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ふわ姫若頭 〜恋愛フラグを全部現場復帰させたら、女王ルートが開きました〜  作者: 夜嶋朔
第一章 王宮現場復帰編

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第5話 まずは国防

 午後になると、父王の言葉通り、人が来た。


「姫様。書庫までご案内いたします」


 そう言って頭を下げたのは、灰色の髪をきっちり後ろで束ねた、細身の男だった。


 年の頃は四十前後。


 眼鏡。

 長い指。

 無駄のない動き。


 いかにも、書類と鍵の管理を任されていそうな男である。


「王宮記録官のセドリックと申します」


「よろしくお願いいたします」


 清司は、姫らしく微笑んだ。


 セドリックは一瞬だけ目を細めた。


 なんや。


 この男も何か見てくるな。


 こいつも攻略対象なん?


 いや、こんなじじい攻略対象なわけないか!


「陛下より、姫様の閲覧に必要な資料を用意するよう命じられております」


「ありがとうございます」


「ただし、陛下よりもうひとつ」


「なんでしょう」


「お倒れになった場合、即時中止とのことです」


 清司は微笑んだ。


 内心、気持ち悪かった。


 なんで男相手にこんな笑み浮かべなあかんねん。


 姫スマイルだるいな。


 長いな。


 姫スマでええか。


「承知いたしました」


 なんで倒れる前提やねん!


 どいつもこいつも、この姫の体信用してなさすぎやろ!


 あ、たしかにこの体信用ならんわ。


 侍女たちに支えられながら、清司は部屋を出た。


 いや、これもう老人介護みたいになってへんか?


 歩くだけで、思ったより足にくる。


 いやもう老体レベルやん、これ。


 床は磨き上げられた白い石。

 壁には金の装飾。

 天井は高く、窓から差し込む光までやたら綺麗。


 城。


 完全に城。


 うわっ、眩し!


 キラキラしすぎて目ぇ痛いわ。


 全部が眩しすぎやねん。


 これ慣れるんか?


 もし慣れたら自分でも引くわ。


 そういえば、昔、麗奈に無理やりゲームをやらされたことがある。


 麗奈とは、幼なじみの女の子である。


 思い出したくない記憶だった。


 画面はやたらキラキラしてやがるし、男どもは甘い台詞を吐いてくる。


 こっちが吐きそうやったわ。


「清司もやってみぃや。絶対おもろいから」


 そう言って、麗奈は勝手にコントローラーを渡してきた。


 何がおもろいねん。


 選択肢が地味に重いのがダルかったわ。


 何を選んでも、誰かの人生を背負わされそうになる。


 男なんやったら、もっと自分で立て。

 もっと根性見せろよ。

 甘えんな。

 恵まれてんのに、あぐらかくなや。


 清司は、そういう男が昔から苦手だった。


 なんであの時の無駄知識が、今こんなところで役立ってんねん。


 腹立つなぁ、ほんま。


 廊下の角に、衛兵が二人。


 窓側には一人。


 階段前に二人。


 書庫へ向かうまでの導線に、死角が三つ。


 清司は歩きながら、自然と数えていた。


 数えたところで、今の体ではどうにもならない。


 だが、数えずにはいられない。


 癖である。


「姫様?」


「いえ、少し眩しくて」


 清司は目を伏せた。


 嘘ではない。


 実際、眩しい。


 全部が。


 王宮書庫は、城の奥にあった。


 大きな扉。

 重そうな鍵。

 高い棚。

 天井近くまで並ぶ本。


 紙と革と、古いインクの匂いがした。


 清司は、思わず息を吸った。


 ここは、悪くないんちゃう?


 変な部屋とか甘ったるい香よりかは、よっぽど落ち着くわ。


「こちらへ」


 セドリックが奥の机へ案内する。


 机の上には、すでに資料が積まれていた。


 王家系譜。

 貴族名鑑。

 王宮役職表。

 近衛配置図。

 近年の国境報告。

 財政概要。

 周辺国との条約記録。


 清司は、積まれた資料を見た。


 ふーん、ええやん。


 父王、仕事早いやん。


 いや、早すぎんか?


「姫様。まずは王家系譜からご覧になりますか?」


「いえ」


 清司は静かに首を振った。


「近衛配置図と国境報告を先に」


 セドリックの手が止まった。


 侍女たちも固まった。


 そらそうやろな。


 普通の姫なら、まず家系図とか婚約者候補とか見るんやろな。


 いや知らんし。


 恋愛とかよりまず先に国防やろ。


「……近衛配置図、でございますか」


「はい」


「姫様は、ご自身の警護についてご心配を?」


「私だけではありません」


 清司は机の上に置かれた地図を見た。


「王宮全体です」


 セドリックの目が、少しだけ変わった。


 清司は気づかないふりをした。


 地図を広げる。


 王宮の構造。

 外壁。

 門。

 中庭。

 王族居住区。

 謁見の間。

 礼拝堂。

 書庫。

 厨房。

 使用人通路。


 情報が入ってくると、少し息がしやすくなった。


 知らない場所は怖い。


 だが、把握できる場所は使える。


 清司は指先で図面を追った。


「ここ」


「はい」


「この通路、使用人しか通らないのですか」


「基本的には」


「基本的には、ということは例外があるんですね」


 セドリックはわずかに眉を上げた。


「食材搬入、清掃、夜間の暖炉管理などで使用されます」


「鍵は」


「各部署の責任者が管理しております」


「責任者の人数は」


「現在、七名です」


 いや多いな!


 鍵多すぎるやろ!


