第59話 パンチ、世界へ
パンとサンドイッチの成功を祝うパーティーが、リュミエール王宮で開かれていた。
長いテーブルには、白パン、クロワッサン、フランスパン、食パン、ジャムパン、クリームパン、バターロールが並んでいる。
たまご。
ハムとチーズ。
魚とマヨネーズ。
ポテトサラダ。
野菜と肉。
色とりどりの具材を挟んだサンドイッチも、この世界の食卓を変え始めたパンと共に並んでいた。
王族や貴族、商人、料理人、各国の使者。
そして、リュミエール王国の傘下に入った国々の王たちが、焼きたての香りへ目を向けている。
「ほんまにパン祭りになったな」
リリアーナは会場を見た。
その横には、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が立っている。
「今日はお祝いですわ! いっぱい並べましたのよ!」
レイナが嬉しそうに笑った。
「姫様も、今日は酸素マスクがいりませんもの!」
「祝う基準低ない?」
「平和が一番ですわ!」
「せやな」
チリン。
バルドが小さく鈴を鳴らした。
「それでは、開宴でございます」
会場へ音楽が流れ始めた。
音楽係の中心に立っているのは、ゴスペルだった。
低く、温かい歌声。
派手すぎず、話し声を邪魔せず、それでも会場の空気を少しずつ柔らかくしていく。
その周囲では、スギナ・カワイたちが演奏していた。
「小麦の記憶が、黄金の波となり……」
「何言うとるか分からん」
リリアーナが呟くと、レイナが会場を見渡した。
「けれど、みなさんのお顔が柔らかくなりましたわ!」
「存在がポーションやな」
緊張していた他国の使者も、慣れない王宮で背筋を固くしていた職人も、ゴスペルの歌声を聞き、少しずつ肩の力を抜いていく。
「僕、お水配る!」
セシルが銀の盆を持ち上げた。
グラスが大きく揺れる。
「待て待て待て」
「大丈夫だよ!」
「まだ何も言うてへん」
「こぼさないよ!」
「言おうとしたこと分かっとるやん」
セシルは来賓の間を歩き始めた。
「お水どうぞー!」
「走るな!」
「歩いてるよ!」
「その速さは走っとる!」
「早歩きだよ!」
「言い方の問題ちゃうねん!」
盆の上に並んでいるのは、式神と晴明が流れを整え、清めた水だった。
怨念が完全に消え、正式に晴明の式神となった男は、今では人の暮らしへ流れる水を作っている。
「お水どうぞ!」
セシルが貴族へグラスを差し出した。
「先に一口飲んでみて! そのあとパンを食べたら、もっとおいしいよ!」
「水で味が変わるのか?」
「変わるよ! 僕もさっき飲んだ!」
「お前が先に飲んだんかい」
「毒が入ってないか見たんだよ!」
「ただ喉渇いとっただけやろ」
「なんで分かったの?!」
「分かるわ」
貴族が吹き出した。
その笑い声に、周囲の者たちも笑い始める。
セシルは理由も分からないまま、一緒に笑っていた。
「みんな楽しそう!」
「お前のおかげや」
「僕、何もしてないよ!」
「そこがすごいねん」
老婦人がパンの前で迷っていることに気づくと、セシルはすぐに近づいた。
「柔らかいのがいい?」
「ええ。少し歯が弱くて」
「じゃあ白パン! たまごのサンドイッチも柔らかいよ!」
「よく分かったわね」
「ずっとお顔見てたから!」
前回の葉巻と煙草のレセプションでは、セシルは目の前にいる一人の客を丁寧に見ることで、接客を成功させた。
今は、会場全体を見ている。
水を必要としている者。
何を選べばいいか分からない者。
一人で立っている者。
そのすべてを見つけながら、なぜか一番騒がしかった。
「セシル様、お水はゆっくり運びましょうね」
レイナが優しく声をかけた。
「はーい!」
「お返事はとても素敵ですわ!」
「できるかは別やけどな」
「できるよ!」
セシルが振り向いた瞬間、グラスから一滴こぼれた。
「あっ」
「こぼれたやん」
「一滴だから大丈夫!」
「全然できてへんやないか」
「まだいっぱいあるよ!」
「量の問題ちゃうねん」
また会場に笑いが広がった。
