第62話 帝都ラーメン☆アイドル革命
放課後。
リリアーナは、学園から王宮へ戻ってきた。
葉巻と煙草産業は順調に進み、パン工場も安定している。パン屋『パンチ』の店舗も、世界中へ広がり始めていた。
現場が自分たちで回るようになったことで、王宮モビーズたちは本部へ戻っている。
そして今日。
王宮モビーズ本部には、『ロイヤル・フラグメント』勢、『セイントミステリア』勢、『紅月の海賊ヴァンパイア』勢、『朧月あやかし恋絵巻』勢、王宮モビーズ。
さらに、今日学園で出会ったばかりの『帝都ラーメン☆アイドル革命』勢が集められていた。
説明しよう!
『帝都ラーメン☆アイドル革命』とは!
中華料理人がラーメンを作り、アイドルが歌って踊り、帝国軍が国を復興し、元レディース総長が全員をまとめる!
非常に忙しい乙女ゲームなのである!
「雑やな!!」
リリアーナの声が、王宮モビーズ本部へ響いた。
その横では、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が、会議室の壁へだらりともたれている。
キルナが天井を睨んだ。
「誰が説明してんだよ」
「知らん」
「乙女ゲームってなんだよ」
「知らん方がええ」
「なんでだよ」
「お前ら見たら、だいたい分かるやろ」
中華料理人。
アイドル。
帝国軍。
元レディース総長。
キルナは後ろを振り返り、少し黙った。
「……まとまりはねぇな」
「自覚あったんか」
「ぶっ飛ばすぞ」
「メンチきんな」
「まだ言うのかよ!」
チリン。
バルドが静かに鈴を鳴らした。
「ご紹介を始めます」
「戻されたな」
「進行です」
バルドは大声で場を仕切らない。必要な時に、必要な言葉だけを差し出す。
ざわついていた本部が、自然に静まった。
リリアーナの隣には、黒革手帖を持つミレーヌ。会議室全体を見渡すレイナとメガネ聖女。その補助には、シャーホムズとワトゾンがついている。
人の配置を見る。
体調と負担を見る。
現場の矛盾を拾う。
人数と状況を記録する。
そして最後に、リリアーナが決める。
「まず、中華班や」
リリアーナはリュウたちを示した。
「リュウは、中華全般とラーメンの技術責任者。麺、出汁、香味油、具材。全部いける」
リュウが静かに頭を下げた。
「中華四千年に、不可能はありません」
王宮モビーズたちがざわつく。
「四千年……」
「長い」
「パン工場より歴史がある」
「比べるな」
リリアーナは続けた。
「パン工場は、もうマーガリンおじさんだけで回せる。品質も職人も、店舗へ出すパンの確認も、全部任せられる」
ミレーヌが頷いた。
「問題なく稼働しております」
「ほな、ロアン。次はリュウと組め」
「はい!」
ロアンは一歩前へ出ると、リュウを見て深く頭を下げた。
「リュウさん、教えてください!」
リュウがわずかに目を見開く。
「私に、ですか」
「はい! 私は洋食しか知りません! ラーメンは初めてです! 一から学ばせてください!」
会議室が静かになった。
マーガリンおじさんへ、パンを教えてほしいと頭を下げた時と同じだった。
知らないことを、知らないままにしない。一流を見つけたら、立場を気にせず教えを乞う。
それがロアンだった。
リュウはロアンの目を見たあと、少しだけ笑った。
「料理に終わりはありません。共に作りましょう」
「よろしくお願いいたします!」
二人が固く握手を交わした。
「ええやん。教わるんも才能や」
リリアーナが頷くと、ミレーヌのペンが走った。
『リュウ、ラーメン技術責任者。
ロアン、新料理開発。
共同で試作を開始。』
チリン。
「続いて、点心です」
バルドが静かに進行する。
「ロンポウ」
「はいよ!」
「餃子、肉まん、小籠包、焼売。包む料理の専門や」
ロンポウが胸を張った。
「包むもんなら任せとき!」
「貧民街の奴らにも教えられるか」
「当たり前や!」
「料理したことない奴でも?」
「包めばええ!」
「形が崩れたら?」
「もう一回包めばええ!」
「頼むわ」
「任せとき!」
リリアーナはロンポウを見る。
「餃子だけやない。肉まんも、小籠包も、焼売も、全部教えてやってくれ」
ロンポウの目が輝いた。
「任せとき! 腹いっぱい食える街にしたるわ!」
王宮モビーズたちが一斉に頷いた。
「それなら、未経験者でも入れます」
「作業を分けられます」
「皮を作る者」
「具材を切る者」
「包む者」
「蒸す者」
「焼く者」
「運ぶ者」
レイナが扇を閉じた。
「雇用の入口を広くできますわね」
