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ふわ姫若頭  作者: 夜嶋朔
第三章 食卓現場復帰編

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第59話 パンチ、世界へ

 

 パンとサンドイッチの成功を祝うパーティーが、リュミエール王宮で開かれていた。


 長いテーブルには、白パン、クロワッサン、フランスパン、食パン、ジャムパン、クリームパン、バターロールが並んでいる。


 たまご。


 ハムとチーズ。


 魚とマヨネーズ。


 ポテトサラダ。


 野菜と肉。


 色とりどりの具材を挟んだサンドイッチも、この世界の食卓を変え始めたパンと共に並んでいた。


 王族や貴族、商人、料理人、各国の使者。


 そして、リュミエール王国の傘下に入った国々の王たちが、焼きたての香りへ目を向けている。


「ほんまにパン祭りになったな」


 リリアーナは会場を見た。


 その横には、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が立っている。


「今日はお祝いですわ! いっぱい並べましたのよ!」


 レイナが嬉しそうに笑った。


「姫様も、今日は酸素マスクがいりませんもの!」


「祝う基準低ない?」


「平和が一番ですわ!」


「せやな」


 チリン。


 バルドが小さく鈴を鳴らした。


「それでは、開宴でございます」


 会場へ音楽が流れ始めた。


 音楽係の中心に立っているのは、ゴスペルだった。


 低く、温かい歌声。


 派手すぎず、話し声を邪魔せず、それでも会場の空気を少しずつ柔らかくしていく。


 その周囲では、スギナ・カワイたちが演奏していた。


「小麦の記憶が、黄金の波となり……」


「何言うとるか分からん」


 リリアーナが呟くと、レイナが会場を見渡した。


「けれど、みなさんのお顔が柔らかくなりましたわ!」


「存在がポーションやな」


 緊張していた他国の使者も、慣れない王宮で背筋を固くしていた職人も、ゴスペルの歌声を聞き、少しずつ肩の力を抜いていく。


「僕、お水配る!」


 セシルが銀の盆を持ち上げた。


 グラスが大きく揺れる。


「待て待て待て」


「大丈夫だよ!」


「まだ何も言うてへん」


「こぼさないよ!」


「言おうとしたこと分かっとるやん」


 セシルは来賓の間を歩き始めた。


「お水どうぞー!」


「走るな!」


「歩いてるよ!」


「その速さは走っとる!」


「早歩きだよ!」


「言い方の問題ちゃうねん!」


 盆の上に並んでいるのは、式神と晴明が流れを整え、清めた水だった。


 怨念が完全に消え、正式に晴明の式神となった男は、今では人の暮らしへ流れる水を作っている。


「お水どうぞ!」


 セシルが貴族へグラスを差し出した。


「先に一口飲んでみて! そのあとパンを食べたら、もっとおいしいよ!」


「水で味が変わるのか?」


「変わるよ! 僕もさっき飲んだ!」


「お前が先に飲んだんかい」


「毒が入ってないか見たんだよ!」


「ただ喉渇いとっただけやろ」


「なんで分かったの?!」


「分かるわ」


 貴族が吹き出した。


 その笑い声に、周囲の者たちも笑い始める。


 セシルは理由も分からないまま、一緒に笑っていた。


「みんな楽しそう!」


「お前のおかげや」


「僕、何もしてないよ!」


「そこがすごいねん」


 老婦人がパンの前で迷っていることに気づくと、セシルはすぐに近づいた。


「柔らかいのがいい?」


「ええ。少し歯が弱くて」


「じゃあ白パン! たまごのサンドイッチも柔らかいよ!」


「よく分かったわね」


「ずっとお顔見てたから!」


 前回の葉巻と煙草のレセプションでは、セシルは目の前にいる一人の客を丁寧に見ることで、接客を成功させた。


 今は、会場全体を見ている。


 水を必要としている者。


 何を選べばいいか分からない者。


 一人で立っている者。


 そのすべてを見つけながら、なぜか一番騒がしかった。


