第4話 まず把握
王子と父王が去ったあと、部屋には妙な余韻だけが残っていた。
侍女たちは、まだ感動している。
「姫様……本当にお優しいお方……」
「殿下のお身まで案じられるなんて……」
「お目覚めになったばかりですのに……」
清司は寝台の上で、静かに息を吐いた。
優しさちゃうやん。
普通に警備が甘いって言っただけやんか。
隣国の王太子が護衛も連れずに、病み上がりの姫の部屋へ一人で入ってくる。
窓側は無防備。
廊下側の人員配置も甘い。
しかも本人は、膝をついて甘い顔で未来の約束をしてくる。
守る前に、まず自分の身を守れよ。
めっちゃ弱そうやったやん。
清司は心の中で舌打ちした。
それにしても。
さっきの父王。
あの声。
あの目。
あの間。
どう考えても、なんか引っかかる。
「……姫様? お顔の色が」
「いえ、大丈夫です」
清司は、慌てて姫の顔を作った。
鏡の中の金髪ふわふわ姫は、今日も腹立つほど儚い。
ちょっと黙っていれば、今にも消えてしまいそうな姫に見える。
なんでこんな儚い感じの消えてしまいそうな姫なん?
全然タイプちゃうんやけど。
こういうの好きな男多いよな。
って、そんなんどうでもええねん!
俺は若頭やぞ。
外側との温度差で風邪ひいてまうわ。
「少し、確認したいことがあります」
「はい。なんでしょうか、姫様」
侍女たちが一斉に身を乗り出す。
近い。
全体的に距離感バグってへんか?
「この国の状況が分かるものを持ってきていただけますか」
「この国の、状況……でございますか?」
「はい」
清司は、できるだけ穏やかに微笑んだ。
「たとえば、王族の構成、貴族の家名、王宮内の役職、近衛の配置、最近の事件、財政、周辺国との関係など」
侍女たちが固まった。
そらそうやろな。
病み上がりの姫が、いきなり財政とか言い出したら怖いやろな。
「姫様……」
「ご無理をなさっては……」
「まずは、お身体を休められたほうが……」
清司は頷いた。
「もちろん、休みます」
休むとは言った。
言ったけどな!
何も考えへんとは言ってへんからな!
「ですが、私は先ほどまで倒れておりました。自分の置かれている状況を把握しておきたいのです」
「姫様……なんとご立派な……」
ちゃうわ!
生き残るためや!
把握せなあかんねん!
この世界が乙女ゲームだろうが、王宮だろうが、姫だろうが、まず必要なんは把握や。
敵は誰か。
味方は誰か。
使える人間は誰か。
危ない導線はどこか。
誰が何を握っているのか。
それが分からないまま、笑って茶を飲めるほど清司はのんきではない。
「では、王宮記録官に確認してまいります」
「お願いいたします」
侍女の一人が部屋を出ていった。
清司は背もたれに体を預ける。
あー、はよ動きたいわ。
だが、この体は思った以上に頼りなかった。
少し話しただけで、息が上がる。
腕も細い。
足も細い。
握力もない。
こんな体やったらあかんわ。
鍛えて剣術とか習わなあかんやつやわ、これ。
清司は自分の手を見下ろした。
白くて細い指。
殴るための手ではない。
守られるために作られたような手。
腹立つなぁ。
けれど、生きている。
生きてんねんやったら、使い方考えるしかないな。
しばらくして、侍女が戻ってきた。
だが、その手には書類の束ではなく、薄い封筒が一つだけあった。
「姫様、陛下よりこちらを」
「陛下から?」
清司は封筒を受け取った。
封蝋には、王家の紋章。
金の獅子と、白い百合。
ずいぶん派手な紋やな。
中身が怖いけどな。
封を開ける。
中には一枚の紙が入っていた。
短い文だった。
『無理はするな。
だが、知りたいなら書庫を使え。
午後に人を寄越す。
読めるだけ読め。
ただし、倒れたら取り上げる。』
清司は、その文字を見つめた。
乱暴ではない。
だが、妙にそっけない。
それでいて、こちらが何を求めているかは分かっている。
まさか。
いやいやいや!
ありえん!
でも。
父王、飲み込むん早すぎちゃう?
清司は紙を握りしめた。
「姫様……?」
「なんでもありません」
なんでもなくはないねん。
めちゃくちゃあるわ。
ありすぎんねん。
清司はもう一度、紙を見る。
最後に、小さく追伸があった。
『あと、エリオットの件は気にするな。
あれは昔から少し重い。』
清司は、思わず真顔になった。
知ってたんかい!
しかも父親公認で重いんかい!
この国、大丈夫か?
「姫様?」
「……いえ」
清司は紙を丁寧に畳んだ。
「午後、書庫へ参ります」
「ですが、お身体が……」
「倒れない程度にします」
侍女たちは、また涙ぐんだ。
「姫様……ご自分の未来を見据えて……」
「なんて健気な……」
「おいたわしい……」
違う。
おいたわしいのは、今日も清司の精神である。




