が三枚の紙を見つめていた。
ミレーヌは黒革手帖を開き、バルドが鈴を鳴らす。
チリン。
「まずは、三名のお名前から参りましょう」
詠女が勢いよく一枚の紙を広げた。
『タイフーン』
「嵐のように世界を巻き込みます!」
「ええやん。今日から三人は、タイフーンや」
「はい!」
タクヤ、ジュン、トモヒサの声が揃った。
「並びはタクヤ様を中央へ。ジュン様とトモヒサ様が左右から支え、時に視線を交わし、背中合わせになった時の湿度を――」
「湿度はいらん」
「重要です」
「いらん」
ミレーヌが黒革手帖へ書き込む。
『名称、タイフーン。』
「次は事務所ですね」
「部屋と稽古場あったらええやろ」
リリアーナが言うと、詠女が首を振った。
「衣装室、更衣室、楽屋、休憩室、予定を管理する部屋、相談室、三人だけで語り合う部屋が必要です」
「最後いらん」
「では、相談室へまとめます」
「最初からそれでええやろ」
鉄ちゃんは、すでに図面を描いていた。
「受付は前、稽古場は奥。衣装室と楽屋は舞台の近くへ置いて、客と出演者の道は分けやす」
「機材も裏から入れろ」
「へい」
「飯と休憩も、ちゃんと取らせる。体調管理はアネイモ、悩みはチンプとセシル、歌はゴスペル、踊りはティオたち、予定と契約はミレーヌや」
セシルが嬉しそうに手を挙げた。
「僕、悩み聞くよ! 泣いてたら、いっしょに泣いてあげる!」
「一緒に泣くん?」
「うん! 一人で泣くより二人の方がさみしくないよ!」
「解決はしてへんな」
「でも、ぎゅってするよ!」
「優しいからええか」
詠女は胸へ手を当てた。
「三人の全体管理は私が」
「関係性作るなよ」
「見守るだけです」
「目が怖いねん」
バルドが鈴を鳴らした。
チリン。
「続いて、舞台と撮影でございます」
「舞台に三人立たせて、正面から撮る」
リリアーナが言うと、パードが目を丸くした。
「え、ずっと引き?」
「引き?」
「三人をずっと小さいまま映す気?」
「見えるやろ」
「地味すぎ。タクヤは顔へ寄って、ジュンはダンスを全身で撮って、トモヒサは目線がほしい。三人揃ったら引き。客席が沸いたら、そっちも映す」
「撮る道具、一台やぞ」
「無理無理。最低三台」
「増えたやないか」
「切り替えた方が絶対アガるって」
「アガる?」
「盛り上がる」
「最初からそう言え」
鉄ちゃんが舞台の周りへ印をつける。
「正面、横、客席側。機材置き場も要りやすな」
「客の道と混ぜんな」
「へい」
「撮った映像は?」
ミレーヌが尋ねた。
「残す」
「遠くにも見せたいですね」
「どうやって?」
会議室が静かになった。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司は、机の上に置かれた映像魔石を見つめている。
リリアーナも映像魔石を手に取り、指先で転がした。
「送る魔石と、受ける魔石を作る」
「受けても、映す物が必要です」
「薄い魔石板へ映像を出す。音も要るし、熱も出る。冷やす仕組みも要るな」
ルシアンが、ぱっと顔を上げた。
「僕が冷たくするよ!」
「ずっとお前が横に立つん?」
「うん!」
「テレビ一台につき、ルシアン一人要るやん」
「僕、いっぱい走るよ!」
「増えへんぞ」
「じゃあ、僕の氷を入れとく!」
「そっちやな」
ルシアンは嬉しそうに頷いた。
「溶けたら、また入れに行くね!」
「まだ走る気やん」
「みんなのテレビ、熱くなったらかわいそうだもん!」
「テレビに優しいな」
リリアーナは魔石を机へ戻し、顔をしかめた。
「アイドル映すだけやったやろ」
「もうテレビです」
ミレーヌが答えた。
「でかい箱はいらんぞ。最初から薄くしろ」
「魔石、光、音、送信魔法を組み合わせます」
レオンが身を乗り出した。
「僕、光できるよ! いっぱい光らせたら、すっごく見える!」
「眩しすぎたら見えへんで」
「じゃあ、半分!」
「何の半分や」
「いっぱいの半分!」
「分からんな」
「でも、目が痛くないくらいにする!」
「そこ分かっとるならええわ」
ミレーヌが続ける。
「王都だけで作れますか?」
「無理やな」
リリアーナは即答した。
