第6話 侍女ミレーヌ
部屋へ戻るなり、侍女たちが駆け寄った。
「姫様!」
「お加減は!」
「香を――」
「待ってください」
落ち着いた声だった。
一人の侍女が前へ出る。
「香は下げてください。窓を開けましょう。お水をお持ちします」
侍女たちが一斉に動き出す。
清司は少しだけ目を見開いた。
言おうとしていたことを。
全部、先回りされた。
使える。
「名前は」
「ミレーヌ・リースです」
「ミレーヌ」
「はい」
「今日から俺の近くにおれ」
「かしこまりました」
その返事にも迷いがなかった。
清司が椅子へ腰を下ろす。
すると、ミレーヌの視線が一瞬だけ斜め後ろへ流れた。
黒スーツ姿の清司。
また見た。
今、見たよな。
「……見えとるんか」
「はい」
「最初からです」
「最初からかい」
黒スーツ姿の清司が刀を抜く。
無言でミレーヌへ斬りかかった。
刀は体をすり抜けた。
何事もなかったように刀を納める。
「効きませんよ」
「知っとる」
ミレーヌは表情を変えなかった。
「前世、日本の方ですよね」
「……なんでや」
「関西の男性」
「なんでそこまで分かる」
「お目覚めの時に『俺は男やぞ』っておっしゃってましたので」
「終わった……」
「あと」
「まだあるんか」
「恋愛している方の目じゃありません」
「してへんしな」
「皆さんを見る目が、現場監督でした」
「惜しい」
「任侠の人ですか?」
清司がミレーヌを見る。
「年齢からして、若頭とかですか?」
「なんでわかんねん!!」
「皆さんの立ち位置を見ていましたので」
「……」
「誰が何を担当できるか。誰をどこへ置くか。まず、それを見ていました」
「そんな姫、おらんやろ」
「おりませんね」
ミレーヌは。
相変わらずスンッとしている。
少しだけ間が空く。
「この世界観」
「はい」
「無駄にきらきらしてません?」
清司は吹き出した。
「それや! 俺がずっと思っとったんは!」
「私、少女漫画も乙女ゲームも苦手で」
「ほう」
「少年漫画と劇画と任侠映画ばっかりでした」
「俺もや!」
「宇宙戦争映画も好きです」
「分かってるやんけ!」
清司だけが笑った。
ミレーヌは。
表情を変えない。
だが。
言っていることだけは。
全部、清司と同じだった。
やっと。
初めて。
同じ方向へツッコミを入れる相手がいた。
「私にもおりますよ」
「おる?」
「前世の私です」
一人の女が現れる。
アメカジ姿。
綺麗な顔立ち。
なのに。
目だけが完全に死んでいた。
「目ぇ死んどるやんけ!!」
「美月です」
黒スーツ姿の清司が刀を抜く。
無言で美月へ斬りかかった。
刀はそのまますり抜ける。
美月は壁にもたれたまま動かない。
刀は静かに鞘へ戻った。
「毎日疲れております」
「何があった」
「この世界が眩しすぎまして」
「分かる」
「恋愛イベントが多すぎまして」
「分かる」
「距離も近すぎまして」
「分かる」
「毎日しんどいです」
「そら目も死ぬわ」
清司はまた笑った。
ミレーヌは。
目の死んだ美月を横に置いたまま。
何事もない顔で立っている。
気を遣わなくていい。
説明しなくても通じる。
それだけで十分だった。
この世界へ来てから。
自分の言葉を信じた者は一人もいなかった。
男だと言っても。
混乱していると思われた。
関西弁で話しても。
気の毒そうな顔をされた。
だが。
目の前の侍女だけは。
最初から分かっていた。
清司だけではなかった。
この世界を見て。
何かが違うと思っていた者が。
もう一人いた。
「前世のお名前を、お聞きしても?」
少しだけ沈黙が落ちる。
この世界へ来てから。
リリアーナと呼ばれた。
姫様と呼ばれた。
だが。
前世の名前を聞かれたことはなかった。
「……俺は清司や」
「清司さん」
その一言が。
胸に落ちた。
誰にも見えていなかった清司を。
見つけた者がいた。
初めて。
この世界で。
自分の名前を呼ばれた。
「ミレーヌ」
「はい」
「恋愛してる暇はない」
「はい」
「王子は王子。騎士は騎士。持ち場へ戻す」
「現場復帰ですね」
「そうや」
「恋愛フラグも」
「現場復帰させる」
「承知しました」
「外では侍女」
「はい」
「中では俺の相棒や」
ミレーヌは深く頭を下げた。
「喜んで、お仕えします」
扉の外から侍女たちの声が聞こえる。
「姫様、お加減はいかがでしょうか」
ミレーヌは振り返る。
「姫様はお元気です。ご安心ください」
切り替えも早い。
使えるどころの話じゃない。
理解者がいた。
仲間ができた。
清司を。
清司として見てくれる者がいた。
だから。
この世界では。
リリアーナとして。
前へ進める。
リリアーナは。
少しだけ笑った。
この世界は相変わらず。
無駄にきらきらしている。
でも。
もう、一人じゃない。