「セシル様、お水はゆっくり運びましょうね」


 レイナが優しく声をかけた。


「はーい!」


「お返事はとても素敵ですわ!」


「できるかは別やけどな」


「できるよ!」


 セシルが振り向いた瞬間、グラスから一滴こぼれた。


「あっ」


「こぼれたやん」


「一滴だから大丈夫!」


「全然できてへんやないか」


「まだいっぱいあるよ!」


「量の問題ちゃうねん」


 また会場に笑いが広がった。


 少し離れた場所では、エリオットが各国の商人や料理人を繋いでいた。


「この人ね、海の向こうから来たんだよ! 船をいっぱい持ってるの!」


「そうなのか」


「こっちの人は、小麦をいっぱい作ってるよ! 二人ともパンが好きだから、絶対に仲良くなれるよ!」


「パンだけで繋げたん?」


「うん! もう友達だよ!」


「まだ名前も聞いてへんやろ」


「あっ!」


 エリオットは二人を見た。


「お名前は?」


「今からなん?」


「でも、もう友達だから大丈夫!」


「何が大丈夫なんや」


 二人の商人は顔を見合わせ、笑いながら名乗り合った。


 エリオットは、人を集めるだけではなくなっていた。


 集めた者を、次に必要な者へ繋ぐ。


 商人と職人。


 船を持つ者と、荷物を運びたい者。


 国と国。


 王子として。


 グランヴェールとリュミエールを繋ぐ者として。


 立派に仕事をしている。


 やっていることは立派なのに、本人はずっと楽しそうだった。


「また友達できた!」


「増える速度おかしいやろ」


「友達は多い方が楽しいよ!」


「名前は覚えたん?」


「あっ」


「そこからやな」


 エリオットが慌てて戻っていくと、その横をアレクシスが優雅に歩いてきた。


「困っているなら、僕が説明するよ」


「お前、パンの説明できるん?」


「もちろん。美しい僕が持てば、パンももっと美しく見えるからね」


「パンの説明になっとらん」


 アレクシスは白パンを持ち上げ、光へ向けた。


「見て。この白さ。僕の肌みたいに美しいだろう?」


「食欲なくなる例えすな」


「どうして?」


「なんで分からんねん」


 だが、貴族たちは楽しそうに笑っていた。


「確かに美しいパンですね」


「そうだろう? 僕が選んだからね」


「作った職人関係なくなっとるやん」


「職人が美しいパンを作って、僕が美しく見せる。完璧だよ」


「自分入れんと気が済まんの?」


「僕もパンも美しい。みんな幸せだね」


「勝手にまとめんな」


 アレクシスはナルシストのままだった。


 けれど、自分の美しさを使い、人の目を商品へ向ける。


 以前なら自分だけを見せていた美しさを、今は職人や商品を輝かせるために使っている。


「このパンを作った職人にも会ってみる?」


 アレクシスが貴族へ尋ねた。


「ぜひ」


「こっちだよ。僕の隣に並んでも大丈夫なくらい、すごい職人だから」


「褒め方がずっとお前基準やな」


 その先では、ルシアンが水差しへ手をかざしていた。


 小さな氷の結晶が、水差しの周囲に浮かぶ。


「見て。僕の氷だよ」


 集まった子どもたちが目を輝かせた。


「きれい!」


「そうでしょ?」


 ルシアンは嬉しそうに胸を張った。


「これは普通の氷じゃないよ。僕の力で生まれた、選ばれた氷だから」


「ちょっと厨二病入っとるな」


「静かにして。今、大事なところだから」


「誰に説明しとるん?」


 ルシアンは子どもたちへ顔を近づけた。


「式神は水をきれいにできるけど、冷たくできるのは僕だからね」


「すぐマウント取るやん」


「僕の方がすごいところもあるって教えてるだけだよ」


「張り合うなや」


「でも、式神も上手になったよ」


「最後はちゃんと褒めるんやな」


「僕、優しいから」


 ルシアンは得意そうに笑った。


 その後ろで、水差しの表面が白く凍り始めている。


「ルシアン」


「なに?」


「水差し凍っとるで」


「えっ?」


 ルシアンが慌てて手を離した。


「ちょっと力が強かっただけ!」