「配下の国々へ声かけろ。光が得意な魔法使い、音が得意な魔法使い、記録魔法、遠くへ飛ばす魔法、冷却、制御。使える奴を全部集める」
エミールが手を挙げた。
「僕、風で遠くへ飛ばせるよ!」
「映像飛ばせるん?」
「分かんない! でも、紙は飛ぶよ!」
「紙から始まったな」
「魔石も軽かったら飛ぶ!」
「落としたら割れるぞ」
「じゃあ、ふわって飛ばす!」
「風に加減できるん?」
「やってみる!」
「元気だけはあるな」
リキュウが帳面を開いた。
「各国から技術者を募ります。試作品は王都で作り、成功した後に各国で量産。壊れた際の部品も共通にいたします」
「それでええ。けど、貧民街の家には買えへん」
「では、広場へ大きな物を置きます」
「でかいテレビか」
「絶対映える!」
パードが笑った。
「広場でみんなでタイフーン見たら、普通にヤバいって」
「何がヤバいねん」
「めっちゃいい」
「最初からそう言え」
セシルが目を輝かせた。
「大きいテレビで、タクヤたち見えるの?! お顔も大きくなる?!」
「なるな」
「じゃあ、お鼻も大きいね!」
「そこ喜ぶん?」
「みんなで見たら楽しいよ! 後ろの人にも、お鼻見えるもん!」
「鼻を届ける道具ちゃうぞ」
「歌も届くよ!」
「そっち先に言え」
キャプテントュリラーが図面を引き寄せた。
「大きな画面は俺たちが作る。船で使う設備より、地面に置く方が楽だ」
「風と雨には耐えさせろ」
「任せろ」
鉄ちゃんが画面の下へ線を引いた。
「基礎、屋根、観客の柵、避難路、排水、救護所も要りやす」
「待て待て。画面置く話やったやろ」
「人が集まりやす。そしたら、そこまでが現場でやす」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司は、広場の図面へ静かに目を向けていた。
そこへ集まる子ども、年寄り、仕事帰りの者たちを想像し、リリアーナも図面を見つめる。
「せやな。画面だけ置いて終わりちゃうぞ。人が集まる場所まで現場や」
「へい」
「最初は貧民街に一台。次に工場前。その次に港。一気に増やすな。問題出して、直してからや」
バルドが鈴を鳴らす。
チリン。
「続いて、放送を作る場所でございます」
「まだあんのか」
「撮る場所、編集する場所、ニュースを読む場所、緊急放送を流す場所。すべて必要です」
ミレーヌが新しい紙を置いた。
『中央放送局』
「また建物増えたやないか」
鉄ちゃんが鉛筆を構えた。
「こいつぁ、うちだけじゃ足りやせんな」
「配下の建設部隊を全部呼べ。鉄ちゃん組だけで抱えるな」
リリアーナは地図を指でなぞった。
「各国の大工、石工、道を作る奴、水路を作る奴、魔導設備を組む奴。使える建設部隊を集める」
「へい。国ごとに持ち場を分けやしょう」
「競争させんなよ。同じ図面で作れ。壊れた時に、誰でも直せる形にする」
「任せてくだせぇ」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司は、放送局の図面を見つめていた。
「テレビ局を作ったら、遠くへ送る塔も要ります」
ミレーヌが言った。
「王都に一つ。港に中継塔。次に傘下国です」
リリアーナは額を押さえた。
「事務所、テレビ、でかい画面、放送局、塔。アイドルの会議やったはずやぞ」
「国の放送産業になりました」
「なんでやねん」
ノエルが首を傾げた。
「アイドルって、建物いっぱい作るんだね!」
「普通は作らん」
「でも、タクヤたちのおうちもいるよ!」
「事務所な」
「歌うおうち!」
「まあ、間違ってはないな」
アレクシスが腕を組んだ。
「僕の国にも大きいテレビ置いて! 一番大きいやつ!」
「競争させんな言うたとこやぞ」
「競争じゃないよ! 僕のが一番だったら、もう競争しなくていいもん!」
「一番取る気満々やないか」
「みんなも見に来ていいよ!」
「優しいんか負けず嫌いなんか、どっちや」
「どっちも!」
「元気やな」
バルドが鈴を鳴らした。
チリン。
「最後に、出演者と働く者についてでございます」
「出演者?」
「タイフーンだけでは番組が足りません」
ミレーヌが黒革手帖を開く。
「ニュースを読む者、司会をする者、人を笑わせる者、物語を演じる者、料理を教える者、各国を紹介する者が必要です」