メガネ聖女が眼鏡を押し上げる。
「ただし、包丁と火を扱う者は分けましょう。最初から全員を厨房へ入れるのは危険です」
シャーホムズが机の上の図面を見る。
「雇用受付と訓練場所も分けるべきですね。応募者と、作業を覚えた者が交差すれば、流れが止まります」
ワトゾンがすぐに書き込んだ。
「受付は工場の外。訓練場は工場横。厨房へ入る者は別の入口から」
「それでいこ」
リリアーナはすぐに決めた。
「厨房へ入る前に、メガネ聖女が状態を確認。全体の人数と配置はレイナ。シャーホムズとワトゾンは、その補助や」
「承知しましたわ」
「工程を整えます」
「矛盾があれば報告します」
「記録します」
チリン。
「火力担当です」
バルドが告げた。
「ホノヲ」
リリアーナが示す。
「スープ、焼豚、鍋、火入れ。火を使うとこは全部こいつが見る」
ホノヲは腕を組んだ。
「火力は裏切らねぇ」
ルシアンが首を傾げた。
「強いだけじゃだめだよ」
「分かってる。必要な場所へ、必要な温度を入れる」
「それならいいよ!」
「もう話合っとるな」
「まだだよ!」
「合ってねぇ」
「そこまで揃ったら、合っとるやろ」
メガネ聖女が言う。
「火力班は、連続稼働時間を決めましょう。高温の場所では判断力が落ちます」
レイナも頷いた。
「交代制にいたしますわ。負担が一人へ集中しないようにします」
「ええやん。火ぃ入れる奴が倒れたら、全部止まる。無茶して回す現場にはせん」
ミレーヌが記録する。
『ホノヲ、火力総括。
ルシアン、温度管理補助。
交代制、休憩時間を設定。』
「次」
リリアーナは王宮モビーズを見た。
「ラーメン工場は、職人だけやない。貧民街の奴らを優先して雇う」
会議室の空気が少し変わった。
「パンは職人を育てて広げた。ラーメンは、今仕事がない奴にも持ち場を作る。麺を打つ。具材を切る。点心を包む。蒸す。焼く。器を洗う。客へ運ぶ。掃除する。材料を運ぶ。経験ない奴にも、できる仕事はある」
王宮モビーズの一人が手を挙げた。
「雇用受付は、私たちが担当します。文字が書けない方は、口頭で聞き取ります。年齢や経験だけで落とさないようにします」
「ええな。働ける時間、体の状態、できること、覚えたいこと。そこ見たってくれ」
「はい!」
レイナが全体を見ながら言う。
「ただ人数を入れるだけでは、現場が崩れますわ。一日に受け入れられる人数も決めましょう」
メガネ聖女も続ける。
「空腹や疲労が強い者は、先に食事と休息が必要です。働く前に倒れては意味がありません」
シャーホムズが頷いた。
「受付時に、状態を三つへ分けましょう。すぐ訓練へ入れる者。先に食事が必要な者。医療や休息が必要な者」
ワトゾンが記録する。
「雇用受付、食事場所、休息場所、医療確認。すべて別に配置します」
「完璧やな」
リリアーナは皆を見た。
「働かせる前に、人を戻す。そこからや」
チリン。
バルドが鈴を鳴らした。
「続いて、貧民街復興です」
「帝国班」
リリアーナがダースたちを見る。
「ダースは建設。パルティンは予算と制度。レイヤは、住む人間の暮らしを見る。ラーメン工場だけ建てて終わりちゃう。家、道、水、医療、仕事、避難場所。全部まとめて街を戻す」
ダースが低く答えた。
「配置を開始する」
パルティンが指を組む。
「ほっほっほ……工場、住居、道路。同時に予算を組みましょう」
「めっちゃ悪そうやのに、話はまともやな」
「金は力です」
「それは否定できん」
レイヤが地図へ手を置いた。
「住民の暮らしを確認してから、建物の位置を決めます。働く場所だけ遠ければ、生活は戻りません。子ども、老人、病人、家族で住む者。必要なものは違います」
「話早いやんけ」
リリアーナは頷いた。
「『朧月あやかし恋絵巻』勢は、帝国班の補助や」
晴明が一歩前へ出た。その隣には、式神となったかつての怨霊が立っている。
「晴明と式神は水路。水脈と土地は蛇神。乾燥と換気は天狗。お稲荷たちは、住民と土地の確認。街を作ってから水を引くんちゃう。水の道を見て、街を作る」
レイヤがすぐに地図を見る。
「それなら、水場と住居を同時に配置できます」
晴明が頷いた。
「術式と水の範囲は、こちらで管理します」
式神も静かに答える。
「荒れた土地へ、水の道を作る」
蛇神が地図へ指を滑らせた。
「古い水脈が、ここにある」
天狗は腕を組む。
「湿りすぎれば、風を通す」
「ええやん」
レイナが全体を見渡した。
「建設班と住民班の報告先を分けましょう。情報が一か所へ集中すれば、判断が遅れますわ」