少し離れた場所では、エリオットが各国の商人や料理人を繋いでいた。
「この人ね、海の向こうから来たんだよ! 船をいっぱい持ってるの!」
「そうなのか」
「こっちの人は、小麦をいっぱい作ってるよ! 二人ともパンが好きだから、絶対に仲良くなれるよ!」
「パンだけで繋げたん?」
「うん! もう友達だよ!」
「まだ名前も聞いてへんやろ」
「あっ!」
エリオットは二人を見た。
「お名前は?」
「今からなん?」
「でも、もう友達だから大丈夫!」
「何が大丈夫なんや」
二人の商人は顔を見合わせ、笑いながら名乗り合った。
エリオットは、人を集めるだけではなくなっていた。
集めた者を、次に必要な者へ繋ぐ。
商人と職人。
船を持つ者と、荷物を運びたい者。
国と国。
王子として。
グランヴェールとリュミエールを繋ぐ者として。
立派に仕事をしている。
やっていることは立派なのに、本人はずっと楽しそうだった。
「また友達できた!」
「増える速度おかしいやろ」
「友達は多い方が楽しいよ!」
「名前は覚えたん?」
「あっ」
「そこからやな」
エリオットが慌てて戻っていくと、その横をアレクシスが優雅に歩いてきた。
「困っているなら、僕が説明するよ」
「お前、パンの説明できるん?」
「もちろん。美しい僕が持てば、パンももっと美しく見えるからね」
「パンの説明になっとらん」
アレクシスは白パンを持ち上げ、光へ向けた。
「見て。この白さ。僕の肌みたいに美しいだろう?」
「食欲なくなる例えすな」
「どうして?」
「なんで分からんねん」
だが、貴族たちは楽しそうに笑っていた。
「確かに美しいパンですね」
「そうだろう? 僕が選んだからね」
「作った職人関係なくなっとるやん」
「職人が美しいパンを作って、僕が美しく見せる。完璧だよ」
「自分入れんと気が済まんの?」
「僕もパンも美しい。みんな幸せだね」
「勝手にまとめんな」
アレクシスはナルシストのままだった。
けれど、自分の美しさを使い、人の目を商品へ向ける。
以前なら自分だけを見せていた美しさを、今は職人や商品を輝かせるために使っている。
「このパンを作った職人にも会ってみる?」
アレクシスが貴族へ尋ねた。
「ぜひ」
「こっちだよ。僕の隣に並んでも大丈夫なくらい、すごい職人だから」
「褒め方がずっとお前基準やな」
その先では、ルシアンが水差しへ手をかざしていた。
小さな氷の結晶が、水差しの周囲に浮かぶ。
「見て。僕の氷だよ」
集まった子どもたちが目を輝かせた。
「きれい!」
「そうでしょ?」
ルシアンは嬉しそうに胸を張った。
「これは普通の氷じゃないよ。僕の力で生まれた、選ばれた氷だから」
「ちょっと厨二病入っとるな」
「静かにして。今、大事なところだから」
「誰に説明しとるん?」
ルシアンは子どもたちへ顔を近づけた。
「式神は水をきれいにできるけど、冷たくできるのは僕だからね」
「すぐマウント取るやん」
「僕の方がすごいところもあるって教えてるだけだよ」
「張り合うなや」
「でも、式神も上手になったよ」
「最後はちゃんと褒めるんやな」
「僕、優しいから」
ルシアンは得意そうに笑った。
その後ろで、水差しの表面が白く凍り始めている。
「ルシアン」
「なに?」
「水差し凍っとるで」
「えっ?」
ルシアンが慌てて手を離した。
「ちょっと力が強かっただけ!」
「選ばれた氷が暴走しとるやん」
「次はできるよ!」
「式神より下手やないか」
「今のは練習だから!」
「マウント負けそうになったら練習にすな」
子どもたちは声を上げて笑い、ルシアンも一緒に笑った。
物理的には寒い。
中身は誰より人懐っこかった。
会場の上へ、白い光が昇った。
「お席が分からない人がいる!」
レオンが入口へ走っていく。
「こっちだよ! 僕が案内する!」
困っていた老夫婦の前まで行くと、レオンはすぐに歩く速さを落とした。
「ゆっくりで大丈夫だよ。お席まで一緒に行こう」
「ありがとう、レオン王子」
「うん! 僕がちゃんと見るからね!」
老夫婦を席へ案内したあと、レオンは再び会場全体を見た。
