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ふわ姫若頭 〜恋愛フラグを全部現場復帰させたら、女王ルートが開きました〜  作者: 夜嶋朔
第三章 食卓現場復帰編

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第46話 グランヴェール国王

 

 グランヴェール国王は、執務室の机を挟んでノエルを見ていた。


「父上! 僕、パン産業に関わりたい!」


「許さん」


「どうして!」


 ノエルは机へ両手をついた。


「孤児院の子どもたちに、美味しいパンを食べさせたいんだ! 固いパンを水につけなくても、そのまま食べられる柔らかいパンを届けたい!」


「お前はグランヴェール王国の王子だ。他国の産業へ軽々しく関わることは許されん」


「軽々しくなんかない!」


 ノエルは拳を握った。


「僕は見たんだ! 子どもたちが固いパンを水につけて、それでも笑って食べてるところを! 僕にも何かできるなら、やりたいんだ!」


「ノエル」


「父上が何と言っても、僕はやる!」


「ノエル!」


 国王の声が執務室に響いた。


 ノエルは唇を噛み、父を睨んでいる。


 その時。


「そこまでや」


 一言で、部屋の空気が止まった。


 扉の近くに、オヤジが立っていた。


「リュミエール王……」


「邪魔すんで」


「すでにしている」


「せやな」


 オヤジは少しだけ笑い、二人のそばまで歩いてきた。


「何をしに来た」


「お前が、面白ない顔しとると思ってな」


「無礼だな」


「無礼ついでに言うたるわ」


 オヤジはノエルを見てから、グランヴェール国王へ目を戻した。


「なんで息子の成長、喜ばへんねん」


「貴様に何が分かる」


「分かるわ。息子が自分の足で、誰かのために動こうとしとる。それを止めるんは国のためか。それとも、お前の意地か」


 グランヴェール国王の眉が動いた。


「理想だけで国は治められん。一人を救えば、その後ろに十人、百人と並ぶ。すべてへ手を伸ばせば、国そのものが倒れる」


「せやな」


 オヤジは否定しなかった。


「お前は、ようやっとる。世界一の大国背負って、古い貴族も、軍も、海も、金も、外交も、全部見ながら逃げずに立っとる」


 グランヴェール国王は何も言わなかった。


 王であるなら当然だと言われてきた。できて当たり前だと思われてきた。


 弱音を吐けば国が揺らぎ、迷いを見せれば敵につけ込まれる。


 だから、何も言わずに抱えてきた。


「せやけど、一人で抱えすぎや」


 オヤジは持っていた袋を、机の上へ置いた。


「食え」


「何だ」


「マーガリンおじさんのパンや」


 グランヴェール国王は、袋から取り出された白パンを見た。


 飾りはない。


 王宮の食卓へ並ぶパンよりも、ずっと素朴だった。


「それは誰だ……」


「貧民街の店も持てんかった男や。金もない。少ない給金で材料かき集めて作った男や」


 国王の目が、白パンへ戻った。


 貧民街。


 助けても終わりがない場所。


 働く場所を与えても続かない者たち。


 国の足を引っ張る者たち。


 そう思わなければ、見ていられなかった。


「なぜ、そこまでしてパンを作った」


 オヤジは、白パンを国王の前へ置いた。


「ただ子どもの笑顔が見たいだけ。たったそれだけの理由でな」


 グランヴェール国王の指が止まった。


 金のためではない。


 名誉のためでもない。


 貴族に認められたいわけでもない。


 ただ、子どもを笑わせたい。


 自分が何も持たない中で、それでも誰かのために材料を集め、何度もパンを作った。


 国王は、白パンを手に取った。


 指が沈むほど柔らかい。


 一口食べると、小麦の甘みが静かに広がった。


 固くない。


 水につけなくても食べられる。


 小さな子どもでも、老人でも、そのまま口にできるパンだった。


 グランヴェール国王は、何も言えなかった。


 自分が何も生み出せないと決めつけていた場所で。


 店も持てなかった一人の男が。


 自分よりも真っ直ぐに、民のことを考えていた。


「これ、新作らしいぞ」


 オヤジは、袋からもう一つのパンを取り出した。


 白いパンの間から、赤いいちごのジャムがのぞいている。


