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任侠の若頭だった俺、転生して乙女ゲームのヒロイン「ふわ姫」になる ――ふわ姫若頭――  作者: 夜嶋朔
第一章 王宮現場復帰編

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第3話 エリオット王子

第三話 エリオット王子


「姫様、エリオット殿下がお見舞いにいらっしゃいました」


 侍女の言葉に、清司は鏡から顔を上げた。


「誰や」


「隣国グランヴェール王国の王太子、エリオット殿下でございます」


 説明しよう!


 エリオット・グランヴェール。


 乙女ゲーム『ロイヤルフラグメント』に登場する、王道の攻略対象である。


 輝く金髪に澄んだ碧い瞳。誰に対しても明るく親しげで、笑顔とウインクを振りまく、距離感のおかしいキラキラ王子なのだ!


「最後、悪口入っとるやろ」


「姫様?」


「なんでもない」


 清司は鏡を寝台の横へ置いた。


 目を覚ましてから、まだほとんど時間は経っていない。さっきまで男だった自分が、今は金髪ふわふわの姫になっているだけでも意味が分からないのに、今度は乙女ゲームの攻略対象が見舞いに来たらしい。


「お通ししてもよろしいでしょうか」


「あぁ」


 侍女が扉を開けた瞬間、廊下から朝日を背負った青年が飛び込んできた。


「リリアーナー!」


 輝く金髪。


 澄んだ碧い瞳。


 真っ白な正装には金の刺繍が入り、胸元の宝石まで光を跳ね返している。


「うわっ! まぶしっ!」


「えへへ、ありがと!」


「褒めてへん」


 エリオットは気にした様子もなく、満面の笑みで寝台まで駆け寄ってきた。


「リリアーナ! 本当に心配したんだよ!」


 ぱちん、とウインクする。


 そのまま勢いよく身を乗り出し、清司の顔を覗き込んできた。


 近い。


 鼻先が触れそうなほど近い。


 エリオットの背後に立った黒スーツ姿の清司が、肩に担いでいた日本刀を鞘ごと振り下ろした。


 ごつん。


 とは、ならなかった。


 鞘はエリオットの後頭部をすり抜け、そのまま空を切った。


「効かんか」


「え?」


「顔が近い言うとんねん」


「あ、ごめんね!」


 エリオットは少しだけ体を引いたものの、まだ十分に近かった。


「ちゃんと目が覚めてるか確認してたんだよ☆」


「目ぇ開いとるやろ」


「でも、本当によかった! もう目を覚まさないんじゃないかって、僕、すっごく心配したんだから!」


 エリオットは安心したように笑い、清司の両手を握った。


「触んな」


「え?」


「勝手に手ぇ握るな」


 清司が手を引くと、エリオットの指が空を切った。


 侍女たちが一斉に息を呑み、部屋の空気が止まる。だが、エリオットだけは不思議そうに首を傾げていた。


「どうしたの、リリアーナ?」


「どうしたも何もない。初対面で距離近すぎんねん」


「初対面?」


 エリオットは碧い瞳を丸くした。


「僕たち、何度も会ってるよ?」


「こっちは初対面や」


「え?」


「なんでもない」


 清司は小さく息を吐き、エリオットの後ろへ視線を向けた。


 護衛はいない。


 扉の外には何人か立っているようだが、王子本人のそばには誰もついていなかった。窓側にも人の気配はなく、部屋の中にいるのは侍女が四人だけだった。


 武器になりそうなものは燭台と花瓶くらい。


 隣国の王太子が姫の私室へ入るにしては、あまりにも警備が甘い。


「リリアーナ?」


 エリオットが再び顔を覗き込んでくる。


「さっきから何を見てるの?」


「警備や」


「警備?」


「おまえ、護衛はどうした」


「外にいるよ?」


「外やったら意味ないやろ。ここまで入られた時点で終わりや」


「大丈夫だよ!」


 エリオットは自信満々に胸を張った。


「僕、強いから☆」


「そういう話ちゃうねん」


「それに、ここにはリリアーナもいるし!」


「病み上がりの姫を戦力に入れんな」


「でも、今日のリリアーナは強そうだよね!」


「見た目を見て言え」


 ふわふわの金髪に白い肌。細い腕に、花びらのような寝間着。


 どこからどう見ても、剣を振るうより花を摘んでいる方が似合う姿だった。


 エリオットはそんな清司を見つめながら、急に真剣な顔になって胸元へ手を当てた。


「でも、もう大丈夫だよ」


「何がや」


「これからは、僕が必ず君を守るから!」


 きらん、と白い歯が光った。


 また眩しい。


 清司は目を細めたまま、低い声で言った。


「軽々しく言うな」


「え?」


「必ず守るとか、未来の約束を簡単に口にすんな」


 エリオットの笑顔が止まり、侍女たちも驚いたように清司を見た。


「守る言うんやったら、まず今できることをやれ。この部屋は窓側の警備が薄いし、おまえも護衛をそばに置かんと入ってきとる。誰かが窓から狙ったら、二人まとめて終わりや」