パンが少なくなれば金の光。
水が足りなくなれば青い光。
席や道に困っている者がいれば白い光。
光が昇るたび、係の者たちが迷わず動いていく。
「レオン様、とても分かりやすいですわ!」
レイナが褒めると、レオンは嬉しそうに笑った。
「みんなが困らないように、ちゃんと見てるよ!」
「立派ですわ!」
「僕、騎士だからね!」
元気で素直だが、ほかの者たちより少しだけお兄ちゃんだった。
「姫様も困ったら呼んでね! 僕、すぐ行くから!」
「頼もしいやん」
「ちゃんと守るよ!」
「ほな、頼むわ」
「任せて!」
レオンは胸を張り、また次の合図を送った。
パンが並ぶテーブルでは、ノエルが子どもたちへパンを渡していた。
「これ、僕が選んだんだよ!」
「おいしい!」
「本当?!」
ノエルは子どもの顔を覗き込んだ。
「もう一回言って!」
「おいしい!」
「よかった!」
「まだ見てほしい気持ち残っとるな」
「だって僕が選んだんだもん!」
「作ったんはマーガリンおじさんやで」
「あっ」
ノエルは慌ててマーガリンおじさんを見た。
「このパンを作ったのは、マーガリンおじさんだよ! すごくおいしいよ!」
「ありがとうございやす」
「僕もいっぱい運んだよ!」
「結局、自分も入れるんやな」
ノエルは子どもへジャムパンを渡した。
「こっちも食べてみて! 僕がちゃんと見てるから!」
「自分を見てほしいんちゃうん?」
「今日は僕が見るの!」
ノエルは、子どもがパンを頬張る姿を見つめた。
「おいしい顔してる!」
以前なら、自分を見てもらうことばかり考えていた。
今は、目の前の子どもが笑う姿を見て、自分も嬉しそうに笑っている。
「成長したな」
「ちょっとじゃないよ! いっぱいだよ!」
「そこは張り合うんやな」
人の流れを整えているエミールも、会場の入口と出口を行き来していた。
「パンを取る人はこっちだよ! お水をもらったら真ん中のお席へ行ってね! 持ち帰りは……」
エミールが止まった。
「どこだっけ?」
「お前が案内係ちゃうん?」
「今、思い出してる!」
「止まったら人も止まるで」
「あっち!」
エミールが勢いよく指を差した。
そこには厨房があった。
「違うやろ」
「じゃあ、こっち!」
今度は出口だった。
「帰らせようとすな」
「分かった! レイナに聞く!」
「最初からそうせえ」
レイナはすぐに気づき、優しく声をかけた。
「持ち帰りの受付は、右側の赤い看板ですわ!」
「右側の赤い看板だよ!」
「自分が知っとったみたいに言うな」
「今、覚えたから大丈夫!」
「前向きやな」
エミールは何事もなかったように、来賓を受付へ案内していった。
その間も、レイナは全体を見ていた。
「セシル様、お水の列を少し左へお願いいたします。レオン様、白の合図をお願いしますね。エリオット様、北側の国王様をご案内していただけますか? アレクシス様、ご自分のお話よりパンのお話を多めにしてくださいませ。ルシアン様、水差しを凍らせないようにお願いしますね。ノエル様、マーガリンおじさんのお名前も一緒に伝えてくださいませ。エミール、持ち帰りは右側の赤い看板ですわ!」
「はーい!」
「任せて!」
「分かったよ!」
「僕の美しさの話も少しならいい?」
「次は大丈夫!」
「うん!」
「もう覚えたよ!」
レイナは一人ずつへ仕事を渡し、優しく笑った。
「みなさん、とても上手ですわ!」
「ほんまか?」
「みなさんなりに、一生懸命ですもの!」
「先生の採点甘ない?」
「成長を褒めることも大切ですわ!」
「幼稚園やん」
リリアーナが言うと、全員が一斉に振り向いた。
「幼稚園じゃないよ!」
「僕、王子だよ!」
「僕は騎士だよ!」
「僕は世界で一番美しいよ!」
「僕の氷は選ばれた氷だよ!」
「僕、ちゃんと案内できるよ!」
「僕を見て!」
「最後のやつだけ幼稚園やろ」
「なんで僕だけ?!」
ノエルが頬を膨らませた。
その横で、セシルがパンを一つ持ち上げる。
「ねえ、これ誰の?」
「来賓用や」
「食べていい?」
「あかん」
「半分なら?」
「あかん」
「一口だけ!」