 グランヴェール国王は、それを受け取った。


 一口食べる。


 いちごの甘みが、柔らかなパンの中に広がった。


 甘い。


 だが、強すぎない。


 食べる者を驚かせるためではなく、喜ばせるための甘さだった。


「なんて、優しい甘い味なんだ……」


 国王の目から、涙が落ちた。


 マーガリンおじさんも、自分と同じ人間だった。


 誰かを思い。


 誰かに笑ってほしいと願い。


 明日を少しでも良くしたいと思っている。


 貧民街の者たちも同じだった。


 何も考えていないのではない。


 何もできないのでもない。


 ただ、力を使える場所がなかった。


 声を聞いてくれる者がいなかった。


 自分は、彼らを見ようとしなかった。


 だが、オヤジには見えていた。


 店も金もない男の中にある、優しさも力も。


 誰にも見つけられなかったものを見つけ、パンを作れる場所を与えた。


 その結果が、今、自分の手の中にある。


 グランヴェール国王は、涙でにじむ目を上げた。


 オヤジは笑っていなかった。


 勝ち誇ってもいない。


 ただ、国王がパンを食べる姿を静かに見ている。


 自分が見下していた者に、心を動かされた。


 自分が諦めた民が、国の未来を作っていた。


 完全な敗北だった。


 だが、不思議と悔しくなかった。


 この男なら。


 自分には見つけられなかった人間を見つけられる。


 自分が諦めた未来へ、手を伸ばせる。


 この人なら、本当に叶えられるかもしれない。


 生まれた場所だけで、人生が決まらない世界を。


 誰かの優しさが、無駄にならない世界を。


 国王は、オヤジを見つめた。


 もう一度だけ、自分も信じてみたいと思った。


 オヤジは、ゆっくりと手を差し出した。


「一緒に世界変えへんか」


 グランヴェール国王は、すぐには答えられなかった。


 変えたい。


 その思いは、ずっと胸の奥にあった。


 何度手を伸ばしても届かなかった。一人を救えば、その後ろで十人が泣いていた。


 すべてを救うことなどできないと、自分へ言い聞かせた。


 諦めなければ、王として立っていられなかった。


 それでも、本当はずっと。


「変えたい……この残酷な世界を変えたい」


 オヤジは笑った。


「ほな、お前は今から弟や」


 グランヴェール国王の目から、また涙があふれた。


 手下になれと言われたのではない。


 敗者として従えと言われたのでもない。


 一緒に変えようと言われた。


 そして、家族として迎えられた。


「兄上……」


 その言葉は、考えるより先に口から出ていた。


 グランヴェール国王は、差し出された手を強く取った。


「グランヴェール王国は、リュミエール王国の傘下に入ります!」


 ノエルが息を呑んだ。


 側近たちも、声を失った。


 世界一と言っても過言ではない大国が、自ら傘下に入る。


 だが、グランヴェール国王の胸に屈辱はなかった。


 この男についていきたい。


 この男が見ている未来を、自分も見たい。


 自分の国も、力も、この男とともに世界を変えるために使いたい。


 それは降伏ではなかった。


 この男の見る未来へ、自分のすべてを賭けるという決意だった。


 オヤジは国王の手を握ったまま、まっすぐ目を見た。


「一人で抱え込むな。いつでも相談しろ。それが兄弟ってもんやろ」


 グランヴェール国王の目が揺れた。


 王になってから、誰にも言えなかった。


 苦しいとも。


 怖いとも。


 分からないとも。


 だが、もう一人で抱えなくていい。


「兄上……」


 オヤジは少し笑った。


「ワインあるか? 兄弟の盃や」


 グランヴェール国王は、すぐに側近を見た。


「お持ちしろ!」


「はっ!」


 二つの杯と、グランヴェール王国が誇るワインが運ばれてきた。


 赤い酒が注がれる。


 オヤジとグランヴェール国王は、それぞれ杯を持った。


 二つの杯が合わさる。


 兄と弟になった二人は、同時にワインを口へ運んだ。


 オヤジの眉が寄った。


 グランヴェール国王の眉も寄った。


「ワイン、不味いな」


「そうですな」


 二人は顔を見合わせた。


 そして、同時に笑った。

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