「選ばれた氷が暴走しとるやん」


「次はできるよ!」


「式神より下手やないか」


「今のは練習だから!」


「マウント負けそうになったら練習にすな」


 子どもたちは声を上げて笑い、ルシアンも一緒に笑った。


 物理的には寒い。


 中身は誰より人懐っこかった。


 会場の上へ、白い光が昇った。


「お席が分からない人がいる!」


 レオンが入口へ走っていく。


「こっちだよ! 僕が案内する!」


 困っていた老夫婦の前まで行くと、レオンはすぐに歩く速さを落とした。


「ゆっくりで大丈夫だよ。お席まで一緒に行こう」


「ありがとう、レオン王子」


「うん! 僕がちゃんと見るからね!」


 老夫婦を席へ案内したあと、レオンは再び会場全体を見た。


 パンが少なくなれば金の光。


 水が足りなくなれば青い光。


 席や道に困っている者がいれば白い光。


 光が昇るたび、係の者たちが迷わず動いていく。


「レオン様、とても分かりやすいですわ!」


 レイナが褒めると、レオンは嬉しそうに笑った。


「みんなが困らないように、ちゃんと見てるよ!」


「立派ですわ!」


「僕、騎士だからね!」


 元気で素直だが、ほかの者たちより少しだけお兄ちゃんだった。


「姫様も困ったら呼んでね! 僕、すぐ行くから!」


「頼もしいやん」


「ちゃんと守るよ!」


「ほな、頼むわ」


「任せて!」


 レオンは胸を張り、また次の合図を送った。


 パンが並ぶテーブルでは、ノエルが子どもたちへパンを渡していた。


「これ、僕が選んだんだよ!」


「おいしい!」


「本当?!」


 ノエルは子どもの顔を覗き込んだ。


「もう一回言って!」


「おいしい!」


「よかった!」


「まだ見てほしい気持ち残っとるな」


「だって僕が選んだんだもん!」


「作ったんはマーガリンおじさんやで」


「あっ」


 ノエルは慌ててマーガリンおじさんを見た。


「このパンを作ったのは、マーガリンおじさんだよ! すごくおいしいよ!」


「ありがとうございやす」


「僕もいっぱい運んだよ!」


「結局、自分も入れるんやな」


 ノエルは子どもへジャムパンを渡した。


「こっちも食べてみて! 僕がちゃんと見てるから!」


「自分を見てほしいんちゃうん?」


「今日は僕が見るの!」


 ノエルは、子どもがパンを頬張る姿を見つめた。


「おいしい顔してる!」


 以前なら、自分を見てもらうことばかり考えていた。


 今は、目の前の子どもが笑う姿を見て、自分も嬉しそうに笑っている。


「成長したな」


「ちょっとじゃないよ! いっぱいだよ!」


「そこは張り合うんやな」


 人の流れを整えているエミールも、会場の入口と出口を行き来していた。


「パンを取る人はこっちだよ! お水をもらったら真ん中のお席へ行ってね! 持ち帰りは……」


 エミールが止まった。


「どこだっけ?」


「お前が案内係ちゃうん?」


「今、思い出してる!」


「止まったら人も止まるで」


「あっち!」


 エミールが勢いよく指を差した。


 そこには厨房があった。


「違うやろ」


「じゃあ、こっち!」


 今度は出口だった。


「帰らせようとすな」


「分かった! レイナに聞く!」


「最初からそうせえ」


 レイナはすぐに気づき、優しく声をかけた。


「持ち帰りの受付は、右側の赤い看板ですわ!」


「右側の赤い看板だよ!」


「自分が知っとったみたいに言うな」


「今、覚えたから大丈夫!」


「前向きやな」


 エミールは何事もなかったように、来賓を受付へ案内していった。


 その間も、レイナは全体を見ていた。


「セシル様、お水の列を少し左へお願いいたします。レオン様、白の合図をお願いしますね。エリオット様、北側の国王様をご案内していただけますか? アレクシス様、ご自分のお話よりパンのお話を多めにしてくださいませ。ルシアン様、水差しを凍らせないようにお願いしますね。ノエル様、マーガリンおじさんのお名前も一緒に伝えてくださいませ。エミール、持ち帰りは右側の赤い看板ですわ!」