「あかん言うとるやろ!」
「セシル様」
レイナが優しく呼んだ。
「職人さんが、みなさんの分も用意してくださっていますわ」
「ほんと?!」
「奥のお部屋にございますよ!」
「みんな! パンあるって!」
セシルが叫んだ瞬間、全員が一斉に奥を見た。
「ジャムパンある?!」
「僕は白パンがいい!」
「僕が一番美しいパンを選ぶよ!」
「僕、冷たくできるよ!」
「パン冷やすな!」
「僕が先に見つけた!」
「僕が案内する!」
全員が動こうとした。
「お待ちくださいませ!」
レイナが両手を叩いた。
全員が、ぴたりと止まった。
「まだお仕事中ですわ」
「……はい」
全員がしょんぼりする。
「終わったら、みなさんでいただきましょうね!」
「うん!」
今度は一斉に笑った。
「やっぱり幼稚園やん」
リリアーナは頭を抱えた。
だが、来賓たちは笑っている。
気難しそうにしていた王も。
緊張していた使者も。
初めて王宮へ来た職人も。
ロイヤル・フラグメントの周りでは、いつの間にか肩の力を抜き、笑顔になっていた。
美しいからではない。
王子や公爵だからでもない。
人懐っこくて。
愛嬌があって。
アホで。
一緒にいると、なぜか笑ってしまう。
それが、ロイヤル・フラグメントの人を惹きつける力だった。
会場の外側では、『紅月の海賊ヴァンパイア』の者たちが物流センターの受付を担当していた。
「次!」
パードが注文書を片手に声を上げる。
「持ち帰り? 国向け? 店出したい系?」
「み、店を出したい」
「じゃあ、フランチャイズ希望ね」
「ふらんちゃいず?」
「あとで説明あるから、とりま受付」
「言葉が軽い!」
リキュウが横から穏やかに微笑んだ。
「国名、希望する店舗の数、料理人の人数、荷物を運ぶ道を、こちらへお書きください」
「こちらなら分かる」
「パード様は呼び込みの担当ですので」
「うち、受付の顔じゃん」
「お顔は大変強いです」
「褒めてる?」
「もちろんでございます」
キャプテントュリラーは、大量の荷箱を見ていた。
「海路で運ぶ分は、こちらだ」
ヨホークとシャチが、配送先ごとに箱を分ける。
ヘイオンが、荷崩れしない積み方を確かめる。
スイチョが出荷する順番を短く告げた。
「港。先。王都。次。山側。最後」
「単語だけで仕事回っとるな」
リリアーナは遠くからその様子を見た。
自分たちの船を沈められた海賊たちは、今はパンを海の向こうへ運ぶために働いている。
そして、船を沈めた式神は、晴明と共に美味しい水を作っていた。
奇妙な話だった。
だが、現場は回っている。
やがて、ゴスペルの歌が静かに終わった。
会場の前方へ、マーガリンおじさんが立った。
今日のために用意された、少し立派な服を着ている。
けれど、手はいつものままだった。
火傷の跡。
厚くなった指。
何度も生地をこねてきた手。
「皆様」
マーガリンおじさんの声が少し震えた。
「わたしゃ、最初はしがないパン職人でやした。店を持つ金もなく、立派な窯もなく、貧民街で集められる材料だけ集めて、ただパンを焼いておりやした」
マーガリンおじさんは自分の手を見た。
「子どもたちが喜ぶ顔を見たくて、ただ、それだけで焼いておりやした。それが今、王宮に並び、国を越え、皆さんの食卓へ届こうとしておりやす」
ノエルが唇を結んだ。
「私の焼いたパンが、皆さんの食卓や生活の一部になる。そいつぁ、職人として、この上ない幸せでさぁ」
一瞬、会場が静まり返った。
そして、一人、二人と拍手が起こり、やがて会場中へ広がっていく。
王族も、貴族も、商人も、料理人も、職人のために拍手をしていた。
マーガリンおじさんの目から涙が落ちた。
けれど、その顔は笑っている。
ノエルは、もう泣いていた。
「泣くん早いな」
「だって嬉しいもん!」
「分かっとる」
マーガリンおじさんは、何度も頭を下げた。
次に、リリアーナが壇上へ上がった。
会場の視線が集まる。
「今日、パンとサンドイッチは、一つの国だけの料理ではなくなりました」
各国の料理人たちが顔を上げた。
