第2話 俺は男やぞ
「なんやここ」
清司はゆっくり身体を起こした。
白い天蓋。
桃色のカーテン。
花と天使が描かれた壁。
金色の家具まで並んでいる。
どこを見ても、ひらひら、きらきらしていた。
どう見ても本家ではない。
しかも、寝台の周りには見知らぬ女たちが立っていた。
「姫様……!」
「お目覚めになられました!」
女たちが一斉に近づいてくる。
清司は眉を寄せた。
「誰じゃ、お前ら」
四人の足が止まった。
「ひ、姫様……?」
「姫様て誰や」
「リリアーナ様でございます」
「知らん」
女たちは困ったように顔を見合わせた。
清司は部屋を見回す。
右に窓。
左に扉。
女は四人。
武器は見えない。
こちらを怖がっているようだった。
清司は額へ手をやった。
血がない。
痛みもなかった。
門の外で、音がした。
覚えているのは、そこまでだった。
親父たちは、どうなった。
英二との話も、まだ終わっていない。
まずは、ここがどこなのか確かめる必要があった。
「……ここ、どこや」
「姫様のお部屋でございます」
「俺の?」
「はい」
一人がおそるおそる頷いた。
その手に、鏡があった。
清司は手を伸ばした。
「鏡かせ」
「え?」
「それや」
差し出された手鏡を受け取る。
覗いた瞬間、動きが止まった。
金色のふわふわした髪。
やたら白い肌。
細い首。
大きな目が、無駄にきらきらしていた。
見知らぬ女だった。
「……誰や、これ」
「姫様でございます」
「ちゃう」
清司は鏡を近づけた。
鏡の女も近づいてくる。
首を傾げる。
同じように傾いた。
頬をつまむ。
白い頬が、むにっと伸びた。
清司は、そのまま暫く止まっていた。
「なんじゃコレェ!!」
絶叫が部屋中に響いた。
女たちが一斉に飛び上がる。
「姫様!」
「お気を確かに!」
「早く医師を!」
「ちょっと待て!」
清司は鏡を握ったまま、自分の身体を見下ろした。
細い腕。
白い指。
胸元まで垂れた金色の髪。
着ている寝間着まで、ひらひらしている。
「なんで女やねん!」
「姫様は以前から女性でございます!」
「そういう話ちゃう!」
声が高かった。
今、自分が出した声だった。
清司が喉へ触れる。
「……声まで変わっとる」
「姫様……」
「俺は男やぞ」
女たちは、今にも泣き出しそうな顔になった。
*
説明しよう!
『ロイヤルフラグメント』!
王国の第一王女リリアーナとなり、七人の王子たちと恋をしながら、王国に隠された秘密を解き明かしていく乙女ゲームなのである!
「誰や」
清司が顔を上げた。
「誰が説明しとんねん」
そして現在、清司が入っているこの金髪ふわふわの身体こそ、主人公リリアーナ・リュミエール!
攻略対象は七人!
全員イケメン!
その中から一人を選び、婿として迎えるのである!
「いらんし」
清司は即答した。
「もう恋愛は充分や」
侍女たちが顔を見合わせた。
「……充分、でございますか?」
「あぁ」
あまりに迷いのない返事に、侍女は戸惑ったまま言葉を探した。
「姫様に……?」
清司は鏡へ目を落とした。
金髪の女が、同じ顔でこちらを見ていた。
「ややこしなっとるな、これ」
その瞬間だった。
頭の奥へ、知らない記憶が流れ込んできた。
白い城。
父である国王。
魔法の学園。
華やかな舞踏会。
優しく笑う王子。
跪く王子。
手を差し出す王子。
遠くから、意味ありげに見つめてくる王子。
「男ばっかりやないか」
清司は額を押さえた。
どうやら、この身体の名前はリリアーナ・リュミエール。
リュミエール王国の第一王女。
国王の一人娘らしい。
病弱で、儚くて、誰からも守られる姫。
何人もの男と出会い、その中から一人を選ぶ立場だった。
清司はゆっくり顔を上げた。
「俺が選ぶんか」
「はい……?」
「こいつらから?」
「婚約者候補の皆様からでございます」
「一人を?」
「さようでございます」
清司は黙った。
手鏡を見た。
自分の身体も、もう一度見た。
「俺、婿もらう側なんか……?」
口にすると、余計に現実味が増した。
女の一人が、気の毒そうに近づいてくる。
「姫様、ご安心くださいませ。殿方のことは、まだお考えにならなくても……」
「まじでいらん」
「えっ」
「誰もいらん言うとんねん」
侍女が口を閉じた。
清司は一度、息を吐いた。
知らない身体で目を覚ましたと思ったら、知らない男を七人も紹介された。
婿を選ぶより先に、確かめることが山ほどある。
手鏡を脇へ置き、寝台の上で足を動かしてみた。
*
分からんことばかりだった。
考えても、すぐに答えは出ない。
清司は、もう一度部屋を見た。
窓。
扉。
隅に置かれた燭台と花瓶。
侍女は四人。
さっきから、こちらの様子を窺っている。
声を荒らげたせいで、完全に怯えさせていた。
「……何もせえへんから、下がっとけ」
四人が、揃って頷いた。
少し離れる。
それでようやく、清司も自分の身体を確かめられた。
腕を持ち上げる。
細い。
握ってみる。
力は入るが、いつもの感覚とは違った。
寝台の端へ足を下ろすと、侍女が慌てて近づきかけた。
清司が顔を向ける。
止まった。
「姫様、まだお休みになられた方が……」
「立つだけや」
「ですが」
清司は立った。
寝間着の裾が足へまとわりつく。
長い髪が肩から落ち、腕へかかった。
片手で払う。
今度は反対側から落ちてきた。
「多いな、髪」
侍女が息を詰めた。
清司は寝台へ座り直した。
何一つ、いつものようにいかなかった。
「姫様、お水をどうぞ」
「……あぁ」
杯を受け取る。
小さな花が描かれていた。
持ち手まで細く曲がり、金色の縁がついている。
清司は杯を見た。
それを持つ、自分の指を見た。
黙った。
「姫様……」
「おいたわしい……」
女たちが涙ぐんだ。
「違う」
清司は深く息を吐いた。
「おいたわしいんは、俺の精神や」
水を一口飲む。
杯を返してから、もう一度鏡を覗いた。
金髪ふわふわの姫が、眉間にしわを寄せている。
本人は睨んでいるつもりだった。
だが、大きな目も、白い頬も、小さな唇も、何もかも整いすぎていた。
ただ、不機嫌な美少女だった。
「腹立つな、こいつ」
「姫様ご自身でございます」
「分かっとるわ」
鏡を下ろそうとした。
その時だった。
鏡の奥に、黒いスーツ姿の男が立っていた。
黒髪を真ん中で分けた、見慣れた顔。
静かな目。
肩には、鞘に収めた日本刀を担いでいる。
清司の手が止まった。
ついさっきまでの自分だった。
鏡越しに、目が合う。
「えーーーーーーーーっ!!!!」