シャーホムズが頷く。
「建設状況はダースへ。生活状況はレイヤへ。予算と物資はパルティンへ。水と土地は晴明たちへ」
ワトゾンが整理する。
「最終報告は、レイナ様とメガネ聖女様へ。そこからリリアーナ様へ」
「それでいこ」
ミレーヌが黒革手帖へ書き込む。
『貧民街復興。
帝国班主導。
『朧月あやかし恋絵巻』勢、補助。
水路、治水、地盤、換気。
住居、医療、雇用を同時進行。』
チリン。
「全体総括です」
バルドがキルナへ視線を向けた。
「キルナ」
「なんだよ」
「口は悪い」
「おい」
「でも、仲間は絶対見捨てへん」
キルナの表情が止まった。
「揉め事にも強い。人まとめるんも慣れとる。中華、アイドル、帝国。三班を繋ぐ総括や」
キルナは、しばらくリリアーナを見ていた。
その横では、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が、気だるさの消えた目でキルナを見ている。
キルナは少しだけ口角を上げた。
「……よく見抜いてんじゃねぇか」
「元若頭や」
「なるほどな」
「せやから、お前に任せる」
「上等だ」
キルナは腕を組んだ。
「揉めた奴は、あたしがまとめる」
「殴るなよ」
「話して分かんなきゃ殴る」
「殴るんやないか!」
「加減はする」
「そこちゃうねん!」
レイナが扇を閉じた。
「暴力は不可ですわ」
「……分かったよ」
「レイナには素直やな」
「強ぇ奴には敬意払うんだよ」
チリン。
「最後に、人員と施設です」
バルドの一言で、全員の視線が鉄ちゃんへ向いた。
「鉄ちゃん」
「へい!」
「料理人、もっと要る」
「何人ほどで?」
「百人」
「もういまさぁ」
「……え?」
リリアーナは止まった。
「今、なんて?」
「料理人と見習い。百人、もう集めてありやす」
「はや!」
「オヤジさんから話は聞いてやした」
「またオヤジかい!」
「姫さんが次は麺料理を始めるかもしれねぇ。使える衆を先に押さえとけって」
「俺、今日リュウと会うたばっかりやぞ!」
「オヤジさんは、昨日から動いてやした!」
「ラーメン食いたい本人が、一番本気やんけ!」
鉄ちゃんは、にっと笑った。
「それと」
「まだあるん?」
「ラーメン工場も、もうすぐできあがりやす」
「はや!」
「製麺場もつけてありやす」
「はや!」
「雇用受付、訓練場所、食事できる場所、休憩所もありやす」
「はや!!」
会議室が静まり返った。
リュウがゆっくり鉄ちゃんを見る。
「中華四千年でも、まだ設計図を渡しておりません」
「オヤジさんから、だいたい聞いて作りやした!」
「だいたいで作ったん!?」
「へい!」
「怖いな、鉄ちゃん組!」
レイヤがすぐに尋ねた。
「住民の動線は確認しましたか」
「へい!」
「水場は?」
「まだでやす! そこは晴明さんらと今から詰めやす!」
「ちゃんと余白残しとるんやな」
「現場は変わりやすから!」
「できる大工やなぁ!」
パルティンが悪そうに笑う。
「予算も確認いたしましょう」
「オヤジさんから、先にもらってありやす!」
「根回し完璧やんけ!」
ミレーヌのペンが走る。
『オヤジ。
人材、予算、建設を根回し済み。
鉄ちゃん組。
ラーメン工場、製麺場、雇用受付、訓練場所、食堂、休憩所を建設中。
料理人および見習い、百名確保済み。』
「俺ら、今日ラーメン産業始めよかって話しとるんやぞ」
「はい」
「もう現場できとるやんけ!」
チリン。
バルドが静かに鈴を鳴らした。
「本日の決定事項を確認します」
「まだ驚いとる途中や!」
「驚きは、ここまでです」
「終われるか!」
「次の段階へ進みます」
ミレーヌが黒革手帖を閉じた。
「ラーメン産業。貧民街優先雇用。帝国班による復興。『朧月あやかし恋絵巻』勢による水と土地の整備。すべて始動します」
会議室に集まった者たちの目が変わった。
ラーメンは、ただの料理ではない。
腹を満たす。
体を温める。
仕事を作る。
街を戻す。
リリアーナは机の上の地図を見た。
「飯食える街、作るで」
誰も笑わなかった。
リュウも、ロアンも、ロンポウも、ホノヲも、帝国班も、『朧月あやかし恋絵巻』勢も、王宮モビーズも、それぞれが自分の持ち場を見つけていた。
「姫さん!」
鉄ちゃんが声を上げる。
「いつでも始められやす!」
リリアーナは少しだけ笑った。
「ほな、始めよか」
こうして、ラーメン産業と貧民街の復興が、同時に動き始めた。
ただし、会議を始める前から、工場も人材もほとんど用意されていた。