「国々の料理人が集まり、技術を学び、作り方そのものを変えた。そして、これからは、それぞれの国で作る」
リリアーナは、式神と晴明を見た。
「まず、傘下に入った国々へ、順番に綺麗な川を作ります」
会場にざわめきが起き、国王たちの顔が変わった。
「川を」
「我が国にも?」
「水が整えば、人が住める。畑が作れる。工場も動く。子どもが水を運ぶためだけに、一日を使わんで済む」
式神は静かにリリアーナを見ていた。
「綺麗な水を、一部の者だけのもんにはせん」
貧民街から来た職人たちが息を呑んだ。
「そして、パン屋『パンチ』のフランチャイズ化を始めます」
国王の一人が首を傾げた。
「ふらんちゃいず?」
「店の名前と、作り方と、品質の決まりを渡す。各国で作って、各国で人を雇って、各国で売る。利益だけ持って帰る商売はせん」
会場が静かになる。
「ロアンとマーガリンおじさんから学び、パン工場で働き、二人から合格をもらった者だけが、パンチの看板を掲げられる」
料理人たちの目が輝いた。
「技術を渡す。仕事を渡す。食卓を変える」
リリアーナは傘下国の王たちを見た。
「今までの当たり前が、覆ります」
誰も動かなかった。
「生まれた場所で、食える物も、飲める水も、働ける場所も決まる。今までの当たり前を終わらせる」
国王の一人が目元を押さえた。
「貧困の差をなくす。それは、父の意向でもあります。そして、リュミエール王国は、それができると証明しました」
貧民街の工場。
働く者。
毎日届くパン。
流れる水。
笑う子ども。
そのすべてが証明だった。
「けど、これはまだ、第一歩にしか過ぎません」
その時、傘下国の王たちの席で、オヤジがゆっくり立ち上がった。
「兄上」
グランヴェール国王が顔を上げる。
オヤジはその肩を軽く叩き、壇上へ向かって歩き出した。
リリアーナの隣まで来ると、オヤジは会場を見渡した。
「兄弟!」
声が会場へ響き、傘下国の王たちが一斉に顔を上げる。
オヤジは、にやりと笑った。
「世界変えるぞ!」
それだけだった。
だが、それだけで何人もの王が泣いた。
グランヴェール国王が立ち上がり、涙を流しながらオヤジを見た。
「兄上! 一生、ついていきます!」
「私も!」
「我が国も!」
「兄弟として!」
「共に、世界を変えます!」
次々に王が立ち、貴族が立ち、商人が立ち、職人が立つ。
大きな拍手が起こり、ゴスペルの歌声がもう一度、会場を包んだ。
「あっ! 僕も合図する!」
レオンの光が会場の上へ昇った。
「僕も何かする!」
セシルが銀の盆を持ち上げた。
「お前はそのまま水配っとけ!」
「分かった! お水どうぞー!」
「走るな!」
「早歩きだよ!」
「一緒や!」
エリオットは、泣いている王たちへ笑顔で駆け寄った。
「みんな友達だね!」
「急に軽くなるな!」
「兄弟だから、友達よりもっと仲良し?」
「関係ややこしくすな」
アレクシスは光を浴びながら、髪を整えた。
「僕がいると、歴史的な瞬間も美しくなるね」
「お前はずっとブレへんな」
「姫様、僕の氷も光らせようか?」
ルシアンが近づいてくる。
「水凍らすからやめろ」
「今度は上手にできるよ!」
「さっきも聞いた」
「僕も前に立つ!」
ノエルがリリアーナの横へ来た。
「なんでや」
「僕も見てほしいから!」
「まだそこ残っとるやん」
「でも僕も、みんなを見るよ!」
「欲張りやな」
「みなさん、お仕事へ戻りましょうね!」
レイナが手を叩いた。
「はーい!」
全員が一斉に返事をし、それぞれの持ち場へ戻っていく。
「ほんま幼稚園やな」
リリアーナの横では、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が、オヤジを見て少しだけ口元を上げていた。
パンは国を越えた。
水は人の暮らしへ流れ始めた。
仕事が生まれ、食卓が変わり、王たちは世界を変えると誓った。
第三章。
パン革命。
ここに、一つの区切りを迎えた。
恋愛イベントを忘れた攻略対象たちは、今日も笑いながら、自分の持ち場を走り回っていた。