リリアーナが顔を上げた。
「ニュースキャスター、芸人、俳優。全部いるな」
エリオットが手を挙げた。
「僕、ニュース読めるよ!」
「読めるん?」
「今日のお天気は、お外を見たら分かります!」
「窓から見えるとこだけやん」
「雨だったら、雨ですって言う!」
「見たままやな」
「すっごく分かりやすいよ!」
「間違いはないな」
レオンも手を挙げた。
「僕は司会する! 次の人、どうぞって言えるよ!」
「それだけ?」
「終わったら、すごかったねって言う!」
「感想までついたな」
「みんながんばったら、みんな一番だよ!」
「審査にならへんな」
「でも、うれしいよ!」
「司会には向いとるかもしれんな」
「どうやって選びます?」
ミレーヌが尋ねると、会議室が静かになった。
リリアーナは椅子から少しだけ身を起こした。
「オーディションや」
「王都だけですか?」
「配下の国々、全部や。歌える奴、喋れる奴、人を笑わせる奴、演じられる奴。顔だけやない。持っとるもん全部見せてもらう」
詠女の目が輝いた。
「大規模オーディション!」
パードも身を乗り出す。
「それ、絶対盛り上がるじゃん!」
「審査する側も要りますね」
「適当に選ぶなよ。一回落ちても、別の持ち場があるかもしれん」
リリアーナは、机に並んだ名前と図面を見渡した。
「表に立てんくても、裏で光る奴はおる。撮影、照明、音、衣装、化粧、舞台、道具、記録、警備。裏方も募集する」
セシルが、ぱっと手を挙げた。
「落ちた人、僕がいっぱい褒める!」
「全員?」
「うん! 来てくれてありがとうって言う!」
「ええやん」
「泣いてたら抱っこする!」
「全員は無理やろ」
「順番にする!」
「時間かかるな」
「待ってる人には、お菓子あげる!」
「勝手に増やすな」
ミレーヌが黒革手帖へ書き込む。
「不採用者への相談窓口と、別職種の案内も用意いたします」
「セシルのアホ可愛い案が、ちゃんと制度になったな」
「僕、役に立った?」
「立ったで」
「やったぁ!」
セシルが両手を上げると、ノエルも隣で同じように手を上げた。
「僕も役に立ちたい!」
「何できるん?」
「迷子の人を連れてく!」
「お前も迷子になるやろ」
「じゃあ、一緒に待ってる!」
「増えただけやん」
「でも、一人じゃないよ!」
「優しいからええか」
ミレーヌが尋ねた。
「採用は、配下国の貧民街を優先しますか?」
「せや」
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が、各国の地図を見つめている。
リリアーナも地図へ目を落とした。
「貧しいから、何もできんわけちゃう。見つけられてへんだけの奴がおる。手ぇ動く奴、耳がええ奴、光に強い奴、衣装を直せる奴、字を書ける奴、人をまとめられる奴。全部、仕事になる」
リキュウが頷いた。
「各国へ募集所を作ります」
「移動費と宿も出せ。金ない奴が受けられんかったら意味ない」
「承知しました」
バルドが最後の紙を机の中央へ置いた。
チリン。
「では、各国同時開催として進めます」
紙の中央には、大きな文字が並んでいた。
『タイフーン始動。
中央放送局、建設。
魔導テレビ、共同開発。
配下国合同。
第一回、大オーディション開催。』
リリアーナは、その紙を見た。
刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司も、すぐ横で同じ文字を見つめている。
「アイドル三人決めるだけやったよな」
「はい」
ミレーヌが黒革手帖を閉じた。
「芸能人と裏方を、国中から集めることになりました」
「規模でかすぎるやろ!」
セシルが嬉しそうに笑った。
「タイフーン、まだ歌ってないのにすごいね!」
「ほんまやな」
ルシアンも頷いた。
「歌う前に、国中におうちできるね!」
「放送局と中継塔や」
「歌うおうちと、歌を遠くへ投げる塔!」
「だいたい合っとるけど、言い方アホやな」
こうしてタイフーンが一曲も歌わないうちに、配下国すべてを巻き込んだ大オーディションの開催が決まった。
アイドル三人の会議は、気づけば国の放送産業を作る会議になっていた。