 エリオットは黙ったまま、清司を見つめていた。


「守るいう言葉は綺麗や。せやけど、綺麗な言葉だけで人は守れん」


 部屋が静まり返る。


 エリオットは何度か瞬きをすると、なぜかゆっくり頬を赤くした。


「リリアーナ……」


「なんや」


「そんなに僕のことを心配してくれてたんだね!」


「ちゃう」


「自分が倒れたばかりなのに、僕の身まで案じてくれるなんて!」


「配置の話をしとんねん」


 侍女たちの目にも、みるみる涙が浮かんでいく。


「姫様……」


「ご自分が大変な時に、エリオット殿下のご心配まで……」


「なんてお優しい……」


「どこをどう聞いたらそうなんねん」


 どうやらこの世界では、現実的な指摘をしただけで、美しい恋愛へ変換されるらしい。


 エリオットは勢いよく立ち上がると、清司へ真っすぐな笑顔を向けた。


「わかった! すぐに警備を見直させるよ!」


「せやな。そうした方がええ」


「そして僕は、もっと強くなって、君にふさわしい男になる!」


「それもちゃう」


「待っていてね、リリアーナ!」


「何をや」


 エリオットが再びぱちんとウインクした。


 その背後では、黒スーツ姿の清司が日本刀の柄へ手をかけている。


 清司がもう一度試そうとした、その時だった。


「楽しそうやな」


 扉の外から低い声が響いた。


 清司の背筋が伸びる。


 聞き覚えがある。


 いや、あるわけがない。


 あるわけがないのに、体が先に反応していた。


 扉が開き、威厳のある男が部屋へ入ってくる。


 リュミエール王国の国王。


 この体の父親だった。


「あ、リュミエール王!」


 エリオットが明るく手を上げた。


「リリアーナ、ちゃんと目を覚ましたよ!」


「見れば分かる」


「よかったね!」


「あぁ」


 王はエリオットの馴れ馴れしい態度を気にする様子もなく、そのまま清司へ視線を向けた。


「目ぇ覚めたか、リリアーナ」


「あぁ」


 侍女たちが顔を上げ、エリオットも一瞬だけ目を丸くした。


 だが、王だけは表情を変えなかった。


 その目が、ほんの少し細くなる。


 病み上がりの娘を心配する父親の目ではなかった。清司が前の世界で何度も見てきた、人の腹の底を探る男の目だった。


 王は寝台のそばまで来ると、清司の顔をじっと見つめ、わずかに口元を上げた。


「……腹、座っとんな」


 清司は息を止めた。


 その言い方。


 その間。


 その目。


「おまえ……」


 清司が口を開いた瞬間、王は何事もなかったように表情を戻した。


「今日は休んどけ。無理すんな」


「わかった」


 王は清司から目を離すと、扉の方へ歩き出した。


「エリオット」


「なに?」


「ワシの娘の部屋入るんやったら、警備の配置見直せ」


「りょうかい☆」


 ぱちん。


 エリオットが王に向かってウインクする。


 王は何も言わなかった。


 清司は二人を交互に見た。


 王に「りょうかい☆」て。


 なんやこいつら。


「じゃあ僕、警備の人に話してくるね!」


 エリオットは勢いよく扉へ向かい、途中でくるりと振り返った。


「また来るね、リリアーナ!」


「来んでええ」


「照れなくていいよ☆」


「照れてへん」


 エリオットは最後まで笑顔のまま、王の後を追って部屋を出ていった。


 扉が閉じると、ようやく部屋に静けさが戻った。


 清司は深く息を吐きながら、先ほど王が立っていた場所を見る。


 距離感のおかしい王子も意味が分からないが、それ以上に気になるのは、あの王だった。


 清司を見た一瞬だけ、父親の目ではなく、人の腹の底を見抜こうとする男の目をしていた。


 それに、あの言葉。


 腹、座っとんな。


 言い方も間も、清司の知る誰かによく似ていた。


 まさかとは思う。


 だが、自分がこうして姫の体に入っている以上、何が起きてもおかしくはない。


「リリアーナ様」


 侍女が心配そうに顔を覗き込んできた。


「お疲れになられましたか?」


「……情報量、多すぎるやろ」


 侍女たちの目に、また涙が浮かんだ。


「姫様……」


「おいたわしい……」


「それ、いつまで言うねん」

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