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任侠の若頭だった俺、なぜか乙女ゲームのヒロインになりました――ふわ姫若頭  作者: 夜嶋朔
第一章 現場復帰編

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第4話 騎士レオン

 扉が閉まってからも、清司は暫くそちらを見ていた。


 あの王の声が、耳に残っている。


 腹、座っとんな。


 聞き覚えがあるどころではなかった。


「姫様……エリオット殿下のお身まで案じられるなんて、なんとお優しい……」


「優しさちゃう」


 清司は寝台の背もたれへ身体を預けた。


 額を押さえる。


 目を覚ましたら、知らない国の姫になっていた。


 王子は勝手に手を握ってくる。


 父親だという王は、オヤジに似ていた。


 鏡には、自分までおった。


「なんやねん、この世界観」


「姫様?」


「恋愛もういらんねん」


 侍女たちが顔を見合わせた。


 清司は顔を上げる。


「それより、まず国のこと教えてくれ」


 どこの国で、誰が何を決めているのか。


 自分が、どこまで口を出せる立場なのか。


 そもそも、この部屋から出てええんかも分からない。


「この国のことが分かるもん、持ってきてくれ」


「この国のことでございますか?」


「あぁ。王族と貴族の名前。王宮の役職。最近、何があったかも知りたい」


「ですが、姫様のお身体が……」


「倒れん程度にする」


 侍女たちは戸惑いながら頷いた。


 一人が部屋を出ていく。


 清司は自分の手を見下ろした。


 白く細い指。


 刀を握っていた頃の硬さも、誰かを殴った痕もなかった。


 寝台の端へ腰をずらす。


 足を床へつけて立とうとすると、膝に力が入らなかった。


 清司は座り直した。


「弱すぎるやろ」


「姫様は長くお眠りでしたので……」


「鍛えなあかんな」


「鍛えるのでございますか?」


「この身体や。せめて走れるようにはしときたい」


「姫様がお走りに……?」


「人間やったら走るやろ」


 侍女たちは、信じられないものを見るように清司を見た。


 どうやら、そこから話が合わないらしかった。



     *



 扉が叩かれた。


「失礼します。姫様」


 銀色の髪を整えた青年が入ってきた。


 手には、薄い封筒。


 涼しげな目元に穏やかな笑みを浮かべ、隙なく王宮服を着ている。


 清司の横で、黒スーツ姿の自分が日本刀を構えた。


 清司は少し待った。


 あのうるさい説明は、始まらなかった。


「こいつはちゃうんか」


「何かおっしゃいましたか?」


「なんでもない」


 青年は寝台へ近づきすぎず、足を止めた。


 一礼する。


「陛下から、こちらを預かっております」


「あぁ」


「国のことをお知りになりたいと伺いました」


「せや。名前は?」


「セドリックです。王宮に仕えております」


「そうか」


「……私のことも、お分かりになりませんか?」


「覚えてへん」


 セドリックは、一度だけ清司を見た。


 すぐに穏やかな表情へ戻る。


「承知いたしました。必要なことは、その都度お尋ねください」


 清司が頷いた。


 距離を詰めてこない。


 勝手に手も握らない。


 聞いたことには答える。


 話のできる奴が来た。


 横では、黒スーツ姿の清司がまだ刀を構えていた。


「もうええ」


 小さく言う。


 黒スーツ姿の自分が、刀を肩へ戻した。


「姫様?」


「気にすんな」


 清司は封筒を受け取った。


 中の紙を開く。



『国のことが知りたいなら、王宮の書庫を自由に使え』


『午後から案内できる者を向かわせる』


『読みたいだけ読め』


『ただし、倒れたら侍女に止めさせる』


『追伸』


『あの王子、悪い奴ではなさそうじゃ』


『ただ、話は半分しか聞いとらん。お前が断っとる横で、また来る言うとったぞ』



