第3話 キラキラ王子、距離感が近い
「姫様、エリオット殿下がお見舞いにいらっしゃいました」
侍女の言葉に、清司は鏡から顔を上げた。
早い。
目覚めてから、まだいくらも経っていない。
清司は、金色のふわふわした髪を一房つまんだ。
相変わらず、ふわふわしている。
腹立つくらいふわふわやんけ。
エリオット・グランヴェール。
隣国グランヴェール王国の王太子。
乙女ゲームでは、いわゆる王道の攻略対象。
つまり、この姫に恋愛イベントを起こしに来る男である。
今は無理やろ。
こっちは、さっきまで男やったんやぞ。
というか今も中身は男である。
しかも若頭である。
王子の相手までしている余裕なんか、あるか。
「お通ししてよろしいでしょうか」
断りたい。
とても断りたい。
けれど相手は隣国の王太子だ。
今後の面倒ごとの中心人物である可能性が高い。
会わずに済む相手ではない。
清司は息を吸った。
姫としての顔。
姫としての声。
姫としての姿勢。
できるかは知らない。
やるしかない。
「……お願いします」
侍女が扉を開けた。
光を背に、絵に描いたような王子が立っていた。
金髪。
碧い瞳。
整いすぎた顔。
やたら長いまつ毛。
憂いを帯びた微笑み。
うわ。
きも。
こいつもキラキラすぎるやんか。
清司は真顔になりかけたが、どうにか姫の顔を保った。
王子は寝台のそばまで歩み寄ると、清司姫の前で膝をついた。
近い。
いや、近い近い近い。
初対面でこの距離感、頭バグってんのか。
「リリアーナ。目覚めてくれてよかった」
「ご心配をおかけしました、殿下」
声は、なんとか姫っぽく出た。
王子は切なげに微笑む。
「君を失うかと思った」
初対面やろ。
何を失うねん。
「僕は、君がいなければ……」
知らんがな。
清司は王子の後ろを見た。
護衛がいない。
扉の外には人の気配がある。
だが、王子本人のすぐ後ろには誰もいない。
窓側も無防備。
部屋の中には侍女が四人。
武器になりそうなものは、燭台と花瓶くらい。
隣国の王太子が姫の私室に入るにしては、警備が甘すぎる。
王子は、そんな清司の内心など知らず、そっと手を伸ばしてきた。
「これからは、僕が必ず君を守る」
未来の約束するタイプか。
なんやこいつ、スピってんのか。
清司は手を引いた。
王子の指が、空を切る。
部屋の空気が止まった。
「未来の約束を、軽々しく口になさらないでください」
自分でも、少し低い声が出たと思った。
だが、止まらなかった。
守る。
必ず。
未来の約束。
そういう言葉は、簡単に口にしていいものではない。
王子が目を見開く。
「リリアーナ……?」
清司は、はっとした。
まずい。
今のは、姫ではない。
清司は慌てて微笑んだ。
姫らしく。
できるだけ、姫らしく。
「守るとおっしゃるなら、まず今できることをなさってくださいませ」
「今、できること……?」
「はい」
清司は窓へ視線を向けた。
「この部屋は窓側の警備が薄いです。殿下が私を心配してくださるお気持ちはありがたく存じますが、護衛も連れずに私室へ入るのは、殿下ご自身にも危険です」
「……」
「守るという言葉は、美しいものです」
清司は微笑んだ。
「ですが、美しい言葉だけでは、人は守れません」
王子は、なぜか頬を赤くした。
なぜ。
今、叱ったやろ。
「リリアーナ……君は……」
王子は胸を押さえた。
「そんなにも、僕の身を案じて……」
いや、ちゃうねん。
まず配置の話をしている。
侍女たちが涙ぐんだ。
「姫様……」
「ご自分が倒れられたばかりなのに、殿下のご心配を……」
「なんてお優しい……」
違う。
どこをどう聞いたらそうなんねん。
この世界はおかしい。
現実的な指摘が、すべて美談に変換される。
王子は立ち上がった。
「分かった。すぐに警備を見直させる」
「お願いいたします」
「そして僕は、君にふさわしい男になる」
それも違う。
どこをどう聞いたらそうなんねん。
その時、扉の外から低い声が響いた。
「楽しそうやな」
清司の背筋が伸びた。
聞き覚えがある。
いや、あるわけない。
あるわけないのに、体が先に反応した。
扉が開く。
入ってきたのは、威厳ある王だった。
リュミエール王国の国王。
この体の父。
王は部屋に入るなり、清司姫を見た。
その目が、一瞬だけ細くなる。
「目が覚めたか、リリアーナ」
「……はい、陛下」
「そうか」
王はゆっくり近づいてきた。
エリオットが頭を下げる。
侍女たちも膝をつく。
王だけが、清司姫をじっと見ていた。
姫を見る目ではなかった。
病み上がりの娘を見る目でもなかった。
人の腹の底を見るような目。
王は、ほんのわずかに口元を上げた。
「……腹、座っとんな」
清司は息を止めた。
その言い方。
その間。
その目。
王はすぐに表情を戻した。
「しばらく休め。無理はするな」
「……はい」
王は背を向けた。
去り際、王はエリオットに言った。
「エリオット殿下」
「はい、陛下」
「我が娘の部屋に入るなら、護衛の配置くらい見てからにしなさい」
エリオットが固まった。
「……はい」
王は部屋を出ていった。
清司は閉じた扉を見つめた。
まさか。
いやいやいや!
ありえん!
でも。
清司は金色の髪を握った。
王子はまだ胸を押さえている。
侍女たちは感動している。
誰も何も分かっていない。
乙女ゲーム世界。
金髪ふわふわ姫。
攻略対象。
そして、あの父王。
情報量おおすぎひんか?
清司は小さく息を吐いた。
「……ほんま、なんでやねん」
侍女たちが、また涙ぐんだ。
「姫様……」
「おいたわしい……」
違う。
おいたわしいのは、主に清司の精神である。




