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ふわ姫若頭 〜恋愛フラグを全部現場復帰させたら、女王ルートが開きました〜  作者: 夜嶋朔
第一章 王宮現場復帰編

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第5話 セドリック


 午後になると、清司は侍女たちに支えられながら部屋を出た。


「自分で歩ける」


「ですが、姫様。まだお身体が」


「歩ける言うとるやろ」


 一歩進んだところで、膝から力が抜けた。


 侍女たちが慌てて清司を支える。


「姫様!」


「……支えてくれ」


「はい!」


 返事が早い。


 清司は何も言わず、侍女たちに支えられながら廊下を進んだ。


 磨き上げられた白い床。


 金の装飾。


 高い天井。


 大きな窓から差し込む光まで、やたら綺麗だった。


「眩しっ」


「カーテンを閉めましょうか?」


「光の話ちゃう」


 どこを見ても、きらきらしている。


 城。


 完全に城。


 清司は、この景色に似た場所を見たことがあった。


 実際に来たわけではない。


 昔、幼なじみの麗奈に、無理やり乙女ゲームをやらされた時だった。


「清司もやってみぃや。絶対おもろいから」


 そう言って、麗奈は勝手にコントローラーを押しつけてきた。


 画面の中では、顔の整った男たちが次々と甘い言葉を吐いていた。


 少し優しくしただけで頬を染める。


 会ったばかりで未来を誓う。


 すぐに命まで捧げようとする。


 選択肢をひとつ選ぶたび、誰かの人生を背負わされそうになった。


 何がおもろいねん。


 男なんやったら、もっと自分で立て。


 甘えんな。


 恵まれた場所で、あぐらかくな。


 清司にとって、あれはゲームではなく軽い拷問だった。


 なんで、あの時の無駄な記憶が今になって役立っとんねん。


 腹立つなぁ、ほんま。


 清司は歩きながら、廊下に立つ衛兵へ目を向けた。


 角に二人。


 階段前に二人。


 窓側にも一人ずつ。


 長い廊下の途中にも、一定の間隔で衛兵が立っている。


 配置に無駄がない。


「……ちゃんとしとるやんけ」


「陛下が少し前に、王宮内すべての警備配置を見直されました」


 隣を歩くセドリックが答えた。


「交代時間や緊急時の伝達方法も、すでに変更されております」


「やっぱりか」


 昨日問題だったのは王宮ではなく、護衛もつけずに来たエリオットの方だった。王太子が簡単に命を晒すなと説教したが、こちらの守りはすでに整っている。


 あのオヤジ、軽そうに見えて仕事はできるらしい。


 王宮書庫は、城の奥にあった。


 大きな扉が開くと、紙と革と古いインクの匂いが流れてきた。


 天井近くまで伸びる棚には、分厚い本や記録書が隙間なく並んでいる。


 王宮のほかの場所より装飾も少なく、静かだった。


「ここは悪くないな」


「お気に召されましたか?」


「あぁ。きらきらしてへん」


「書庫ですので」


「それがええねん」


 セドリックに案内された机には、すでに資料が積まれていた。


 王家系譜。


 貴族名鑑。


 王宮役職表。


 近衛配置図。


 国境報告。


 周辺国との条約記録。


 街道と港の利用記録。


 国内の物流報告。


 財政概要。


「全部用意したんか?」


「陛下のご指示です」


「仕事早いな」


「陛下ですので」


「普段からもうちょい王らしく喋れや」


「陛下は王でございます」


「知っとる」


 清司が椅子に座ると、セドリックは王家系譜へ手を伸ばした。


「まずは王家の系譜からご覧になりますか?」


「近衛配置図と国境報告から頼む」


 セドリックの手が止まった。


「王家系譜ではなく?」


「あぁ。家族の名前より先に、守りがどうなっとるか知りたい」


 侍女たちが顔を見合わせた。


 セドリックは何も言わず、近衛配置図を清司の前へ置いた。


 清司は図面を広げ、門や外壁、王族居住区、巡回経路まで順番に目で追った。


 人数。


 交代時間。


 予備の人員。


 緊急時の連絡方法。


 どれも、きちんと整えられている。


「やっぱり問題ないな」


「陛下が直接、見直されましたので」


「国防は大丈夫そうやな」


 清司は近衛配置図を閉じ、国境報告へ手を伸ばした。


 大きな戦は起きていない。


 国境での争いも少ない。


 周辺国との関係も、今すぐ敵が攻めてくるほど悪くはなかった。


「思ったより平和やんけ」


「リュミエール王国は、長く大きな戦を避けております」


「そこはええな」


 清司は次に、周辺国との条約記録を開いた。


 数枚読んだところで、手が止まった。


「これ、最後に話し合ったんいつや」


「グランヴェール王国とは十六年前です」


「十六年?」


「はい」


「その間、何もしてへんのか?」


「王族同士の交流はございます」


「交流やなくて、外交や」


 セドリックは黙った。


 清司は街道と港の利用記録を開いた。


 隣国へ続く道はある。


 港もある。


 船もある。


 それなのに、使われていない。


 国同士で物を売り買いする決まりも古いままだった。


「道あるのに使ってへんやんけ」