 清司は最後の二行を見た。


「よう見とるな」


「陛下は何と?」


「俺が断っとる横で、王子がまた来る言うとったって」


「殿下は姫様を大変お慕いですので」


「断ったんは聞こえとるやろ」


「悪気はありませんので」


「悪気なかったら何してもええわけちゃうぞ」


 セドリックは微笑んだ。


 窓からの光が、銀色の髪へ当たる。


 きらきらしていた。


 清司は、その顔から手紙へ目を戻した。


 短い文だった。


 読みたいだけ読め。


 ただし、倒れたら止める。


 清司は、王の顔を思い出した。


 勝手に重ねているだけかもしれない。


 紙を畳む。


「書庫はどこや?」


「午後になりましたら、私がご案内します」


「今からでええ」


「姫様のお身体では、まだ歩けません」


「せやったな」


「まずはお食事を召し上がり、少しお休みください」


「分かった」


 さっき立てなかったばかりだった。


 言い返すところはなかった。



     *



 廊下から、勢いのある足音が近づいてきた。


「リリアーナ!」


 扉が大きく開く。


 金髪の青年が飛び込んできた。


 腰には剣。


 その手が扉から離れるより先に、声が飛んできた。


「本当に目を覚ましたんだね!」


 説明しよう!


 レオン・グランツ。


 乙女ゲーム『ロイヤルフラグメント』に登場する攻略対象の一人!


 王子でありながら騎士としても剣を振るう、明るさと忠誠心が取り柄の青年なのである!


「こいつは入るんかい」


「リリアーナ! 目ぇ覚ましてくれて本当によかった!」


 レオンは清司の言葉を聞くことなく、寝台へ駆け寄った。


 その場に膝をつく。


「あぁ」


「もう二度と危ない目には遭わせないからね!」


「近い」


「俺、リリアーナのためならこの命捧げちゃうよ!」


「簡単に命捧げんな」


 横で、黒スーツ姿の清司が日本刀を振り下ろした。


 鞘はレオンの頭をすり抜けた。


 もう一度。


 やはり、すり抜ける。


 清司はその様子を見ていた。


「効かんか」


「何が?」


「お前は気にすんな」


「分かった!」


「返事だけはええな」


 レオンは嬉しそうに笑った。


 清司の手を、両手で包む。


 清司が、その手へ目を落とした。


 こいつもか。


「俺、本当に心配したんだよ。リリアーナが目を覚まさなかったら、俺も生きてる意味ないって思ってた!」


 清司が顔を上げた。


「勝手に俺をお前の生きる理由にすんな」


「え?」


「俺のため言うんやったら、勝手に死ぬな」


 レオンの笑顔が止まった。


 清司は、その目を見ていた。


「命捨てるんは忠誠ちゃうぞ。生きて戻ってきて、最後まで仕事するんが忠誠や」


 部屋が静かになった。


 レオンの指が、清司の手の上で止まっている。


「リリアーナ……」


「なんや」


「俺、絶対に生きるよ!」


「最初からそうせえ」


「リリアーナのために!」


「自分のためにも生きろ」


 レオンが息を呑んだ。


「リリアーナ……!」


 目から、大粒の涙がこぼれた。


「なんで泣くねん」


 侍女の一人が鼻をすすった。


 隣の侍女も、目元を押さえる。


「姫様は、ご自分がお苦しい時にも皆様の命を……」


「ちゃう」


「なんとお優しい……」


「優しさの話してへん」


 レオンは清司の手を握ったまま泣いていた。


 侍女たちも、肩を寄せ合っている。


 清司は空いている手で、額を押さえた。


 横では、黒スーツ姿の自分が刀を肩へ担ぎ直した。


 もう振ってもいなかった。


 セドリックが静かに顔を背ける。


 指で、目頭を押さえた。


「お前もか」


「いえ。少し、光が眩しくて」


「銀髪が一番きらきらしとったぞ」


 清司は、泣いている全員を見回した。


「涙腺どないなってんねん」

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