「この通路から王族居住区へ入れますか」


「通常は入れません。途中に鉄扉がございます」


「その鍵は」


「近衛隊長と、王宮管理官が」


 二人。


 まだ多い。


 清司は黙って図面を見た。


 侍女たちが後ろで小さく息を呑んでいる。


 セドリックは静かに清司を見ていた。


「姫様は」


「はい」


「何か、ご不安なことでも?」


 清司は顔を上げた。


 ここで「はい」と言えば、病み上がりの姫の不安として処理される。


 それでは意味がない。


 清司は微笑んだ。


 内心、気持ち悪かった。


 なんで男相手にこんな笑み浮かべなあかんねん。


 姫スマイルだるいな。


 長いな。


 姫スマでええか。


 説明しよう。


 姫スマとは、清司がこの世界で生き残るために身につけつつある、金髪ふわふわ姫専用の営業用微笑みである。


 使うたびに、清司の精神が少し削れる。


 しかも、この説明はたぶんまたするのである。


「不安ではありません」


 姫らしく。


 柔らかく。


 けれど、言葉だけははっきりと。


「知らないことの方が、危険だと思っただけです」


 セドリックは黙った。


 侍女たちは、また目を潤ませた。


「姫様……」


 おい、泣くな。


 まだ泣くとこちゃう。


 清司は国境報告に手を伸ばした。


 グランヴェール王国。


 エリオットの国。


 隣国であり、同盟国。

 北の山脈を挟んで、交易路を共有している。

 近年、山賊被害と荷抜きが増加。

 国境付近の村で、小規模な衝突が複数回。


 清司は目を細めた。


 普通にきな臭いやんか!


 恋愛イベントしてる場合か!


 さらにページをめくる。


 南方のルーヴェン公国。

 西の海運都市群。

 魔法鉱石の流通。

 王宮内の派閥。

 婚約候補として名前の挙がる貴族家。


 知らない名前ばかり。


 だが、構図は分かる。


 金。

 道。

 権力。

 面子。

 後継。


 世界が変わっても、人間の揉め方は大して変わらない。


 清司は小さく息を吐いた。


 なるほどな。


 これ、乙女ゲームやなくて普通に火種だらけの国やんけ。


「姫様。少しお休みになられては」


 侍女が心配そうに声をかける。


 清司は資料から目を離さなかった。


「もう少しだけ」


「ですが、お顔の色が」


「倒れません」


 そう言った瞬間、少し視界が揺れた。


 あかん。


 説得力ない。


 清司は机に手をついた。


 侍女たちが悲鳴を上げかける。


 セドリックが素早く椅子を引いた。


「姫様、座ってください」


「……失礼します」


 清司は椅子に腰を下ろした。


 腹立つなぁ。


 頭は動くのに、体が全然ついてこん。


 こんなんで誰が守れんねん。


 いや。


 今は金髪ふわふわ姫や。


 いや長いしめんどい。


 ふわ姫でええわ。


 説明しよう。


 ふわ姫とは、清司が自分の現在の体を雑に呼ぶためにつけた略称である。


 正式名称は、金髪ふわふわ姫。


 長い。


 守れるわけないやん。


 このふわ姫の体でもできること探すしかないわ。


 清司は近衛配置図をもう一度見た。


「セドリック」


「はい」


「近衛隊長に、会えますか」


 侍女たちが息を呑んだ。


 セドリックも一瞬だけ黙った。


「理由をお伺いしても」


「私の部屋の窓側の警備について、確認したいことがあります」


「それは、近衛隊長を呼び出すほどのことでしょうか」


「はい」


 清司は微笑んだ。


 また姫スマせなあかんのか。


「守ると言う方が多いわりに、配置が甘いので」


 セドリックは、初めてわずかに笑った。


 本当に、ほんの少しだけ。


 オイ、じじい!!


 お前もやっぱ攻略対象なんかーい!!


「……承知いたしました。陛下に確認いたします」


「お願いいたします」


 その時、書庫の入口が軽く叩かれた。


「失礼いたします」


 入ってきたのは、若い騎士だった。


 銀の鎧。

 真面目そうな顔。

 背筋はまっすぐ。

 腰には剣。


 清司は顔を上げた。


 記憶が、勝手にその名前を教える。


 レオン・アーヴァイン。


 近衛騎士。

 乙女ゲームでは、忠誠心が強く、命を懸けてヒロインを守る騎士。


 やっぱりまた攻略対象なんかい!


 レオンは清司の前まで来ると、深く膝をついた。


 うわ。


 きも。


 きつ。


 膝つくんなんて、オヤジの前だけやぞ。


 しかも、こんな膝のつき方ちゃうし。


「リリアーナ姫。ご無事で何よりです」


「ありがとうございます」


「この命に代えても、姫をお守りいたします」


 清司は一瞬、黙った。


 出た!


 また出た!


 命に代えてやと?


 命もっと大事にせぇよ!


 清司は姫らしく微笑んだ。


「命は代えなくて結構です」


 書庫の空気が止まった。


 レオンが顔を上げる。


「……姫?」


「生きて、任務を果たしてください」


 清司は、穏やかに続けた。


「命を捨てる覚悟より、死なずに守る段取りを見せてください」


 レオンは、目を見開いた。


 侍女たちは涙ぐんだ。


 セドリックは眼鏡の奥で目を伏せた。


 レオンは胸に手を当て、震える声で言った。


「……姫。なんと強く、尊いお言葉……」


 いや、ちゃうし!


 普通に死なれたら困るって話してんねん、こっちはよ。


 清司は小さく息を吐いた。


 またひとり、面倒そうなのが来た。


「姫様……」

「おいたわしい……」


 いや、ちゃうって。


 おいたわしいのは、今日も清司の精神である。

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