「はーい!」


「任せて!」


「分かったよ!」


「僕の美しさの話も少しならいい?」


「次は大丈夫!」


「うん!」


「もう覚えたよ!」


 レイナは一人ずつへ仕事を渡し、優しく笑った。


「みなさん、とても上手ですわ!」


「ほんまか?」


「みなさんなりに、一生懸命ですもの!」


「先生の採点甘ない?」


「成長を褒めることも大切ですわ!」


「幼稚園やん」


 リリアーナが言うと、全員が一斉に振り向いた。


「幼稚園じゃないよ!」


「僕、王子だよ!」


「僕は騎士だよ!」


「僕は世界で一番美しいよ!」


「僕の氷は選ばれた氷だよ!」


「僕、ちゃんと案内できるよ!」


「僕を見て!」


「最後のやつだけ幼稚園やろ」


「なんで僕だけ?!」


 ノエルが頬を膨らませた。


 その横で、セシルがパンを一つ持ち上げる。


「ねえ、これ誰の?」


「来賓用や」


「食べていい?」


「あかん」


「半分なら?」


「あかん」


「一口だけ!」


「あかん言うとるやろ!」


「セシル様」


 レイナが優しく呼んだ。


「職人さんが、みなさんの分も用意してくださっていますわ」


「ほんと?!」


「奥のお部屋にございますよ!」


「みんな! パンあるって!」


 セシルが叫んだ瞬間、全員が一斉に奥を見た。


「ジャムパンある?!」


「僕は白パンがいい!」


「僕が一番美しいパンを選ぶよ!」


「僕、冷たくできるよ!」


「パン冷やすな!」


「僕が先に見つけた!」


「僕が案内する!」


 全員が動こうとした。


「お待ちくださいませ!」


 レイナが両手を叩いた。


 全員が、ぴたりと止まった。


「まだお仕事中ですわ」


「……はい」


 全員がしょんぼりする。


「終わったら、みなさんでいただきましょうね!」


「うん!」


 今度は一斉に笑った。


「やっぱり幼稚園やん」


 リリアーナは頭を抱えた。


 だが、来賓たちは笑っている。


 気難しそうにしていた王も。


 緊張していた使者も。


 初めて王宮へ来た職人も。


 ロイヤル・フラグメントの周りでは、いつの間にか肩の力を抜き、笑顔になっていた。


 美しいからではない。


 王子や公爵だからでもない。


 人懐っこくて。


 愛嬌があって。


 アホで。


 一緒にいると、なぜか笑ってしまう。


 それが、ロイヤル・フラグメントの人を惹きつける力だった。



 会場の外側では、『紅月の海賊ヴァンパイア』の者たちが物流センターの受付を担当していた。


「次!」


 パードが注文書を片手に声を上げる。


「持ち帰り? 国向け? 店出したい系?」


「み、店を出したい」


「じゃあ、フランチャイズ希望ね」


「ふらんちゃいず?」


「あとで説明あるから、とりま受付」


「言葉が軽い!」


 リキュウが横から穏やかに微笑んだ。


「国名、希望する店舗の数、料理人の人数、荷物を運ぶ道を、こちらへお書きください」


「こちらなら分かる」


「パード様は呼び込みの担当ですので」


「うち、受付の顔じゃん」


「お顔は大変強いです」


「褒めてる?」


「もちろんでございます」


 キャプテントュリラーは、大量の荷箱を見ていた。


「海路で運ぶ分は、こちらだ」


 ヨホークとシャチが、配送先ごとに箱を分ける。


 ヘイオンが、荷崩れしない積み方を確かめる。


 スイチョが出荷する順番を短く告げた。


「港。先。王都。次。山側。最後」


「単語だけで仕事回っとるな」


 リリアーナは遠くからその様子を見た。


 自分たちの船を沈められた海賊たちは、今はパンを海の向こうへ運ぶために働いている。


 そして、船を沈めた式神は、晴明と共に美味しい水を作っていた。


 奇妙な話だった。


 だが、現場は回っている。



 やがて、ゴスペルの歌が静かに終わった。


 会場の前方へ、マーガリンおじさんが立った。


 今日のために用意された、少し立派な服を着ている。


 けれど、手はいつものままだった。


 火傷の跡。


 厚くなった指。


 何度も生地をこねてきた手。


「皆様」


 マーガリンおじさんの声が少し震えた。


「わたしゃ、最初はしがないパン職人でやした。店を持つ金もなく、立派な窯もなく、貧民街で集められる材料だけ集めて、ただパンを焼いておりやした」


 マーガリンおじさんは自分の手を見た。


「子どもたちが喜ぶ顔を見たくて、ただ、それだけで焼いておりやした。それが今、王宮に並び、国を越え、皆さんの食卓へ届こうとしておりやす」


 ノエルが唇を結んだ。


「私の焼いたパンが、皆さんの食卓や生活の一部になる。そいつぁ、職人として、この上ない幸せでさぁ」


 一瞬、会場が静まり返った。


 そして、一人、二人と拍手が起こり、やがて会場中へ広がっていく。


