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任侠の若頭だった俺、なぜか乙女ゲームのヒロインになりました――ふわ姫若頭  作者: 夜嶋朔
第一章 現場復帰編

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第6話 侍女ミレーヌ

 部屋へ戻るなり、侍女たちが駆け寄った。


「姫様!」


「お加減は!」


「香を——」


「待ってください」


 落ち着いた声だった。


 一人の侍女が前へ出る。


「香は下げてください。窓を開けましょう。お水をお持ちします」


 侍女たちが動き出した。


 清司は、少しだけ目を見開いた。


 歩いて戻っただけで、息が上がっていた。


 その上、何人にも囲まれている。


 少し離れろ。


 窓を開けてくれ。


 言おうとしたことを、先に言われた。


「名前は」


「ミレーヌ・リースです」


「ミレーヌ」


「はい」


「今日から俺の近くにおれ」


「かしこまりました」


 返事に迷いがなかった。


 ミレーヌが椅子を引く。


 清司は腰を下ろし、差し出された水を飲んだ。


 その時だった。


 ミレーヌの視線が、一瞬だけ斜め後ろへ流れた。


 黒スーツ姿の清司が立っている。


 また見た。


 今、見たよな。


「……見えとるんか」


「はい。最初からです」


「最初からかい」


 黒スーツ姿の清司が、日本刀を肩から下ろした。


 鞘の先を、ミレーヌの肩へ当てる。


 すり抜けた。


「効きませんよ」


「知っとる」


 刀が、肩へ戻った。


 ミレーヌは表情を変えなかった。



     *



 ほかの侍女たちが下がると、部屋が静かになった。


 ミレーヌが水差しを机へ置く。


「前世、日本の方ですよね」


 清司の手が止まった。


「……なんでや」


「関西の男性」


「なんでそこまで分かる」


「お目覚めの時に、『俺は男やぞ』とおっしゃっていましたので」


「聞いとったんか」


「はい」


 清司は杯を置いた。


 ミレーヌを見る。


「お前も、日本知っとるんか」


「はい。私も日本から来ました」


 清司は暫く黙った。


 ミレーヌは、普通に立っていた。


 今までの誰よりも、とんでもないことを言っている。


 なのに、話が一番通じていた。


「……先に言えや」


「お話しできる時を待っておりました」


「そうか」


「あと」


「まだあるんか」


「王子様をご覧になって、喜んでいる方の目ではありませんでした」


「喜ぶわけないやろ」


「皆様を見る目が、現場監督でした」


「惜しい」


 ミレーヌが、少しだけ首を傾げた。


「任侠の方ですか?」


 清司が顔を上げた。


「……なんでや」


「話し方と、皆様への指示が、それらしく聞こえましたので」


「よう見とるな」


「若頭とかですか?」


「なんでわかんねん!」


「当たりました?」


 清司はミレーヌを見た。


 向こうも、静かに見ていた。


 清司が先に息を吐いた。


「そんな姫、おらんやろ」


「おりませんね」


 即答だった。



     *



 ミレーヌが、部屋の中へ目を向けた。


 桃色のカーテン。


 花の彫刻。


 金色の家具。


「この世界観」


「あぁ」


「無駄にきらきらしていません?」


 清司が吹き出した。


「それや! 俺がずっと思っとったんは!」


「私、少女漫画も乙女ゲームも苦手で」


「ほう」


「少年漫画と劇画と任侠映画ばかりでした」


「俺もや!」


「宇宙戦争映画も好きです」


「分かってるやんけ!」


 清司が笑った。


 ミレーヌの表情は、ほとんど変わらない。


 だが、言うことは全部通じた。


 光が眩しいと言えば、カーテンを閉められる。


 距離が近いと言えば、心配してくれたのだと喜ばれる。


 そればかりだった。


 ようやく、同じものを見て、同じところへ突っ込める相手がいた。


「私にもおりますよ」


 ミレーヌが言った。


「おる?」


「前世の私です」


 その隣に、一人の女が現れた。


 アメカジ姿だった。


 綺麗な顔立ちをしている。


 壁へ背を預け、腕を組んでいた。


 目だけが、完全に死んでいた。


「目ぇ死んどるやんけ!」


「美月です」


 ミレーヌが紹介した。


 美月は、僅かに顎を引いた。


 黒スーツ姿の清司が近づく。


 鞘の先で、その肩をつついた。


 すり抜けた。


 美月は動かなかった。


 清司は刀を肩へ戻した。


「そっちも一緒か」


「はい」


「目ぇ死んどるんも、お前か」


「はい。毎日疲れております」


「何があった」


「この世界が眩しすぎまして」


「分かる」


「恋愛イベントが多すぎまして」


「分かる」


「距離も近すぎまして」


「分かる」


「毎日しんどいです」


「そら目も死ぬわ」


 清司はまた笑った。


 ミレーヌは、目の死んだ美月を横に置いたまま、水差しの位置を直していた。


 何事もない顔だった。


 それが、余計に可笑しかった。



     *



 笑いが収まると、清司は背もたれへ身体を預けた。


 呼吸が、少し楽になっていた。


 窓から入った風が、長い髪を揺らす。


 清司はそれを肩の後ろへ払った。


「前世のお名前を、お聞きしても?」


 ミレーヌが言った。


 清司は顔を向けた。


 この世界へ来てから、リリアーナと呼ばれた。


 姫様と呼ばれた。


 男だと言っても、困った顔をされた。


 自分のことを聞かれたのは、初めてだった。


「……俺は清司や」


「清司さん」


 聞き慣れた名前だった。


 その名で呼ばれれば、返事をしてきた。


 それだけのことが、ここでは違って聞こえた。


 清司は、ミレーヌを見た。


 こちらの顔を見ている。


 金髪の姫だと分かった上で、清司と呼んでいた。


「あぁ」


 清司が答えた。


 ミレーヌは、静かに頷いた。



     *



「ミレーヌ」


「はい」


「恋愛はもういらん」


「はい」


「王子は王子。騎士は騎士。持ち場へ戻す」


「現場復帰ですね」


「そうや」


「恋愛フラグも」


「現場復帰させる」


「承知しました」


 清司の口元が緩んだ。


「外では侍女」


「はい」


「中では俺の相棒や」


 ミレーヌが清司を見る。


 それから、深く頭を下げた。


「喜んで、お仕えします」


 扉の外から、侍女たちの声がした。


「姫様、お加減はいかがでしょうか」


 ミレーヌが振り返る。


「姫様はお元気です。ご安心ください」


 さっきと同じ、落ち着いた声だった。


 清司は杯を取った。


 水を飲む。


 今度は、自分の手を見ても止まらなかった。


 細い指も、ひらひらした袖も変わっていない。


 身体は、まだ頼りなかった。


 ここがどんな国なのかも、分からないことばかりだった。


 だが、話のできる相手ができた。


 清司を、清司として見ている者がいた。


 ミレーヌが振り向く。


 その横で、美月は相変わらず壁にもたれていた。


 黒スーツ姿の自分も、刀を肩へ担いで立っている。


 清司は、少し笑った。


 この世界は、相変わらず無駄にきらきらしていた。


 でも、もう一人ではなかった。

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