「商人たちは利用しております」


「一部だけやろ」


 清司は国内の物流報告も開いた。


 北では穀物が余っている。


 南では食べ物が足りない。


 西の港には魚が集まっているが、内陸まで運べていない。


 東では魔法鉱石が採れるのに、運ぶ金が高すぎて採掘を減らしている。


 物はある。


 人もいる。


 だが、必要な場所へ届いていない。


「物流、死んどるやんけ」


「完全に止まっているわけではございません」


「止まってへんだけで、回ってへんやろ」


 清司は報告書を机へ置いた。


「余っとる場所から、足りん場所へ運ぶだけや。なんでできてへんねん」


「街道の整備や、商会同士の決まりも関係しております」


「ほな、そこ直したらええやろ」


「簡単なことではございません」


「簡単やないから、国がやるんやろ」


 セドリックが眼鏡の奥から清司を見た。


 清司は別の資料を開いた。


 作った物を売る場所がない。


 欲しい物があっても、どこで買えるか分からない。


 商人ごとに値段も違う。


 同じ物なのに、地方によって値段が何倍も変わっている。


「流通もあかんな」


「流通、でございますか?」


「物を運ぶだけやない。誰が売って、誰が買って、いくらで動かすかも決まってへん」


「姫様は、なぜそのようなことを?」


「見たら分かるやろ」


「この資料だけで?」


「あぁ」


 清司は机に並んだ報告書を見た。


「国防はできとる。せやけど、外交も物流も流通も全然あかん」


 守りは固い。


 だが、国の中で物が回っていない。


 隣国とも、まともに話ができていない。


 これでは、平和でも豊かにはならない。


 清司は小さく息を吐いた。


「恋愛しとる場合ちゃうやんけ」


「姫様?」


「婚約相手選んどる暇あったら、まず道直せ」


「姫様の婚約も、国にとって重要な外交でございます」


「顔のええ男ときらきらするんが外交ちゃうぞ」


「それだけではございませんが」


「まず国同士で話せ。何が売れて、何が足らんか調べろ。道繋いで物動かして、互いに得する仕組み作ってから恋愛せえ」


 侍女たちが、また目を潤ませた。


「姫様は、国の未来まで……」


「泣くな。まだ何もしてへん」


 その時、書庫の扉が勢いよく開いた。


「リリアーナ!」


 レオンが満面の笑みで入ってきた。


「ここにいたんだね!」


「静かに入れ。書庫やぞ」


「ごめん!」


 謝る声も大きい。


 レオンは清司の隣まで来ると、机に積まれた資料を覗き込んだ。


「何読んでるの?」


「外交と物流の報告書や」


「難しそう!」


「おまえも読め」


「俺はリリアーナを守る係だから!」


「守る国のこと知らんでどうすんねん」


「じゃあ読む!」


「切り替え早いな」


 レオンが清司の隣の椅子を引いた。


 そこへ、また書庫の扉が開いた。


「リリアーナ!」


 今度はエリオットだった。


 エリオットは清司を見つけると、嬉しそうに手を振った。


「会いに来たよ!」


「また来たんか」


「今日はちゃんと護衛も連れてきたよ!えらい?」


 扉の外には、グランヴェール王国の護衛が二人立っていた。


「学習したんやったらええ」


「褒めてくれる?」


「当たり前のことしただけや」


「厳しいね!」


 エリオットは清司の隣にいるレオンを見た。


「レオン、近くない?」


「一緒に勉強するんだよ!」


「僕も一緒に勉強する!」


「椅子持ってこい」


 エリオットは清司の反対側へ椅子を運び、当然のように座った。


「何を読んでるの?」


「おまえの国との条約や」


「僕の国?」


「十六年も更新されてへんぞ」


「……お父様に聞いてみるね」


「おまえも王太子やろ。聞くだけで終わるな」


「分かった。僕も調べるよ」


「俺も手伝う!」


「おまえはまず読め」


「読む!」


 レオンが資料を手に取る。


 エリオットも反対側から、同じ資料を覗き込んだ。


「レオン、リリアーナに近すぎない?」


「エリオットの方が近いよ!」


「僕は昔から近いからいいんだよ!」


「意味分からん」


「俺の方がリリアーナを守れるよ!」


「僕も守れるけど?」


「俺の方が強いよ!」


「僕の方がリリアーナと長いよ!」


「長さは関係ないよ!」


「あるよ!」


 二人とも笑っている。


 本気で仲が悪いわけではないらしい。


「仲ええな、おまえら」


「仲良しだよ☆」


「でも、リリアーナの隣は譲らないよ!」


「僕も譲らない!」


「そこだけ仲悪なるな」


 エリオットが右から寄り、レオンが左から寄ってくる。


「離れろ」


「じゃあ、どっちが隣に座る?」


「俺!」


「僕!」


 清司は机の上の物流報告書を叩いた。


「国が回ってへんねんぞ!」


 二人が同時に黙った。


「物は届かん。道は繋がってへん。外交も十六年前で止まっとる」


「うん」


「はい」


「取り合いしとる暇あったら読め!」


 エリオットとレオンは素直に資料を手に取った。


「じゃあ、三人で読む?」


「読む!」


「最初からそうせえ!」


 清司は頭を抱えた。


「恋愛しとる場合ちゃうやんけ!」

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