 王族も、貴族も、商人も、料理人も、職人のために拍手をしていた。


 マーガリンおじさんの目から涙が落ちた。


 けれど、その顔は笑っている。


 ノエルは、もう泣いていた。


「泣くん早いな」


「だって嬉しいもん!」


「分かっとる」


 マーガリンおじさんは、何度も頭を下げた。



 次に、リリアーナが壇上へ上がった。


 会場の視線が集まる。


「今日、パンとサンドイッチは、一つの国だけの料理ではなくなりました」


 各国の料理人たちが顔を上げた。


「国々の料理人が集まり、技術を学び、作り方そのものを変えた。そして、これからは、それぞれの国で作る」


 リリアーナは、式神と晴明を見た。


「まず、傘下に入った国々へ、順番に綺麗な川を作ります」


 会場にざわめきが起き、国王たちの顔が変わった。


「川を」


「我が国にも?」


「水が整えば、人が住める。畑が作れる。工場も動く。子どもが水を運ぶためだけに、一日を使わんで済む」


 式神は静かにリリアーナを見ていた。


「綺麗な水を、一部の者だけのもんにはせん」


 貧民街から来た職人たちが息を呑んだ。


「そして、パン屋『パンチ』のフランチャイズ化を始めます」


 国王の一人が首を傾げた。


「ふらんちゃいず?」


「店の名前と、作り方と、品質の決まりを渡す。各国で作って、各国で人を雇って、各国で売る。利益だけ持って帰る商売はせん」


 会場が静かになる。


「ロアンとマーガリンおじさんから学び、パン工場で働き、二人から合格をもらった者だけが、パンチの看板を掲げられる」


 料理人たちの目が輝いた。


「技術を渡す。仕事を渡す。食卓を変える」


 リリアーナは傘下国の王たちを見た。


「今までの当たり前が、覆ります」


 誰も動かなかった。


「生まれた場所で、食える物も、飲める水も、働ける場所も決まる。今までの当たり前を終わらせる」


 国王の一人が目元を押さえた。


「貧困の差をなくす。それは、父の意向でもあります。そして、リュミエール王国は、それができると証明しました」


 貧民街の工場。


 働く者。


 毎日届くパン。


 流れる水。


 笑う子ども。


 そのすべてが証明だった。


「けど、これはまだ、第一歩にしか過ぎません」


 その時、傘下国の王たちの席で、オヤジがゆっくり立ち上がった。


「兄上」


 グランヴェール国王が顔を上げる。


 オヤジはその肩を軽く叩き、壇上へ向かって歩き出した。


 リリアーナの隣まで来ると、オヤジは会場を見渡した。


「兄弟!」


 声が会場へ響き、傘下国の王たちが一斉に顔を上げる。


 オヤジは、にやりと笑った。


「世界変えるぞ!」


 それだけだった。


 だが、それだけで何人もの王が泣いた。


 グランヴェール国王が立ち上がり、涙を流しながらオヤジを見た。


「兄上! 一生、ついていきます!」


「私も!」


「我が国も!」


「兄弟として!」


「共に、世界を変えます!」


 次々に王が立ち、貴族が立ち、商人が立ち、職人が立つ。


 大きな拍手が起こり、ゴスペルの歌声がもう一度、会場を包んだ。


「あっ! 僕も合図する!」


 レオンの光が会場の上へ昇った。


「僕も何かする!」


 セシルが銀の盆を持ち上げた。


「お前はそのまま水配っとけ!」


「分かった! お水どうぞー!」


「走るな!」


「早歩きだよ!」


「一緒や!」


 エリオットは、泣いている王たちへ笑顔で駆け寄った。


「みんな友達だね!」


「急に軽くなるな!」


「兄弟だから、友達よりもっと仲良し?」


「関係ややこしくすな」


 アレクシスは光を浴びながら、髪を整えた。


「僕がいると、歴史的な瞬間も美しくなるね」


「お前はずっとブレへんな」


「姫様、僕の氷も光らせようか?」


 ルシアンが近づいてくる。


「水凍らすからやめろ」


「今度は上手にできるよ!」


「さっきも聞いた」


「僕も前に立つ!」


 ノエルがリリアーナの横へ来た。


「なんでや」


「僕も見てほしいから!」


「まだそこ残っとるやん」


「でも僕も、みんなを見るよ!」


「欲張りやな」


「みなさん、お仕事へ戻りましょうね!」


 レイナが手を叩いた。


「はーい!」


 全員が一斉に返事をし、それぞれの持ち場へ戻っていく。


「ほんま幼稚園やな」


 リリアーナの横では、刀を肩に担いだ黒スーツ姿の清司が、オヤジを見て少しだけ口元を上げていた。


 パンは国を越えた。


 水は人の暮らしへ流れ始めた。


 仕事が生まれ、食卓が変わり、王たちは世界を変えると誓った。


 第三章。


 パン革命。


 ここに、一つの区切りを迎えた。


 恋愛イベントを忘れた攻略対象たちは、今日も笑いながら、自分の持ち場を走り回っていた。

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